28.
前話まとめ
五大門門主、活躍を見せてベル王国を退け、戦争を終わらせる。
アレセス国にとって、かつてない程の大戦であった防衛戦も勝利をもって終わりを迎えた。
復興は1週間を経てなお続いており、休む間も惜しいほどである。都市は内部に入られた場所こそ少なく被害の殆どは港だが、動ける数が減ったことや復興で急ぐ必要がある事を優先されていたために、港には敵の上陸艇が残され、焼け落ちた家屋や船もその姿を残し晒されたままであった。
未だ建物に気を向けられぬほど何を急いでいるかといえば、死体の処理である。アレセスの死者は千を超えるほどで、個々では無理だと各門派でまとめて弔い火葬し、灰を家族に渡すのだが、門派で纏めていても数が多い。そして、アレセスの死者の10倍はあるだろうベル王国とヤラヴァ国の死者。弔おうにも数が多すぎるため大きく穴を掘り埋めるのだが、少数得られた捕虜を使っても簡単に終わるものではなく、殆どが外壁と外とはいえ腐らせると厄介だと優先して片づけられていた。魔術師たちもこれに駆り出され、火の魔法で死者を焼き、水の魔法で血溜まりや肉片を洗い流し、土魔法で埋葬の穴を掘ると休む間もない。バルドメロのような闇の魔術師も、未だ減ることを見せぬ負傷兵を前に彼らの戦いは終わっていないかのようであった。
このように忙しさに追われ、勲功を立てた者に報いる式典もまだ行われていない。一応、勝利を祝し街全体で簡単な宴はあったのだが、それは祭と後片付けの合間の打ち上げのようなもので、式典は片付けが終わってから行われることになっていた。
戦後と言っても門主たちにとっては気が休まる訳では無い。ベル王国との一戦は終わったものの、再度攻めてこない保障は無く、現状では怪我人も多数で兵数は半減と次戦に耐えられる可能性は低い。大魔法によって死者が多数出た上に、帆船をその乗員ごと3隻失ったため可能性は低いとも言えるが、その海軍の矜持や大国の意地と攻めてくることもあり得る。小国であるアレセスがベル王国を退けられたのは外壁を利用した防衛戦であり、失った兵数こそ大差はあれど軍全体の規模から損耗率はアレセスの方が高く、いかに問題を打破すべきかと門主たちは連日頭を突き合わせ会議を行っているのだった。
「やはり、魔導都市とはもっと緊密にすべきですね。壁で共に戦いましたが、魔法が無ければ抜かれていたでしょう」
そう言うフガクに、他の門主たちも確かにそうだと頷く。彼らも先の防衛戦でその力を見せつけられ、大国に抗するには是非とも欲しいと言うところであった。対価は魔導都市にとっては通商路となるアレセス国であれば用意は可能であり、正式に魔術師ギルドの支部を置いて身内にするという形を取るべきだと纏まった。
「イホ国についてはどうするべきか?私としては後背を突かれたくは無いし、大国に対するなら同盟も良いと思うが」
リクから隣国であるイホ国とも、ベル王国に抗するには同盟すべきだろうと話は持ち上がる。長年戦争で争ってきた国のため、アレセスから話を持ち出せば搾り取られる可能性もあり、
「しかし、我々から彼らに頭を下げるというのは・・・。戦わずして負けたと門弟に言われ、文人に後世に残されたくはありませんよ?」
フガクは懸念を示し、
「けっ、奴らが味方って言ってもよ。信用出来んのか?」
「うむ。奴らは義侠の士ではない。大国に気骨を砕かれ、突然に敵に変じるやもしれん」
門主たちの中でもリオやラーシュは敵国としての意識が強く、気に食わぬとばかりに不満を吐く。
「確かにイホの奴らは俗人、それに下げる頭は無いわ。でもね、魔導都市は別よね? 彼らには大恩があって、その彼らが間を持って取り成してくれるならどうかしらね?」
リンは、魔導都市を間に入れてイホ国とも同盟関係をと提案したのであった。リンとしては、ベル王国などという大国と戦争を続けるなど論外であり、イホ国と魔導都市、そしてアレセスで同盟し牽制しようと思っていたのだった。
「ふむ・・・。悪くない。少々魔術師たちに借りが大きくなるが、イホ国に融通を利かせるよりは信用出来るだろう」
リクは右手で自らの頬を軽く撫でながら同意を示し、反対していた門主たちもそれならば仕方ないと3都市による同盟を推し進めることで合意が図られた。そうした会議は皆から案も出なくなると終わり、リクは全体の指揮を執るために決裁に向かい、フガクは情報を集めるために自らの門派の区画へと戻り、ラーシュは死者の弔いへと向かう。残るリオとリンも仕事自体はあるのだが、リオは失った肉と気力を取り戻すことを優先し、
「食っても食っても足りねぇ」
と、腹の痩せて余った皮を掴みながら酒場へと向かうのだった。リンはと言えば、こちらも仕事よりも療養が先となってしまっている。半ばまで斬られた手首は魔法により一定の治療は行われたのだが、リンの左腕の先は薬液の入った壺が括りつけられ手首より先は薬液に浸かっていた。戦で傷を無理矢理抑えるために使った毒によって左手の状態は良くなく、毒に関しては大家であるリンもこうして浸してはいるが手が治るか腐り落ちるかは分からぬところである。薬液と抜ける毒を出すために血を抜くことも多く、リンの顔は白く血の抜けたものになっていた。
そのリンが向かうのは、マコトの部屋である。自らの門派や知己と会うよりも立場を意識せず気が抜け、マコトのことを手のかかる妹のように感じてきていたリンは数日おきに部屋に来ているのであった。この頃になると、ようやくリルミルたちはリンのことを、
「人も良い者もいるのか?」
「嫌な事ばかりされたが、たまにいい奴もいたぞ?」
「そうだったか?人は美味い物は作るが、良い奴はいたか?」
「いたぞ。たまにだがな!」
と、少しばかりではあるが認めており、こうしてリンが部屋に訪れると傍でどちらか片方が丸くなることがある。実のところリルミルは、リンの内力を気付かれぬうちに自然と整えてやっていたりするのだが、リンは傍で丸まるリルミルにだらしなく脂下がりその感触を楽しんでいたのであった。
「やっぱり疲れた時にはこの子たちよねぇ」
そう言いながらリンはベッドの上でリルミルを抱え、首回りを揉むように右手で撫でまわすが、マコトはそれをどことなく呆れた雰囲気を纏わせながら見守っている。
(疲れとか関係なく来てるよなぁ。まぁ、彼らは癒しだけど・・・)
リンが訪れてはリルミルを構い、彼らが少し気を許してからはより過剰に構うそれを、毎回見て居るマコトが呆れた思いがあるのも仕方ないだろう。このように緩い雰囲気で過ごしているマコトだが、これには訳がある。先の戦いの後に、マコト自身はアル・フレイへと出発する気であったのだが、
「探し人はカイ・バーデンだったわよね。軽く探っておいたけれど、今は傭兵団から離れていてアル・フレイには居ないらしいわ」
リンが戦争の前から調べを進めていた結果を教えてくれ、ある程度何処にいるかを掴むか何らかの情報を得られるようにリンが同門の伝手を使い、調べを継続すると言ってくれたからであった。無論、マコトがアレセスに留まれば、軍船の阻止が可能ということもあるのだが、それもリンはマコトに伝えた上で待つように願い、それをマコトは受け入れたのである。
マコトも、リンの申し出は戦争に参加しただけの価値があったといえるもので、
(どの国に居るかも分からないカイを捜すのは自分では無理だ)
と、リンを頼ることにしたのである。カイと同門で門主であるリンの伝手を使えるならば、マコトよりも情報は集まると言え、マコトは自らアル・フレイに行くことを捨てている訳ではないものの、しばらく留まるのもいいだろうと決めたのだ。それに、鍛錬を通してリオの門弟とは顔を知り言葉を交わしたものが何名か亡くなっており、マコトの居た灯台を護るために死んだ者もリクの門弟には多く、知己や己を護ってくれた者の弔いに参加したいということもある。
「あぁ、早く普段の生活に戻りたいわ。それに、戦争が一段落しないとマコトと買い物にも行けないものねぇ」
リンが、面倒事が早く終わってマコトとの約束を果たしたいとぼやくと、
「おお?人は面倒くさいな?」
「だな!だが、買い物と聞くと心が躍らんか?」
そうリルミルは反応する。それにリンが、
「そうなの?貴方たちって、買い物好き?」
と聞くと、
「買い物とは狩りのようだな!」
「うむ。美味い物をいかに見つけ、いかに戴くか。実に狩りのようだ!」
そう言ってリルミルたちは美味い食べ物を列挙し、何が美味い、こちらは不味かった、これは匂いは良かったとマコトにねだった屋台や店の料理を評していく。
「確かに狩りよねぇ。いい服を見つけたらするりと近付いて買わなきゃ無くなって逃げられちゃうもの」
とにこやかにリンは言い、マコトと買い物に行くときにはリルミルたちも連れ、大いに狩りましょうと続けるのだった。
「戦争、長イ・・・」
そんなやり取りを見ながら、防衛戦だけで終わらぬ戦争というものにぼやくマコトであった。
戦争より一月半が過ぎ、暑い日の中にも秋風が混じる頃となった。祖霊と共に死者を祀る弔いの火もようやく落ち着きを見せ始め、アレセスの港には木槌の音や、掛け声に合わせ材木を運ぶ者たちの声が響き渡る。未だ商人たちは戻っておらず普段の活気を取り戻すに至ってはいないが、弔いも区切りを迎えて人々に活気が戻ってきていた。
そのような中、ようやく勲功を称える式典が行われる。個々への報償の前に魔導都市とより一層強く結びつき同盟となることが五大門の長であるリクより宣言され、その魔導都市より訪れている長老の1人により仲を取り持つことでイホ国とも友好を結ぶことが話される。イホ国に思うことは多いものの、ベル王国の脅威は皆が肌身で感じており、後顧の憂いは取り除けるだろうとこれも民衆から拍手を持って迎えらえた。
個々の報償についてだが、魔導都市については一括。同盟と共に魔術師ギルドの支部を置き、ある程度の通商の自由を保障することになる。ギルドの関係者とされたマコトはこの報賞に含まれてしまっているのだが、門主たちと同等かそれ以上の大功、そして実情を鑑みてマコトにも報償が特別にという形で言い渡されることになった。
「魔術師ギルドの闇の魔術師たるバルドメロ・セザスにより得られた客将のマコト! 本来であれば、魔術師ギルドに送られる報償によって報われているが、その義侠の士たる心と我ら門主すら凌ぐ大功。マコトにアレセスは大きく救われ、ベル王国を退けた!この大恩に報いぬアレセス国であれば、我らは世の笑い物にされるだろう」
進み出たマコトを前に、リクは大きな声でそう言うと一息置いてから、
「友を捜し、その友への情も深かろうに、我らのために義を持って立ち力を揮ったこと。こうして戦の後も、亡き者の弔いを共にしてくれたこと。身や言葉こそ変わってはいるが、貴方の礼節のある君子たる行いには感服するものだ。 アレセスは報賞としてマコトに金や称号といった物ではなく、家を貴方に送りたく思う。いかな事があろうとも、アレセスは寄る辺となりマコトの友として胸を張るだろう。是非、これを受け取って欲しい」
そう静かにマコトを見て言うのだった。当然マコトが居る事での利点も計算されてはいるし、フガクなどは眉を顰め金を渡せばよいと反論もされている。だが、五大門としての結論は、マコトを友とし絆を深める事こそ利であると、リクは真摯にマコトへと語りかけたのであった。
「うん」
マコトはと言えば、リクの人としての格と場の雰囲気に押されてしまい、多くの事を返すことなく言葉一つで受け取ることを了承した。これにリンが手を叩き、他の門主たちも拍手をして、それは皆に広がっていった。魔術師の中には自分達の物が掻っ攫われたという気の者や、フガクのような考えを持ち渋々拍手をしている者もいるが、これほど多くに肯定的に見られたことは今までになく、感じ入っていたのであった。
「あと、マコトは武具が足らぬように見受けられる。その手では、数打ち造られた品を使うには難しかろう。後程、マコトにあった武具を我ら門主一同から送ろう」
拍手の収まったところでリクはそう言い、マコトへの報償に関する事は終わる。その後も多くの門弟や兵、不利な戦の最中でも融通を利かせた商家などへの報償が言い渡され、式典は終わったのだった。
お読み頂き有り難うございます。
幕間的なところ。大きい山を超えたので、プロットの調整をしたりしてました。
前にいった挿絵・・・未だ出来てませんでしたが、明日中くらいには23.に追加します。