18.
※13/10/27、17.に挿絵を追加しました。
※前話まとめ
マコト、リルミルたちに介抱され洞窟で暮らす。
雪など疾うに無くなり、木々は花盛りから若葉を枝に巡らせる。そんな春と夏の間の頃合いに、ようやくマコトは谷を抜けることになった。
両腕は未だ不自由で、槍すら持てぬ状態ではあったが、谷を抜け街の近くに行くまでリルミルたちがマコト送ってくれるという。その恩に甘えることとなるのはマコトは心苦しい面もあったのだが、
「たまにはいいな!」
「久々に谷の外もいいか!」
「石の人は街の人だったか?」
「いいや、石の人は石の人さ!」
「石の人は友が街にいるらしいぞ」
「友は大事だ。石の人は我らの友か?」
「友だ!」
などと、楽しげに騒ぐ彼らを見て、断るのも逆に悪いようなそんな気になり、気負うこともないと共に旅することになったのである。
今のマコトは、内力はリルミルたちによって治されてきており、後は無理さえせねば大丈夫だろうというところまできている。身体の傷の多くは癒えているものの、左腕は白い殻状のものが数日前に割れ剥がれ、中からは一回り以上は大きくなった腕と手が現れた。外皮は厚みを増し、今では手までを覆っており、肘から手までを合わせれば前より10センチ以上長くなっているだろう。右腕の方はは未だ白い殻から出ることは無いものの、マコトも出てきた左腕を見て、変化があるだろうことは予想していた。
だが、出てきた左手は未だ力をいれることは出来ず、訝しげに左手で腿を叩いていたマコトに、
「遊びか?遊びか?」
とリルミルが聞き、マコトが動かせないと言うと左手を取り調べ、
「まだ通ってない。そのうち動くんじゃないか?腕は自分で動かせるようになるものだ」
「お前の腕を私が動かすか?」
「私の腕は私のだぞ?」
「腕と言えば、私の肉球。皆の中で一番柔らかいぞ!」
「なんだと」
「なんだと」
と、騒ぎ出してしまった。内心少し呆れながらも幾度か尋ねるが、何かが繋がっていないがいずれ繋がるということだけがマコトには分かり、
(神経が通ってないのかな?)
そう思うことにしたのだった。事実、マコトの左では内部が未だ発達しておらず、動かすには色々と足りないのであった。
洞窟を出たマコトたち一向だが、アリアデュールへ向かうためにマコトがリルミルたちに地図を見せると、彼らはそれをじっと皆で見て、いくつかマコトに聞くとこっちだなと言ってマコトの回りに纏わりつくようにしながら谷底を歩き始める。
だが、少しもしないうちに、
「谷ではいつもと変わらなくないか?」
と1人が言うと、騒ぎだし、虎縞がひょいとマコトを担ぎ上げると、マコトが声を上げる間もなくとんとんと崖を登り、谷を脱してしまう。すぐに他のリルミルも崖上まで上がってきては、ずるいだの、抱えるのは楽しそうだっただのと言いながら、マコトを交互に担ぎ、マコトが正気を取り戻すまでの間、山を駆け抜けたのだった。
「酷い」
正気を取り戻したマコトがそう言うと、リルミルたちは、びくりと体を跳ね耳を伏せながら、
「すまん」
と口々に言う。だが、よく話す彼らはすぐに言い訳もし始め、マコトの顔を上目遣いに見ては、
「だが・・・いっぱい進んだぞ」
「そうだ、街は近付いた」
「これは、石の人のためではないか?」
「これは、友のためではないか?」
と、びくびくとマコトの反応を伺いながらも、興が乗ってきたのかどんどんと言い募る。
「私の足、は、私の。勝手、酷い」(私の足は私のものだ。勝手に動かれるのは酷くは無いか?)
マコトにとっては長い言葉をゆっくりと言うと、リルミルたちはたちまちしゅんとして、
「すまん」
と言った。マコトが分かればいいと言うと、許してくれた?と何度と聞き、マコトが頷くとようやく何時もの調子を取り戻し、尻尾をぴんと立てたり、鬚を立てたりと、マコトの機嫌を取ろうと自慢のそれを見せるようにしながら共に歩く。
マコトは洞窟では散々彼らに振り回されただけに、どう彼らを説けば良いのか分かってきているのである。とはいえ、リルミルたちに驚かされることは多く、マコトがぎょっとした出来事が3日ほど旅を続けた日の昼前、飯にするかと山にある沢に居た時に起きたのだった。
その沢に着くといつものようにリルミルたちは、その体よりも大きな背嚢から肉を取り出し焼いて取り分けていたのだが、いつものようにマコトが虎縞に出された皿からゆっくりと肉を食べていたところ、騒がしかった彼らの声が止んだのだ。マコトは不思議に思いリルミルたちを見ると、彼らはぴんと耳と鬚を立て、ある方向を見つめている。
「何?」
とマコトは虎縞のリルミルに向かって言うと、
「うーん・・・来るかな?」
要領の得ない答えを返す。それに他のリルミルが反応し、
「来るだろう?」
「折角避けていたのに来るね」
「勿体ない」
「仕方ないか?」
「仕方ないな」
そんなやり取りを始めてしまう。そうして少しもしないうちに、マコトの視界にも何か人の集団のように見えるものが捉えられるようになった。
身長は人より少し高い程度だが、筋肉質で碧い肌を持つそれはオーガと呼ばれる魔物である。禿頭で、顔も鼻も無く鼻孔がぽっかりと空いているだけであり、目は黄色いがリルミルのような輝きは無く濁っている。何より特徴的なのは、唇の無い乱杭歯が覗いた口であり、その鋭く尖った歯の隙間から大きく張った顎へと涎を垂らしていた。
リルミルたちは、こういった魔物や獣の領域を迂回するのは面倒でしていないが、遭遇も面倒だと避けていた。だが、煮炊きによって呼び寄せられたのである。
手に棍棒のような鈍器を携えたオーガの集団は、こちらを目指しており、遭遇は時間の問題であった。
「逃げル?」
とマコトが聞くが、リルミルたちは不思議そうに首を傾げ、逃げたら肉が勿体ないと言うのである。リルミルと自分ではとても敵わないとマコトは考え、再度逃げることを提案しようと口を開いたとき、
「仕方ないな」
「仕方ない」
とリルミルたちが言うと、十数メートルの距離を瞬きをする間もないほどに速く詰めると、各々がオーガたちの四肢に取り着く。
「えっ?」
状況が分からずマコトが呟く中、リルミルたちによってオーガは四肢をもがれて地に胴と首だけが落ちる。一瞬で起きたその惨劇にマコトの思考はついていけていなかったが、リルミルたちは返り血さえ浴びず腕や足は放り捨て、すでに元の位置に戻って食事を再開しようと皿に手を伸ばしていた。
リルミルにとって、普通はオーガなど敵ですらなく、食べられもしないと殺すこともない。オーガがこちらに来なければ殺さないが、自分たちが食べている時にわざわざ敵意を持って近寄ってきたので「仕方ない」となったのである。彼らからすると、わざわざオーガの領域を避けようとは思わないし、オーガの領域だからといって自分たちの食事時をずらして抜けようなどとは思わない。ましてや煮炊きをすればオーガが来るからと、火をつけずに美味しい食事を捨てるなどありえないのだった。
「食べないのか?」
ぽかんと口を開けたままのマコトに虎縞はそう言い、
「石の人は何だか口を開けて止まってる。口に肉を入れれば良いのではないか?」
「いや、望まぬのに勝手にやるのは良くない。悪いことだ」
「ならば何故食べない?」
「ううむ」
「あぁ!青い魔物が臭いのか?」
「ここまで匂うか?」
「肉が冷めたのかもしれん」
そんなやりとりをリルミルたちは始め、マコトにくっついていた虎縞は肉を軽く焼き直していたが、黒い方はオーガの死体に向けて火礫を放ち死体を焼き尽くす。火礫は白い炎を上げながらオーガを包むと匂いすら残さず消し去り、そのまま地面を溶かし穴を空けながら消えていった。
焼き尽くす火の光と、焼きなおされた肉の匂いでようやくマコトは我を取り戻すが、オーガの痕跡はすでに地面に空いた穴だけであり、リルミルたちも皿の肉もそのままで
(夢か?)
と思うほどに現実感が薄く戦闘とも言えないものが終わり、マコトは驚きに心を奪われたまま食事をするのだった。食べ終わり毛繕いを始めたり、各々楽しげに思うことをしてるリルミルたちは、丸く小さくとても脅威には見えない。
(考えてみれば、自分を抱えて崖をぽんぽん上がれるんだった・・・)
狩りなどは一切目にしたことが無く、彼らのことをファンタジーならばノームなどの小人のようなものとマコトは思っていたのだが、その力が驚くほどのものであることを認識し、
(可愛い・・・だけじゃないんだなぁ)
と、彼らとの旅が思う以上に安全だということと、リルミルという種がいかに強いのかを思い知らされたのだった。
それからの旅は、マコトは張っていた気が抜け体力や筋力を取り戻すための山歩きをしているといった様相で、リルミルたちとのんびりとした気分で山々を抜けていく。リルミルたちは奔放で、問答をしたり、木々を瞬く間に駆け上がってみたり、坂を丸まって転がったりと遊びながら道中を過ごし、夜になればマコトの周りに集まって丸まり寝るというように人が殆ど入らぬ未開地域とは思えぬほどの気楽な旅となっていた。
ただ、あまりに多くの山を抜けるため、
(どこまで奥にいたのだろう)
と、自分がいた谷の場所がいかに奥深くだったのかと思っていた。マコトが山や自然を良く知っているか、草木を注意深く見ていれば気付いていただろうが、気楽に構えていたマコトは徐々に植生が変わっていることにも気付かない。
そもそもリルミルに地図を見せたが、彼らが地図をちゃんと読めるのか?ということである。地図を見て、山と海、そして街に行きたいこと。山から近い海とは逆にある街ということ。それをマコトから聞いたリルミルが向かった先は、アリアデュールがある南東ではなく北西である。マコトは谷を北西へと登りリルミルと会ったのだが、海の回りを円を描くように並ぶ山脈を伝えば、北にある海は東にある海となり、その海と逆と言われて最も山から近い街をリルミルは選んだのだった。
マコトが知らずして目指す場所。そこは魔術師ギルドのあり、幾多の魔術師が魔法を極め新たな技術を生み出さんと研鑽を積み重ねる魔導都市である。
お読みいただき有難うございます。
リルミルたちとの旅ですが、会話シーンがどうしても多くなってしまいます。これにカイが加わるとまた楽しげになりそうで待ち遠しいところ。