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20.

前話まとめ。

マコト、魔導都市で依頼を探す→バルドメロという魔術師の管理する塔で雑用依頼を請ける。

 魔導都市の街中に乱立する中小様々な塔。その1つがバルドメロの管轄する闇の小塔6番である。少し青みがかった灰色の石で出来た20メートルを少し超す程度の幅を持つ塔で、内部は外周沿いに廊下と螺旋状の階段を設えた塔としてはよくある構造のものである。その外周沿いの廊下と隔てられた内部の円状の空間はいくつかの部屋に仕切られており、5階層からなる塔は見た目に比べると内部は狭いものの、そこに暮らすものの数を考えれば十分だといえるだろう。


 バルドメロの塔で雑用を始めたマコトだったが、あまりの汚さに閉口するほどであった。扉に荷物がのしかかり開かなくなった場所や足の踏み場どころか資材が床に雑多に積みあがり、元の部屋の形すら分からぬ場所など、酷いものである。マコトはその中の一室を借り受け住み込みで雑用をしているのだが、手が使えず詰められた箱を腕に挟んで運ぶような簡単なことをずっとしていた。だが、リルミルたちもくっついて遊びがてらに手伝っており、少しずつではあったが片付いてきてはいた。

 塔の主人であるバルドメロといえば、研究に没頭していてマコトもあまり顔を合わす機会は無い。だが、彼が奇人であるということはマコトもすでに嫌というほどに思い知っており、こうして片付けをしていると時折、


「マコト!いるか?顔を見せてくれないか!」


と塔に大声が轟き、それに応えてマコトがバルドメロのいる部屋でフードを下ろせば、彼は、


「おぉ・・・」


と驚きながら、しばらくじろじろとマコトを見る。そうなると、顔だけでなく、マコトの腕や外皮と普通の皮膚のつながりをじろじろと見るといった奇行は彼が満足するまでしばらく続き、


「うむ・・・目の覚める思いだな。もういいぞ、仕事に戻ってくれ」


と彼が言うことで終わるのだった。バルドメロは、マコトの容姿が大丈夫という訳ではない。むしろ奇妙でおぞましいと思っているのだが、そのおぞましさや、それが造られた方法を考えたりと、自分の研究が煮詰まったり集中が今一つな時に刺激としてマコトを利用しているのである。同じ魔術師ならばベルムドも少し変わってはいたが、バルドメロと同じにされるのは余りに業腹な仕打ちだろう。とは言え、バルドメロが奇行に走るだけではなく、良い研究材料であるマコトの腕や目などに行う魔法は、実験的なものではあるが治癒の効果が高く、マコトにとっても悪いことばかりではない。

 バルドメロの研究する闇の魔法は、適正が高いものは多くは無く、魔法も他の属性に比べ遥かに少ない。生物や物に干渉するという効果が属性としてあり、治癒に使われるために需要はそれなりに大きい魔法ではあるのだが、効果の割に内力の消耗が大きく、その効果を高めるのにも修錬が必要という欠点を抱える。何より大きな欠点として、マコトが造られたような魔法が闇属性であったことや、今でも過去の魔法を再現しようと魔物を掛け合わせる実験を行う魔術師が後を立たず、魔導都市以外では研究すら禁忌とされることも少なくは無い。

それ故に、治癒という有用なものがあるにも関わらず他属性に比べ魔法体系もしっかりと確立されていない闇の魔法は、効能が高い魔法を受けるというのはなかなかに出来ることではないのである。

 実験という側面や、バルドメロの奇行、特に彼がたまにマコトの外皮や石を剥がしてでも欲しがる様などはマコトも呆れるものではあったのだが、治癒の効果は少しずつ出ており、マコトもそれには感謝しているのだった。


 そうやってマコトが仕事し日々を過ごす中、リルミルたちといえば、大抵はマコトにくっつき仕事を手伝ったり、塔の中を探検したりといったことをしている。彼らは相変わらず人嫌いでマコト以外とほとんど話さないが、人が作る食べ物などに関してはいいものと思っているらしく、マコトの仕事を手伝っては、


「今日は結構頑張ったな!」


「狩りと同じくらいは頑張ったろう!」


「だが、狩りではないから食いでがないぞ?」


「我らもこれでは萎んでしまう」


「あぁそうだ、前に食べた肉は旨かった!」


「前に飲んだ酒も旨かった!」


と、マコトの傍でねだるのであった。彼らなりに酒や料理を楽しみ、これは美味いこれは不味いと言いながらも丸々と膨らむほどに食べて満足し寝るのだが、小さい身でマコトよりも食べるのだから不思議なものである。

 この間、カイとのことでマコトも何もしていない訳ではなく、傭兵ギルドへ赴いたり手紙が出せるかを調べたりをしている。だが、結果は芳しいものではなかった。傭兵ギルドでは、カイについて分かるか聞こうにも、同じ団でも無い人間に情報を与える訳は無いし、手紙を出そうにも魔導都市とアリアデュールは遠すぎた。魔導都市からでは、いくつかの西にある都市国家を経由し南へ向かい、エルフたちの大森林の脇を抜け、帝国の近くを通り抜けなければアリアデュールまでは着かない。近くの都市国家までならば、手紙を出すものもいるので料金も安くなるが、ここまで遠くに出すものはそうそうおらず、いたとしても個人でしっかりと金を出し確実に届くような方法を取るのが普通だろう。マコトも、金さえあれば手紙は出せなくはないのだが、高い金を払っていつ届くのかも確実性も無いというのでは、意味が無いと断念したのだった。



 一週間が過ぎ、今日は早々に研究が煮詰まったのか、朝のうちにマコトはバルドメロの居る研究室へと呼ばれる。何時ものような奇行に走るのかなとマコトは思いつつ、研究室の扉を潜ったのだが、入るなり椅子へと座らされ、


「今日は、マコトに朗報となるな!お前の体は本当に面白い!」


と目の下に隈を作りながらも生気に溢れ両手を広げて大げさに身振りを行いながら機嫌よくバルドメロが言う。マコトが不思議そうにしていると、


「あー、お前の左手だがな、ちょっとした実験をしてみたい」


真面目そうな顔でバルドメロは言うのだが、その目と言葉の勢いが研究や実験への渇望を溢れさせており何とも胡散臭い。


「実験?」


マコトがどういう実験なのかを聞くと、バルドメロは良くぞ聞いたと表情に喜悦が滲み、研究者らしく何とも細かに聞く者のことを考えない話を長々と始める。マコトは、バルドメロのいくつも枝分かれし違うことや枝葉に至るまで話す内容の理解はほとんど出来ないのだが、


(要は、最初か最後に結論があるだろう)


と、細かい話は聞き流し、何をするのかだけに注意を払っていた。そうしてマコトが得た実験内容は、要するにマコトの腕に魔道具の針を何箇所か刺し、そこから魔道具と魔法を併用して左手の芯を治すということのようだった。バルドメロが取り出した針は長くそれなりの太さもあり、針治療のような極細のものを想像していたマコトは内心で実験の同意は軽率だったかとかなり引き、リルミルたちは、マコトをいじめるのかと騒ぎ出し、治療だと知れば、


「あれで治すのか?」


「痛そうだ」


「おお怖い」


と毛を逆立ててマコトの近くで座り込む。そんなリルミルたちに気を取られていたうちに、マコトの手を取ったバルドメロによって針はマコトの二の腕の中ほどに深々と刺しこまれた。


「いっ・・・」


注射とは違い深くまで刺しこまれた針に小さく悲鳴を上げるマコトだったが、バルドメロは気にする様子も無くその針を片手で押さえ、もう片方でまた1本を深々と刺しこんだ。


(治療・・・治療だ・・・)


と、針の刺さった腕を見ないよう目を瞑り顔を背けたマコトだったが、


「なんだ、見ないのか?これは珍しい良い実験だぞ? この針はな、丸まった薄い金属でな。丸める前に書かれた術式によってお前の再生力を刺激し、より早く、強く再生させるのだ」


自慢げに言いながら、バルドメロは内気を練り上げ両の手でもって針へと流し込み、針の魔道具を起動させる。すると、そこからじんわりと熱を持つような感じをマコトは受け、それは腕を広がり手の先へと伝わっていく。しばらくそれを続けていると、マコトの手が僅かに動き、マコトは、おぉと声を上げて指先が自らの意思で動く様を見ていたところ、ぱきりと卵の殻の割れるような軽い音と共に手の甲を覆う外皮の一部が僅かに罅割れた。


「おや、合わせた心算だったが、少し違ったか?」


バルドメロはそう言って魔道具を止めると、マコトの罅の入った手の甲を触りながら調べ出した。手の甲は強く引っ掻いたような痛みがあるものの大きな痛みではない。特に何かおかしな感じもなく、指先は動くのでマコトは大して気にすることは無く、バルドメロの診察を待っていた。



(針はまだ外さないのか)


という思いは強かったのだが外されることも無く、バルドメロの説明は始まり、またも長々と話が続く。マコトはそれをまたかと聞きながらも、早く針を外さないかなと気はそちらにばかり向いてしまう。リルミルたちが毛を逆立てながら、針の刺さった腕を見ては、おぉ怖い、やれ恐ろしいなどと言うものだから、より気になり乾いた唇とべろりと舐めて針の方を恐る恐る見るマコトに、


「何だ?聞いてないな。まぁ、私も興が乗りすぎたか」


バルドメロはそう言ってため息をつくと、マコトの腕から針を抜き、魔法を使って針で出来た穴を治療する。治癒の魔法はマコトから見ると不思議なもので、黒い液体のようなものが手より中空へと出ると、それが傷へと染み、そうすると傷が塞がっていくのだ。その治癒の魔法を使いながら、


「左手の指は動くだろう?これが再生の促進だ。まぁ、少しばかり中の再生を急ぎ過ぎて外が持たなかったが・・・一応は成功か」


完璧でない結果には不満そうなバルドメロであったが、マコトとしては指先が動くだけでもかなり違う。まだ握りこむことは出来ないものの、久々に手が動くことに安堵し指で太腿を掴むように撫でるマコトだった。


「しかし、もう治り始めたか。お前に混ざっている原種は何なんだろうなぁ・・・鱗族かと思っていたが、こういう再生は初めて見る」


バルドメロは罅の入った辺りをまじまじと見ながらそう言い、そこで言葉を切ってからマコトを真面目そうな顔で見ると、


「その外皮についている石あたりでも、1つくらいくれないか?取ったところですぐ治るだろう」


とまたも碌でもないことを言いだすのだった。マコトは、


「嫌」


と短く返すのだが、バルドメロは眉を寄せ何とも情けない顔付きで、


「ううむ。勿体ないなぁ。ほんの先っぽだけでもいいんだが・・・」


と縋るのだった。普段はまともに見えるし、外面もいいのだが、研究のこととなると途端におかしくなるこの男に、


(感謝はしているんだが・・・何なんだこの言い様は・・・)


と何と言えば良いのか分からない程の奇人ぶりに、マコトは頭の痛くなるような思いで礼も忘れて大きくため息をつくのだった。これで奇行が収まれば良かったのだが、左腕から彼の視線が右腕に動くと、


「石が駄目なら、右腕のその白い殻に少し穴を空けて中を見てみないか? きっと発見があるぞ!」


などと言いだすのだ。


 バルドメロは、普段から依頼を出し、怪我人を治しつつも軽い実験を組み込むということや、生きた獣を狩人に取ってきてもらって実験をするということをしている。その彼にとっては、マコトは存在が闇魔法でも今では誰も知らぬ真髄によって造られたもので、しかも怪我をしているので治しがてら実験が出来るという涎を垂らさんばかりの獲物だったのである。元々は、リルミルたちの噂を聞いていたために、


(研究で良い刺激になるか?)


と、マコトへ依頼を振ったのだが、棚からぼた餅どころではなく、棚を空けたら金塊があったと言えるほどで、これは素晴らしいとばかりに奇人ぶりを発揮しているのである。とは言っても、出会いの失態を謝ったように、マコトの目にしっかりとした意思を見てとり研究対象だが個人としては尊重もしている辺り、倫理観までは失ってはいないということだろう。



 マコトの右腕を取り、白い殻のような部分を手でさすったり耳をあて中の音を聞いたりと、端から見れば怪しい行為をしていたバルドメロだったが、マコトの右腕を離すと、


「やはり右腕は左腕と同じことをするのは少しばかり危険だな・・・やってみるか?」


そう言うのだが、危険と言われてやるはずもなくマコトは首を横に振り、バルドメロの残念だなぁという声で、その日の治療は終わることになった。



 そうしてバルドメロの依頼を請けてより2週間が経ち、残すところも半分といった頃になると、マコトの左腕はようやく動くようになっていた。バルドメロがおらず空いた時間が出来たとマコトは久々に槍の修錬を塔の屋上でやっていたのだが、前よりも大きくなった手では以前の槍は持ちにくく、手に比べて細い柄は幾度かすっぽ抜けそうになり、慌ててマコトが握りこむことが多かった。また、少しばかり長くなった前腕は、構えを以前と同じにすれば突き出す角度が変わってしまいマコトはその修正で大いに悩むことになった。


「石の人、棒など使わず殴れば良いのではないか?」


「石の人、掴んで割けば楽ではないか?」


マコトの修錬を見て、リルミルたちはわざわざ槍を使わなければ良いのにとそう言うのだが、マコトとしては槍はその間合いから便利な武器だし、ずっと使っていたものだから手放すわけもなく、


「必要」


とだけ言うと、練習に励むのだった。


 鍛錬は長く朝より昼過ぎまで行われ、汗だくとなったマコトは練習を終えると塔の中へ戻りある一室へと向かう。マコトがここで仕事をし、ある意味腕が治るよりも喜んだこと。それは塔に設えられた広い風呂である。何時の住人が造ったのかは分からないが、塔の3階の半分を使う銭湯かと思うほどに広々とした大きな風呂で、バルドメロも風呂は色々と発想が浮かぶと愛用しており、朝に起動された魔道具によって1日の間温度が保たれる便利なものである。


 足取りも軽く、鼻歌を歌いながらマコトは向かうのだが、風呂だと察知したリルミルたちはすでに傍にはいない。あれほどの力を持つリルミルだが、手足が短く泳ぐのは苦手であり、水に浸かりこむなどとんでもないと逃げ出したのである。水を被り体を洗うことはある彼らだが、風呂のように水の溜まった場所は嫌いで、1度はマコトと共に風呂場までは行ったのだが、それ以来近寄ることもなく、マコトが風呂に向かうとどこかへと雲隠れしてしまうのであった。


(やはり風呂はいい)


マコトは泳げそうな広さの風呂を満喫していた。リルミルたちといた頃も、たまに体を拭いてもらうことはあったのだがそれでは限界もあり、風呂で洗えることでようやく髪や肌も艶が戻り、マコトは風呂の縁に頭を乗せ体を寝かすように浮かせてぼんやりと天井を見上げている。石造りで窓も無いが、広いため圧迫感も無く僅かに赤みを帯びた光によって室内は煌々と照らされており、マコトの肌も赤みを帯びて艶やかに照らされ、仰向けで胸から腹を浮かせ湯船に揺蕩っている。冷ます場所を変えるためか、たまに俯せ肩と尻を浮かせたりといったことを繰り返しながら、かなり長い間風呂で過ごすのだった。


 そうして日も傾き始めた頃にようやく風呂から出たマコトだったが、服を着ようと左手で服を広げていると、


「おお・・・?おお・・・なんだ、背には外皮がないのだなぁ」


とバルドメロの声がしたのである。扉に背を向け、服をばさりと広げた音で開く音も聞こえずマコトは声がするまで気付かなかったのだが、扉を開けたこの男は、しげしげとマコトの後姿を見ていたのだった。


「うむ、前はどうなっておるのだ?これなら前も普通なのか? それとも顔のように・・・」


「着替えテる。覗キか」


興味深げに言葉を続けていたバルドメロだったが、マコトが胸元から腰までを左手に持った服で庇いどことなくじとっとした目で彼の話を遮りそう言うと、ようやく自分のしていることに気付いたのか、


「あ、あぁ。あー、すまない。出ていく・・・うぅむ。だが、気になるなぁ」


と、謝りつつも気になった事が頭を離れないのかそうした言葉も漏れ出ており、扉を閉める最後までマコトから視線を外すことも無かったのであった。バルドメロ自身は別に覗く気があった訳ではなく、ギルドでの折衝ごとが面倒くさかったことの気晴らしと、権力で下卑てしまった魔術師とのやり取りで心が汚れたと風呂に来たのである。そこでマコトと遭遇し研究意欲が頭をもたげ、中々静まってくれなかったのであった。


 マコトは、バルドメロ出て行った扉を見ながら、肩を落としため息をつく。この奇人とどう付き合っていくのがいいのか、仮にも女なのだからこういった場合は悲鳴を上げるか平手でも打てばいいのかと、情けないような何とも言えぬ生温い気分でマコトは着替えるのだった。

お読みいただき有難うございます。

割とネタ回な気もする今回でした。

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