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34.

前話まとめ。

ベル王国の様子を伺う。→マコト、狩りで獲物を取り料理する→リオに全て食われて怒る→リンよりカイの行方を教えてもらう。

 季節も冬に近付き、豊穣を湛えていた平野も朽葉が舞い、そこを駆けていた獣たちも春を待ち息を顰める。アレセスの街も寒さに白い吐息を漏らしながら足早に通りを歩く人の姿が多くなっていた。マコトがリンより伝えられた日より2ヶ月、ようやく使者が出ることとなり3台の馬車がアレセスを出て南へと旅立つ。大陸南西部を大きく支配するグリンガム帝国へ向かうこの一行は、帝都グレイアークを目指し進んでおり、その中には使者としてのリンと同行者としてのマコトとリルミルたち、そしてベルムドの姿もあった。


「順調にいけば首都まで1月とちょっとかしら。カイが居たっていう南の街までは1月ちょうどくらいね」


と、リンが言うように、旅の行程は帝国を西の海沿いに南下し、領土をぐるりと周る形で帝都に向かう予定である。

 グリンガム帝国はアル・フレイ商国よりも国土は広いが、内陸部の大半の土地を湿地帯や沼地、そして湿地を灌木が覆う森林地帯で占められる。そうした土地は水源は豊富なものの人が住む場所は少なく、開拓しても馬車などが入れない地域であり、それ故に帝国の主要な街は海岸沿いに存在し、陸から帝都へ行く場合は大陸沿いに行く必要があった。遠く、時間も掛かるためにベル王国との緊張状態の中で赴くのには敵の攻めてこない冬しかなく、護衛を含めても20名にも満たぬ数で急ぎ向かうのであった。



「そうねぇ、帝国といえば、現帝国を総べる皇帝は愚昧とも言われているけれど、民には慕われているのよね。皇帝なのによく身を隠して帝国内を動き回ってる・・・と聞くけれど、それだけに国政が疎かだとか」


「確かにそう聞くな。森にも来たことがあるらしいが、会った者の評価は低くは無かったと思う・・・エルフが好むのだから、決して愚かではないだろう」


マコトが帝国について聞くと、帝国の内情の前に皇帝についてリンとベルムドより話が始まる。


「帝都よりよく離れるってだけで名君とは思えないけれど。何でも各街で悪人退治をして回るのが趣味だと聞くしね」


「帝国は皇帝が居なくとも、三家による政で回っているらしいしな。皇帝はそうやって何か表したり、目立って注意を引いているのかもしれないぞ」


と、風聞から皇帝を知る2人の評価はこんなところで、


(・・・皇帝って国事の決定をする大事な人間じゃないのかな。それが街を周るってどんな国なんだ)


と、マコトも、2人から聞く限りでは疑問も増えるしあまり良い印象が無い。そしてようやく国のことへと移り、


「複数の国をまとめ上げ、皇帝による統治というのが帝国のあり方だが、実情は軍部と政務を3つの家が統括し、決定を皇帝が行うというものだな」


「皇帝は味方が少ないから政治から離れて都市を巡ってるなんて話もあるわよねぇ。決定する本人が帝都不在ばかりだというし、よく暗殺されないものだと思うわ」


そう言ったことから始まり、長く続く大国で強国ではあるものの、政治や皇帝といった部分には問題があることが2人から話される。ただ、皇帝が不在がちだといっても不安定という訳では無く三家による強固な支配と、


「軍は、湿地帯が多いたけにベル王国と同じく海軍も大きく強いのだけれど、彼らは兵士自体がやっかいなのよね。ドワーフ達の山岳都市も帝国に属しているから、強靭な肉体を持った戦士団や良質の武具を揃えてるわ」


こうリンが言うように、強国と言えるだけの軍事力を持つことは確かなようであった。


(まぁ、自分はあまり皇帝なんて関係ないしいいけど、リンは交渉相手の皇帝を低く見るのもどうなんだろうなぁ)


と、リンの言葉から漏れ出る皇帝への辛辣な評価に、マコトは指摘はしないもののどことなく生暖かい目で見ていたのだが、


「あ、皇帝のことを屑だと思っているのではないのよ? 人としては義を重んじたり、風聞に聞くように強きを挫き弱きを助けるというところは実に素晴らしいし良いと思うの。でも、皇帝って立場を考えるとねぇ・・・」


マコトの視線に気付いて、リンは最後にそう付け足したのだった。


 アレセスより出てしばらくすると、右手を海、左手を大森林とといった光景の中を南下する。アレセスも大森林もこの街道を領地としてはいないため中立地帯ではあるものの、北側の都市国家群と他国が商路として活用するこの道は整備されており、数日で左手の大森林は姿を消し、帝国領土へと入ることとなった。

 帝国領土はほぼ湿地であるというだけに、入ってすぐに湿原が姿を見せ始めた。草は冬になり枯れ落ち、土色で物寂しい沼地で、馬車の進む路も泥濘とした路が進みを緩める。そうした中での野営というのは碌なものではないと諦めていたマコトだったが、


「使者として正式に動いてるんだし、少しは楽しないとね」


と、リンは煮炊きも片付けも全て回りの者に任せ、その恩恵を受けたマコトたちも共に馬車の中で過ごすだけで楽なものであった。そうして、村や街をいくつか通り抜けると沼地にも灌木が増え、水の中を複雑に根を張る木々が姿を見せ、村など人の住む近くはそういった場所を開拓したのか、水田も多く見られるようになる。だが、相変わらず路はあまり良い状態では無く、木々に視界も遮られて見晴らしも悪い。


「帝国も、もっと道を良くしないのかしら・・・。運搬を海に頼っているといっても、これはちょっとダメね」


幾度となく車輪が泥に取られて止まることになるとリンはこう漏らし、こうも進みが悪いのでは何時になったら着くのだろうとマコトも辟易とした様子で外を見ていたのだった。


「何かいるな?獣か?獲物か?」


「これは人の気配だ。獣ではないし食えもせん」


「こうした沼には旨い魚や芋があるらしいな」


「沼では狩れぬし、どうにか手に入ると良いな」


そんな事を言い始めたのはリルミルたちである。重さで泥濘とした路に沈み、足をとられ進みの遅い馬車は襲撃する者にとって良い的であり、街道を進むうちに目をつけられたか上等な割には護衛も少ないと路を悪くして待ち伏せていたのだ。


「敵?魔物?」


と、マコトはリルミルたちの言い方から察知し聞くと、


「敵だろう?魔物では無いな」


「敵だろう。人だろう」


と、リルミルたちは返す。敵を斃すかと動こうとするリルミルたちに、


「待って。護衛がいるのだから大丈夫でしょう。貴方たちがこんなところで外に出たら毛皮が汚れちゃうわ」


リンはそう言って止め、マコトやベルムドが武器を取り出すまでは許したが、やはり外に出るのは止めるのだった。


「我らが泥で汚れる?我らは泥遊びは好きではないぞ」


「あぁ、我らは泥で遊ぶのではない。敵を斃し、友を護るのだ」


そう言ってリルミルたちは素早く出て行ってしまったが、


「護衛もいるし、彼らもいるならどうとでもなるか・・・。いやしかし、賊とは珍しい」


ベルムドは落ち着いた様子で座り直し、傭兵団崩れの悪漢ではない計画的な賊の類を珍しがる。


「そうね。アレセスや都市国家の周りに賊なんて居なかったけれど、帝国には居るのねぇ」


と、リンも同意し、そういえば賊に遭ったことは無かったなとマコトも思い、


「盗賊。居なイ?」


マコトはそう聞くと、


「少なくともアレセスや北の都市国家の周りに居たなんて話は無いわね・・・アル・フレイでも殆ど居ないんじゃないかしら?」


と、リンが答えるように、賊の類は珍しいのだ。

 国が領地を限定したり未開地があるように、魔物は大陸に多く棲み、広く分布しているために賊が街を離れ根城を作るのは難しい。野営地のような簡易的な魔物の忌避結界も用意出来たとしても、効果が出せるような場所では賞金首として正規兵や傭兵が差し向けられ、かといって奥地では簡易的な忌避結界では魔物に蹂躙されるのがおちである。こうしたことから、野営地や戦地、街道などでちょっとした悪事を働く傭兵などは多いものの、国に追われるような多数の賊は少ないのだ。


「帝国は、思ったより内情も悪いのかしら・・・。っと、賊と言ってしまったけど、ベル王国の手ということも十分あり得るわね」


リンがそう呟くほどで、


「そちらの方が可能性も高いか」


と、ベルムドも同意した。

 そういった話をするうちに外の喧騒も止み、剣戟の音も聞こえなくなる。それからしばらくすると馬車の外から声がかけられ、リンは自らの門弟とやりとりし襲撃が鎮められたことを聞き、


「賊か、暗殺の類か・・・調べないとね」


と、馬車を降りた。それに続きマコトたちも降りてみると、馬車も馬も矢傷すら一つなく見る限りでは護衛にも傷は無い。血と泥にまみれ死んでいるのは襲撃したものたちのみで、6人ほどは縄を掛けられ護衛たちの馬車の脇に転がされていた。アレセスより重要な使者として出ている以上、護衛や付き人としての役を果たす者たちも門下の精鋭であり、門主であるリンやマコトが加わらずとも十分な武力を持って敵を圧倒し、そこにリルミルたちが更に居たのだから、襲撃したにも関わらず逆に抵抗も逃げる間も無く鎮圧されたのだった。

 そうした愚かな襲撃者たちはいずれも大柄で筋肉質の男で鋲打ちした革鎧を身にまとっており、


(・・・こんな典型的なのも居るもんなんだ。こう、世紀末というか)


そういった感想をマコトに抱かせる相手である。


「離しやがれ!今なら許してやるよう言ってやれるが、50人からの仲間がお前らを狙ってるぜぇ!」


「糞が!覚えてやがれよ!」


言う言葉も野卑で、少し前に仲間の大半を殺され自らは縄にかけられ転がされているというのに威勢を挙げて周囲を罵って回っていた。門弟たちがいくらか情報を得ようと棒で打ち尋問するものの威勢は収まらず彼らに唾吐く始末であり、リンはそれを見て舌打ちすると、するりと音も無く近付き最も激しく罵っていた2人の首を素早く剣で刎ね、


「人数いるのだから、ちゃんとやりなさいな」


と、門弟たちを叱責した。それから襲撃者へと顔を向けると、


「さてと、お前たちは何で私たちを襲ったのかしらね?話した奴は助かるかもね」


と聞く。それに、体で教えてやると言おうとした男の言葉を最後まで聞かずにリンは男の腹を数度剣で突き、


「こんな奴らの話は聞く必要ないのかしらねぇ。さてと、残りは半分になったけれど、話す奴はいる?」


剣で腸をずたずたにされ苦しむ男の前で微笑んで問いかけた。これには彼らも息をのみ顔色を無くすが、


「どうだ?毛には泥などついていないぞ!」


「尻尾もこの通り、いつものように艶があろう?」


マコトはそうやって自慢し見せびらかすリルミルたちを連れたままリンへと近寄ると、彼らはついに悲鳴を上げリルミルたちを近づけるなと叫び始める。先の戦闘で、リルミルたちは取り留めのない会話をしながら仲間の大半を2つ裂きにされ殺されたのだから、こうなるのも仕方ないのかもしれないが、


「ったく、初めからこうなってなさいよね。・・・それにしても、無駄な事せず貴方たちに頼ればよかったのねぇ」


と、リンは己の行為が無駄だったとため息をついた。本来は毒でも使って腕の一本一本を腐らせ、五感を一つ一つ潰し尋問でもしようとリンは思っていたのだが、リルミルたちを横につけるだけで男たちは悲鳴を上げ情報を漏らしていき、ついには下からも漏らした男たちを見て尋問もこんなものかと打ち切ると、


「あとの始末はお願いね」


そう言って門弟たちに告げて剣を渡し、マコトたちを連れて馬車の中へと戻ったのだった。結局、襲撃者はベル王国とは関わりがある情報は無く、ただの賊で50人からの仲間とやらも虚言であり、襲った理由も


「楽そうで、高価そうな馬車だったから」


というだけのものである。リンは本当につまらないことで時間を取られたといった体であったが、マコトはリンの残酷な面をあまり目にしたことはなく少し引き気味に、


「助けル約束。違ウ?」(彼らに助けると言っていたが、違うのか?)


と、尋問時に話せば逃がしてやると言っていたことを聞くが、


「そんな理由ないもの。助けてやるだけの武も知も情も無いし、殺さないと禍根が残って私や周囲に毒さないとも限らないじゃない?」


そうリンは返して、未だ自慢を続けるリルミルたちの1人を膝に抱えて撫で始める。ベルムドもそれに同意し、


「村や街に突きだしたところで死罪だろうし、賊をその場で殺さなければまた旅人が襲われよう」


と、言うのだった。マコトもそういったことは理解していない訳では無いし、考えが及ばぬほど愚かでは無い。ただ、人を殺すということへの忌避感からつい言ってしまっただけで、2人に説かれればこくこくと頷いて納得を示し話は終わったのだった。


 終わってみれば何という事も無い襲撃ではあったのだが、帝国が一行の予想よりも治安が悪いと印象付け、旅路は街道だけでなく街でさえ警戒を怠らぬようになり少々息苦しいものになったのだった。それを除けば魔物の襲撃も少なく、アレセスとはまた違う街並みや、湿地帯の森林も水面や泥から呼吸根を覗かせた樹木によるもので、今まで見てきたものとは違いマコトの旅を楽しませた。


 そうした旅も、まだ温かい南部へと着き、ようやくマコトの目的地である最南端の街に程近い大都市ナグルマルへと辿り着く。旅に出てよりすでに1月半が経ち、アレセスには初雪が降っているだろう頃であった。

お読みいただき有り難うございます。

少々私事に時間を取られ、普段より投稿日が開きましたが、時間を見つつしっかり書いていきますのでよろしくお願いします。

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