22.
前話まとめ。
マコト、右腕が治り新しい腕を調べる。→バルドメロより戦争の話がもたらされる。
戦争への参加。それはマコトにとっては全く考えの及ばない話であった。確かに人とやりあうことはあったし、大して思い出すことも無いが結果として殺しもした。だが、自発的に人同士で殺し合う場に出るというのは、全くもって違う話であり、
「嫌」
とマコトは端的に答えたのである。そこに、バルドメロは言葉を重ね、マコトがアル・フレイ商国に行くにも彼の国は必要だと訴える。
「だから必要なのだ。アセレスが落ちればその後の混乱で通れるようになるのは時間が掛かるし、戦端が開かれる前に抜けようにも、自らの国に属さない者をこの状態で通すはずもない。だからといってエルフや獣人たちの大森林は抜けれないだろう?」
だからこそ、そこに属し戦争を収め抜ける必要があるとバルドメロは言うのだった。だが、マコトの場合、抜けるだけとなれば山を抜ける道も無くはないのだ。リルミルたちと山を抜け、谷を逆に移動すれば行けない訳でも無い。
「マコトには私の護りとしてついてもらうから、さして戦いになることは無いはずだ。それに、彼の国は5つの門派が都市を治める英傑の都市。我ら魔術師が加わればベル王国にも引けを取らんだろう」
それでも渋るマコトにバルドメロは言葉を重ねると、頼むと言って深く頭を下げた。
「う・・・」
こう誠実に迫られると、どうにも詰まるマコトであった。一月と短い期間ではあったが、ああも言葉を交わし治療までして貰っていれば情も湧くし恩もある。その相手に頭まで下げられているのだから、どうするべきか?と悩みもしてしまうのであった。マコトにしては珍しくはっきりとした表情を見せ、酷く困ったその顔でうぅと唸ると頭を乱暴に掻き、
「明日、返事・・・待つ?」
と、明日まで考えさせてくれるようバルドメロへと言うのだった。それだけマコトにとっては戦争に行くという行為は重く、行かないという事が、恩人をそこへ赴かせ手伝わずに見捨てるという行為になるやもしれぬと、即断を躊躇ったのである。頭を上げたバルドメロは少し苦い表情ではあったが、マコトの少し泣きそうにも見える困った顔を見て、
「分かった。すまないな・・・」
と、明日まで待つことを了承したのだった。
そうして、マコトは宛がわれた部屋に戻ると、ベッドの上にぽすんと勢いよく座って両腕で体を抱え込むようにして悩み始めた。どうすればいい?とマコトはその体勢のまま体を大きく左右に揺らしながら考える。マコトとしては行かない方の比重が大きく、これは戦争への忌避感だけではなく、こちらに来るきっかけとなった傭兵たちとの騒動のようなことがまた起きるのではないかという懸念も大きいのであった。恩ある相手を見捨てては義にもとると、カイならば言うだろうとマコトは思うが、自身の身の上を考えれば、謗られるほどではないだろう。
(助けに行って、味方に刺されるのはなぁ)
そういう思いも強く、また、自身の事ばかり考えてやいやしないか?と堂々巡りとなるのだった。
「石の人、どうした?病気か?」
「だが、内気はおかしくないぞ?」
悩み、揺れていた体が横に倒れたマコトに対して、リルミルたちは傍により不思議そうに話しかけた。マコトはごろりと体を回しリルミルたちへと向けると、
「困っタ。友、恩人、助けル」(困った。友や恩人は助けるものだよなぁ)
そう言ってリルミルたちを抱えると、彼らはそうだな、助けるものだな!と言い、
「うん。でも、人、戦争・・ハ、怖イ」
呟くように話すとマコトはリルミルたちの毛皮に顔を埋めて思い悩むのだった。
「人か、碌な者ではないな!」
「戦争か、碌なものではないな!」
「だが、友のために戦うのも道だろう」
「だが、自分が生きねば無駄ではないか?逃げることも道だろう」
リルミルたちはマコトの呟きに答えると慰めるように自らを抱えるマコトの腕をべろりと舐めた。そうして悩みながらマコトはいつしか寝てしまい、目が覚めたのは日が山に隠れ落ちようという夕刻も遅い時間になってからであった。
目の覚めたマコトは、リルミルたちを起こさぬようベッドをするりと抜けだすと、バルドメロが居るであろう研究室へと足を運ぶ。マコトは意外にもすっきりとした面持ちで、迷いはすでに晴れたのか足取りの重さも取れていた。
「いル?」
扉を叩きマコトがそう声を掛けると、中から入っていいと返事がありマコトは扉を開き中へと入る。そこには何時ものように机の前でバルドメロが座っていたが、研究などは行っていなかったようで手に酒の入った木杯を持ち軽く呑んでいたようであった。
「どうした?飯でも食いに行くのか?」
と言うバルドメロだったが、マコトは首を振るとバルドメロの隣に腰を下ろし、彼に自身がどうしてここに来たのか、戦地で同じことが起きないとも限らないと伝え、
「解決、出来ル?」
と聞く。マコトは、問題をバルドメロがどうにか出来るというのならば、戦地に一緒に行っても良いと決めていたのであった。リスクは高く、それを回避したところで後悔もあるだろうと逃げ道になる理由を話し、それを解決出来るならばと言うのが今のマコトが最大限に譲歩して考えた結果である。確かに恩もあれば情もある。だが、今回の事はあまりに大きくその恩も情も超えていると思い、何を差し置いても行くというような選択がマコトには出来なかったのであった。
その話を聞いたバルドメロは、マコトから視線を外すと木杯に入った濃い蒸留酒を口に含み、舌で転がすように味わいながら考え始め、そうして無言で30分以上が過ぎて、マコトが明日でもいいと席を外そうとすると、
「まぁ待て。返事はある」
と立ち上がろうとしたマコトを制し、
「出来なくもない。それならば行ってくれるのだろう?」
とマコトを見て言うのだった。それにマコトが頷くとバルドメロは口元に笑みを浮かべ、
「任せておけ」
と言い、木杯の酒を呑み干したのだった。
それから4日後、マコトはバルドメロやリルミルたちと共にアレセス国へ向かう一行の中に居た。リルミルたちへは、マコトは戦争だから山に帰るよう何度となく言ったのだがリルミルたちは決して頷くことなく、
「友を守るも道だろう」
「約束は守るものだ」
そう言って付いてきたのであった。
この一行は、大魔法と呼ばれる広範囲へ影響を及ぼす魔法を使える魔術師が3人に、バルドメロのような中級の魔術師が30人程。それに傭兵たちが40程度ついたもので、国への救援と考えれば数は少なくも見えた。だが、魔術師ギルドは結社のような政治的側面と秘匿性を持ち、そこから送られる大魔法を使える魔術師というのは通常の魔術師を遥かに超え、上手く使えば1度の魔法で千の敵を屠れるだろう。それが3人に、バルドメロのような治癒を扱えたり、小規模であっても利便性の高い魔法の使える中級の魔術師が30人となれば、大国の抱える魔術師を遥かに超える。少数精鋭であり、形ばかりの救援ではないのであった。
マコトはその中で、普段とは違いバルドメロが着ているのと同じ装飾された黒い外套を纏っていた。マコトはこの一団の中ではバルドメロの客人にして助っ人という扱いで、他の傭兵たちと一緒に動くことはなく、バルドメロたち魔術師と同じ馬車に乗り旅している。
(これがバルドメロの言う手なんだろうか?これだけだと不安だなぁ)
とマコトは思っていたのだが、馬車の中は戦争へ行くという緊張からか静かでこの行程で問題となるような事は無かった。だが、マコト自身ではなくリルミルたちが魔術師たちにとっても珍しく目立つもので、撫でたそうにそわそわと見る者や、苦手そうに場を空ける者がいたりもしたのであった。
魔術師たちは中級以上ともなれば、武功に手を出すものなど居るはずもなく肉体的には弱い。そのため、冒険者や傭兵たちに比べると馬車であっても進行速度はかなり緩やかなもので、アレセス国に着くのには2週間以上もかかることになったのだった。
「おお・・・」
と声を上げるマコトの目に入るのはアレセス国の外壁である。今まで見てきた壁のどれとも違い、白い土で表面を塗られ、頭に朱色の瓦を敷いた見た目にも鮮やかで、朱塗りの大門を持つそれは美しいものである。高さもアリアデュールには及ばぬものの、魔導都市よりも高く住居などが外からは見えぬしっかりとしたものであった。
中へ入ると、太い道が真っ直ぐに伸び、立ち並ぶ家々も外壁と同じように白い壁と朱色の瓦で統一され華やかさを持つ都市で戦争手前であり人通りこそ少ないが、人々は活気に満ちマコトたち一行に歓待の声を上げていた。そうして援軍として歓迎されながら、その道を歩くマコトたち一行だが、それを中央にある塔より見る者たちが居る。彼らこそ、この都市国家を治める5つの門派の門主であった。
「来たな。これで勝ちも見えよう」
そう話すのは、5つの門派の長を務める男で、名をリク・スーゼンと言う。歳は50を超えた程度で少し白髪の入った黒髪に黒目、背も普通、太っても痩せてもいないと特徴の無い見目だが、剛山功法と呼ばれる武術の門主である。当人も一流の使い手で、剣閃すら捉えることを許さず相手の魂まで断ち切るような鋭い剣技から「断魂不見」の名で知られている。
「有難いことです。これからは魔術士ギルドともっと交誼を結ぶのも良いでしょうね」
窓に腰かけ話すこの男は、フガク・ラインと言い、こちらも5門派の門主の1人でその門派の名を東神法という。人で言うなら30を超えた男だが、顔立ちは良く背も高いすらっとした美丈夫で、長い白い髪を総髪にしたエルフである。知性と仁徳を感じさせる人柄から「仁君」と呼ばれることもある。
「けっ!あんな奴らに頼まずとも、我らでやれたろうが!」
リクやフガクの発言に、気を悪くしむすっとした顔で椅子に座るのは輪月功の門主、リオ・バンネルである。黒い狼のような獣人である彼だが、身を丸々と風船のように太らせており、脂肪の少ない獣人の特徴からは大きく外れている。驚くほどに太ってはいるが、その身は武功により軽く軽快であり「浮岩」の名で知られていた。
「そうは言うが、お主も勝てぬことくらい分かっていよう。だが、彼らに頼り切らず我らも奮起せねばな」
そう言うのは、袈裟のようなゆったりとした服に身を包む70を超えていそうな老人である。禿頭で顔には大きく皺の刻まれてはいるが、目は鋭く、体つきもこの中の誰よりも筋肉質で背も高く衰えを感じさせない。この威風堂々とした男の名はラーシュと言い、応神掌法の門主を務めている。
彼らのやり取りを見ながら、くすくすと鈴の鳴るような声で笑い口元を扇で隠した少女は門派・千変八雫の若き門主、リン・リーリルである。長い黒髪を首の後ろで括り、美しいがまだ幼さの抜けきらない顔つきは悪戯好きそうな目と相まってこの場では酷く浮いて見えた。だが、先代の娘であり、人を見抜き操ることに長けたその頭脳で17の若さにして門主となった才媛であり、当人は千変八雫の中でも得意とするのは赤華化法と呼ばれる内力を侵す毒の使い手で、武人や魔術師にとっては天敵のような存在である。
しばらく思い思いに言葉を発していたが、長たるリクが促すことでようやく彼らは席を立ち、援軍に来た魔導都市の面々を迎えるために塔の1階にある広間へと向かうのだった。
中央の塔の1階は、大きな広間が備えられている。謁見に使われるこの広間は幾つもの並び立つ朱塗りの大きな柱があり、その柱は金の装飾が施され、窓や壁も精緻な模様が彫られており豪華なものであった。その広間の一段高い場所には、5つの席が備えられ背後の壁には各門派の紋の入った旗が掲げられいる。
魔術師ギルドの一団が入るとすでに5人の門主は席についており、彼らが一段高い場所の手前まで来ると、門主たちは立ち上がり腕を軽く組んで一礼し、門主たちの長であるリク以外は席へとつく。
「よくぞ参られた。魔術師ギルドよりこれほどの方々が来られたのであれば、この都市も盤石でしょう」
そう話すリクに対し派遣団の長もフードを下ろすと、
「我らと五大門の治めるこの都市は一蓮托生。そして朋友たるこの都市の危機に駆けつけるのは当然です」
そう言って深く一礼した。それから彼らが会話を進めているなかマコトはどうしているかといえば、フードを下ろさずこっそりと目でこの広間を眺めまわしていた。この場には傭兵たちはおらず、彼らは別の場所に案内され歓待されている。マコトも傭兵に同道したくはないが、こういう場に居たくもなく抜け出せれば抜け出したかったのだがその機会に恵まれず、仕方ないとこの場にいた。だが、どうせだからと少しばかり観光気分で部屋を眺めている辺りは呑気なものである。
(戦争と聞いていたけど、街もここもそんな雰囲気は無いなぁ)
マコトは、もっと緊迫していたり街も厳戒態勢で静まり返っていることを想像していただけに、活気のある街の人々や余裕のありそうな目の前の門主たちを見て、意外と楽なのかな?と思っていたりした。そのマコトの方を門主たちのうち3人は密かに気にしている。マコト自身にというよりはリルミルたちに対してであった。リルミルは内力を扱うのに関しては他の種族の追従を許さないほどであり、ごく自然に内気を巡らし使いこなす彼らに気付いた門主たちが何者なのかと気にしていたのである。魔術師たちか密かに護衛をいれたにしては目立つ彼らに不思議に思っていたのであった。勿論、門主たちを纏めるリクも気付いてはいたが、それを訊いたり、まして咎めたりなどしようとは思っていなかったのだが、気にしていたうちの1人は違ったのである。
最後に5人の門主たちが全員立ち上がり、一礼してこの式も終わりとなるはずだったのだが、
「ねぇ、魔術師の皆さん。これから戦争で肩を並べるのだから、お顔とお名前を頂戴できません?」
と、門主の1人であるリンが言ったのだ。リクがちらりとリンの顔を見て、抑えようとしたのだが彼女はそれを気にも留めず、
「だって、援軍として来て下さった友の名も顔も知らず終わってしまうのは、恥ずかしいじゃない。私はこの恩義と皆様の顔と名前、しっかりと憶えておきたいわ」
そう言って艶然と微笑むのだった。
お読みいただき有難うございます。