03
前話まとめ
マコト、オルドに介抱される→オルドと話し合い→マコト、オルドに教わることになる。
廃都のなかでも大きく崩れ、荒地と化した場所。そこで対峙する2つの影がある。一方は唸り声を上げながら4つ足で深く構え相手へと飛びかからんとし、もう一方は槍を片手で高く構えそれを突き殺さんと大きな瞳で見据えている。
しばらく双方ともに静かに相手を見ていたが、大きな唸り声と共に4つ足が飛びかかる。
「・・・たあっ!」
気勢をあげて突き出された槍によって頭蓋を突き砕かれ4つ足の獣は地に倒れ伏した。遺跡に住む1メートル半ほどの灰色狼のつがいの一匹であり、すでにもう一匹も斃され少し離れた場所に倒れている。灰色狼も頭は悪くないが、ああして待ちに入ってしまえばやはり獣である。焦れて飛びかかるしかなく、逃げればもう一匹と同じことになる。そうして逃げ場を失った狼には、飛びかかるしかなく、そこに生を賭けるしかなかったということだった。
「ふぅ」
マコトは灰色狼の頭から槍を引き抜くと2匹の後ろ足をたどたどしく縄でまとめて穂先に引っかける。それから2匹の喉元を短刀で割き、逆さに吊るすようにして血抜きだけしていく。しばらくして血が出なくなったところで槍を肩に担ぎ、地面に溜まった血に足で軽く土をかけた。
(あとは戻って処理・・・だったかな?あぁ、そういや血抜きの前に溜める穴掘ったほうが良かったんだっけ)
獣の処理について考えながら、ゆっくりとオルドの待つ家へと足を向ける。
マコトがオルドと出会い、生きるために学ぼうと決めてからすでに7日が過ぎ、多少の武器や体の使い方などを覚えて獣を狩れるようになっていた。記憶から引きずっている倫理観もありそういった行為への忌避感自体はあるのだが、マコトの想像以上にやることへの抵抗は低く、罪悪感も遊びで殺している訳ではないということもあって引きずるようなこともない。
武器の扱いについてはオルドから
「剣は持つだけ無駄だろう。槍は振り回すのは無理か。粗雑に振るう槌があれば向いているかもしれんな」
と、あまり向いていないとの評価である。だが、狩りに出て獣を狩れるほどの動体視力と広く遠くまで見通せる視界を持ち、それを生かす俊敏さと膂力を併せ持っているため、オルドはマコトを狩りに出している。これは、マコトが殺すべき時に殺せる判断を出来るように経験を積ませるというのもあり、それ自体はマコトの祝福による精神の強靭さもあり着実に効果は出ていた。とはいえ、まだマコトは群れするものを槍だけで倒せるような経験は無いのだが、マコトの右腕にあるイグススの器官がそれを楽にさせている。本来は両腕についていて約2キロ先まで砲弾と言えるものを飛ばし衝突すると爆裂するという危険極まりないものだが、マコトの右腕にあるそれは距離こそ変わらないものの爆発はせず少し弾自体も小さくなっている。威力が本来のものより小さいといっても一抱えはある木の幹を貫通するほどの力はあり、先の狩りにおいても1匹は遠くから頭を吹き飛ばされている。連射は効かないものの10秒もあれば次弾は発射可能であり、2匹とも遠距離から仕留めていないのはオルドより槍でも戦うよう指示されているからだ。
マコトは自分の右腕を見て
(腕が逆ならどっかの宇宙海賊だな・・・)
などとふざけたことを思いつつも、狙撃出来るのは便利でいいかと使っていた。この世界における遠距離武器といえば弓で、最大でも400メートルほどの射程であることから、制限があるとはいえこの器官が有用であることは間違いないだろう。
しかし、いいことばかりではなく、それによってマコトはかなりの苦戦を強いられている。それは家まで戻り、獣の毛皮を剥いでいるところからもよく分かるものだ。異形の右腕は手首の可動範囲が狭くほぼ動かず、長い指はナイフなどの小道具を持つのには全く向いていない。思うように動かない利き手に持ったナイフで削がれた毛皮は傷つき、剥いだにも関わらずそこかしこに肉がまとわりついている。マコトもこれでは駄目だと慎重に進めたり左手ならばと試したりと色々行っているのだが、成果が出ているとは言い難い。最初は何分割もされた毛皮付きの肉片となっていたことを考えれば、ぼろぼろで肉片付きの毛皮になっただけ進化しているとも言えるが、脂肪を削ぐときにも傷つけられていき結局は酷い有様になっている。オルドもマコトが上手に解体できるようになるとは思ってはいないが、慣れて少しでもましになれば狩りをして自分が食べたり毛皮を使ったり出来るだろうと続けさせている。街などで暮らすなら肉屋や解体屋のような場所で解体してもらったり売り払えばいいだろうが、下手でも自分で出来れば旅などで困らないからだ。
「・・・うん、だめだなぁ」
台に張り付けられたマコトとオルドの毛皮の出来の差にがっかりしつつも、自分で狩って剥いで肉や毛皮を作れるようになってきていることに少し満足するマコトだったが
(もう少し手首が動けばなぁ・・・でも、慣れれば傷つけずに作れるはず。精進あるのみか)
そう気を入れ直しながら、マコトは新しい肉を洗い壺にいれ塩漬けにしていく作業や、前に軽く干した肉を燻し台にくくりつけることをしていく。この作業は器用でなくともどうにかなり、自分で燻製肉などを作るのは楽しいようで機嫌良さそうにぴょこぴょこと小さい身体を動かしていた。
一方、オルドの方といえば、家でマコトのために服をいくらか手直ししていた。オルドの服では大きすぎるし、マコトがいた遺跡にあった服もそのままでは使い難い。また、マコトが遺跡から出る際には必要だろうとフードのついた上衣も用意していた。
オルドはもともと隠棲していることもあるが、2人とも割とマイペースに過ごしている。マコトは色々と吹っ切れたことと、前の窮屈になっていた仕事からの解放感や新しいことに心躍らせたりしていたし、オルドも遺跡内ならば魔物がいないためそうそう困った事態にはならないだろうとここ2日ほどはマコトに狩りを任せているからだ。そうして、座学や体の動かし方などの鍛錬の他は、そこそこ自由に動き回るマコトの姿が遺跡にはあるのだった。
そうして日が落ち、食事を終えると家で座学の時間となる。計算などはオルドより得意であるし、礼儀作法などはオルドも知らぬし必要ない。することは文字の読み書きや貨幣の種類、基準などや国のこと、そして魔物などのマコトが知らないことについてだ。
これらを学んでいて、貨幣については銅貨10枚で銀貨、銀貨10枚で大銀貨、大銀貨10枚で金貨・・・と分かりやすいものだったし、計算が出来るので価値さえ覚えてしまえばどうということもなかった。
国自体は王国や宗教国、種族による小さい国や都市国家など、普通だったが国境は隣国と接していないことが多いというマコトの常識とは違うものについて首を傾げることになった。大体この辺りまでが支配地域となっていることが多く、その先は中立、未支配地域などへと続き、他の国の支配地域になるという。何故中立や未支配地域を支配するものがいないのか?とマコトはオルドに尋ねたが、魔物などの害をなすものが多いため、そこまで支配地域を広げても守りきれないということらしい。また、強力な魔物の棲み家があるから誰も近寄らないなどという場所もそれなりに多く、未開の地域や探索出来ていない遺跡などがそれなりにあるようだった。
魔物については、マコトには全く未知の生き物と認識された。獣などとの違いは魔石という第二の心臓を持ち、それによって体に魔気を循環させるものが魔物と呼ばれる。全てが人に害なす訳ではないが敵対的で危険なものが多く、戦えない者が街道を移動する際には護衛などが必要なことが多い。危険なだけではなく、魔石は薬や道具の材料になるし魔物からとれる素材は貴重なものもある。そうでなくとも定期的にある程度間引かねば溢れるほどの魔物が村や街を襲うこともあるため、冒険者や狩人などによって常に狩られてもいる。そこまでマコトは聞くと、いよいよTRPGの世界だなと思いながらも、次は冒険者について尋ねる。
すると、オルドはマコトがつけるような職だと前置き、冒険者を含めたいくつかの職を話しだした。
冒険者とは、冒険者のギルドに登録し街の外における雑用から遺跡の探索まで色々とこなす者の総称であり、狩人もそこに含まれる。多くの依頼は狩人がするような獣の肉の調達や危険な地域での薬草や鉱石などの素材の入手と、低級で増える数の多い魔物の駆除である。他には遺跡の調査や未開地のマッピングなどという冒険者らしいものや、強力な魔物の駆除なども依頼されることがある。極稀に街中での依頼もあるが、これはあまり数多くは無い。また、これも少ないが、たまに傭兵ギルドから護衛依頼などが回されてくるともある。基本的に魔物や獣相手の仕事で人を相手取ることは少ない。
そして傭兵。傭兵ギルドに登録し街の内外における戦闘を主とした者の総称。多くの依頼は護衛依頼であり、街中での店舗の警備や村の巡回警備、行商人や辻馬車の護衛が多い。領主や国の小競り合いに使われることもそれなりにあり、戦時には強制依頼という徴用まがいのものもある。対人が多いが、護衛依頼での魔物相手もそれなりに多い。
マコトの種はそもそも造られたものだが、街などではあまり見たことのない種族に分類されるため、商人など信用や見目の問題が出るものには向かず、就けるのはこの2つのギルドくらいだろうとなった。他のギルドについて聞くと、魔術師ギルドという研究メインのギルドや商人ギルドという商人の管理のためのギルドがあるらしい。この辺りはオルドも自身が利用したことなどない為、おおまかな説明で終わってしまった。
そうした話が終わると、文字の練習である。マコトは恩恵によりこの世界で広く使われる言葉を話すことは出来るのだが、文字は読み書きが出来ない。なので、文字の読み書きをするために、数字や単語などを日本語と対比した表を作り、それを見ながら単語を砂の入った箱に木の枝で作った筆で書いては消すというものの繰り返しを行っている。やはり不器用な手つきでとても綺麗には書けてはいないのだが、憶え自体は悪くなく数字や単語は結構な量を憶えてきている。この世界における識字率はそう高くないが、農民や兵士のようなものでないなら文字の読み書きが出来ないのは色々と不利になるし騙されやすく、オルドの勧めた冒険者や傭兵の識字率もランクが高いほど高くなっている。
(もっと綺麗な字を・・・くそ・・・)
マコトは思うように動かぬ右手に心の中で悪態をつきつつも、舌を少し口からだし軽く前歯で噛みながら集中して書いていた。舌を噛む癖はマコトが死ぬ前からのものだが、どうやら生まれ変わってもそれは変わらないようだった。ただ、舌の長さの違いで涎が砂に落ちたりしてマコトがうおっと驚き、筆が乱れることもちょこちょことあったりしたのだった。
マコトがそうやって文字を練習する間、オルドは風呂を用意して入っている。ちなみに、風呂や調理など水を使ったり火を使うものや、夜には光を出すなどについては魔術や魔道具が存在し、普及している。そのため、マコトがいた現代に比べれば不便は多いものの、意外と生活しやすくはあった。ただ、風呂などのように多量の水が必要だったりするものは魔力も使うし、魔道具の質も高くなければまず出来ない。そのため普通より贅沢な暮らしをしているとも言えるのだが、マコトがそれを知るのは少し後になる。
オルドが風呂から上がり、マコトの質問に答えたり新しい言葉を教えたりとを短時間で行う。
「そろそろ入ってくるといい。冷めるぞ」
そう言われてマコトは道具を部屋の隅に片付けると、オルドに差し出された手ぬぐいを持って外に向かう。
排水の関係で外に設けられた風呂はオルドの趣味もあるのかなかなかに大きく、ふたを開けると湯気が漏れ出てくる。
「・・・よし」
未だ慣れきったとは言えない少女の体で風呂に入るためにマコトは少し気を張り、帯を解いて服を脱ぐ。
自らのそう大きくは無い胸から腹、下腹部を見ながら
(自分の体と思うと不思議なものだなぁ・・・しかし、慣れないといけないか)
そんなことを毎回のように思いつつ、マコトは手桶で湯をすくって体にかけ、手ぬぐいで丹念にふいていく。昼の狩りや獣の処理でついた血は拭ってはいたのだが、少しは残っていたのか手ぬぐいが汚れたりとしながらも、時間をかけて綺麗にしていく。
(ふー。さっぱりしたなぁ・・・これでビールでもあれば完璧なんだが。っと、そろそろ入らないと冷めるな)
温め直すことは魔道具で出来るのだが、火の適正が極端に低いマコトでは風呂の水量を温めるような効果を出すのは無理なので、冷めないうちにと湯船に裸身を埋め、星空を眺めてゆったりと体を伸ばす。
(あー、気持ちいい。・・・自分も随分ここに慣れてきたなぁ、狩りも出来るようになったし。武器とか道具の扱いはアレだけども)
そして自らの右手を眺め
(もう少し自在に動けばいいんだがね。まぁ、武器としては凄いもんだけども)
オルドにも、遠距離で単体相手なら強いだろうと言われた右腕の器官。マコトにとっては体についた謎の器官という感じだが、何も考えずとも使える身体の一部でもある。発射口を見れば単純な穴ではなく溝が刻まれていたりして
(後付けの機械とか武器にも見えるよなー)
と、機械っぽい外観を不思議に思い首をかしげつつ弄り回したりしていた。
気を抜いて色々なものに目を向けながら1刻ほど湯船に浸かり、疲れた体がほぐれたところで湯あみを終えるとマコトはオルドの待つ家の中へと戻っていった。
お読みいただきありがとうございます。