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前話まとめ
マコト異世界で目覚める→自分の姿に驚く→色々確認→遺跡住人オルド異変感知→マコト、いた場所から脱出しようとして失敗、気絶する→気絶したマコト、オルドが発見。
魔物を寄せ付けない強固な結界を持つ都も滅び、結界が生きていようとも人の居ない都は緑に呑まれている。季節は暑い日差しと青々とした緑を育み、風に草花の香りが乗る夏も盛りである。
石造りの都は木々や草花に浸食され、獣が闊歩している。人から自然へと住むものを変え、滅びた後の幽玄の美をそこに現していた。その都の南西にある未だ機能が保たれた家がオルドの住む家である。
マコトがこの世界で目覚めてからすでに3日が経つ。あの後数時間で目覚めオルドとの会話も済ませていたマコトは、オルドの元にしばらく逗留させてもらうことになっていた。
マコトにとっては生きる術を得るまたとない機会であり、この異常に手を差し伸ばされたことによる依存もある。また、オルドにとってはマコトがどういったものか見定めたいということもあるし、数十年前は道場を構えていたこともあるように、人に教えるのが嫌いという訳でもなかったからだ。隠者として生きていたが、残りの寿命も見えてきたころになって何者にも知られず逝くのも惜しいかと思っていたのもあるのだろう。
ただ、ここに至るまでにマコトはかなり苦労していた。オルドは友好的であったので、マコトも礼儀正しく接しようと思っていたのだが敬語どころかまともに言葉に出てくるのは単語くらいになる。自分が話そうと思うことと口から発せられる言葉が大きく異なるのだ。これにマコトが動揺しオルドが宥めたりと言ったこともあったりしたが、原因はマコトの加護である。神の与えた恩寵と共に得られた性質はマコトから表情と言葉の発現を大きく抑えていた。そのため、話し合いというよりはマコトの話す単語や途切れ途切れの言葉をオルドが汲み取るという作業になっていた。マコトにとってはオルドが温厚で気の長い人物であったのは救いだっただろう。
さて、そのマコトが今何をしているかといえば、オルドの住む部屋の一角で座り、ひとつひとつ確認するようにしながら言葉を出しているという奇妙な作業である。
これは、出そうとした言葉と実際に話した言葉の確認をしているのであり
「・・・ん」 (こんにちは)
「ん」 (はい)
「・・・マコト」(私の名前はマコトです)
といった具合にほぼ全滅となっている。強く意識してゆっくりと話せば
「こん、にちは」
と途切れつつも話すことが出来るのだが、長文となれば口が強張り余計に途切れ聞き難いと酷いものであり、1時間以上試し続けても何ら変わらぬことにマコトは頭をわしわしと掻き毟ると後ろに倒れ大の字になって大きくため息をつくのだった。
(そういや、オルドさんは何時ごろ帰ってくるのかな)
と天井を見ながら、マコトは自分を保護してくれたオルドのことを考える。今のマコトから見ればまさしく見上げるような立派な体躯で所作からも齢を感じさせないが、座って話をしたときに大樹のような大きく包み込むような威厳を見て、オルドが自らを100をとうに超していると言ったことにも納得している。
だが、何故こんな場所に住んでいるのかという疑問がある。と言ってもマコトはそれを訪ねる気は無い。何しろ、今のマコトにとって唯一の頼れる人間であるし、生きる術が身に着くまでは何としても居させて貰わねばならず、隠棲するような理由を尋ね、それが逆鱗であったらと思うととても聞けるようなものではないからだ。
(案外、ただのスローライフだったりするのかもしれないが・・・まぁ、こんな異常な状況で一人で彷徨わなくてよかった)
マコトはそう考えながら、窓から外をぼんやりと眺める。崩れた建物や道を覆う草木などが見え、
(どこか海外に観光に着たみたいだ・・・そういや旅行なんて何年行ってなかったか)
静かで美しい風景で心が落ち着くと、鈴村真であったといのことを思い返す。マコトの心中を両親や友人、会社や同僚のことがめぐり、
「戻りたいな・・・」
と呟く。
(無理だろう・・・)
向こうの鈴村真はすでに死んだのだと、今自分は生きているが、向こうに何を伝えることも出来ないのだとマコトも分かっている。あの手紙に、死んだことと魂が世界から外れこちらにきたことなどが書かれていたからだ。勿論、手紙をマコトも全て信じている訳ではないのだが、あの時の死の実感は嘘ではない。そう思えるだけの重さがあったのだ。
(色々話すこと、したい事あったなぁ。死んで、こうして考えられるってのは幸運なんだろうが、向こうでやることあったよなぁ)
これが後悔かとマコトは思うのだが、つらつらと色々と考えが出てきてしまう。
本来なら狂うほどのことが起きたにも関わらず、マコトは強靭な精神を得られたことでそうはならなかった。そして、色々と冷静に受け止められる静かな環境を得たことで抑えられてきたものが堰を切って溢れ出てきたのだ。
その身にもその影響は表れ、マコトの体は強張り震え出し、人と同じ左目からぽろぽろと涙があふれ出す。
「あぁ・・・」
マコトは強張って震えている両の手の平をぼんやりと眺め、そして蹲るように体を丸めて嗚咽の声を上げる。しばらくしてそれは大きな泣き声に変わり、言葉にならない声が家の中に響く。
オルドの戻った頃にはマコトはすでに泣き疲れて眠ってしまっており、その姿を見て何かに納得したのか軽く2度ほど頷くとマコトを起こさぬよう静かに昼飯の準備を始める。
高熱になる魔石を火の代わりに使い汲み置いた水を鍋にくべて沸騰させると魔石の魔力に干渉して火を弱め、遺跡の獣から取り干し肉にしておいた肉と塩や香味代わりとなる葉をいくつか入れ、大豆のような豆を加えてゆっくりと煮込んでいく。
煮えてくると部屋に食欲を誘う良い匂いが漂い、程なくしてマコトが身じろぎをし「ぁー」と小さな声と共に目を覚ます。
少し赤くなった瞼を手でこすりオルドが戻ったことを認識したマコトは
「・・・ん」(おかえりなさい)
と声をかけ、やはり言葉がまともに出ていないとため息もつく。
「起きたか。向こうの水で顔でも洗ってくるといい」
「ん・・・」
マコトはのそのそと動いて甕から水をすくい上げ顔を洗うと、ようやく目が覚めてきて
(よく泣いたなぁ。恥ずかしいが・・・すっきりしたな)
と、今までより肩の力が抜け楽になったのを感じ、同時に胃が動くような腹の減りが出てきたのだった。
(腹へった・・・、いい匂いするし腹が鳴りそうだ)
お腹をさすりながら居間へと戻り、オルドの対面に座る。椀によそわれた豆と肉の煮物のようなものをオルドより受け取り、その匂いに釣られつつも、相手より先に食べては失礼だろうと待ち続け、オルドが食べるのを確認してからマコトも食べ始める。
マコトはもとより、オルドも食事をしながら話したりはしないのか無言で食事は続く。マコトは2度ほどおかわりして食べ終えたが、やはり体が前より小さいからか、当人が思ったより小食で満足できたようだ。
オルドに出された不思議な香りのするお茶をマコトは受け取りながら
「・・・ありが、とう」
と、少し詰まりながら食事の礼を言うと
「あぁ。それでどうだ?少しは落ち着いたかね」
と、オルドはマコトに尋ねる。マコトも腹のことではないというくらいは察せるので軽く頷くと
「そうか」
と、オルドも少し安心したように笑みを浮かべる。
「これからのことを考えねばなぁ」
お茶を飲んで一息ついたところで、オルドはそう切り出した。そう言われ、マコトも頷いてオルドを見つめると
「とりあえず、何を知り何を知らぬのか、それが分からねば進まんからな。マコトは答えられることは答え、分からぬものは分からんと言ってくれ」
そう前置きし、
「マコトが居た場所を軽く調べてきたが、マコトは幾つも並んだ筒の一つから出たんだな?」
「・・・うん」
「ふむ・・・。あの施設は未だ未発掘の場所だったようだが、この遺跡には似た施設がいくつか見つかっていてな」
それにマコトが目を見張ると
「旧き種を保存していたり、人が掛け合わせた種を造り出す施設らしい。儂もよくは知らんがな」
「フルき・・種?」
「そうさな。エルフやドワーフは知っておろう?」
それにマコトは首を傾げる。知識としては知っているのだが
(エルフにドワーフって・・・テーブルトークかよ・・・)
と心の中で突っ込みつつ
「・・・エルフ、耳長い、森。ドワーフ、小さい、鍛冶」(エルフは耳が長くて森に住む種族。ドワーフは鍛冶が得意で小さい・・・でいいのか?)※「」内が実際の発言。()内が話そうとした内容となっています。
「知っておるか。まぁ、彼らは今もいるが、長い時で滅びた種族は多い。特にこの都市が滅びた大戦では多くの種が滅びたと言われていてな。大戦以降居なくなったものたちを旧き種という」
「・・・ん」
マコトがこくこくと頷くと
「人が掛け合わせた種というのは分かるか?」
「・・・んー?」
マコトは首をかしげる。
「エルフは魔法が得意で見目も良い。だが、力は弱く戦士には向かぬ。ではそこに力の強い種から因子を持ってきて、エルフの因子と掛け合わせ、魔法が得意でありながら力も強い者を造り出そう」
「今では禁忌とされていることであり、今では出来る技術もないだろうが、この遺跡があった時代にはそういうことをする者や国があったということだ」
そこで一息つき、オルドはマコトを見る。マコトは品種改良程度のことを思い浮かべていたら人体実験みたいな話に少し引きながらも、理解はしたとオルドに頷きを返す。
「この頃の遺跡は今よりも進んだ文明を持っていたようでな。調べても記録も残らず分かっておらんだろう。まぁ、学者の類に聞けば少しは分かろうがな」
何故、こんなことを言っているのかなとマコトは少し首を傾げていると
「マコトの種族も、マコトが造られた者であろうとしか分からぬということだ。そして、あの施設も大した手がかりも無いであろうということだよ」
なるほどな・・・とマコトも納得しつつも、そのことに関してはそう驚くものではなかった。自分の見た目を思えば今更だからである。
それに、マコトが持っていた手紙のこともあり、自らの魂が他の肉体に入ったが、その肉体の魂はどうしたのか?という疑問も、造られたことで魂が無かったということなら分かりやすいからだ。
そこでマコトは手紙の存在を思い出し、オルドにそれを渡す。色々と説明し話し合わねばならないが、手紙を読めばマコト自身については説明が省け、オルドもこれからについて考えやすいと思ったからだ。
だが、手紙に目を通すと
「あぁ、これは読めんな・・・。見たことも無い言語だ」
と、オルドはマコトに手紙を返してしまった。書かれていた言語は日本語であり、異世界において日本語など存在しないので当然である。言葉が通じることでマコトもその事については失念していたのだった。
結局、長い時間をかけて手紙について説明することになるが、マコトがこの世界についてほぼ何も知らぬことや、自らの体についても何も知らぬことについてはオルドもよく理解したので、結果としてはそう悪いことではなかった。
いくらか話した結果分かったことは、知的種族として外殻や鱗を持つ種族自体はいるということ。マコトにとってはこれは朗報で、化物扱いされずに済むということで少し安心したがマコトのように半端な姿ではなく、対処としては聞かれたら適当に未開地の種にでもすればよいらしい。そもそもこの近くの地域では鱗を持つ者はともかく外殻を持つ種は居ないからどうとでもなるだろうとのことだ。
そして、マコトが学ばねばならないこととして、座学はこの世界の常識など多くの事柄がまず挙げられ、次に文字ということになった。実践的なものは肉体の能力などを把握しつつ生きるのに必要な狩りや道具の扱い方、戦闘方法を学んでいく必要があるという。
戦いや狩りの必要はあるのか?とマコトは尋ねたが、魔物や盗賊の類など日本とは比べ物にならないほどの危険性が多いことや、村などに移住しようにも、種族的に受け入れられる場所は少ないだろうということ。商いや農業をしようにも身一つしかないマコトではそうそう出来ないであろうということ。
そういったことから、マコトが出来るとすれば、魔物や獣を狩るか傭兵となって戦うことだろうとオルドは告げたのだった。
マコトは計算もできて色々と役割について考えられる頭や経験も無いかと言われればあるのだが、そういった職につくには何よりも伝手や信用、実績が必要であり、新人を採るにしても見たことも無い種族がきて採用される訳も無い。
マコトも、その現実の重さに長い息を吐くが、一度すっきりとしてしまったためか潰れるような重さを感じはせず
(頑張るかなぁ)
と気を入れなおしていて、オルドもその様子をみて軽く笑みを浮かべたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
気まぐれに挿絵とかキャラ設定イラスト等がつくことがありますので、その場合は話の番号の後に★がつきます。