46.
前話まとめ。
マコト、皆と狩りをしたり楽しみ過ごす。
マコトたちがアレセスへと帰ってから1年が過ぎ、その年の夏にアレセスに届いたのはグリンガム帝国が東西で2つに割れたという報だった。帝都での内紛や一部都市の反乱にとどまらず、遂には国が割れ皇帝率いる帝国軍と西の都市国家連合で戦を始めたのである。
「拙いな。これでは帝国が介入してくるという形は一切無くなった」
「まぁ、帝国は内紛でベル王国を抑えようというのも無さそうでしたが、これで抑えとなるものは消えましたか」
その知らせを受け、リクとフガクは戦争が近いことを意識していた。内紛があろうと、帝国が大国としての形さえあるならば、多少の抑えもありベル王国も再度の侵攻は遅れただろうが、帝国は2つに割れ争っており、エルフたちの国は近いが不干渉を貫くだろうしアル・フレイ商国は介入するほど近くは無い。であるならば、多少の出血を強いても、大陸北西部の玄関口となるアレセスを狙い動き出す可能性は高いだろうと踏んでいたのである。
皇帝を知るマコトはと言えば、これを聞いても他人事だとあまり関心は無く、
(自分が正しくなければ従わないだろうって言ってたし、半分はその通りになったってところなのかな・・・)
と、当人が言った通り従わない人が出たんだなぁといった程度で、興味がでたのは、あの皇帝は戦争でもあの口上を述べるのか?というものくらいだった。マコトの屋敷に住む面々も似たようなもので、カイもベルムドも味方が半分もついただけましだろうと言い、
「いい気味だ!ちゃんとしてくれてりゃ、俺も困んなかったもんな」
と、ハサは皇帝の不甲斐なさを罵倒し笑ってはいたが、自らに良くしてくれたクロナのことは心配なようで、後になってからベルムドに口ごもりながらもクロナは無事かと不安を打ち明けたりしていた。
それから僅かに1月後、戦端はベル王国ではなく魔導都市によって開かれ、仕掛けられたベル王国だけでなく同盟を組んでいたアレセス、イホ国も驚きを持ってそれを迎えることとなった。
魔術師ギルドを抱える魔導都市は、その名の通り賢人の集う魔法の秘奥を探る場所であり、集う魔術師たちはその自負が強い。そして、魔導都市の根幹である巨大な塔は象徴であり堅牢で不落、故に安全であるはずだった。だが、その塔で長老や次代を担うと期待されていた者たちが実に20人以上も殺され、多くの知識と研究が喪われたことで彼ら魔術師たちは怒り狂ったのである。
ベル王国は先の戦いで大魔術師を恐れる者が多いが、たかだか1都市に頭を下げるのも面白くない。それに魔術師は文弱で机上のみの者たちばかりで多少事を荒げれば震え上がると思っており、嵌めたのだ。魔術師の智謀は素晴らしく感服したと彼らを同盟の頭と見て停戦を持ちかけ、2国の同意では無く魔導都市こそが判断を下すものであると言って、彼らの望むものをちらつかせながら取り入る。そうして自らの誇りや金、女にと目の眩んだ魔術師より伝手を作り、政治的に長老たちに一手先んじれば魔導都市の権限を握れるだろうと騙し、密約の使者を装った者たちを送り込んだのだ。
実際に長老として権限を持てるほどの者は繋がれれば大きな戦力である魔導都市を取り込もうとしただろうが、それは叶わず塔で多くの魔術師を斃して混乱と戦力の低下を狙うこととなった。無駄に敵を作るような行動ではあるが、ベル王国から見た魔導都市はその特殊性から都市国家として未熟であると捉えており、これで十分に混乱をもたらし戦にも二の足を踏むと見ていたのである。結果、投入した戦力に比べれば大きな戦果を挙げており、大魔法を使える人材を含めて多くの命を奪うことに成功している。
塔は要塞に近いとはいえ、内部に入られてしまえば防壁も意味がなく、大魔法はとてもではないが塔で使える規模の魔法ではない。そして後衛といえる魔術師が内功の使い手たる武人を相手取ったのだから、敵が5人に満たぬとはいえ20人程度で済んだのは、魔術師が奮闘したともいえるし、ベル王国が思うほど長老たちが愚かではなく対策されていたからだろう。
だが、いくら身内である魔術師が金や女、地位に踊らされ敵を内部に引き入れる愚か者であったとはいえ、ベル王国が魔導都市を陥れようとしたことは確かであり、
「我らを愚かと取る者たちが居る。我らを力無き者と侮る者たちが居る。我らは魔法を使い、魔術師を導くものとして、我らの力、知恵、尊厳。その全てを示さねばならん」
と、魔術師たちはベル王国へと牙を剥いたのである。ある者は友を失い怒り、ある者は次代を継ぐ知性溢れる弟子を失い怒り、ある者は賢人としての尊厳を貶められたと怒った。特に、魔導都市、そしてギルドの象徴たる塔で行われたことが、魔術師だけで造り上げたこの街を誇りとする彼らの怒りに触れたのだ。
本来ならば同盟国へと知らせるべきではあったのだが、彼らが使者を出したのは今ではベル王国の傀儡であるヤラヴァ国へと出兵したその時であり事後報告に近いものだった。そうして、魔術師たちだけではあるが2000人を超える魔術師が兵となってヤラヴァ国の近くで本陣を構え、100人ほどで土魔法で簡素な砦を構築しつつも残りはヤラヴァ国へと進んだ。この数は異常であり、実に魔導都市で戦闘を行える魔術師の8割に上る。これは、アレセスに送ったような若手の精鋭だけでなく、今回は魔術師ギルドの長老に近い者、本来戦争などに出る歳ではない者たちまでも戦争に出てきていたのだ。
戦の始まりは、ヤラヴァに駐留するベル王国の兵たちが魔術師たちの兵団を前に出撃すべきかと悩み、未だ街より出ていない時より始まった。
老齢で戦えそうにも見えぬ枯れ木のような体をゆっくりと動かし、1人の魔術師が宣戦布告の使者と思わせてヤラヴァの防壁に近付くと炎の津波を思わせる大魔法を使ったのだ。ベル王国の襲撃により次代を喪い怒り狂っていた老齢の魔術師による火の魔法は、自らの内力全てを使い、自らの死と引き換えに放たれた。外壁の上で様子を窺っていた兵たちは外壁を超える高さの白い炎に慌てて矢を放つもすでに遅く、魔法の熱波で矢は焼け落ち届かない。
魔導都市でも最上位に近い老練な魔術師の命によって練り上げられた炎はかつてリオたち輪月功が飲み込んだ魔法よりもはるかに大きく、500メートル以上の長さに渡る白い炎の波は外壁を超える高さでゆっくりと静かに押し寄せていき、外壁の上の兵たちやその向こうの住居と住人、そして外壁の石すら溶かしながら100メートルほど進むと高さを急激に減らして消えていく。
宣戦布告もなく行われたこの一撃は多くの兵と市民を巻き込み、白い高熱の炎は死体すら残さず焼けた荒地のみを残す。そして、余波の熱によって家々は燃え盛り、高熱にまかれて肌がはがれふらふらと歩く者や、喉を焼かれ煤に塗れた血を吐きながら転げまわる者と、地獄のような有様をそこにもたらした。
何も告げずに始まった戦いは、戦争としての作法からすれば悪しきもので、他国から責められる理由にすらなるものだ。だが、魔導都市は、塔での暗殺ですでに戦端は開かれたと考えており、ヤラヴァより抗議の罵声に対しても魔法を以って答えるのみで、言葉を交わすことはない。
「塔で多くの智と命を奪った蛮族と交わす言葉は無い」
魔導都市の魔術師、特に塔やギルドの運営に関わる者たちは身内同士の派閥争いをしながらも魔術師同士という意味での結束は武術における一門の如く非常に強い。そして彼らの魔法に対する傾倒と、塔における思想は深いものがあり、それがベル王国に対する怒りとして発露したのである。
普段の魔術師たちは研究者らしく独り善がりであったり、偏屈者や知識に偏りすぎると結束とは程遠い姿であったために、ベル王国を含めた他の国も、まさかこのように軍勢として魔術師が戦争を起こすとは思っていなかったのだ。
範囲魔法を扱える魔術師が都市を攻撃し、火力や距離の出せぬ魔術師は隊の防衛にあたり矢盾として土壁を張る。どこの大国でも持つことが出来ぬ1000を超える魔術師の軍勢は恐ろしいほどに数多くの魔法を都市へと吹き荒らし、大魔法すら多く飛ぶ戦場は当事者でなければ多色の光溢れる綺麗な光景とも言えるもので、実に半日以上に渡ってヤラヴァの都市を襲っていた。
だが、やはり魔術師のみの兵団は統制は悪く、騎馬も無ければ軽功を使いこなす武人もいないと機動力にも欠け、魔法によって溶け、砕け、倒された塀を超えヤラヴァの街へと踏み入るのも非常にゆっくりとしたものである。ベル王国は初動の遅れや逃げ惑う市民や兵士による混乱もあって魔法より射程の長く有用な弓隊は個々による攻撃しかなく散発的なもので魔導都市の攻撃は一方的なものだったが、魔導都市の兵団は半日をかけてようやく街の四分の一ほどを轢き潰した程度であった。
その頃になると、魔術師たちも息切れし始め、報復の一撃も一定の成果を上げたと後退することとなる。統制の悪い兵団は後退するのもまちまちで隊列も大きく乱れると、魔法の行使量も減ってきたこともあって反撃の機を与えることとなった。それにより街に深く入ってしまった魔術師は簡単に討ち取られ、大きく乱れた列は敵の弓の餌食となる。ここで横合いより騎兵や機動力のある軽歩兵が突ければ魔導都市の兵団は散り散りに討ち取られただろうが、土の魔法によって横合いや殿より後ろを泥濘とした沼地へと変じられてしまい、先の魔法の乱打で脅えの出たベル王国の逆襲も鈍くそこまでは手が出ない。
結果としては、魔導都市の兵団は息切れし、ヤラヴァより撤退して砦に篭ることになったのだが、実質的には魔導都市は初戦を勝利したとも言える。大陸への橋頭保であるはずのヤラヴァの都市は東の外壁を半分以上失い、街の住民も2割以上が死亡。兵士の死者数は街をすり潰すような攻撃であったためにその範囲より逃れ減らせたのだが、都市機能の多くを失い、人間以外に魔物からも身を護る外壁を喪ったことは痛手であり、大敗であった。
だが、魔導都市の兵団もその数を減じ、200人以上の損失と同数近い負傷者を抱え、身動きが取れず作られた砦で籠城することとなってしまう。ベル王国はヤラヴァの都市こそ大きな被害を受けたが、そもそもの兵数の桁が違い、追撃から魔導都市の砦を囲むに至り、今度は逆に包囲戦へと変わったのである。
ベル王国の包囲は兵数にして5000を超え、魔導都市の兵団の残数から見れば数倍に値するのだが、魔導都市の兵団が造り出した泥濘地と土壁に堀と砦を攻めるには難しく、先の戦いの苛烈で恐ろしい数の魔法は兵士だけでなく将の腰を引かせるには十分なもので、遠巻きに半包囲し弓を撃ちはするが近付くことはない。
「魔術師どもは足も遅い。籠城を続けるか逃げるかは分からんが、籠城ならば果てるまで飢えさせ、逃げるなら揃わぬ足並みを利用し潰せばよい」
と、急造の砦であっても押しつぶすのはやっかいだと逃げ道を残すように半包囲を続けるのだった。
ベル王国も時間が経てば魔導都市の同盟たる他国の援軍が来ることも可能性として考えているが、それは本国からの救援が来るベル王国側も同じであり、そうであるならば数の優位はベル王国に傾くし、アレセスなど海洋に面した国はベル王国を気にして援軍も多くは出せぬと踏んでいたのである。何より、戦の倣いとも言える宣戦布告も行わぬ無法ぶりに、魔術師だけの兵団で戦に不慣れとあれば、他の2国との連携も無い独断であろうとヤラヴァに居たベル王国の指揮官は判断しており、5000という数であっても十分だと見ていたのだった。
お読み頂き有り難うございます。
久々の大雪で停電になりかけ電気とPCが落ちたりついたり・・・復旧したら通信が死んでたりとなかなか書けずにいましたorz