21.
前話まとめ。
マコト、バルドメロの元で雑用をする。
この1週間、バルドメロは塔を空けて外に出ることが多く、マコトとも話はするのだが気もそぞろで何時ものような奇態もなりを潜めていた。それに心配をしていたマコトだったのだが、マコトの右腕の殻が割れ中から腕が現れたとなるとバルドメロの奇人ぶりは戻り、より酷くなったとも言え、自身の研究を差し置いて外出から戻るたびにマコトを呼び右腕を調べるという始末である。これにマコトは呆れつつも、右腕の把握に役立つので仕方ないと受け入れていた。
マコトの右腕は、マコトが意識して殻を破り現れた訳ではなく、夜のうちにその白い殻は割れており目覚めた時には粘液と殻にまみれた右腕が現れていたのである。作り変えられたために芯に未熟さの残っていた左腕とは違い、ほぼ1から全て再生されたために時間はかかっていたものの右腕は2日程で動かすことが出来るようになっていた。
右腕は前よりもすっきりとした形状になり、腕から手まで全て一体で、前のように突出した砲は無く、卵型の先端に上部を斜めに穴を空けた砲の口と、下側が少し平たくなり指が供えられたものである。その他にも腕の両側に小さな穴も空いており、前から見れば上部に大きな1つの口と左右に小さな口を備えたようになっていた。浅葱色の外皮は色が抜け落ち、白い色の外皮の継ぎ目を宝石のような緑色の透明な外殻が幾何学模様のように走り、光が流れるように反射していて、不思議な美しさを感じさせるものだった。
「ううむ、何だろうなぁ、何で色が違うんだろうか?何で形が違う?・・・色は戻るのか?」
「知らナい」
今日も外出から戻ったバルドメロは、マコトを呼びつけると右腕をつぶさに観察していた。そんなに何度も見ても変わらないとマコトは思っているのだが、惹きつけられたようにバルドメロは右腕をとり、左腕をとって比べたりということを繰り返す。呆れるし付き合いきれない行動ではあるのだが、最近のバルドメロは疲れ研究にも手がつかず悩む日々を送っていたので、気晴らしになるなら良いかとマコトはそれを許していた。
「右手はこれだと動かせるのか?・・・やっぱり無理か。だから指が長いのか?」
と、腕を弄り指を摘まみと、弄り回すバルドメロをどことなく生暖かい目で見るマコトに、
「なぁ、この穴、どれだけ深いか棒を入れていいか?」
と、碌でもない事を言い始め、マコトが嫌だと言い、ちょっとだけでもとバルドメロが食い下がる光景が何時ものように繰り返される。その間、リルミルたちがどうしているかといえば、こういうやり取りでマコトに危険は無いと分かってからは、昼間はよく塔の屋上で丸くなって寝ているのだった。
そうして観察が終わると、バルドメロに勧められてマコトは右腕の試射を郊外で行うことになる。リルミルたちも一緒についてきて、騒々しい一行は街を抜けて、東の山へ少し入った辺りまで辿り着いた。この辺りは荒地で木々も無く見通しが良いため、人も魔物も居ればすぐに見つけられることもあり、マコトの砲を使っても安全だろうとバルドメロが場所を決めたのである。
「撃つ」
そう言って、遠く山あいに見える大岩へ狙いを定め右腕を構えるマコト。それと共に低く震えるような音がし始め、発射直前に甲高い叫び声のような音が混じると高速の弾体が射出された。
それは大岩の遥か手前、マコトの想定より短い距離で弾体は曲線を描き地面へと激突し、今までと違い大きな爆発を起こした。
「あれ?」
マコトがそう呟き、
「おぉ、石の人の死の叫びだな!」
「どーんとするのが良いな!」
とリルミルたちが囃し立て、バルドメロは驚きに固まり目を見開いていたが、すぐに着弾点へと走り出していった。
「うーん?」
予想より遥かに短く、今までの半分以下の距離しか飛ばない弾に納得がいかず、右腕を見てマコトは唸る。
(爆発したけど・・・弱くなってないか?)
小型の榴弾のように爆発し、地面を抉り跡を残す力は弱くは無いとマコトは分かるのだが、今までの狙撃出来るような射程との差が大きく、使い勝手が微妙になったか?と首を傾げる。今までのマコトの弾ならば、2000メートル近い射程を誇り大岩に届く。だが、今回の弾はその射程の半分にも届かず、800メートルもいかない距離で落下し爆発したのだった。
しばらく腕を見ているとバルドメロはこちらに戻ってきて、
「見て見ろ!これが飛んだ物だ。お前の宝石のような部分と同じようだな」
そう言って、飛散した欠片を拾ってきて見せびらかすバルドメロだったが、マコトがじっと見ていると取り上げられると思ったのか、私の物だからなと慌てて仕舞いだす。
「いや、これは実に愉快だ! さて、左右の小さいのも何か飛ばすのか?試してみろ!」
鬱々としていた気分を吹き飛ばすようなマコトの砲に子供のようにはしゃぎ、リルミルたちと踊ったりしたバルドメロは、次の実験として左右の小さい穴の解明を求めたのである。
「うん」
そう言って構え、意識を向けたマコトだったが、左右からは射出されず穴より勢いよく突き出たのは腕の半分ほどの長さの細い棒状のものだった。内側に向けて少し弓なりに反り先端の尖ったそれはクワガタの顎のようにも見える。
「あれ?」
小口径の弾でも出るのかと思っていたマコトは、この結果に驚き肘を曲げて顎のような部位を見つめる。マコトの緑色の宝石のような部位と同じ材質なのか、透き通った美しいもので、マコトがこの部位に気付いてからは自在に出し入れ出来、動かして上下する様をマコトは目で追っていた。
「恐ろしいな。爪みたいなものか?」
と同じように目で追っていたバルドメロは言い、リルミルたちは面白がってマコトに纏わりつきながら、
「石の人、我らと同じ爪を持ったか!」
「我らと一緒の爪だな!良い爪だ!」
と騒ぎ立てる。この爪の機能の1つは、近接による攻撃手段としての発展もあるが、赤眼猿に潰されたということから外殻だけでなく内部の強化をするために収まっている状態では骨のように内部を支えるものとなっていた。
その爪のもう1つの機能は、バルドメロの
「なぁ、爪を出したまま飛ばすことは出来るのか?」
という一言で判明したのである。それに従って試してみるかと爪を出し弾体を撃ち出そうと意識を向けると、低い響くような音は殆どせず甲高い高音を響かせて射出され、マコトの狙い通り大岩に当たると大きく穴を穿ち止まったのだった。
「あれ?」
3度も同じ言葉を出し、マコトは首を傾げて遠くに見える大岩を眺める。マコトの目はこの距離なら捉えられるし、目標に的確に命中したのではあるのだが予想したものと結果が異なり、1度目と同じように右手を眺め考え込む。
(これは・・・2種が撃てるのか? うーん、扱い難い)
両方撃てるということは便利かもしれないが、使い分けるのが難しいかもしれないと思い、マコトは眉を僅かに顰めてため息をついた。
「なぁ、石の人。どーん!とするのが無いのだが」
「あれが無いと寂しくないか?」
「寂しかろう?」
「うむ、あれが楽しいのだ」
そうリルミルたちはマコトに、弾が爆発しないことへの不満を言い募り、そういえば騒がしい1人であるバルドメロが居ないなとマコトが見回すと、やはり彼は遠くの大岩まで調べに行っていたのだった。そんなバルドメロを横目に見ながら、マコトは荒地に腰を下ろすと、リルミルたちを撫でながら、彼が戻るのを待つのだった。
(これで、依頼が終わって金が足りなくても狩りが出来るなぁ)
と、虎縞のリルミルを膝に乗せて撫でながら、マコトはようやく誰かに頼りきりにならずに生きていけそうだと安堵し、
(しかし・・・また少し人から外れてしまった気がする)
と、変化した両腕に目を落とし思うのだった。
こうした日は長くは続かず、バルドメロは相当に忙しくなったのか、殆どマコトに構うことも食事を共にすることも出来ずに日々が過ぎ、依頼の期日ももう目の前になっていたのである。
そのバルドメロが塔を空ける用事とは、ここ数年毎年のように行われている都市国家同士の小競り合いについてのものである。
魔導都市より西へ行ったところにあるそう大きくは無い平原には3つの都市国家が存在し、毎年夏になると平原の領土争いを行うのだ。と言っても大きなものではなく、小競り合いをして僅かに国境がずれることがある程度で、秋には収穫もあり終わってしまい、冬は平原でも雪深く進軍など出来ない。北の地で平野はここくらいであり、開拓出来れば力になるためか夏になると小競り合いを起こすのである。他国から見れば馬鹿馬鹿しい争いであり、さして死傷者も無く決まり事のように行われては2月もせずに終わってしまう。そんな戦争ではあったのだが、出した矛を収めるのは面子の問題などもありなかなか出来ず、今年で14度目の争いとなっていた。
だが、今年の戦争は少し様相が異なる。3つの国は、平原を中心として北西にヤラヴァ国、南西にアレセス国、南東にイホ国があるのだが、北西に位置するヤラヴァ国が、冬に討伐を怠った結果、春先に2千近い数のゴブリンたちによって都市が襲われたのである。ゴブリンは決して強くは無いが、増えたゴブリンたちは木々の皮や根まで食べつくし、都市へ向け全てを食べ尽くし蝗のごとく群がったのである。それに少なくは無い被害を受け、国力を大きく低下してしまったのだ。当然ヤラヴァ国は他国へ休戦を申し入れるが、これ幸いにと2つの国がヤラヴァ国を蹂躙せんと戦備を整えていた。
これでヤラヴァ国が滅び去るだけであれば魔導都市が関わることは無かったのだが、ヤラヴァ国も滅びを待つことは無く、海を西に渡った先にあるベル王国へと救援を求めたのだ。ベル王国は絶対君主制であるのに対し、都市国家は議会政治を行う共和制であり、あまり仲の良いものではなかった。だが、ヤラヴァ国は属国化に近い形になるのを承知でベル王国へと救援を頼む。それは受け入れられ、3つの都市国家を合わせたのと同じか上回るほどの大国がこの小競り合いへと参戦し、大きな戦となったのだった。
未だ戦端は開かれてはいないものの、戦が始まれば2つの都市国家がベル王国に対抗するのは厳しい。相手は海を渡った先であるため、全く相手にならないというほどではないのだが、国家の規模の差が大きく、特に南西にあるアレセス国は西に海を抱える都市であり、海戦を含めるとなると島国であるベル王国に敵わない。このアレセス国を落とされるのは、大陸の南や中央へ抜ける道を塞がれるに等しく、魔導都市にとってはあまり嬉しいことではない。都市国家のような小さく融通の利く国ならば良いのだが、相手が大国となれば魔導都市の自立性にも関わることになりかねず魔導都市を治める魔術師ギルドは介入を決めたのである。
バルドメロは、この介入には賛成であった。研究ばかりに頭の行く彼ではあるが、それだけに大国に支配されれば何をやらされ何を制限されるか分かったものではないと思っているからだ。治癒に優れた彼自身もアレセス国に赴かねばならないということもあり、政治に疎い彼も必死に人や予算をもぎ取ろうとギルドに足を運んでいるのである。今回の戦いには、大きな魔法を使える者が数人に中規模の魔法が使える者が行くことになっていたが、前衛となる者は少ない。それ故にバルドメロなどを含めた幾人かは傭兵を多く雇うことをギルドの上層部に言っているのだが、アレセス国が武門の者が多く精鋭も揃っているだろうと受け付けない。バルドメロは、小競り合いなら精鋭でもいいが戦争となれば数がいると思っており、傭兵などを使わねば手が足りないのではないかと頭を悩ませていたのであった。無論、アレセス国も雇っているだろうことはバルドメロも分かってはいるのだが、魔導都市も自立性が失われかねないこの時に、ギルド上層部が権力争いをするような愚かなことで出すものを渋るのが情けなく、出来ることがないかと悩んでいたのである。バルドメロは疲れ、マコトを見て自分も外道に落ちていれば戦力が作れたかと思い浮かべることもあり、そんなことを思うことがある自分も馬鹿なのだと自嘲するのであった。
戦力という観点と、過ごした日々による信用からマコトを雇いたいバルドメロよってマコトヘこの話がもたらされたのは、依頼の期日である。バルドメロは巻き込むことは悪いとは思っていたが、金で雇える以上に信用置ける者が欲しいという事が大きく、マコト自身がアル・フレイ商国に抜けたいのならば、この戦争に勝つ必要があるだろうと説く気だったのである。
その日、バルドメロはマコトを呼ぶと、いつになく真面目な顔つきでマコトへと向き、
「戦争がある。大きくはないが、小さくも無いものだ」
と告げたのだった。
お読みいただき有難うございます。