38.
前話まとめ。
マコト、カイの看病をする。
カイの怪我によりナグルマルに足を留め、帝都へ向かうことの無いマコトたちであったが、使者として帝都へと赴いているリンもその身を帝都に留められており、
「ちょっと時間がかかるから、もし早ければ先に帰っていてね」
と、伝言を持たせた門弟をマコトに寄越す状態であった。この街にようやく戻ってきたアレイルたち傭兵団が仕事としていたように、帝都と、そこから程近い山にあるドワーフたちの山岳都市は現在問題を抱えており、リンのような小国の相手をしていられないと後回しにされているのである。
この問題とは、ドワーフたちがその街にある鉱脈を掘っていた際に魔物の巣と言える場所を掘り当てたことに始まった。その魔物によって鉱夫たちが大きな被害を出しただけでなく、対応したドワーフたち戦士団も酷い状態にまで追い込まれたが、帝都よりも多くの兵と傭兵によって一進一退の攻防を繰り広げていたのである。
被害を出した魔物が何かと言えば粘体状の群体生物、つまりはスライムである。マコトが聞けば、序盤の雑魚じゃないのかと思うスライムだが、鉱山で掘り当てたのは地底湖かと思うような大規模なものでドワーフ自慢の武具も溶かし、多くの生物を飲み込み溶かす恐ろしい量なのだった。このままでは山岳都市はスライムに呑まれ、山を丸裸にしながら麓にある帝都にも押し寄せかねないのだが、そうした大きな手を打とうにも、広範囲を魔法で吹き飛ばしても守ろうという勢力と、重要な資源である鉱脈を潰すことを否定する勢力とで政治的なぶつかり合いまであり現状を超えることは出来ず、中々決着がつきそうにはないのだった。
マコトも、カイの怪我の関係でとても旅立てる状態ではないため、予想以上に時間が取られているというリンの身は案じてはいたものの、これでナグルマルで十分に休めるだろうと安堵していた。
ナグルマルは冬でも暖かく、湿気もそれなりにあるためじとっとした暑さがあり、カイは病人であるのに暑い暑いと着崩しだらしのない格好でベッドに腰掛け手で体を仰いでいた。未だ治らぬ体のためにとリルミルたちが治療のためにくっつくことも多く、丸々として毛皮に包まれた彼らが傍に居るのは確かに暑いのだが、暑い暑い言いながらも酒を離さぬのだからそれを見るマコトの目もどこか冷ややかである。ここ「涼舷亭」は白い縁の窓には魔道具としての効果が僅かにあり、ぬるい風を少しばかり涼やかにする効果があるのだが、こうした部屋の中というのは蒸すもので、熱源となる人が4人も居るのだから暑くても仕方が無い。
マコトは、この暑い部屋の中でカイやリルミルたちととりとめも無い話をしていたのだが、内力も血も失っているカイが暑さに疲れぼんやりとしてきたことに気付くと、
「水、取ってクる」
そう言って部屋を抜け、桶に水を入れると食堂にいたベルムドに氷を作りいれて貰い、また部屋へと戻っていく。
「うぅむ。案外と、良妻の気質があるな・・・」
マコト自身は良妻などというものは思いも及ばないところだが確かにまめに世話をしており、それを見ていたベルムドは茶を飲みながらそう呟き、桶を抱えてとてとてと歩いていくマコトを見送ったのだった。
部屋に戻ったマコトは、うとうととしていたカイに起き上がるように促すと、よく冷えた水に手拭を浸してから軽く絞って、
「からダ、汗」
と、言って絞った手拭をまだぼんやりとしているカイに渡す。冷えた手拭で顔を拭いたカイは、
「水浴びをしたいくらいだが、これはこれですっきりするな」
そう言いながら汗でべっとりとした服をずらし上半身をはだけ、何度かマコトに手拭を渡し濯ぎ絞って貰いながら拭いていく。そうして拭ける範囲を拭くと、カイはベッドの横に足を下ろしマコトに背を向けるようにして、手の届かぬ場所を拭いてもらうようになった。
(でかいなぁ・・・。自分が小さいのかもしれないけど、今の体じゃ鍛えてもこうはならなそう。あ、ここにも傷跡だ)
と、カイの褐色の肌には傭兵業でついただろう傷跡が多く見られ、それをなぞるように拭いたりもしながらもマコトは筋肉質な背に色々と思っていたのだった。
そんなことを色々と考えていると疎かになった手の方は力加減も間違えることがあり、
「ちと、力を弱くしないか? ほんの少し・・・ほんの少しなんだが、痛いぞ」
少しの間は、マコトのような女子の力で痛いなどとは言えないとやせ我慢をしていたカイも、マコトの大きな異形の手の力についには根を上げ、
「えっ!?」
それに焦ったマコトが力加減をより間違えてあざが残るような事もあったが、どうにか体を拭くのも一段落出来たのだった。マコトも気を利かせたつもりがこんなことではと謝ってはいたものの、
「慣れりゃ大丈夫だろう。俺など団の新人だった頃はよく失敗したもんだ」
とカイは笑い、自らの失敗談を面白おかしく話し出し、疲れて眠るまでマコトを笑わせていた。
そうした失敗もたまにありながらも、マコトたちは良い再会で友と過ごせることに喜び良い日を過ごしていた。一方で、使者であるリンは未だ帝都で足止めされており、帝国の要地であるドワーフの山岳都市での攻防は上手くいっていないのであった。
その帝都が割と深刻だろう中、マコトはカイの看病より離れシゲンと共にいる。だが、向かっているのは帝都でも山岳都市でもなく、ナグルマルより南へ船を出し程近い場所にある小さな島だった。皇帝であるシゲンは、本来ならばこういったときに帝都に居なければおかしいのだろうが、居たところで収められるだけの勢力が無く意味が無いと帝都へ戻ろうとはしない。マコトは、現在の帝都のこともシゲンの皇帝としての力も知らないが、
(賊が多いのも、皇帝が放蕩してるからじゃないのかな)
と、同行しつつ思ってしまうのも仕方のない事だろう。
実際、マコトが遭遇した賊は帝国のみで、大けがを負う原因も帝国に居を構える傭兵団と、治安はあまり良いとは言えない。これは皇帝が不在がちだからという理由もあろうが、元々都市国家である各都市をまとめ動かすという帝国の性質によるところが大きい。本来ならば、帝都直轄の騎士団や戦士団によって賊が討伐されるのだろうが、都市同士での政治的駆け引きが大きいために、各都市の勢力圏やその境界での討伐が難しくなっているのである。
愚かな事だと皇帝であるシゲンは思っているが、皇帝の勅命も貴族たちの議会とやりあうことで拒否されることが多く、些事に皇帝の言を度々使うのも難しいと帝都から派遣は出来ないでいるのだ。帝国は長く大きく続き、様々な権益が絡み合うが故に簒奪などは起きないのだが、だからと言って皇帝のが絶対の権力を振るえることもない。権力を持つ三家が上手く回してはいるものの、肥えた大国は少しずつ歪み、病魔に侵されているのだった。
さて、何故マコトがシゲンと共にいるのかと言えば、
「一応の裁定はして悪く言う者も居ないが、正規の決闘を邪魔したのだ。少しは罪滅ぼしをしてもらわんといかんだろう」
シゲンがマコトにそう言い、マコトはカイがそこそこ自由に動けるようになったことで手持無沙汰になっていたので、
(それで何をするのかな? 嫌なことでなければいいけど)
と、その罪滅ぼしが何だろうと気にもなる。それが街から2日も立たぬ場所にいる賊退治と聞けば、街中ならば良かったが、街の外ではカイから離れるとマコトは渋ることになった。
だが、そうして渋るマコトに、
「あぁ、俺なら大丈夫さ。これもあるしな!」
と、カイはそう言い酒瓶を掲げ、内力こそ使える状態には無いものの体調自体は落ち着きを見せており、リルミルたちが居るならば問題は無いと促す。
カイとしては、マコトが生きていたことである程度は意味を失った決闘であったし、相手であるアレイルがその咎を受け、自ら英名を穢したことで溜飲も下がっている。怪我自体は、内気を巡らせると立ってもいられぬほどのめまいと頭痛、吐き気などがあり、リルミルたちが治療だと離れぬことから良いとも言えないが、
「動けるのだから、いつまでも赤子のように頼るのも面白くない」
と、言ったところであった。
そうしたところでのシゲンの申し出は、カイから見れば悪いものでは無いのである。カイも部屋で腐るのも飽きたと食堂で明るく酒を呑み、他の者と話していれば、決闘から出た噂もよく聞いていて、カイもマコトも悪く扱われていないのは知っている。だが、マコトのしたことは決闘に水差す行為だと武人から見下げられてもおかしくは無く、アレイルのような好漢が悪く言うとはカイも思っていないが、
(統制が出来ず、英名を笠に着て悪事を為すような者たちがこちらを貶めぬとも限らん)
そう思っており、裁定をしたシゲンによる取り成しはマコトの助けになると、これを請けるよう促したのだった。
実のところ、名目としては罰ようなものでもあるが、シゲンがマコトのことを面白く思ったから手を出したというようなもので、この罰というのもかなり私的なものだ。そのために付き人たちは気を利かせ一応は依頼として金も出ることとなり、
「仕方なイ」
と、マコトも諦め、早く達成して戻ろうと決めていた。
2人の付き人は大いにため息をつきながらも順当に手筈は整い、マコトとシゲンたち、そして戻ってきて休養を取っているはずのアレイルと旗下の傭兵数人が船上で賊の討伐へと向かっているのだった。
マコトはリンに指導されてからというもの、身なりは気を遣い地味なものでは無くそれなりに女らしくなっていたが、気を許せない相手ばかりでリルミルたちも居ないとマコトは身を護るように外套を深く被り彼らから一歩離れた位置に居るのだった。依頼ということもあるが、決闘だったとはいえマコトから見ればカイを殺そうとしたアレイルが居るのだから仕方のない話であり、この依頼でアレイルと同道すると話をされたときは思わず彼らに向け槍を構えたほどである。
「随分と嫌われたものだ」
そうアレイルは言ものの、自らの旗下の者がマコトを死に追いやりかねなかったということでばつが悪く、決闘自体には何の気負いも無いが、自身を警戒し機嫌も悪そうに見え言葉も少ないマコトとの距離を詰めるのは難しい。
こうなれば双方を知る者であるシゲンが仲立ちとして役立たねばと付き人であるシロナ、クロナがシゲンに言うのだが、
「なぁに。我がわざわざ取り持たんでも、共に戦えば良き友となろう?」
と、特に何する様子も無くにこにことしながら船より海を眺めている。こうした纏まりの無い集団ではあるが、マコトを除く他の者たちは力量から賊の殲滅に困ることも無いだろうと思っており、そのために結束しようという試みはあまり見られないのだった。
船に乗り半日も過ぎると、マコトの眼には島の姿が映るようになり、舳先で賊の姿が見え無いものかと目を凝らす。
「何か見えましたか?」
そうクロナが聞くと、マコトは視線を外さず島が見えると答え、それを聞いたクロナはシゲンに目的地が見えたことを告げに行く。
「見張りはいるか?」
と、アレイルより言われ、マコトは近付いてくる島を見ているが、船から見える島は切り立った崖しか見えず、その崖の上には小屋や櫓のようなものも見えないし人影も見受けられない。
(本当に賊なんているのかな。大きい街から近いし、こんなとこに居を構えてもすぐにばれると思うんだけども)
人工物が見えないことにマコトはそんなことを思っていたが、
「崖側に居ないならば、そこに船をつけて崖を上がろう。浜に船を着けて見つからぬとも限らんし、この人数では散じて逃げられれば追うのも苦労するからな」
と、アレイルは攻め方を決め、船は島へと寄せられて岸壁に着けられた。シゲンはそれに頷くのみで、マコトも賊の討伐などまともにしたこともない。その上、アレイルは島を見てから動きを決めると無計画もいいところであり、島の賊から見つからなかったのは幸運としか言えないようなものだったのだが、一行はついに島へと降り立ち崖上から島の様子をうかがっていた。
「実は見つかっていて、とっくに逃げられた後とかでないと良いのですが」
「ですです。でも、逃げられた方がシゲン様には安全で良いような気も」
付き人2人は呆れ顔でこんなことを言いながらもシゲンの護衛として目を光らせ、
「さて、賊はどこか?」
と、シゲンの方は目を輝かせ島を眺めていた。
島は大して広くは無く、この切り立った岸壁が最も高い場所のようでそこから島は一望出来る。木々が茂り崖より右手に見える浜辺には賊のものだろう小さな船が数隻見え、
「海賊・・・?」
それを見つけたマコトが呟いたが、
「いや賊だ。このような場所の海賊ともなれば我が海軍が黙っては居まいよ」
と、シゲンは答える。何が違うのかと不思議そうに首をかしげるマコトに、
「海賊は商船などを襲いますよね? ここの賊にそのような力はありません。・・・いくつかの目撃報告から、街道筋で旅人を襲う賊が拠点とするのがこの島のようです」
シロナがそう補足した。
海賊をするには大きな商船に挑む必要があり、そのような船はここには無いし、規模が違う。ここの賊はシロナの言うように、小船で海岸沿いを行くもので、襲撃地点も海岸沿いの街道であればどこでもと出没地点は様々であったのだが、ようやく拠点が探り出されたのである。帝国が正常であれば、小規模でも多くの場所で襲うこの賊は軍による討伐がされたのだろうが、いくつもの地点に跨った悪事はそれぞれの都市で扱いを揉めることなって放置されそうになっていたのだ。
そのような事を嗅ぎ付けるのが上手いシゲンは、ならば我が悪人を退治してくれようと目を輝かせ今に至る、という訳であった。
マコトは海岸沿いや遠くの木々の合間を見ていたために気が付かず、シゲンと付き人はそもそもまともに探していない。そのために発見が遅れた賊の棲家であったが、それはこの崖を作る丘にある洞窟であった。
人の足によって作られた道をアレイルたち傭兵が見つけ、それを辿る事で見つけられたこの洞窟は、小さな見張り台と1人の鱗族の見張りがいるだけで、崖側は洞窟の背後ということもあって気付かれる様子も無い。
しばらく様子を見て洞窟内より人の来る様子も無いと分かると、アレイルはするりと見張りの背後へと降り立ち燐族の鱗もまるで無いかのように剣を一突きに突き通した。首の中心を捕らえた剣は頚椎から食道、気道の全てを断ち割り、燐族の男は声も無く崩れ落ちる。アレイルは死んだ燐族の男を見張り台より放り捨てると、手振りで皆を呼び、いよいよ洞窟内への進入となった。
(洞窟か・・・賊相手っていうのは微妙だけど、冒険者っぽいことをしてる気がする)
と、マコトは少しばかり乗り気になって槍は背に括り、金砕棒を左手に、右手に爪をと武装を整えて気合を入れていた。
そうして皆が入るまでの準備をしているうちに誰を見張りに残すか?という話が出る。当然、アレイルやシロナたち付き人はシゲンを洞窟内に入れたくは無くシゲンを残そうと発言するのだが、
「悪人退治に赴かんで何の意味があろうか!」
と、シゲンは行く気で聞く気も無く、結局はアレイルの連れた傭兵たちを見張りに残し、マコトとシゲンたち、そして団長のアレイル自身が洞窟内へと行くことで決着が付いたのだった。戦力としてアレイルも外に残るという話もあったのだが、内部の広さが分からないことやシゲンの護りとして責任を持たねばならぬということもあり、結局はこの5名になったのである。
(纏まり無いなぁ・・・皆強いのかもしれないけど、これだち連携も期待出来ないし砲も洞窟内だと使えそうにない。・・・入り口を榴弾で爆破するか、火でも起こして煙で撒いてしまえば楽そうだけども)
マコトは皆を見ている内に迷宮探索っぽいと思って上がっていた意気も萎えてしまい、入らずに終える案ばかり思い浮かんでくるが、
(もし賊以外が居ればと思うとそういうのも無理か。それに、シゲンが同意するとも思えない)
と、意識を変え、自らの身を守る武器である金砕棒を強く握り、先導したアレイルに続き洞窟内へと入っていくのだった。
お読みいただき有り難うございます。