33.
前話まとめ。
マコト、鍛錬をしたり砲の確認をする。
この秋が終わるまでに戦が起きるかどうか。アレセスでそれを最も悩んでいたのはリクだろう。冬は海も通りにくく、陸も北側は雪に閉ざされ陸から攻め入られる事も無いため、秋のうちに攻め入ってこなければ来年の春以降までは戦いは起きないと思われており、
(相手は大船を3隻失い、相当数の死者を出した・・・これを相手がどう取ったかだな)
ベル王国が急ぎ兵を整え攻め入るかが気がかりとなっていた。
ベル王国は余力はまだまだあるとはいえ、大きな損失を埋める戦を起こすのか、ヤラヴァ国以上を求めて欲をかいたと留まるかは未知数で、海を隔てているだけに相手の実情もあまり入ってこない。同盟を結んだことで抑止力は増えたが、ベル王国と隣接するのはアレセスのみであり、気が休まるとはとても言えなかった。
「まぁ、私の予測では今年は来ないんじゃないですかねぇ。確かに3隻落とした程度では向こうの戦力が減ったとはとても言えませんが、こちらの戦力が減っていることを見越しても、向こうも出せる数に限りがあります。倍した数の船を出して、それが落ちたりしたら大国の屋台骨すら揺らぎかねませんからね」
だから、攻めてくるなら来年に大軍を率いて決戦だろうとフガクはリクへ言う。
「確かに。同盟を組んだことで、アレセスを攻めるにもヤラヴァを守る兵も残さねばならんしな。奴らからすれば、ヤラヴァは大陸への足掛かりであり、我らとの一戦で敗したことを含めても大きな戦果だ・・・失う愚を犯すとも思えん」
リクも頷き、
「それに、前回の戦いでヤラヴァの兵は多く死んだはずです。これを機にベル王国はヤラヴァを実質的に手に入れ、盤石なものにするために色々とするでしょう。敗戦は適当に責任を取らせ、いくらかの責任をヤラヴァに押し付け支配する時間を作るんじゃないですかね」
「あぁ、それもあるな。ベル王国は冬で海路が通りにくくなる前にヤラヴァに手を打つ必要があるのか」
2人は茶を飲みながら何時ものように話をしていた。リクにとってはフガクは門主のなかでは珍しく政治的な話も出来る存在であり、武に偏らぬ考えは良い議論が出来る。ラーシュやリオは興味が無く、リンは政の力量は悪くないが、若く情に寄ることもあるためフガクのような存在はアレセスを導く上で重要なのである。
(これで英名に拘らず、見目や型に囚われなければ、門主たちの長として英傑と崇められるだろうに)
とリクは思うが、歳経て性格も丸みを帯びた自分と比べ、遥かに歳経たエルフであるにも関わらず尖り色々な物を求めるフガクを羨ましくも思うのだった。
「我らも、今回のことで外壁の外に堀も造りますし、海は敵船への罠も実験し成功を収めています。外壁の二重化や、港にも外壁や多重化による船の侵入を防ぐことはしたいですが、現状の対策でもかなりのもの。今度は港も我らアレセスのみで護ってみせましょう」
そう言ってフガクは優雅に茶を飲み、
「と、言いたいところですが、実際のところ、彼の者の戦果は認めざるを得ません。アレセスのことを考えれば、リンやリオだけでなくもっと絆を深くしておきたいものですが」
と、マコトを認めていたのである。見目と性格は似るものだというフガクの考えは変わっていないし、マコトのことを好いてはいない。その上、折角防衛線の初手で派手にやったにも関わらずマコトの大功に隠れてしまい、文人との交わりの中で誇ることも出来ず気に食わなかったのだが、時が経ち冷静になればアレセスという小さな国におけるマコトの価値に考えも及び、自分とは関わらぬだろうという事もあって取り込むことを考えていたのである。
「彼女は情に深い。ああして、リオやリンが交わることが一番だろう。政事に関わる者では無いし、誰かに娶らせるなどとしようとすれば逃げてしまうぞ?」
フガクが政略結婚を言外に触れていたので、リクはそう釘を刺し、
「まぁ、相手も思いつきませんし、居るとも思えませんしねぇ」
と、フガクは笑う。リクや門主たちの前でしか見せることはないが、こういった口が無ければ万民に好かれるだろうにとリクは漏れそうなため息を茶と共に飲み込んだ。
「さて・・・西のベル王国もそうですが、南の帝国もそろそろ何か言ってくるでしょうね。ま、大森林がある以上、いきなり刃を交える事は無いでしょうが」
フガクは同盟をしたことと、ヤラヴァが落ちたことで刺激したろう南の大国、グリンガム帝国に言及する。帝国とアレセスは決して悪い関係ではないが、それは小国であることや帝国にも武人を排出してきたからであり、ベル王国という大国が大陸への足掛かりを得た今では関係も変わってきたと言える。
「穏便に済ませたいところだな。ベル王国でも限界を超えているというのに帝国が出てくればアレセスは終わる。・・・まぁ、上手く言って、帝国に利があるよう出来れば直接手出しはしてこないだろう」
リクも帝国へ意識は向いており、大国2つの間を持つ国として成り立つのなら飲まれはしないだろうとこう答えたのだった。
「森林の者たちがもう少し開放的で組めれば、我らは何に脅えることも無いのですが・・・感触は悪いですし期待は出来ませんね」
額を指でとんとんと叩きながら、思い通りにいかぬことを嘆くフガク。エルフである彼はアレセスからも近い大森林を味方に引きずり込みたかったのだが、閉鎖的な彼らを説得は出来そうになく、いかに現状で抜けるか悩むことになった。
「今は防備を敷き、冬まで待つ。やはりそれしかないか・・・帝国も、冬まで我らが持っていれば何か打診してくるだろうしな」
こうしてリクとフガクは話を切り上げ、とりあえず冬まで凌ぐことを確認しあったのであった。
そうした頃、マコトが何をしていたかと言えば、中庭に大きな燻製器をいくつも並べ、燻製を作っていた。中には多くの肉が吊るされ燻す木もいくつか種類を分けており、それに火をかけると出来上がるのを楽しみにしながら、まだ多く残る肉を角煮のようにしようと調理場へと浮かれながら進むマコトであった。
(久しぶりに普通の狩りしたなぁ)
機嫌よく頭を揺らしながら調理の準備をするマコトだが、その理由は狩りをしたことである。鍛錬を続けていたマコトは、ふと、
(自分は兵士や傭兵じゃないよね)
と思ってしまい、アリアデュールから離れて以来、冒険者ギルドに近寄ることも無く、まともに狩りすらしていなかったと狩りにでたのだ。大功を挙げ、衣食住全てに困る状況では無かったし、それらはアリアデュールの頃より良くなったとも言えたのだが、
(狩りの腕が鈍ったら勿体ないし、対人ばかり磨くのも嬉しくない。・・・何より何もしてないというのはちょっと)
と、狩りの依頼を請け、秋だけによく肥えた獣を狩り、いくらか肉と毛皮を持ち帰ったのだった。
狩り自体は、マコト自身が以前より強くなったこともあり全く問題無く終わり、1人で狩りをしたことは良い気晴らしになったのか、マコトは上機嫌で鍋を火にかけ、脂の多くついた肉をいくらかの野菜と共に焼き、魚醤や砂糖、塩に酒と加えて煮込み始める。強火でしばらく煮込み、数十分してかさが減ったところで水を足すと薪を調整して火を弱め鍋に蓋をすると、
「よし」
と呟いて、調理場の端に置いてある椅子を近くまで持ってきて座り火の番を始めたのだった。燻製作りも料理も火を使い、マコトは魔道具ですら火の属性を起こせぬ身であるが、これは油を足して火を絶やさずにおいたカンテラより種火を取ることで解決している。いつもならリルミルたちが火を出してくれるため困ることは無いが、居ない時のためにそういった物を用意しているのだった。
そのリルミルたちといえば、3日前より自分達の谷へと報告に戻ると言い出かけていた。マコトなら片道で3ヶ月以上かかる距離だが、彼らが言うには7日もすれば帰ってこれるらしく、
(もう3日だし、谷に着いたかな?)
と、マコトは考えており、前に大きな熊を仕留めてくれたリルミルたちに、帰ってきたら今度はマコトが大いに肉を振る舞ってやろうと燻製に角煮と作っていたのである。リルミルたちは騒がしく、マコトによく懐いているため居ないと寂しくはあるし、マコトはつい探してしまうこともあるのだが、家に滞在するベルムドも普段はマコトに干渉することは少なく、たまには1人で過ごすのも悪くないと、すっきりとした気分で料理に励むのだった。
だが、作った料理については、リルミルが帰るまでにもう一度作ることになる。燻製はそこそこに残ったのだが、角煮はリオに見つかり酒の肴にと食べられて大量にあったにも関わらず全て彼の腹の中に消えてしまい、作り直すことになったのだ。空の鍋を見てしょんぼりと肩を落とし、それから怒りと共に鍋を握りつぶしたマコトがリオを許すのにはかなりの時間が掛かることとなった。
「食べ物で恨まれるなんてリオらしい・・・でも、あの子達にあげる料理を食べたんじゃ仕方ないわね。私なら怒りで毒を打ち込んでるだろうし」
と、それを見ていたリンは言うが、無言で怒りを見せ暴力は揮うことなく家の敷居を跨がせないマコトのやり方は直接に暴力を振るわれるよりもリオには利いたようで、
「本当にすまなかった!反省した!頼むから門を開け話くらいは聞いてくれ!」
というリオの声がマコトの怒りが収まるまで何度となく門前でされることになる。
「一体何をしたんだ? 私もマコトに怒られたことは幾度となくあるが、こうまでとは見たことも無い」
バルドメロが門前のリオを見た時にこう言うように、マコトの怒り様はなかなかのもので、何が怒りの琴線に触れるのかは様々だろうが食べ物の恨みは恐ろしいと一様に皆は思うのだった。
そうして秋の日を平穏に過ごすなか、ようやくリンよりマコトにカイの情報がもたらされた。
「カイ・バーデン、本人と接触は出来ていないけれど、ようやく足取りを掴んだわ。・・・一月前の情報だとグリンガム帝国の南端の砦にいるとか」
そう聞いたマコトは、すぐにでも出掛けたいほどに気持ちは逸り立ち上がるが、
「待ちなさい。出たところで帝国のことなど知らないでしょう? アレセスも帝国とは対立したくないし、今のこの状況だから一月もせずに使者を出すことになるわ。それを利用しなさい」
そうリンは窘めた。使者は帝国から来るのが先かもしれないが、同盟を組んで大きくなった以上、帝国の敵ではないと言う必要があり、冬になる直前には使者を出すだろう。そう思っていたリンは、この情報でマコトが出るならば大国への使者に自らなることで行動を共にすることも考え、マコトを押しとどめたのだ。
マコトはしばらく考えていたが、リンへと頷きを返してから座り、2人でこれからの事を話し合い始めたのであった。
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