37. ★
前話まとめ。
カイ、決闘をし大怪我を負う。→マコトがとどめを刺されるところを助け、治療へ。
2日後、カイは意識を取り戻し、マコトやベルムドの看護を受けながら過ごしていた。致命傷と言える傷を乗り越え生きることが出来たのは、マコトの闇魔法、リルミルによる内傷の治療・・・それだけでなく、審判であったシゲンが持っていた霊薬をベルムドが譲り受け使った事と3つが揃っていたからである。それでも尚カイの傷は治りきってはおらず、内力は衰え体に気を巡らすことも出来ない。外傷の方も幾度となく傷が開き出血も多く体力を失ったためにまともに立って歩くことも出来ない有様なのだが、
「これだけは譲れん」
と、下の世話だけはされる訳にはいかぬと這ってでも厠へは行こうとするカイであった。意識も無い時に服も変えたし今更だとマコトは思いもしたが、
(確かに下の世話は別かも)
と、カイに肩を貸し、連れて行ってやるのだった。そうして用を足したカイを部屋に戻そうとすると、
「なぁ・・・薬が足りんと思わんか?」
そうカイが言う。カイは厠より戻る時に宿の食堂から漏れる酒の匂いに反応し、無性に呑みたくなったのだ。
「だめ。体、悪イ」
と、カイの言いたいことに気付いたマコトは断るのだが、
「少しでいいんだ。少しなら良い薬となると聞くし、少し・・・少しならいいだろう?」
とカイは子供の用にせがみ、食堂から目を離さない。マコトは呆れてため息をつきつつも、
「戻る、後、酒持っテくル」(ベッドに戻ったら、酒を取ってくるよ)
そう言って、カイを部屋へと戻したのだった。
「本当に生きていたのだなぁ・・・本当に」
戻ってきてまず1杯と、酒杯に注がれた酒を呑んだカイは、何度目になるか分からないことを言う。1年、たった1年かもしれないが、マコトの死を受け入れ、仇敵を討つべく動き続けていたカイにとって、マコトが生きていたということはとても大きく、
「今でも信じ難い。あの時死に、俺の元に仇を討てと言いに来たかと思っていたんだがなぁ」
そう言って酒杯を干す。マコトは抑え気味にカイへと酒を注いでいたのだが、内力が衰えたことで酒にも弱くなっていたカイはすぐに酒が回り、
「ちといいか?」
と、マコトの手を取りしげしげと眺め出す。
「変わったなぁ・・・前は細く、虫の足のようだったが、今の腕はまるで岩のようだ」
そう言って、マコトの右腕を撫でまわす。カイの知るマコトの腕とはかなり変わってしまったが、より洗練され機能的になったことで何とも言えぬ美しさがあり、ひんやりとしながらも生の脈動を感じる腕は酔った体には心地よいのかべたべたと触っていた。
「触りスギ」
マコトは、バルドメロのような奇人のせいでこういったことには慣れていたのだが、いい加減くすぐったくなり腕をするりと抜くと、今度はカイの手が顔に伸びてきて、顎に両手を添えられて2人は正面より見合うこととなった。
「そうだ・・・この目だ。無機質な翠眼と、美しい人の眼。これは変わらんな・・・確かにマコトだ。あぁ、生きていた。・・・ははは!生きていたのだなぁ!」
と、酔って心のたがが外れたか、1年もの間、溜め込んできた心の澱を吐き出すようにカイは言うと、マコトから手を離し、笑ったことで痛む体を仰向けに寝かせ休めると、
「少し酔ったか」
と呟いた。それにマコトが、気を利かせ部屋の窓を開けて風を入れ、カイは肌を撫でる風に目を細めながら、
「すまなかった」
はっきりとそう言った。今の奇行についてか何についての事を謝るのかは言わなかったが、カイはマコトに謝り、
「いい」
と、マコトは短く返し、カイの謝罪を受け入れたのだった。そうしてしばらくの間、マコトは窓の傍で、カイはベッドでと、無言のまま部屋を通る風に身を委ねていたが、
「少し寝そうだ・・・部屋から出ていてくれるか?」
カイはマコトにそう言い、マコトもカイが疲れたかなと思い頷いて部屋を出て、カイは1人となる。
そうすると、カイは仰向けに寝たまま、今までの事がいかに空回っており馬鹿らしい事だったか、だが、友が生きていた事がいかに素晴らしいことか、と色々な思いを巡らせ、これはマコトの前では見せられぬと1人涙しながら笑っていたのであった。
一方、ナグルマルの街でも今回の決闘は珍しく有名な傭兵団の団長が決闘をしたということもあって、酒場ではよく噂になっていた。団長の決闘というだけでも話としては色々と広がりそうであるというのに、結末は討ちに来た決闘相手が小さな子に護られ終わるというもので、団長とそれなりにやりあっていたカイの腕のこともあり話に事欠かないのである。
酒場で語られる決闘の話は大きく分けて2つあった。どちらもカイが団長の傭兵団に所属していた慮外者によって大層見目の良い恋人か家族か妻、それらのどれかを殺されるだの、辱められ殺されるだのといった話から始まる。だが、耽恋とした話で終わるものは、止めに入ったのは生きていた恋人であり、その仲を思い団長は手を止めたというもので、逆に悲恋とした話で終わるものは、止めに入ったのは死した恋人であり、死して尚、男を想う女がその身を変じてでも止めに入ったというものだった。
面白いもので、まだ決闘から数日しか経たぬのに、耽恋な話の方は2人は仲睦まじく暮らし子供まで儲けて結びを迎え、悲恋の話は、その後死した男と共に天へ還っただの、死した男の躯を抱え、変じた女が辺境へと消えたといった結びというような昔話のような結末まで加えられ、酒場で詠われる話の1つとなっている。
酒場は傭兵や冒険者が多いだけに、
「そのくらい思われ尽くされたいものだ」
と、そんな事から当人たちは全く知らぬところで詩になり、酒場で詠われていたのであった。話がこういった別れ方をしたのは、マコトの姿を良く見ていた者とそうでは無い者とで話が違い、そこから人々が勝手に想像し話を広げた結果だったのである。
後日、1人で酒場によったベルムドがこの詩を聞き笑い転げ、それから数日、カイやマコトを見ては思い出し笑ってしまい、
(だが、甲斐甲斐しく世話をしているし、間違いでもないのかね?)
と、納得してしまうところもあり、それもまた可笑しいと笑みを漏らす。これにマコトはベルムドが気が違ったかと心配され、
「なんというかな・・・余りに世の男という者はどうしようもないなとな・・・くくっ・・・本当は何でもないよ」
そう返して笑いを堪えながらマコトの追及を躱すベルムドの姿があったのだった。
そのベルムドも、決してカイの世話をマコトに任せっきりにしていた訳では無いし、カイを癒す1つの手となった霊薬も、ベルムドがシゲンより譲り受けたものである。シゲンはカイやマコトに興味があったが、さすがに傷病の身とそれを案じ尽くす者が居る場に押し掛ける程には気が利かない訳では無かったので、以前話をしたベルムドとたまに食事を共にして交友を結んでいたのだ。ベルムドも、相手が皇帝その人だと知ると硬くなることはあったのだが、日が経つにつれ、
(相手もそれを求めていないし、することも無いか)
と、敬意を払うだの気を遣うといったことをやめていき、何時もと変わらなくなっている。何より、皇帝であるのに帝都で玉座に構えておらず、付き人に色々ととりなされながら動く姿を見ていれば、威厳などどこにも無くなってしまうのであった。
「今日はな、街の北に魔物が出たとかで、我が成敗してきたぞ!」
ベルムドが夕食を共にしていれば、シゲンはこう言い、ベルムドがちらりと横を見れば付き人はその言葉にため息をついている。シゲンがあまりに聞かれたそうに眼を輝かせているので、ベルムドはどういった魔物か、どう倒したかなどと話を聞き広げながら、
(皇帝でなければな)
と少し呆れるのだった。というのも、この1週間ほどでシゲンが賊を斃しただの、街の窃盗犯を捕まえただの、近場の魔物を狩っただのと冒険者や兵がやりそうな事をしている話は事欠ない。
「こんなところに陛下が居るはずがねぇ!」
という言葉や、
「まさか・・・皇帝陛下だと!?」
という言葉も、ベルムドはすでに耳にしていたりするくらいだ。
初めのうちはベルムドも感心したのだが、これが皇帝の趣味だと気付くと、回りの者たちの苦労や帝都に皇帝が不在であるということに考えがいってしまい何とも言えぬ気分になる。確かに住民の役に立ってはいるし、有難がる者も多いのだが、
(冒険者や兵の仕事を取っているだけではないのか)
と、ベルムドの目には映ってしまい、忠義心の強そうな付き人たちは何故忠言をしないのか?と不思議に思っていたのだった。
無論、大いに趣味であるのだが、皇帝の名乗らぬシゲンも頭が悪い訳でも無ければ、施政に目がいかぬ訳でも無い。ただ、彼がこうして放蕩していても政も何もかも全て普通に進むように、皇帝と言われていても彼の持つ政治勢力は余りに少ない。シゲン自身は頭も良いし現状の政治の悪い点も良く見えているのだが、自らの勢力が少ないために何度となく改革を挫かれ、彼は政治から徐々にその身を遠ざけるようになり、その分だけ悪党退治や魔物退治に精を出すようになってしまったのだった。
「確かにそうではあるのですが・・・。今、私たちがこの行いを否定すれば、あの方には何も無くなってしまいます」
シゲンが寝た後に付き人と酒を交わしながら聞くと、付き人の1人であるクロナ・ガーシュはそう答える。楚々たる風情で美しく、長い黒髪を流す彼女だが、ベルムドに聞かれたことはやはり気になることのようで、冷静そうな顔からもどこか鬱々とした表情が覗いていた。
「私たちは近すぎてそれは言えませんね。少しは誘導したりしますけど、あの方の行いは否定出来ません」
そう返して酒杯をちびちびと呑むのは、もう1人の付き人であるシロナ・ガーシュである。クロナに比べるときびきびとした女性で、クロナと背格好はそっくりだが、こちらは黒髪ではなく白い髪を垂らしていた。
2人とも仕える主人が寝ているために少し気が抜けた様子で、
「早く帝都に戻るといいのですけどね」
と、クロナが言ったり、
「私は元々護衛なんです。何で暗殺者でもない悪人や魔物を相手にしてるんでしょう・・・」
と、シロナが言ったりと、酒も入ったことで愚痴をベルムドへ漏らしながら、仲を深めていったのである。ベルムドも、せっかくだからと色々と話をし、ついでに聞いてもいるのだが、2人は良く弁えているようで、皇帝であるシゲンについては愚痴ることはあっても内容は軽く、情報となるようなことも漏らさない。とは言え、通常とは大きく異なる皇帝の行動に苦労はかなりしているようで、酒が深まればそれだけ愚痴も増え、
「まぁ、今日くらいは存分に吐くといい」
そうベルムドは言って、2人が休むまで聞き役へと回ってやったのだった。
お読みいただき有り難うございます。
今週末くらいにこの話に挿絵を付ける予定です。
と・・・なっていましたが、もう少し遅れますorz