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42.

前話まとめ。

マコトとリン、ナグルマルで合流を果たすも、帝国の内乱が勃発。門を破り街を脱する。

 ベルムドが車輪の下の泥を魔法で固め、マコトが馬車を押してと、悪路に足を止められながらも一行は北へと進む。ナグルマルから門を抜け西へと向かったはいいが西よりの街は檄文が飛んだ場所から近いだけに乱れが大きく、馬車をそのまま進めることも出来ないと、開拓用の作業路などのかろうじて道として使える道を選び進んでいたのだ。そのためどこまで道として使えるか、行けるのかは分からず、リンの門弟たちが先行し道を確認し、時折ベルムドやマコトが魔法で土を押し固めながら進むゆっくりとしたものになっている。

 では、皆が危機を前に緊張し道を進んでいるかといえば、そうでもない。時折薄く霧がかかり遠くも見えず泥によって足も遅いと進むには良いものではないのだが、魔物はリルミルたちがすぐに嗅ぎつけてしまうし、直接の追っ手でもかからなければ主路から外れたこの道に兵が来るとも思えないといった具合で怖いのは深い泥くらいなものだったのだ。


 そうなってくると、ナグルマルから出たばかりは警戒で口数が少なかった面々もちょこちょこと会話が出るようになり、


「ってぇことは、あんたは自分の国をわざわざ乱したってのかい?」


「うむ。帝都で収まると思っていたのだが、思った以上に腐っていたらしい」


カイとシゲンがこう会話を交わすように、やはり話題は帝国のこの動乱についてであった。シゲンがこう言ったように、ある程度の乱れは、皇帝であるシゲンがわざと起こるように仕向けていたのである。


 帝国の大乱となり得る現在の動乱。それはシゲンも現状に至るまでを知らなかった訳ではない。むしろ、シゲンは自ら放蕩することで毒となり、帝国の病毒を打ち壊そうとしていたのである。

 3家による形は確かに崩れはしないが、ゆっくりと毒が回り四肢が腐れ落ちるように帝国は滅びるだろうとシゲンは見ており、正攻法で動いたところで皇帝の権力などたかが知れていると政務より遠ざかった。だが、帝都に象徴たる皇帝がいる限り政もどうにでもなるということが分かると、ついには帝都に殆ど寄りつかなくなったのである。


「古く腐りかけているのだから、毒を以ってでも治さねばならん」


そう言うシゲンではあるが、


(己が行動のみとは、アテになる臣下が居ないのね)


と、リンは思い、カイもあまり面白くなさそうな顔で、


「やる事が違うようにも思うが、雲上のお大尽ともなれば違うのかねぇ。目先に囚われれば大事は成せずとも言うが・・・まぁ、そこらの男の言う事だ。気にせんでも良いよ」


と言って酒を呑む。


「おかしいか?」


シゲンがそう聞けば、


「おかしいな。全く分からん。俺にはあんたが独り行く者にしか見えぬし、それでは仇を討とうと自分勝手に動いた俺と何が違う? 英雄たる者なら、令せずとも皆が従いその道に続いてくるが、あんたはなかなかの好漢ではあるが、英雄か?」


と、カイはシゲンの行いの正しさに疑問を呈した。一介の武人であれば独り我が道を往くのも良いだろうが、皇帝という上の者であるならそういった者とは違うだろうとカイは思っており、自らの行いと同じと言ったが、色恋無くとも女のために動いただけ俺の方がましだとばかりにシゲンを諌めるような言を放ったのである。


 シゲンも自らの行いと侍らす者の少なさは分かっており、


「何、この身正しからざれば、令したところで従わぬ。そう遠くなく結果を出そう」


そう言ってシロナに注がれた酒を呑み干した。マコトは、この動乱の会話に参加しようにもどうにも言葉がついていかず、


(国が乱れて滅びかける方がよっぽど後に響きそうだけど、大丈夫なのかな。内戦になれば怨恨とかも出るし、長い間酷い事になる気がするんだけども)


と、他人事であるために呑気にそう心中で評していた。マコトとしては、賊退治の道中でシロナと仲良くしたくらいで、その彼女が安全に生きられるならいいがと思い、シゲンについても上手くいけばいいとは思うものの、この内乱に関わる気は全く無かったのである。流され続けてここに居るだけに、


(今度は戦争になんて関わらない。家のある場所と友人だけで十分だ)


と、帝国の内乱などマコトにとっては煩わしいだけでどうでも良いことだったのだった。


「人は争うのが好きだな。もしかすると、人は何か足りんのか?」


「食い物が足りんのかもしれん。腹が減れば気も立とう!」


「だが、争っていても腹は膨れん。我らならば尻尾が膨れるやもしれんが」


「我らは腹を膨らすか。尻尾は今は膨れぬぞ」


相変わらずな掛け合いをするリルミルたちを構ったり、魔法をよく使っているために疲れ寝ているベルムドに気を遣いながらマコトは過ごし、4日ほど進んだところで、ようやくシゲンたちと別れることとなった。

 シゲンは追われる可能性から直接帝都へと向かわず、共に脱出していたマコトたちと同道していたのだが、遅い足で4日も過ぎれば追っ手が掛かっていないと判断し、シゲンはこの混乱を治め皇帝の力を取り戻すために帝都へと向かおうと別れることとなったのである。

 だが、ここで子供であるハサはシゲンたちについて行くことは許されず、


「ええぇ・・・連れて行っておくれよぅ!」


と、ハサが泣く中で、クロナはハサを優しく撫でつけながら、


「これから行く場所はとても危険で、シゲン様の下に居ると思われてしまえばハサはきっと殺されます。例え乱が終わろうと、シゲン様に敵は消えず、私たちはシゲン様に付く者でありあなたを守る者では無いのですから」


と、例えハサの理解が及ばずとも理由をしっかりと告げ、生きる事を一度は選んだのだから、ちゃんと生きる道を選びなさいと言って優しく抱きしめてから、ぐずるハサをベルムドやカイの下へと置いて自らはシゲンの脇へと立つのであった。

 マコトは、この中で少し仲の良くなっていたシロナに別れを何か言おうとしながらも、自分の足らない言葉では何を言えばいいかと悩み、


「幸運を」


と、一言を告げるに留まるが、シロナにも思いは伝わったかマコトへと微笑んで一礼し、やはりシゲンの方へと駆け寄っていく。

 それぞれが別れを告げるなか、2台の馬車のうち使者として見栄えだけ良くしていた豪華な馬車より馬を外し、その内の1匹をシゲンへと譲り渡す。

 使者で使っている馬車は普通の幌のついたものより重く内部も狭いと人数も荷も入らない。その上、目立つとこうした状況で使い続けるには良いものでは無かったのだ。シゲンへ馬を貸すというのは、この状況ならばこの上ない貸しとなり、豪華に作られた馬車は打ち捨てるには高価だがそれ以上の価値となるとリンは判断し、残りの幌馬車に馬を1頭増やし、1頭をシゲンへと決めたのだった。



「この事は憶えておこう。徒歩ではシロナ、クロナに追いつけぬからな」


「ええ、乱が収まった暁には、アレセスと今まで以上に良い関係をお願いしたいわ」


馬上よりシゲンは言い、これにリンが艶やかに微笑み応えると、


「では、皆の者、楽しき良い日であった! 我らはここで別れるが、いつかまた酒を酌み交わそうぞ!」


そう大きな声でシゲンは言うと、馬首を返し帝都へ向かい駆けていった。


「何とも騒がしい人だったわねぇ・・・。さぁ!私たちは早く帰りましょう!」


リンはそう言ってぱんぱんと手を叩き、マコトたち一行は馬車へと乗り込むとまたゆっくりと北へ進みだす。マコトはちらりと後ろを見たが、すでにシゲンたちの姿は湿地帯の霧の中に消え乗り捨てられた馬車がぽつんと佇むだけであった。


(帝国も後は帰るだけか。目的は達し、カイと会うことも出来たし不足はない・・・けど、厄介事は増えたような気もするなぁ)


マコトは馬車に揺られながら、ハサの方をちらりと見てそんなことを思い浮かべる。マコトとしては随分と長く気にかけていた事である友の無事と、その友と再会を喜び合えたことで帝国での結果は良い物であった。だが、皇帝のシゲンや帝国に振り回された事や、そのシゲンたちが説得し連れてきたハサを置いていったという事もあり、何とも釈然とせず晴れぬ気持ちに囚われていたのである。


「何だ・・・霧は浅いが、そんなに外を見ていても何も見えんだろう。さあ、俺から一杯注いでやろう」


表情には出ていなかったが、マコトの晴れぬ気を察したカイが、自らが呑もうと出していた酒を木杯に取り分けマコトへと渡し、


「まだまだ道は長いのだ、1杯くらい呑んで景気をつけようじゃないか。心持ちを陽とすればこの霧も曇天も、そして道も晴れるやもしれんしな!」


と言って呑み始め、他の者にも勧めてリンの門弟たちやリルミルたちにも酒を注ぐ。まだまだ体は治っておらず、普段ならどうということの無い馬車の揺れに体をぐらつかせながらも注ぎ終えると、マコトのとなりにどかりと腰を下ろした。


「おっと・・・うぅむ、まだ内力が戻らんな。この一杯で少しはこの身も気が入れば良いが」


力が抜け落ちるように座ったカイはそうぼやくと、舌を酒に漬けこむように呑むマコトを見て笑みを浮かべ、


「相変わらず面白い呑み方をするもんだなぁ。そうも漬け込むと舌に酒が染みついてしまうのではないか?」


と、マコトをからかい、マコトが舌を揺らしながらふるふると器用に首を振れば、はははっと口を開けて笑い出すも、それからはマコトを宥めすかして特にどうということもない会話を楽しげに重ねていくのだった。

 ベルムドもそうしたマコトやカイの会話に加わろうという気はあったのだが、ハサが近くに居たためにそうも出来ず、言葉こそ交わすことは無いものの、ハサの傍にいてやろうと横に座っていた。ハサはクロナに置いて行かれてすっかりしょげかえり、それによって旅の疲れが出たのか力が抜けて項垂れるように座りこむ。子供の身では馬車の揺れが続くのは辛いようで、あまり物を口にせずどうにか水を採るくらいであり、


(子供の身でこの旅はきついだろう)


と、ベルムドは少しでも気分を良くしてやろうと水筒に薄荷のような少しすっとする香草を漬け、ハサへと渡してやり、ハサは水筒を無言で受け取り少し飲むと、それを抱えるようにして寝てしまった。

 そしてリンはと言えば、自らの門下の者が多いだけにはめも外せず、澄ました顔で配下の者たちにかしずかれながらも、せめてこれだけはとばかりにリルミルを1人膝に抱えて座っているのだった。


 こうした旅は、特に問題も起きず帝国を抜けていく。魔物の領域としても人の領域としても外側で、獣が住むにも不毛であると、あまり他の気配の無いこの地域は、なるべく難に遭わずに抜けたいマコトたち一行には有難いものだった。と言っても、マコトたちには害と言えない程度の魔物は出るので、只人ならば街道を進むのが確かな場所ではある。

 その殆ど人の通らなくなっただろう道と呼べぬ道にすら、稀に護衛も付けず馬すら持たず荷車を引く者たちの一団がたまにおり、何かから逃れてきただろうその身なりを見れば、


(目立つ馬車を捨て、街へと近づかなかったのは正解か)


と、皆に思わせるものであった。己が身一つであれば伊達や酔狂からこういった一団に力を貸すこともあるだろうが、リンは当然としてマコトもアレセスや傷病の身であるカイがおり、各々の考えからこれらに関わることは一切無く、唯一関わったのは通りすがりに魔物に襲われていた一団を助けたくらいである。それも頼られては困るとすぐに立ち去り、最後の難所である湿地帯の北西に広がる森林を東に避けて完全に道の無くなった荒地を北上し始めれば人の姿も無くなり進むだけとなった。


 この荒地では、古い道よりも魔物は多く、普通の傭兵や冒険者にとってはかなりやっかいな地の下を走る大蚯蚓などもいたのだが、


「久々にあの肉が食えるな! だが、山では無いから味が違うか?」


「久々に狩りが出来るな! 山の味と比べ、皆に自慢してやろう!」


と、大蚯蚓を狩るのが得意なリルミルたちによってたちまちに狩られて肉と化してしまい、大蚯蚓よりもその大量の肉を全て持ち帰れぬとリルミルたちを説得する方が大変だというくらいである。マコトはここでようやくリルミルたちの谷で食べたのがこの蚯蚓の肉と知り青くなったりしたものの、切り分けて元が分からぬ肉となり食べれば美味いとなると、


(見た目がそのままじゃなければ意外と平気だ・・・姿焼きだったら無理だっただろうなぁ)


と、食欲が忌避感に勝り、すぐに慣れて狩ったリルミルを褒めそやしながら食べるのだった。


 こうして遂に荒地を抜け、マコトたちはエルフたちの住む大森林の南を東西に走る街道まで辿り着く。すでに本来の帰還予定よりも一月以上遅れ春が見え始めた頃となっており、マコトたちは急ぎ西へ、アレセスへと続く街道をひた走るのであった。


お読み頂き有り難うございます。

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