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41.

前話まとめ。

マコト、賊の殲滅に成功。→賊の拠点から鱗族の子供を拾う。

 マコトたち一行が帰路に着いた頃、リンも帝都より急ぎ駆けていた。帝国に旅し帝都に身を置いていたリンは、自らの手の者によって得た情報から、今にも破裂し幾つにも別れそうな帝国の内情を感じ取り、使者としての役目は果たせぬが果たす意味も無いと打ち切って、その帝国に絡め取られては敵わぬとばかりに急ぎ逃げ出したのである。


 帝国は3つの大家によって仕切られ、確かに古いが故に崩れることは無い。だが、それは帝都に皇帝その人が居るからであり、3家は互いに力を合わせ皇帝という柱を支え続けてきたが、10年近くの殆どを帝都に寄らず行事も政治も怠ってきた現皇帝によってそれは崩れ迷走や暴走に近い状態を生み出していたのだ。

 先の盗賊による開拓村の占領や壊滅、そして都市同士のいざこざも、皇帝主導とされている開拓の失敗と民を護らぬ皇帝という2家による現皇帝排除の策謀である。共謀する2家は皇帝の影響力を大きく排しながらも、その立国の血筋を絶やすことなく、帝国に各都市ももっと大きく関係するような国家体制をと運ぶことで帝国の病魔を駆逐する計画を立てていたのだ。

 例え民に慕われる皇帝の行動があるといってもそれは個人としてで、皇帝の器との違いを示すことで現皇帝の権威を失墜させ次代へと帝位を譲り、帝国の柱として次代を担ぐ。それは確かに国のための考えであったのだが、中小貴族たち、そしてそれぞれの都市を治める都督の思惑が絡み合ったことで、策謀に関わらぬ家を含めた彼ら3家を持ってしても抑えが利いているとは言い難い。そして、帝国の大きな資金源である山岳都市の魔物騒動とそれの鎮圧の失敗。これにより帝国の土台は揺らぎを見せ、帝都による各都市の支配力が薄れ始めた今、いつ崩れるか分からぬ状態となっていたのであった。

 山岳都市の魔物騒動を鎮圧出来ていれば、いや、出来ていなくともそれを知ったシゲンが素直に帝都に戻り皇帝の存在を示していればここまで揺らぎはしなかったろうが、そのどちらも無く、帝都と施政者、軍は大きく揺らぎそれぞれの方向をそれぞれが定め、迷走を始めていたのである。


 このような内情は、本来ならば例え帝都に居ようと普通はリンなど他国の者に大きく漏れるはずもないのだが、リンが会う貴族たちの口さえも抑える者が居ないのか内情は彼女の耳にもよく聞こえ、皇帝の不在と不満すら使者であるリンが耳に出来たほどである。

 果てには、リンやアレセスすら巻き込もうとする中小の貴族や、上の抑えが無い状態であるが故に大国の権威を笠にリンを妾にと仄めかせる者まで出てきて、


「大国であるからと思っていたけれど、これじゃ国同士の約束事もあてにならないわ」


と、これ以上の干渉を避けるため、そしてこのままではリン自身が怒りに任せて他国の貴族を毒殺しそうだと、使者としての役割を終えたのだった。

 帝国の領地の大半を占める湿地帯のごとく、どこに底なしの沼があるかも分からぬ帝都の内情にリンは大きく肝を冷やし、


「早くアレセスに帰りたい。ここにいるとフガクの顔も可愛く思えてきちゃうわよ」


そう言ってアレセスへの望郷の念を募らせ、帝都を抜け南西のナグルマルへと街道をひた走るのであった。


 一方のマコトたちだが、帰路においては子供がいるために遅れがちであり、その子供は自らがよく知る者たちが殺されたと知って癇癪を起こし、それにどうしてそうなったか、理をもってクロナはゆっくりと話すが中々に受け入れられず、


「皆殺したんだろう? 殺したいなら俺も殺せよ!」


と喚く。だからと言って、シゲンが死にたいのか?と聞けば、口ごもり涙を流すと子供だけに扱いも難しく手を焼くもので、子供の泣き声には皆も気が滅入り、辟易とした傭兵が殺気立ち、マコトも見目を恐れられるとそれに関われないものの気疲れしていた。

 そうは言ってもやはり子供で、帰路の中で世話をするクロナは自分を護ってくれていると感じるのか僅かに懐き、喚くのも止めようやく落ち着きを見せて、後は喪ったものに涙するだけとなったのである。そうして賊のいた島より出て数日が経ち、ようやく聞き出せた鱗族の子の名はハサと言い、艶やかな赤い鱗に全身を覆われたの蛇頭の男の子供であった。


 ハサは、回りの者への復讐心や怒りを失った訳ではないのだが、子供ながらに泣き喚きながらも知恵を回し、


(仇なら、仇の懐に入って、機を窺えばいいじゃないか。今は懐く振りをして、様子を見よう)


と、世話をしてくれるクロナに懐くようになったのである。だが、やはり子供であるか、クロナの暖かく包むような優しさにはすぐに絆されてしまい、


(この姉ちゃんはいい人かもしれない。仇は他にもいるから、そこからでいいや)


ハサは都合よくそう考えて、自らの村を追いだした賊や、共に追い出された者たちが死んだことという2つの苦しみから脅え泣く日々をクロナに縋りナグルマルへの道中を過ごした。


 そうしてハサが喚くのを止めれば、皆も落ち着いたかとハサに関わり言葉を交わすことも増えるのだが、マコトは中々そうもいかない。

 初めに会った時にひきつけを起こすほどに驚かれたのがいけなかったか、


「何だよう! 結局こんなのを寄越して俺を殺すのかよう」


と、ハサが泣き喚いてしまい、マコトの訥々とした言葉遣いでそれを収められるわけも無く、その口調がよりハサにマコトを化物と印象付けたか、クロナの後ろに隠れ見ようともしない。


(うぅ・・・蛇の人とは相性悪いんだろうか・・・。こっちからすれば大きな蛇頭の人ってのも十分怖いのになぁ)


マコトは久々に手酷い対応を受け、蛇頭ということでアリアデュールのギルドにいたイラ・ヴェッラとの出会いを思い出していたのであった。

 このところ、傭兵たちは遠巻きに見るだけではあるが、ナグルマルの噂話のお蔭かそう悪い扱いも無く、その前のアレセスではマコトを良く思わぬ者と関わること自体が少なかった。そのために子供の率直な物言いにはマコトの心にもぐさりと来るものがあり、


「あぁ・・・やっぱりダメでした」


と、子供好きながらも、その好きな心によって不器用になってしまい、その子供を傷つけかねないと近寄らせてもらえぬシロナと共に、凹んだ心を慰め合いながら帰路を歩んでいた。


 そうして4日後、ナグルマルへと着いたマコトは宿に停まっている見覚えのある馬車を目にし、


(もう戻ってきたのか)


と、マコトが宿に入ればやはり宿の食堂にはリンたち使者の一行が卓を囲み、


「おかえりなさい!」


リンは縞柄のリルミルを抱えて機嫌よくマコトを迎え入れたのだった。


「あまり日は経っていないのに、何だかとても久しぶりな気分ね。マコトも無事目的を達成出来たようで良かったわ」


「うん。リン、無事で良イ」(うん。リンも無事なようで良かった)


そんな言葉を交わす2人であったが、使者として動ける程に帝国の状況は良くは無いとリンは言い、未だ内気を体に巡らせられぬカイを連れてでもアレセスへと帰ろうと言うところで、酒を呑みながら街にいた自らの配下より話を聞いていたアレイルが、


「なんだと? それは本当か!?」


と、驚き大きな声を出した。

 マコトは状況が分かっておらず、拠点として傭兵を率いるアレイルや帝都に居たリンが肌身で感じていた帝国の混沌とした状況が遂に動き出したのだ。


「帝国は尊く素晴らしきものだが、皇帝は道を謀らず業余に溺れ、諌めるべき帝都の臣は帝都で享楽に溺れ、国には賊が溢れ民は護られぬ。これは我が都市が迎合した帝国の姿とは程遠く認められるものではない」


 こうした檄文が、まず帝国北西部のいくつかの都市より発せられ、各都市は独立や帝国の支配階層の刷新を迫り、それに便乗するかのようにいくつかの都市は自らの支配領域を広げるために他の都市の支配する村を切り獲ろうと軍を動かす。

 この動きがナグルマルへと伝播したのはマコトが帰還した2日前であり、ナグルマルも軍が不穏な動きを見せていたのだった。肝心の帝都は、この状況に置いて、政をする議会は責任の所在を言い争い、軍も山岳都市の状況が芳しくないこともあって動かすことも出来ない。

 ナグルマルは大都市であり、3つの大家のうちの1つが政をしている都市ではあったが、ここにきてナグルマルに駐留する軍を取りまとめる貴族の一派が檄文を利用し支配をせんと動き出していたのである。


「都市を出るなら早くした方がいい。何せこちらには皇帝が居る・・・下手をすれば皆捕まるぞ」


アレイルはマコトにそう言い、ベルムドが荷物を馬車に乗せていたところで、アレイルの言う通りに兵たちが宿の入口を固め、


「ここに畏れ多くも皇帝陛下を僭称する輩がいると聞く! 今ならばそ奴を差し出せば罪には問わぬぞ!」


と、シゲンの身を押さえに来たのであった。剣を抜き宿へと入ってくる兵士たちは宿の前で入口を見張る者たちと違い、皇帝の身柄を生死問わずして持ち帰るよう命令されており、貴族の私兵に近く皇帝への敬意も薄い。


「この白光を纏う我が身を知らぬ者が我が帝国の兵でいようはずもない。そうだな、シロナ?」


剣を抜き襲いかからんとする彼らににシゲンが体に白光を纏わせ言うと、


「はい・・・少なくとも、シゲン様がよく動いていたナグルマルで帝国兵が知らぬはずがありません」


聞かれたシロナもそう答え目を鋭く細め、


「陛下と知りながら剣を向けるとは。逆賊で一族諸共に滅びる覚悟があるのでしょうね!」


と、クロナも怒りを見せた。

 アレイルやマコト、それにリンといった面々は仮にも帝国兵であるからと手出しも出来ず見守る形となり膠着状態になるかという所であったのだが、シゲンはすでに眼前の者たちを賊と同じ・・・いや、賊よりも程度が低いと見なしたか、


「我が拳を使う価値も無し。シロナ、クロナ、やれ!」


そう言ったのを合図にシロナ、クロナの付き人2人が兵たちへと踊りかかると、シロナの拳、クロナの剣によってまともにやり合う間もなく宿へと入ってきた兵たちは斃されていき、その中を堂々とシゲンは歩むと、宿内の一掃を終えて入口より外へと一歩踏み出した。


 宿の前を固める兵たちは、名の知れた武人など居らず、宿に押し入った者たちのように私兵のような側面も無い。状況に流されていた彼らは、宿より踏み出したシゲンを見てどうするかと思わず顔を見合わせ、


「鎮護の兵が、騒動を起こすとは何事か! 民を脅えさせ逆賊へと成り下がる気が無いならば、帝国に仕える身であることを示すがよい!」


と、シゲンに大喝されるや、とんでもないことをしたとばかりに脅えて膝を付き頭を垂れて、忠誠を示したのである。このように兵たちの大半は、檄文に感化されたり上司の命に背けぬ者、流されて巻かれてしまったものであり、シゲンが皇帝であることを知る者も多く、惑いを断ち切られればこうして兵としての役を思い出しもするのだ。

 ただ、それだけにどちらにつくかは旗色次第でもあり、


「うむ。帝国の兵であっても、上の者に逆らうのは難しく、今戻っても立つ瀬も無いであろう・・・。今は身を潜め、守りに徹し、鎮護の兵として動ける時を待つがよい。さすれば、いずれお前たちには罰ではなく、賞をもって報いよう」


そう言って彼らを解散させると、


「お前たち、いつまでそこでぼうっとしている! 街より出るのだろう!」


と、マコトたちの馬車に乗りこんでしまうシゲンであった。


「え・・・ちょっと!? あれ誰なの?」


シゲンのことを知らぬリンが戸惑い声を上げ、目の前で起きたことにハサが硬まったりとするなかで、


「行こう、早ク」


マコトはカイを部屋より連れてくると、そう言って馬車へと促した。


「済まんが私は同道出来ぬ。これでも団を纏める長だからな」


と、アレイルはマコトたちと別れることを告げ馬車のシゲンへと向き直ると、


「今は団を託すことは出来ません。ですが、どうなったとしても敵として動かぬと約束します」


そう言って一礼すると、配下と共に足早に宿を去っていくのだった。


 そうして皆が乗り、馬車は街を出るために門へと走る。ナグルマルは帝国と同じく表面は覆われていても水面下では泥濘とした溶岩の蠢く状態であったが、皇帝という火種が入ったことで、その表面は砕けそこかしこで火が噴き出て酷い状態となりつつあった。シゲンはナグルマルでは皇帝その人であるとも知られており、皇帝その人を弑しかねない命令に、兵たちの間でも動揺と分派が起きると、それは斜面を転がる落石の如く止まることなく多くを巻き込み広がっていき、各所で戦いが始まっていたのである。


(あぁ・・・なんか普通の冒険とかしたい。街では平和でのんびりしたい)


馬車に揺られながらマコトはそんなことを思い、かつてのアレセスの戦いのような空気で、ちらほらと煙も上がり始めた街を眺める。

 だが、そのまま門を出れるという訳にもいかず、


「門、閉まっテる」


マコトの目に入ったのは、西の街道へ続く門がしっかりと閉じられ、その門から繋がる外壁の路で戦う兵の姿であった。

 マコトは困り顔で皆に言い、どうするか決まるまではと馬車を門近くの路へ止め相談していたのだが、兵たちが争っていてはシゲンも皇帝の威を使うのも難しく、何より兵の数が多く戦いとなれば足止めされてしばらく身動きが取れなくもなるために出ることも出来ない。


「あの門か。あれなら石の人がどーんとやればいいではないのか?」


「そうだそうだ。石の人の悲鳴ならば、あの門程度、通れる穴は開けれよう」


「また腹に響く音が聞けるな!」


「酒を腹に入れておくと、中で酒が震えるのが分かって面白いぞ!」


そこで意外にも解決策を言ったのはリルミルで、


「そうよ!大船の底に穴を開け、帆柱を倒すんだからあれなら門にも穴を開けれるんじゃないかしら?」


と、リンも乗り、さすがだわ!とリルミルを抱き上げ頬ずりをする。厚みのある鉄条門を含むような門であればマコトも出来ぬと首を振っただろうが木を加工した門であるため、


(たぶん・・・いけるだろう。距離も近いし、爆発する弾も使えるだろうし)


と、マコトも頷いた。


「船・・・? はははっ!マコト、お前は船を落とすなんてことまでやっていたのか!」


カイはマコトと会わぬ間の戦いぶりに驚き、


「それは良い! いや、良い見物になりそうだ!」


そう言ってリルミルたちと呑み始め、マコトの砲については知らぬシゲンたちは訝しげではあったものの抜け出れるならばと同意し、もし門が破れぬならば一目散に逃げ、街で夜まで待って夜陰に紛れて抜け出ようと決める。砲を使うことは騒がしくはあるのだが、夜陰に紛れるまで時間を経てば事態がより悪化する可能性もあり、また、その場合では馬車を置いていくことともなるため、傷の治らぬカイを休められないということで、少々派手ではあってもこの行動を取ることとなったのであった。


「じゃあ、準備できたらやってちょうだい! 穴が開いたら一気に抜けるわよ」


そうリンが号令し、マコトは馬車の屋根へと上がると、門へと狙いをつける。


(どう撃つかな・・・近いから爆発するののみでもいいのか。でも、それでダメだと困るし船と同じように何箇所か通常ので穴を開けて、大穴にするために爆発弾で吹き飛ばすのでいいかな)


マコトは狙いをつけながらどう撃つかを決め、右腕の砲からは低い振動音が漏れ出し、砲口の両脇より緑色の美しい爪がするりと伸びて準備が整った。


 そうして竦み上がるほどの甲高い悲鳴のような砲声と、低い叫び声の混じる恐ろしい砲声が響き、


「なんと・・・このような技があるのか」


「技なんでしょうかね」


「ですねぇ。技っぽくはないです」


と、驚きに目を瞠りながらシゲンたちが評し、門は食い破られたかのように大穴を開け、馬車はその中を抜けるとナグルマルより離れていくのであった。

 門で争いとなっていた兵たちはこのマコトの砲声と門の大穴に畏敬とも言えるほどのおそろしさを覚え、


「我らは何をしていたのだ。仲間と争っていただけではないか」


と、気勢を削がれて門の戦闘はなし崩しに終わったのである。


 人死にこそ出なかったが、門に開いた大穴は誰もが目にし、砲声は多くの者が耳にしと、門の兵たちは後に色々と尾ひれをつけ話した結果、


「皇帝を弑そうとした結果、竜に変じて門を突き破ったのだ」


「諍いを起きたことで、隠者としていた大魔術師が魔法で門を破ったのだ」


「あの大きな悲鳴を聞いたろう。帝国の怒りに触れ、都市が悲鳴を上げ門が破れたのだ」


といった噂話が、またもマコトの知らぬところで広がるのであった。

お読みいただき有り難うございます。

色々と動かすのに悩みながら書いていたので、結構時間がかかりました。

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