44.
前話まとめ。
アレセスに戻り、マコトは鍛錬を始める。ハサもカイとベルムドに文武ともに教えを請けるようになる。
ハサがカイやベルムドに文武共に鍛えられるようになって3ヶ月。人にものを教えるということをまともにしたことのないカイや、冒険者相手に魔術を教えるくらいだったベルムド。そして2人は子供の扱いも知らぬとあれば、鍛錬も子供の未熟な体を壊すような事こそ無いとはいえ余りに内容は詰められており、そこからすれば3ヶ月と子供にしてはよくもったと言えるだろう。
武術は未だ木剣すら持たせず内功の修錬であったし、学の方は文字を少し覚え、算術も簡単な加減算くらいは出来るようになってきたものの、武術に比べれば身の入り様も少なく、昼夜で行われる文武の修錬にハサも遂には根を上げ昼に家を抜け出すようになり、
「何故逃げる。武術はお前の望む力では無かったのか?」
と、カイが聞けば、
「あんなに毎日遊びもせずやってたら、学で頭はぐちゃぐちゃだし武術も訳が分からなくなっちまうよぅ」
と、ハサは困り顔でカイに打ち明ける。
(確かに酒も遊びも無いのは詰まらんなぁ)
こう言われてカイは思い返してみれば確かにそうだと頷き、その日の夜にはベルムドと相談し、毎日抜け出すようなことがあれば厳しくするが、3日に1度くらいなら子供にも必要だろうと2人で結論付けて3日に1度の休暇を許すようになったのだった。
子供1人で外に出れば見知らぬ大きな街に怯みそうなものだが、ハサは怯み戻ったところで鍛錬や学問ときついものが待っているのだから、抜け出した分楽しまなければ損だろうと街並みを歩き回る。子供というのは自らの遊び場という名の縄張りを持つもので、ハサが歩き回れば彼らは見慣れぬ子供にすぐに気付き、
「どこからきたんだ?」
「どこの街の出だ?」
と、子供たちは見知らぬハサへと問いかける。ハサも始めのうちは、多人数に囲まれこれは拙いと思っていたのだが、子供たちはハサがマコトの家より来たと知るや、
「あの鬼屋敷からきたのか!」
「あそこは仙人か鬼しか住んでないっていうぞ! 本当にあそこか?」
そう驚き騒ぎ立て、ハサはここで優位に立てるとばかりに、
「あそこからきたんだよ! 今はあそこに逗留して色々教えを受けてるのさ!」
と、胸を張って言い放つ。
「仙人さまに教えを請けてるのか? 鬼か?」
ハサはそう聞かれてしまうが、鬼はともかく仙人が何を指すのかハサには分からず、
「えっと、今は鬼の友人に教えを請けてるんだけど、どっちなんだろうなぁ」
と答え誤魔化す。ただ、ハサもこのように驚かれるのは面白いが、このままの流れで武術を披露しろと言われても3ヶ月程度習っただけではとても出来るはずもないことは剣も持たせてもらえぬだけによく分かっており、
「でもさぁ、毎日やるなんて体が持たなくて、抜け出して来たんだよぅ」
そうおどけて言い、子供たちの笑いを誘う。
「確かに! 俺も親から少し手習いしてるけど、毎日なんて無理だよなぁ!」
「毎日店番とかも嫌だよね!」
子供たちもそれぞれ手伝いや鍛錬があるようで、ハサの言い分に共感して皆で親の手伝いや習い事の愚痴を言い合い始めた。そうしたことでハサは子供たちと打ち解け、抜け出しては街の子供と遊びまわっていたのである。
ハサは歳の割には聡く、大人の反応を見ることに長けていたために開拓村の賊に殺されず、逃げ出す村人たちを見つけ付いて行くことが出来たのだが、それだけに同世代と遊ぶことは久しぶりのことであり、存分に楽しみながら街のそれぞれの門派の区域で広く子供たちと知り合っていた。
何日も各区で遊べば、五大門の総べる街だけにそれぞれの区域で少しばかり差異があり、それが村しか知らぬハサには魅力的に映り、特にどこの派閥に加わるでもなく遊びまわる。リオの区の子は力押しで頭を使わず動き回り駆け回って遊び、フガクの区では子供たちは親の真似をするのかたまにハサには意味の分からぬ例え話や英雄譚を話したりする。ラーシュの区は生真面目な子供が多く街も静かなものだが、真面目な子供はなかなかにからかい甲斐があり、リンの区では少女たちが上位であると少しばかり苦手ではあるが、綺麗な鱗を持つ少女がいて目が離せない。
「やはり遊びは大事か。ハサは少し子供を演じるようなところがあったからなぁ」
「周りが悪人だらけでは仕方なかったのだろう。まぁ、今は少し遊び過ぎな気もするが、子供だからこんなものかな」
ハサの師と言えるカイ、ベルムドの2人は、ハサが遊びまわるようになってからというもの、ようやく年相応に明るく、少しわがままに振る舞うようになった事に安堵していた。手は焼くようになったが、やはり子供は子供らしいほうがいいと2人は思っていたのである。
確かにハサの今までの言動も幼くはあるのだが、どうもこちらの反応を計算して演じるところがあるように見え、2人は気になっていたのだ。それだけに文武に打ち込めばすっきりするだろうと思っていたのだが、子供の忍耐など考えていない2人の指導にハサは遂には抜け出すようになり、それによって偶然上手くいったのである。
「上手く転がったが、何とも分からんものだなぁ」
と、カイはぼやきながら、酒杯を煽る。それにベルムドはくつくつと笑いながら空いた杯に酒を注いでやり、自らは手酌で入れながら、
「我らはハサに道を謀ろうとしたが、それに及ばずハサは自ら道を謀れたのだろう。なれば、その道の見通しを少しばかり良くしてやればいい。少し不幸だったのだから、得られる道筋は多くても良かろう」
そう言って酒杯を掲げ、呑み干すのだった。
こうしていつも昼夜問わず酒を呑むことの多い2人だが、帰ってきてより今のところ金銭を得るような仕事はしていない。当然ながら子供のハサもそうであり、この屋敷は食費は増えたが金が増える事も無く、減っていた。リルミルたちは、1週間こちらにいては向こうへ1週間行くといったところで、来るときには何か獲物を仕留め土産にしているということもあり、金銭ではないものの家計の助けとなっていた。
ベルムドはアリアデュールでやっていたように魔道具を作る仕事をしてはいるのだが、アリアデュールと比べると小さい街で伝手も無く、近くに魔導都市があるということもあって請ける仕事は細々としたもので自分の酒代程度にしかならない。カイの方は、マコトの伝手で門主たちと話す機会を得て、自らの内傷による後遺症を癒す術を探ってもらうことにはなったのだが、報酬のあても無く、今のところ傭兵を出来る体では無いのでやることも無いとばかりにゆったりと過ごし自堕落なものである。
(カイは養生して貰わないと心配だしこちらが困るよね。ベルムドも別に浪費家じゃないし・・・他の子には金銭を稼がせるものじゃないしなぁ)
と、マコトは友人と居れる方が良いのでその事自体は気にしていない。だが、金銭自体は先のリンに同行した報酬というのも殆ど無いもので、冒険者としての依頼も最近は請けていないために懐も気になり始め、1人で屋敷を出るとギルドへと向かっていた。
文字の上手さは変わっていないが、武術の方はリンやリオに見てもらうことで一区切りも付き、仕事の方に気持ちがいったからである。
「マコトはうちの一門の者として、こちらで雇えばいいのよ。あと、かわいい2人。彼らも欲しいわ!」
「だなぁ。マコトといいあの仙人といい、街にとっては恩人で戦力としても申し分ねぇ。今は海向こうも南もおかしなことになってるしな」
冒険者で金を稼ぐことに対し、リンやリオなどは仕事といえば自らの門派の客将になればいいと言うのだが、マコトは家や武器まで貰った上にカイの事まで調べてもらったことで、怪我や病気でもないのに頼り切るのは友人としてどうなのだろう?と思っており、また、
(客将ってなると、軍人っぽいというか・・・冒険者が遠のきそうだよね)
と、住んでいるから守りはするが、必要以上に戦争に関わるのも嫌だと客将扱いは固辞していた。とはいえ、マコトを知る街の人々から見ると、マコトはリクの家を与えられ、その家は門主たちがよく出入りをして、マコトはリンと親しく買い物に行く姿が多いとあれば、門主に近しい武人としか見えず、客将だと思われているのではあったが。
まだ使者として旅立つ前のことだがリンが気に掛けよく買い物に2人で出ていた結果か、マコトは街を歩いていても露店を見ていても、ぎょっとされることはあってもそう怖れられることは無くなっていた。無論、気味が悪いとか嫌悪感が無いという訳ではないのだが、門主の信頼もあるし、武人たちなどはその矜持から怖れを表に出そうはずもない。その様子を見ていれば、力の無い商人や町人なども恐れる必要は無いと思うし、そうした大人たちを見れば子供たちも怖がることは無くなる。
「ん・・・?」
「よし、触ったぞー! どうだー!」
マコトが袖が引かれ振り向くと、わあわあと声を上げながら逃げていく子供たち。恐れが無くなった結果、子供たちは良くも悪くも無邪気なもので、ちょっとした度胸試しにマコトに触れたり声を掛け話したりするようになったのである。
ハサが外で遊び回り屋敷に住んでいることを自慢し囃せば、それによって鬼や仙人が住むと言う、いわゆる『鬼屋敷』も子供たちにとっては近寄りがたいものから興味深いちょっと怖いものへと変わり、そこの主人たるマコトが街に出るとちょっとした遊びを仕掛けることがあるのだった。
たまに手癖が悪かったり目に余る場合はマコトも捕まえるのだが、捕まえてもマコトの言葉では余り多くを語れないし、マコトの手で拳骨など落とせば子供など死んでしまいそうで手も出せない。だが、マコトに捕まった子供は酷く驚き腰を抜かしたり、離すと半泣きで逃げたりと捕まえるだけで効果はあった。とはいえ、やはりマコトのような者に捕まるのは怖いようで、捕まった子を必死に取り戻そうと泣きながら他の子供に訴えられたり、捕まえた子が漏らしてしまうことなどもあり、
(どう扱うのがいいのか。凄い怖がってたらこんなことしないんだろうし、子供ともう少し話せればいいんだけど)
と、子供のいたずらは交友が少ないマコトにはちょっとした刺激として楽しくもあれど、どの程度で線引きするべきかと悩むのだった。
そんな子供とのやりとりを経て、冒険者ギルドへと赴いたマコトは窓口で色々と依頼を提示してもらうが、獣は夏を前にしたこの時期はまだ脂が乗りきっていないということもあり、害獣としての駆除依頼ばかりである。
(この時期のは美味しくないのか・・・でも、前に獲ってきてた肉は美味しかったよなぁ。あれはこの辺のじゃなかったのかな)
と、リルミルが獲ってきた肉は美味かったことを思い返しながら、依頼に悩んでいた。
マコトに提示されている依頼は、緑岩蛇という岩のようなごつごつとした緑の鱗を持つ大蛇の駆除、肉食性で飛べない大きな鳥である雷鳴大鳥の駆除、森から出てきたのか草原で増えている本来は森に棲むはずの苔百足という魔物の駆除、といったところである。
悩んだ末に選んだのは鳥の駆除であった。魔物退治というのも冒険者としての役割として悪くは無いのだが、人より大きい百足など見たくはないし、蛇と鳥なら鳥の方が旨そうだという理由からだった。出る場所も街に近い畑で日帰りも可能と、マコトは今日は休み明日の早朝より1日かけて狩りに出ようと屋敷へ戻りその日を明かしたのだが、早朝に中庭に荷車を置き槍の手入れをしていると横手の家よりカイが竿を持って出てきたのだ。
「おはヨ、う」
マコトが声を掛けるとカイは軽く手をあげ応え、
「マコトは狩りだったな。・・・これか?これは見ての通り竿だ」
マコトが不思議そうにカイの持つ竿を見ているのに笑ってカイはそう答えた。
「今の俺では狩りは無理だが、釣りでもしようかと思ってな。ハサも起こして2人で釣りだ」
カイは軽く竿を振りながら言うと、
「ベルムドは?」
「あー、ベルムドも誘ったんだが、あいつはエルフのくせに朝に弱いらしくてなぁ」
マコトの問いかけに答えてから、ハサを起こすと言って家に引き返していった。どうやらカイは、マコトが外に居るのに気付き、一度声を掛けに来たようである。
マコトが槍を荷車へと置き、他の装備を確かめていたところで眠たげな雰囲気を漂わせたハサが蛇らしく大きくぱかりと開いた口であくびをしながら家より出てくる。後ろについていたカイの手には2振りの竿と籠があり、すでに準備万端のようであった。
(やっぱり蛇だから朝とか涼しい時間に弱いんだろうか)
などと眠たげなハサを見ながらマコトも準備を終えると、カイたちと共に屋敷の門を潜って外に出た。
「さて、俺たちは港だな・・・。ハサよ、今日はマコトの獲物に見合うだけの釣果を得るぞ!」
「えっ? 狩りの獲物と魚じゃ大きさが全然違うよぅ」
「なんだ。釣る前より負けてどうする、大きさが違うなら数を揃えりゃいいのさ」
「えぇぇ!」
ハサはカイの無茶な要求に悲鳴を上げながらも、釣りが楽しみなのか目を輝かせ竿を両手で握って早く行こうとカイを急かす。
「マコトの腕なら何も起きんと思うが、無茶するなよ?」
「うん」
そうしてマコトとカイは分かれ、カイたちは竿を肩にかけ西の港へ、マコトは荷車をひいて北より獲物が居るだろう畑の先へと向かうのだった。
大陸へと足掛けてきたベル王国、内乱で国を大きく乱しているグリンガム帝国。2つの大国によって世は乱れてきているが、今のアレセスでマコトは怖がられつつも受け入れられ、良き友も出来、騒がしくも楽しい家もある。平穏で楽しき日々は貴重で短いものか、それとも平生と長く続くものか、そのどちらかはマコトにも分からないが、長く続くことを願わずにはいられないのであった。
お読みいただき有り難うございます。
更新遅めになっていまして申し訳ありません。そろそろ書く速度を戻していきたいところです。