30.
前話まとめ。
マコト、アレセスに家を得る。→バルドメロと和解。→ベルムドがマコトの家を訪ねてくる。
ベルムドが事の顛末を知ったのは、今年の春先。春雷に冬眠した獣や虫たちが起こされ土より顔を覗かせ始める、そんな時期である。
「マコトが死んだ」
そうカイより聞かされたベルムドだったが、目の前の男の変わり様を含めて戸惑いを隠せずにいた。
飄々としていながら柔和で気が利き酒を片手に語らう好漢であったカイは、前よりは口数は減ってはいるものの、軽口を叩くその様は一見変わらぬようにも見える。だが、目つきは鋭いもので柔和な雰囲気は無く、言動からも気遣いは消えており、前を知る者から見れば無理をしているようで痛々しくもあった。そして、そのぎらついた目を持つ顔は、頬に傷痕を残し、片耳の下半分の欠けた恐ろしいものになっていたのである。
何故ともどうしてとも聞くが、カイはそれには答えずマコトの死を伝えると酒場を去り、それ以来ベルムドはカイとは会っていない。どういう事かとベルムドは冒険者ギルドへと向かい、自ら出した依頼と併せてマコトの所在を尋ねるが、冬に自身の出した護衛依頼は未達成となっており、マコト自身も長屋に戻ってきていないということが判明したのである。
友人の死と変貌、その2つに直面するベルムドだったのだが、マコトの死については見てもおらず実感が湧かない。だが、カイの変貌ぶりは見て知っており、元のカイへ戻してやりたくも思うがあれ以来会うことも出来ずに時は過ぎ、晴れぬ思いを抱えながら生活していたのであった。そうして過ごしていた所に、リンの手の者が情報を求めに来たことでマコトの生存をベルムドは知ったのである。
そのベルムドはマコトの家に逗留することとなり、2人で酒を交わしながら旧交を温め直していた。これにリルミルたちも暫くはいたのだが、酒が入ったところで気分が良くなったのか、
「ちと、狩りにいきたいな!人の作る物も旨いが、獲ってきた物を食べるのも良い!」
「あぁ、狩りにはいい日だ!石の人に旨い獣を取ってこよう!」
と言って姿を消したのであった。それから2人は、主にマコトがどうしてこの街に辿りつき家を得たのかといった話をしながら酒を進ませ、マコトの話も一段落がついたところでベルムドがぽつりと話す。
「マコトも少し変わったな」
ベルムドから見れば頼りなげな少女といったマコトだが、会わぬうちに色々と遭い、友や家を得たことで少し成長したように感じてそう言ったのだが、
「腕、変わっタ」
と、マコトはベルムドに変化した両腕を掲げて見せるのだった。
「くく・・・いや、あまり変わっていないか?」
ベルムドは相変わらず抜けたところのあるマコトについ笑ってしまい、マコトがそれに首を傾げるとつぼに嵌ったのか机に突っ伏して笑いを堪えていた。
「しかし、家か。アリアデュールではなく、ここに住むことにしたんだなぁ」
「うン。でも、アリアデュール。家、物置イてキた」(うん。でも、アリアデュールの家に物が置きっぱなしなんだよね)
これからこちらを住処とするのだなとベルムドは言い、マコトもそれに同意しつつも家で思い出した事を言うと、ベルムドはマコトを訝しげに見つめ、
「何を言っている?マコトはアリアデュールに家なんて持っていたのか?」
と聞くと、マコトは冒険者長屋の事だと告げる。ベルムドはそれを聞き軽いため息をついてから、
「もう1年近くになるはずだが、家賃は払ってないだろう? 長屋は滞納すれば3ヶ月で部屋の権利は無くなるし、低級の冒険者ともなると、中の荷物も半年ほどで滞納分の支払いと保管料を含めて処分されるはずだ」
と、常識とも言える内容を教えたのである。
「えっ? 物・・・無イ?」
部屋の権利は分かったが、そこに保管した物も無いのかとマコトは驚くと、
「中級以上とか、余程価値があるとか、もしくは処分するとまずい物と判断されていないなら、かなり前に処分されて、ギルドの物になってしまってるだろうな」
そうベルムドに教えられてがっくりと肩を落とし、酒を舐めるマコトであった。買ったばかりの着替えに、あの頃の所持金の半分以上。何よりもマコトが残念に思っていたのは、初依頼の記念であり綺麗な緑色をした草原猪の毛皮がもう無いという事である。金や服はともかく、毛皮は布団替わりにもしていて気に入っていたため、アリアデュールに戻った時に持っていこうと思っていたのだった。
「大難に遭い、戦争にまで巻き込まれたのにこうして生きていて友と酒を交わせるんだ。そう気落ちせずに飲もうじゃないか」
とベルムドはマコトを慰めつつ酒を注いでやり、マコトも無くした物を忘れるために杯を大きく傾けるのだった。
「そういや、戦争だったか。この国は難を逃れきったとは言えないし、この国に住むのなら戦いの動向もだが、どうやって守るのか、逃げるのか。身の振り方も考えると良いかもしれないな」
戦争について触れたことで、ついでにとベルムドは軽くマコトに忠告した。マコトの功績を聞き、アレセスは利用するつもりもあって家を与えたことはベルムドも気付いており、それにマコトがどうするのかをちゃんと考えるべきだと思ったのである。
「難しいからな。何かあれば、私に相談するのもいい。五大門の歴々とも交誼があるようだが、彼らに聞いても偏るだろうからな」
それにマコトは少し嬉しそうに
「うん」
と答え、それからしばらく宴は続いたものの、リルミルたちが彼らの倍はあろうかという牛に似た獣を獲ってきてマコトの前に置き、
「どうだ!でかいぞ!」
「見ろ!この角は私が切った!」
「旨い肉になるぞ!どうだ?石の人よ!」
「この毛は柔らかくて良い手触りだぞ!石の人は殻が少ないから寒かろう?剥いで寝床に敷くと暖かいぞ!」
尻尾を立て、鬚をぴんと張り、丸い体を精一杯伸ばして胸を張りマコトへと纏わりついて自慢し、褒めてほしそうにするリルミルたち。
マコトは驚いたが、それが徐々に笑いに変わるとリルミルたちと酒を持って騒ぎだし、ベルムドもそれに少しずつ加わって騒ぐうちに終わったのであった。
それから数日後、マコトはいくつかの案をリンへと提示できるよう考えをまとめつつ、筆を取り書き進めていた。ベルムドに言われた戦争への心構え。それをマコトなりに色々と考えた結果、今まで見た防衛戦から、自分が持つ知識で役立ちそうなものを書き出して門主に見せようと思ったのである。単純な案ではなく機械的な絡繰りについて出すことも考えはしたのだが、工業的な機械については専門外で知識が無い。また、仮にマコトが図面を引くことが出来、機械的な絡繰りを作ろうと言っても、まず成功しないとマコトは見ていた。工程を他人にゆだねる限り伝言ゲームのようになりかねず、積み重ねた経験の無い技術がもたらされても「何故こうなのか?」といったことが現場で理解されず、量産したら欠陥だらけということもあり得るからである。
結局、色々と悩みはしたが専門外の知識から何かを生み出すというのは諦め、マコトは自分の知る歴史などから何か防衛戦に使えるものは無いかを考えて、いくつかの案を練るところまできていた。
「うぅ・・・」
頭を悩ませながら、筆を走らせる案はごく単純なもので、港に敵の上陸艇を止める罠を作るというものである。水場での戦いということから有名な連環の計についてマコトは思い出すに至ったのだが、当然相手の船に鎖を結ぶことは出来ない。味方の船に鎖を結び、壁と足場にすることも考えたが、足場にして戦うにしても相手の数はこちらより確実に多いし、船上での戦いは相手が得手とするものだろう。そこで、普段は巻いて置いておき、戦争になれば丸太を鎖で繋いだ物を幾重にも渡し、上陸艇程度の大きさの船の動きを止めようと考えたのだった。動きを止めれば後続の船と併せて引くことも出来ずに固まることになるし、大魔法の射程に入れておけば固まった船に大魔法を浴びせて一網打尽にも出来るだろう。その他にも、船にその丸太と鎖を乗せて敵の通りそうな海上に渡し、それを広げて何箇所かを重しで固定すれば敵の動きは大きく鈍るだろうし役立つだろうというという事。そして、自身の射程を知られれば射程外から上陸艇を出されて止めきれなくなるので、灯台の上というのは狙いやすいが、場合によっては船で港から出たところで撃てるように準備もいるだろうといった海の防衛について纏めたのであった。技術としては単純で間違いも無さそうな大砲も考えたが、火薬があるか分からず、無ければ作る・・・というにも火薬の作り方などマコトは知らないので端の方にバリスタのような大型弓のことと一緒にこそりと書いてあるだけである。
海上の次は陸上・・・となったが、長い年月をかけるなら外壁を複数敷いて1段抜かれてももう一段抜く必要を出したり、突き出た稜堡を作って多角的に攻撃出来るようにするといったくらいしか思いつかない。とりあえず土魔法を利用して堀を作って梯子を渡せないようにして、門は引き上げられる吊り橋をかけ突破を防ぐという書くだけとなった。
(そもそも何で堀も無いんだろうなぁ)
と思うマコトだったが、今まで都市国家同士の野戦による小競り合いばかりで都市戦闘が無く発展してきたために必要性を認識せず作られていないだけなのである。
マコトの書いている案はどれも単純だが、そこに意識が向き思いつけるかどうか?というところでマコトの知識というのは広い視野を持たせ、他者との違いがあった。
こうして出来た案は、ベルムドに見せると、
「おお・・・魔法を教えた時も思ったが、マコトは学問を修めた経験があるのか。そうでなければ、こう分かりやすいことを示せまいな」
そう言ってからひとしきりに褒めた後、
「だが、門主に見せるには字がな・・・私が清書しよう」
と、解読が必要になりそうな文字を直すことを提案し、
(頑張って書いたけど、読みにくいし人に見せるには・・・ダメだよねぇ)
と、マコトは渋々それを受け入れたのである。
そして数日おきに現れるリンにマコトはこの案を見せ、たどたどしくも説明をすると、
「これは・・・すぐに門主たちに掛け合うわ!海なんて私たちじゃ思いつかないもの」
そう言ってから、マコトを抱きしめ有り難うと礼を言い、清書された提案書を手に門主たちの会議でこれを出したのだった。
門主たちに出したこの案は、とある文人による提案だとリンは言っており、マコトの提案と知っているのは後はリクだけである。マコトは案を出したが、自身の名を戦争で高めたくないことと、フガクのようなマコトを嫌う者に否定されないためにとこうした形になっていたのだが、
「悪くねぇな。港も防壁が欲しいくらいだが、そんなもんをすぐにこさえられる訳もねぇ。柵替わりのものと魔法の組み合わせで倒すってのは、有効だろうな」
「ええ、敵が慌てふためく様が見えるようです。それに堀ですね・・・当たり前の物ではありましたが、失念してました」
と、リオやフガクの受けも良く、
「ベル王国の脅威は海軍によるところが大きい。いずれ港も防壁を作り2段構えにする必要があるだろうが、それをするには数年かかるし、陸側の外壁も補強を考えればより時間が必要だろう。港に残る敵船を使って実際に試す必要はあるが、その価値はあるな」
と、リクもこの案を認めており、ラーシュもそれに頷く。
「それでね、この案は門主たちによる提案ってことにして欲しいと言われてるのよ。これをくれた人にね」
マコトの案を使うことが決まったところでリンは告げると、
「それは有難い。攻められぬためにも、我らはより強固であると名声を持たねばなりませんからね」
とフガクは喜び、
「人のもんで名を上げるのは好かねぇや。そこらは俺以外で好きにやれや」
とリオは気に食わないと鼻を鳴らし、
「これでアレセスが救えるならば重畳。だが、案をくれたものに何も返さぬのはどうなのか?」
ラーシュは疑問を呈する。リンはくすくすと笑いながら、
「私がお礼をちゃんとしたわ。それに、名を出したくないのだって」
と言って場を収めた。その後会議が終わるまでに細かい調整や、優先順位を話し合い、マコトの案はアレセスの防衛計画に乗り、門主たちの連名で後に進められることとなる。
「以上で会議は終わりだ」
とリクが締めて会議が終わると、珍しくリンにフガクが話しかけてきた。
「リン。その案を持った文人はまだアレセスに?」
「いいえ。つい先日出て行ってしまったわ。知識っていうのは色んなところにあるものねぇ」
文人との交友を好む彼はリンに行方を聞くのだが、知らぬと知ると残念そうに首を振り、
「なかなかの才人がいたものですねぇ。是非あって話もしてみたいものです」
と言うのだった。これにリンはくすくすと笑みを漏らしながら、
「フガクは多くの文人とあっているのだし、もしかしたら一度くらい会っているのかもしれないわよ?」
そう答えるのだった。
「見識の深い者は・・・ううむ。会って話せば智の広がりは大きそうなのですが、勿体ないことです」
誰にでも無く呟いてため息をつくフガクに、
(もうちょっと己を知って相手を認められるなら話せたでしょうね。それにしても、自らの名も連ねられ文人たちとの交わりで賞賛もされるだろう案がマコトのものと知ったら彼は誇れるのかしら?)
と、心のうちで実に毒々しい華を咲かせつつ、リンは美しい笑みを浮かべて議場を立ち去ったのであった。
お読みいただき有り難うございます。
割とまったり回がしばらく続く予定です。




