45.
前話まとめ。
ハサ、街の子供と遊ぶようになり、街で怖れられることも減ってきたマコトは子供たちに構われたりすることも増えるようになる。
その年の夏に入ると獣や魔物も活発になり、行商や街道を渡る馬車も護衛を増やし、アレセスにも活気と共に武人たちが歩き回る姿が増えてきて酒場や娼館より騒がしい音がよく街に響いていた。建ち並ぶ露店も多く、呼び込みの掛け声も楽しげなものであったが、同時に帝国より離れアレセスで商売を行う者、街仕事や畑仕事を探す流民も増えてきてもおり、帝国の動乱の大きさが窺えるものであった。
こうなってくると、マコトも稼ぎ時だと精を出し、冬の蓄えとして金銭と肉を得るためによく狩りに出かけるようになる。討伐依頼が無くとも獣の肉ならば買い取りがあるので、ちょこちょこと狩りをしているのだが、数が多いというのは群れする数も多いもので、単独で動くマコトではなかなか手が出せぬものが多い。
折角仕留めても、マコトが気付かぬうちに近付いていた魔物が獲物を攫ったり、その肉を食おうとして傷つき売り物にならなくなったりと面倒事も増え、
「殺ス!」
これまでに数度、魔物によって獲物を奪われ怒っていたマコトは、肉に食らいつく人より大きな百足の群れに気勢をあげて砲を撃ち、
「うあぁっ!」
と、爆散した百足の体液を被って悲鳴をあげるなど、散々な目にあったりもした。
それを目にし気に掛けたという訳でもなく、狩りならばとリルミルたちがたまについてくるようになり、
「あれを仕留めるか」
「あちらも良いぞ!」
と言いながら、マコトが見つけるよりも早く獲物を探し出しては丸い体躯を音も無く駆けさせ、たちまちに獣を狩ってくる。
(これは楽だなぁ・・・。やっぱり猫っぽいし狩りは上手いよね、強いし)
と、マコトは荷車の上でリルミルが持ってくる獲物を待つだけとなり、
「これは大きいぞ!どうだ?どうだ?」
「いや、こちらのが大きいだろう?それに毛皮もなかなかだ!」
「いや、こちらのほうが脂の乗りは良いぞ!」
「大きければ食いでがあると思わんか?」
そうやって騒ぎながらマコトに獲物を披露し自慢しては、狩りとっていく。ただ、リルミルたちの狩りは上手くマコトの及ぶところではないのだが、
「食わぬのに狩るのか?それは無駄だろう」
「知らぬものにやるのか?それで飢えたら勿体ない」
と、リルミルたちは売ることに難色を示す。それにマコトはどう答えるか悩みつつも身振り手振りだけでなく実演を交えて説得し、
「おぉ、これが酒に変わるのか!ならば良いなぁ」
「これが露店の串になるのか!ならば良いなぁ」
と、露店の食べ歩きや、酒といったものを得るのに変わると教え、ようやく納得を得ることができたのである。
リルミルは貨幣や店などを知ってはいるが、自らの食い物を得る狩りとそういったものが繋がらなかったようで、口下手だったマコトは伝えきれず最後には実際に肉を売り貨幣を得るところから、貨幣を使って串や酒を買いリルミルたちに渡すといったことをしたのであった。
そうやってリルミルたちが楽しげに酒や串などを持ち帰りつつ狩りをしていれば、リルミルたちが居ない時には、カイとハサ、そして魔導都市からの派遣としてアレセスには居るが、暇を持て余すことになっているバルドメロなどが面白がってついてくるようになる。
カイは内力を扱う経路は使い物にはならないが、気を乗せない武術なら行使し得るのでそこらの兵よりは強いし獲物を乗せた荷車の護衛は勤まって役には立ち、
「うわぁ・・・まだ動いてるよぅ」
「ははは! 目を離せばお前を襲うやもしれんぞ?」
と、死肉漁りに来る兎程度の大きさの虫の魔物を倒しつつ、ハサをからかっては荷台に腰かけ酒を呑み待つのである。ハサは魔物に驚き荷台の上から恐る恐る周囲を見回し声もあげるが、やはり狩りの一員というのは子供にとっては自慢となる楽しいもので興味津々に様々なものに目を輝かせていた。
カイやハサは己の領分というものを良く知り、カイはハサの保護者として目端を利かせ護っており、ハサも独りで行動しようとはしないためマコトも安心し動けるのだが、ついてきたのがバルドメロであった場合はそうはならない。
「おぉ・・・!この魔物は珍しいな。魔導都市の近くでは見かけぬし何か面白いものでもあるかもしれん!」
と、魔物の死体をナイフを片手につつきまわしたり、荷台に積もうとするのだ。
「うぉぉ!! マコト、私が持つにはこの獣は重すぎるぞ!」
獣の狩りとなれば、マコトの獲った獣を荷台に積もうと2人で運べば重さに悲鳴をあげ、
「うわっ!? ダニに食われた!この獣は汚すぎるぞ!?」
と、運んでいた獣を落とし、体を揺すりまわすと果てには服を脱いで体を払うと子供のハサよりも遥かに大騒ぎを起こすのである。種族の差かマコトはダニなどに食われたことも無く、
(大げさだなぁ・・・)
呆れてため息をつきバルドメロを見やるくらいだ。
バルドメロの居る魔導都市はアレセスより北で山に近く少し高度も高いために虫の類は少なく、当人も今になるまで気付かなかったがバルドメロにはこういったことに免疫が無かったのだ。治療に関わることが多い闇の魔術師であり市井の者より知識が深く、その知識故に体に取りつく虫は病の元だと思いこんでいるところもあって、
「虫喰いは危険だぞ! マコトも食われていたら同じことをするといい」
と言って、ダニに食われた場所を軽くナイフで切って血を出すと、酒を振りかけた後に魔術で治療を施すといったことまでするのである。
「やりスぎ・・・?」
マコトは過剰反応じゃないのかと呟くが、実際のところ、病の元となったりはするので、バルドメロは多少大げさではあるが決して間違ってはいない。マコトの体が頑強で旅を教える者は少なく、知り合いも心身と共に内功を鍛え病毒に強い者が多いということもあり認識が薄いのである。
こうした神経質にも見えることをするのに、見たことの無い魔物や獣を仕留めれば興奮して近付き無造作に触ったりもするのだから、マコトとしては呆れるしかなく、
(塔の頃から思っていたけど、やっぱり研究肌といえばいいのか変人といえばいいのか・・・)
そんなことを思いながら仕留めた獲物を見ては知識を披露したり、知識を求めたりするバルドメロの相手をするのだった。
マコトの夏はこうして騒がしくも楽しく終わるのだが、門主として忙しく狩りに付き合うことも出来ず、蚊帳の外であったと膨れるリンを宥めるのに秋の日を多く使うことになる。このところの不安定な情勢もあってなかなか暇も見つけられず疲れも溜まり、ようやく屋敷に赴いても狩りでマコトやリルミルたちが不在ということが続いたこともあって、リン自身も理不尽な話だとは思うが不満を抱えていたのだ。
「たまにはいいでしょう? 今日は私の時間よ!」
と我が儘を言うリンだったが、マコトとリルミルたちを連れ街に出れば不機嫌であったことも忘れ、楽しげに街を歩く。
美しく華やかで、装いや仕草も洗練したリンは周囲の目を良く集め、リルミルたちやマコトが共する姿は仙女と異形たる仙人の集いのようである。何とも奇妙で物語の住人のような一行に、行き交う人々も自然と道を開け、
「美味いものがあると訊いたがなんだろうな!魚か?」
「魚もいいが、鳥も良いぞ!」
「牛肉・・・無イ?」
「そうねぇ。肉も良いけれど、今日は他のものよ。私は好きだから、気に入ってくれると良いのだけどね」
と、リルミルが歩きながらひょこひょこと左右に顔を出しては話し出し、それにリンやマコトが答えながらも時折露店を物色しながら目的の店へと向かっていった。
いつものようにマコトとリンの2人であれば服や装飾などの物色になるのだが、服は自前の毛皮であるリルミルたちに服や装飾を選ばせるような無粋なことはリンもするはずがない。リルミルたちが人がすることで楽しむものといえば、狩りや釣り、あとは友と語らい楽しみ毛繕いをするといったところだが、あと一つ大きな楽しみとしている酒や料理、すなわち目指す場所は飯屋の類である。
リンが案内した店は、千変八雫の区域より程近い場所にあり、門主が贔屓するには小さいが、朱色の瓦を敷いた屋根に白い壁、屋根に合わせた朱色の格子が張られた美しい店だった。中に入れば釣格子で座った客同士が見えぬよう配慮されつつも上部の空間が開いた閉塞感の無い作りで、マコトは物珍しげに店内を見渡す。
「ほら、こっちよ」
そう言ってリンが皆を呼び席に着くと、すぐに売り子の女が来てリンといくらか注文のやり取りをして去っていった。リルミルたちは相変わらずの騒がしく何が食えるのか飲めるのかと騒いでいたが、どうも店は女性の客が多いらしく女性らしい話声や高い笑い声が柵ごしに響いており、
(匂いといい女の子の声が多いこともあるし・・・ここは甘いものの店かな?)
と、マコトも何の店か気付き、この世界での甘味はどんなものかなと期待を寄せ待つことになる。リンは何かは教えず楽しげに待っており、マコトも答え合わせのようなことはせず、リンやリルミルたちと話しながらしばらくすると、
「お待たせいたしました」
と言って、台車に乗せられた幾つもの皿がマコトたちの前へと並べられた。
甘い餡を包んだ饅頭や燻製肉を蜂蜜に漬け込んだもの、揚げ餅に砂糖を黄粉と蜜を垂らしたものなど甘いものが多く、透明度の高い黄金色の酒は酒精も強いが果実の香りが強く甘いものである。
「おぉ、蜜だなこれは! 蜜はなかなか採れんが、こんなにあるのか」
「酒も甘いな! 果木の洞に出来た酒のようだ!」
リルミルたちは食べ物に手を出してははしゃぎながらそれを評し、それぞれ違うものを交互に次々と食べていく。
「甘イ」
マコトは久々の甘味に喜び美味しいと思ってはいたが、あまりに甘いものだらけで胸焼けがしそうだと、口直しになるようなものはないかと目を動かす。
「あら・・・甘すぎるかしら? それならこれを食べるといいわよ?」
マコトの目の動きに気付き、リンが勧めたのは綺麗に切られ盛られた果実。マコトは小皿に盛られた果実は手で取りにくく、いくらか自分の皿取り分けてもらい食べたのだが、余りの酸っぱさに肩を竦めて、
「す・・・っぱい。うぅ」
と、言って顔を顰める。
「酸っぱかった? でも、これが強い甘味だらけだと効くのよねぇ」
リンはマコトの様子を見て笑いながらも、自らも手に取って口に運んだ。マコトの口は甘くてたまらないといったところだったのだが、確かに果実を少しかじると酸っぱさで口はすっきりして口に残る蜜の味にも合い悪くは無い。効きすぎたのは、マコトが一口で食べすぎたからであり、それが分かってからはちびちびと果実を齧りながら他のものに手を出していった。
そうやって食べ進めていると、リルミルたちは何時もと変わらないがリンの方は愚痴めいた言葉も増えてきて、マコトは聞き手に回ってうんうんと頷きながらリンを宥め賺して愚痴を吐き出させる。
「最近はねぇ、自分の家にもなかなか帰れないし、下らない話し合いばっかりだし、国周りは乱れてるしでねぇ」
と、最近の話をするリンだが、マコトもこれを聞くとあまり気の休まる話ではなかった。
というのも、最近の情勢についてであり、ベル王国は不穏なままで貴重な時間を使い使者に赴いた帝国も騒乱で頼りにならず、大国であってもアル・フレイ商国は遠く大森林の連中は閉鎖的と他の手も借りられない。そして、3国の同盟も不和は無いが意思の疎通が上手くいっているとも言えないとあれば、年若くもアレセスを治める立場にあるリンが気が休まらず疲れ、愚痴を吐くのも仕方のない事だろう。
「困るのよね。ほんとに! それに、最近はこの子たちとも会えなかったし、マコトは狩りでいないし、寂しいわ」
「うん・・・うン」
最後の方は、酒も回ったのか同じような愚痴が繰り返されることになり、リンもそれに気づいて愚痴を言ったと謝るのだが、少しすればまた同じ愚痴が始まるといったところで、
(鬱憤がかなり溜まってたんだなぁ・・・何か言うのも難しいし、聞けるだけ聞いてあげよう)
と、マコトはリンが酔い潰れるまで話を聞いたのだった。勘定はリンが払っていたのか言われることも無く、マコトはリンを背負うとリルミルたちと一緒に帰路へとつく。
まだ外は日が落ち切っておらず、赤く染まる街並みを見ながらマコトは、
(戦争、また起きるのかなぁ・・・でも、この街から逃げ出せない理由は多いし、嫌だなぁ)
と、リンの愚痴より世の中の乱れを実感し、大きくため息をつくと体を傾けリンを背負い直して屋敷へと帰るのであった。
お読みいただき有り難うございます。
そろそろゆったりとした話も終わりになりそうです。こういう話の作りが難しくて結構悩みました。