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43.

今年最初の更新です、今年もよろしくお願いします。

前話まとめ。

シゲンと別れ、マコトたちはアレセスへと帰還する。


 アレセスに帰り着いたのは、雪も溶け北の平原にも若く青々とした草木の芽が出て獣達もそれに伴い戻ってくる、そんな頃である。リンは使者として持ち帰った情報を元に話し合うこととなっていたが、マコトはといえば久々に自らの屋敷に帰り、居ぬ間に積もった埃を落としにかかっていた。


 マコトの屋敷は、本宅とその左右にある平屋の扉や窓が開け放たれ、中の空気を入れ替えながら掃除がされている。本宅をマコトが行い、帝国に行く前にベルムドが逗留していた平屋をベルムドが行うと分けて掃除をしており、家具に薄く積もった埃は払われ、床より外へと吐き出されていた。街の中央に位置し、リンが警邏も手配していたために長い間を留守にしていても荒らされた様子は無く、雪によって屋根が傷んだりした様子も無いが広い屋敷を掃除するのは一苦労であり、全ての部屋を綺麗にするのには数日を要したのである。


(広い屋敷は嬉しいけど、掃除を考えると狭い方が楽だなぁ・・・。まぁ、友人が泊まれるから便利だけども)


一見するとそこまで汚くは見えないが、部屋全体が薄く積もった埃で汚れていて綺麗にするのには一苦労だとマコトはげんなりとしていた。また、マコトの大きな手では細かい掃除も大変で、意匠を凝らした場所などは指は奥まで届かず道具も扱い難いと装飾を壊しそうになりながらもゆっくりと不器用ながらに丹念な掃除をしていくのであった。

 その間、カイはといえば、


「俺は掃除をしても大雑把だからな・・・あまり向かんよ」


と言って手出しせず中庭に机と一脚の椅子を置いて掃除の様子を見ながら酒を呑み、連れられてきたハサもたまにベルムドの手伝いはするものの飽きっぽく長続きしない。リルミルたちは綺麗好きではあるものの人とは住処に対する感覚も違って役には立たぬし、


「しばし石の人はここに居るようだ。では、我らは一度谷で皆と話してくるか」


「そうだな! 石の人の友も、今は我らが治さずとも平気だろう」


「次は何を自慢する?」


「毛並みも尻尾ももう自慢したからな。次は他のことにするか!」


と、家について少しすると谷へと遊びに行ってしまい、早くとも一週間は帰らぬようである。リルミルたちは、マコトの腕も治り、友との再開も果たせたとあって、


「決めたことは終わったな」


「大事なことは上手くいったな!」


と、少しばかりではあるが、マコトへの過保護ともいえた護りを変えたのである。と言っても、マコトとの付き合いは楽しいようで別れる訳でも無く、今までより自分の楽しみを優先するようになったというところではあったが。


 これまでの振り回されたような生活を思い、今の家でようやく得た平穏にマコトは、


(少しは落ち着けるといいなぁ)


と、このような日を続けられるよう願い、掃除を終えた部屋で寛ぎつつ、これからどうするかと考えていた。

 長旅であったため、マコトも疲れを癒そうとは思っていたが、旅ではあまり鍛錬出来ず、槍や金砕棒などの技が旅に出る前よりも荒くなっていると思っており、このままでは教えてもらった技が駄目になると、未だ下手な文字と併せ文武共に鍛錬することを決めるのだった。


 そうして掃除も終わった次の日から数日を槍や金砕棒の鍛錬を費やしていたマコトだったが、その日も朝からの歩法の鍛錬も終わり、昼よりは槍の鍛錬をと決め槍を手に中庭に出て槍を振り始める。


 この数日、帝国から帰ってきてからリオもリンも姿を見せず、


(やっぱり忙しいのかな? 来てくれると有難いんだけど)


と、槍を振りながらマコトは来ない友人を気にしていた。

 崩れている型や鈍った所をリオやリンに指摘してもらおうとマコトは思っていたのだが、その相手が来ないのではどうしようもなく、マコトは独力で今までに覚えた型を自分なりに思い返しながら反復する。


 中庭では槍が振るわれ、鉄錘が風切る音が響き渡る。マコトの細い体から繰り出されるとは思えぬほどの力強さと早さがその音には表れており、熟達しているとは言えぬ粗さや強引さはあるものの、マコトが思うほどには崩れておらずなかなかの槍捌きで、中庭で相変わらずのんびりとするカイは感心しながら見ていた。


 未だ内傷は癒えず手持無沙汰になっていたカイはマコトの鍛錬を見ることは日課の暇つぶしのようになっていたが、一度仕合った時よりも遥かに技量が上がっていることに驚き、


(うぅむ・・・良い師が居たのか? あぁ、そういや門主と知己だったか。まだ荒いが、マコトの膂力はなかなかのものだからな・・・。槍は随分と手数も増えたし、体の軽さと併せるとかなりやっかいな相手になりそうだ)


と、以前との違いを分析していた。

 前は軽功こそあれど残りは膂力に任せた突きばかりで、その野性的と言える戦いの印象が強かったカイはマコトの変化を面白く思い、数日も見ていれば手合せもしてみたくなり興が乗ったとばかりに剣を手に中庭へと入っていったのである。


「カイ・・・何?」


マコトが訝しげに手を止めると、


「一手、手合せを頼む。俺も鈍りすぎてしまうからな」


と、剣を構える。マコトは、カイの内傷が癒えていないことも知っているし、力も十分に入らぬ身体では駄目だと首を振るが、


「何、一手でいいんだ。少しくらい体を動かさねば怠けて体が腐ってしまうし、芯まで腐れば技の冴えも戻らんだろう? それにこれでは性根まで怠けて腐ってしまいそうだ」


そう言ってやる気を見せ、マコトも一手だけならいいかと槍を構え直した。


 カイは白蛇剣の構えを取り、マコトは槍についた金瓜錘を生かすようにくるりくるりと槍を体の周りに回し始める。しばらくゆっくりと円を描くように間合いを取る2人だったが、マコトがカイに気遣い攻めてこないことにカイが気付くと、カイは白蛇剣のするするした動きではなく、トントンと足で跳ねるように小刻みな動きで仕掛け、虚を突かれたマコトの間合いの内へと入ると鋭く剣を突きかかる。

 カイは、内力が体より湧かず内気を巡らせることも出来ないために力も速さも武技の幾つもが使えぬ状態にある。だが、熟練した傭兵で得た経験からいくらかそれでも使える技を持っており、剣術の技をもってマコトへと襲い来る。剣は叩き斬るような力も無く早さも無いが、カイの繰りだす手は何ともいやらしくマコトは最初の遅れから調子を戻すことも出来ない。マコトが槍の柄でカイの繰り出す剣を横に弾けばその力を利用しくるりと回った体から剣が振るわれ、上に弾けば体を傾け蹴撃が飛ぶとマコトは防戦一方となっていた。カイの繰り手は早くは無いために、カイより小回りの利く武術であればこれを打ち破るのは容易だろうが、マコトは槍という長柄を扱っており、器用でもない。そして、マコトが気後れしてしまったために要である膂力もなりを潜め、いいように翻弄されてしまっていたのである。


 だが、カイの方といえば、内力が湧かぬ体は水中で仕合うかのように使うほどに重くなり、飄々とした顔も攻め手も崩してはいないが、かなり際どい状態にあった。


(内気を巡らせたいが・・・巡らせてめまいでも起こせば一撃を無防備に食らいかねん・・・。攻めを転じて守れる気もせんし、ここから届く手があるかどうか)


と、内心では弱り切っていたのであった。上手く受け流して攻めてはいるものの、マコトの払いを受け損ねるだけでカイは吹き飛ばされかねず、この攻勢が守勢に変わればマコトの一手を受けれる気もしない。その上、これ以上打つ手も思いつかぬと詰みに近く、いよいよ剣を振る手も痺れてきて、


(一手などと言えるほど体が動かん・・・前のようにマコトから来られていれば負けていたな。さて、どこまで持つか)


と、マコトからの一撃を受けれぬと覚り、負けるにしてもマコトがカイに攻められていると思っている内に決めねばと、今までより速度を上げて剣を振り攻勢を強める。

 その纏わりつくような攻め手に業を煮やしたマコトは槍を持つ手に内力を込め打ち払い、それに体勢を維持出来なくなったカイは遂に剣を折り払われてしまい、


「く・・・参った!」


と、カイが言ったことで終わりとなった。


「いや、参った! ううむ・・・マコトは随分と内力が高まっているな」


そう言って笑いながら剣を拾うカイだが、その実、吹き飛ばされず終わったことにほっとしていたのである。マコトの内力はリルミルたちがマコトを癒した時に大きな内気を送られ続けたことで容量は大きく広がり、それから時を経てマコトの体がその内力へと適応したことで練達の域へと達するほどとなっていたのだ。


(内力がすでに俺を超えているとは、才があったか、何か霊薬でも飲んだか・・・いやはや恐ろしいものだ)


ただでさえ強い力が、充実した内力によって押し上げられた一撃にはカイも肝が冷える思いであり、万全でなければ相手になれぬとマコトの武術の腕とは桁の違う内力に苦笑を浮かべるしかなく、飛ばされた剣先を拾いあげると中庭の端で休むのだった。


「勝っタ気、しナい・・・」


マコトは仕合が終わると槍を引き、気が乗っていなかったとはいえ病身のカイにいいように攻められたと反省しため息をつき、中庭の端で椅子に座って休むカイを見てとると、鍛錬が足りぬとばかりにまた槍を振り始める。


 その動きをベルムドが居る横手の家の窓よりじっと見ているハサがいた。

 アレセスに来たハサは、マコトは当然としてもこの家の他の面々にもあまり慣れてはいない。ベルムドとは旅のなかで少しは慣れてきていたのだが、この家では掃除をさぼっても叱られる訳でも無く、何か手伝いをとされる訳でも無く、遊び相手も居ないと暇を持て余していた。

 最初の頃は、ハサも見慣れぬ大きな邸宅に驚き子供らしく探検などもしていたが、共に遊ぶ相手も居なければそれも飽きてしまい、ベルムドやカイ、そしてマコトへと興味が移ったのだが、そこでまずハサが驚いたのはこの邸宅の持ち主がマコトであったことである。てっきりベルムドかリンの家だと思っていただけに、これをベルムドから聞いたときは声を上げて驚き、


(遠い国じゃ鬼まで住んでるのか・・・)


と、国が違えば化け物まで住むのかと勘違いまでしていた。ハサもマコトが害をなすものでもなく、見目以外は人と変わらぬことはこれまでに気付いている。だが、最初の印象の強さと見目や言葉から怖れは抜けず、今では強がって皆と食卓を囲むものの、1人では決してマコトに近寄ろうとはしないのだった。

 そんなハサが何故見ているかと言えば、その武術である。最初はマコトのような化け物が武術の鍛錬をするのを奇妙だと思い、次に見た時には農民上がりの賊であった仲間とは大違いの舞うような型に見惚れ、そして先ほどはいくら恐ろしい風体とはいえ、小柄なマコトが大きく力強く見えるカイを負かし驚きに目を瞠った。

 頼るべき親の居らず、知己の者たちも武芸も出来ぬのに賊になり最後は討ち取られ、


(力があれば違ったはずだ。それに・・・仇を討つにも力がいるし、生きるのにも力が無くちゃ始まらない)


と、ハサは考えており、その身以外何も無いハサにとってこうした武術はとても魅力的に映ったのである。だからと言ってマコトに教わりたいなど言えるはずも無く、ハサはこうしてマコトの鍛錬を覗き見ては後で1人で箒などを手に体を動かし、真似事をするようになったのだった。

 ハサは暇になると1人でマコトの真似をし箒を振り回したり、カイの剣の真似事を始める。基礎もなっていなければ、いい加減に覚えただけの型は腰が引けていたり腕のみで振り回すと、武術からは程遠い子供の遊びに近い。だが、子供にしては根気よく続けており、子供が隠れてすることなど隠れるというには程遠くすぐに気付いていたベルムドなどはそれに感心し、


「ハサはもう3日以上武術の真似事を続けているようだ。私は武術はからきしだが、カイは暇だし教えて見える物もあるのではないかな?」


と、療養中で暇を持て余していたカイに声を掛けたのである。カイもベルムドほど早くは無いがハサの行動には気付いており、


「子供だからなぁ・・・子供は武術のごっこ遊びは好きだが、習うというと違うものだぞ?」


と、すぐに飽きるかくずって放り出すのではないかと懸念を言いつつも、それだけ長くやろうとしているなら一度くらい習うか声を掛けてみるかと思うのだった。



「やるよ! えっと、お願いします」


明くる日、朝食を終えたところでカイが剣を習うか?と声を掛けると、ハサは嬉しそうにこう返事をし、マコトが鍛錬をする中庭の端でハサはカイに剣を習うこととなる。


「俺が教えるのは白蛇剣。ここアレセスの五大門と言われる武術、千遍八雫の剣術で、片手で長剣を使い相手を惑わしながら素早く内へと入り込み急所を切り裂き、突くのが特徴だ。お前も蛇だし、似合いの技だろう」


そうやってハサに講釈を始めるカイに、マコトも槍を止めついつい聞き入ってしまう。精妙な剣の技はマコトの不器用な手首ではとても扱えるものではないのだが、なかなか聞けるものではなく興味深いものであり、槍を下ろしたままマコトはカイの講釈を感心しながら聞き入っていた。

 前置きのような話が終わると、カイは白蛇剣の独特な足運びをハサに見せ、ハサのような子供ではとても捉え切れぬ動きをし、


「今の俺は内功が使えぬから、これでも早さは半分にも満たんぞ」


と、目を白黒させるハサに笑いながら声を掛けると、今度はゆっくりと足運びを見せハサにその動きを真似するように促す。


「それではその足の意味が無い。その足は・・・そうだ。そうやって次にどちらに体を振っても良いようにすればいい」


ハサがたどたどしく行い、一つ一つカイが指摘するなかで、マコトも槍を置いて足運びを真似していた。


(あの足運びは憶えておけば使えるかもしれないし、一緒に練習しておこう)


マコトはそう言った考えから行っていたのだが、それを見たカイは思わず笑いを漏らしてしまい、


「っと・・・はははっ! いや、マコトもこちらで足運びを学ぶか? くくっ、いやなんだ・・・こいつがマコトの真似していたのに、今度はマコトがやっているように見えてなぁ。つい、つぼに嵌ってしまった・・・はははっ!」


と、笑いながらマコトを呼び込み、少し照れたように耳を上下にぴくぴくと動かしながらマコトもカイたちの傍へと寄り、参加することとなった。

 近寄るマコトに内心で驚き恐れを感じていたハサだったが、


(同じ屋敷に暮らしてんのに、今更怯えてられるかよぅ。俺だって強くなればいいんだ)


と、奮い立たせ、マコトのほうをちらちらと気にしながらも、カイの教えを聞いてゆっくりと足を動かすのだった。こうして、カイの指導のもとで2人は足運びの鍛錬を行い、


「あぁ・・・もう駄目だっ」


と、ハサが疲れ切り足が上がらなくなるまでその日は続き、


「よく頑張ったな。これからしばらくは足運びと内功の鍛錬だな。今日は慣れぬ動きで足が痛むだろうし、しっかり体をほぐしておけよ」


そうカイが言って終わりとなったのである。


「えぇ・・・剣は!?」


と、ハサは声を上げるがカイはまだまだ先だと告げ、それを聞いたハサは声も出ず力が抜けて寝転がり、


「はははっ!鍛錬の指導というのも悪くないな! マコトも習うとは思わなかったが、こうした事も悪くは無い」


と、笑いながら中庭の端に置いたままの椅子に座ると机に置いてあった酒を呑む。

 ハサが不満に思うような剣の鍛錬というのは力が無ければ始まらず、だからと言って10歳程度の子供を鍛えすぎれば壊れてしまう。指導というものをしたことが無いカイではあるがその程度の認識はあり、基本的な足運びや体の使い方を教えつつ内功を鍛えることで、先に内気による補強を行えるようになってから剣の鍛錬へと進むことを考えていたのであった。内気による肉体の補強と一見便利そうにも見えるが、内功は下手な教え方では内気が自らの身中を暴走し傷つけるというリスクもあるもので、決して楽なものではない。カイは、その危険性については大して問題と思っておらず、ハサが幼く筋力や体力をつけすぎるのに向かぬのなら内力から上げればよいと、ハサの望む力を得るための鍛錬を考えていたのであった。


 横手の家で魔道具や書の手入れをしていたベルムドは、騒々しくも楽しげな中庭の様子が聞こえて手を止めると、


「うぅむ・・・意外と楽しそうだし、何となく私だけ外れている気分になるな。子供は武だけでなく学もあれば色々と役立つだろうし、私も学をハサに学ばせようか」


そう言って笑みを浮かべ、ハサをどう言いくるめて学ばせようかと考えながら手入れしていた書や巻物を物色し始める。こうして、マコトもたまに加わりながら、ハサは2人に文武共に鍛えられることとなったのだった。


お読みいただき有り難うございます。

更新が遅れていましたが、年末年始の忙しさも少し落ち着いてきました。まだ前ほどの更新速度は出せないかと思いますが、続いていきますのでよろしくお願いします。

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