17. ★
前話まとめ。
谷底へ落ちたマコト、目覚めて谷を歩く→倒れたところでリルミルたちに拾われる。
一応もう一度告知させて頂きます。
※11.に挿絵を追加しました(13/10/23)
※設定集を追加しました。よろしければ作品一覧より人外少女設定集をご覧下さい。
季節は冬となり、山脈を走る大きな亀裂であるこの谷を抱える山々も山頂は白く雪に覆われはじめていた。谷は凍てつくような風が強く吹き、苔むしていた地面は今や霜道となっていた。
マコトのいる洞窟は、奥深く風が吹き込むこともないため暖かい。温度が一定のこの洞窟で、日を見ない生活を送るマコトはどれだけの月日が経っているのかもおぼろげになっていた。リルミルたちは奔放で、寝る時間も気まぐれであり、共にいるマコトはどんどんと時間の感覚が狂っていったのだった。
「持ってきたぞ!」
その声と共に部屋に大きな皿を抱えたリルミルが2匹入ってくる。すでに先からいい匂いが洞窟内を漂っており、ひくひくと鼻を動かし涎を垂らさんばかりであったリルミルたちは、飯だ飯だと騒ぎだすが、皿を抱えたうちの1匹がマコトへと皿を差し出すまで手を出さずにじっと皿を見つめて待っていた。
「これなら食べられるだろう!」
そう言った虎縞のリルミルは、大皿に横たわる大きな円柱状の肉を器用に割くと小皿に乗せ、マコトへと差し出す。マコトが食べるまで皆が食べないので、腕の使えないマコトは差し出された皿から円盤状の肉を咥えて噛みちぎって食べる。
「おいしイ」
マコトはそう言って皆の方を見ると、
「我らも食べていいか?」
「我ら?私が食べていいのか?」
「我らが無理なら私が食べよう?」
リルミルたちはそわそわとしながら虎縞の方へと向いて騒ぎ出す。こくりと虎縞が頷くと、リルミルたちからわあっと歓声が上がり、騒ぎながらも順序よく肉を割き分けて食べだした。
僅かに土の匂いのする肉だが、程よく脂がのり塩で味付けされたそれは、
(ハム?・・・スパム肉?とかそんな感じか)
とマコトは思いながら味わっている。
塩をかけて焼いただけの肉はなかなかの味で、脂のきつすぎない肉は食べやすく硬すぎることも無い。手が使えず、虎縞のリルミルが差し出してくれている皿から犬食いであることには、これまでに何度か食事をしていたマコトでも未だ下品で恰好がつかないとは思っている。だが、爪で器用に肉を割き、刺して食べているリルミルは皿以外の食器も無く、恥ずかしさが残るものの、マコトはそうやって食べていたのだった。
食べ終わると、猫のように毛繕いを始める者や、爪を舐めて綺麗にする者、隅で丸くなり寝てしまう者など後片付けの当番らしきリルミル以外は奔放なものである。
「石の人、お腹いっぱいになったか?」
黒い毛のリルミルは、マコトが食べ終わると近付いてきて、必ずこう言い、
「うん」
とマコトが返すと、それは良いと言って、座ったマコトの足に寄り掛かるように体を丸めて毛繕いをする。虎縞と黒毛のリルミルはマコトに対してよくなついており、虎縞は食べるのを手伝い、食べ終わると黒毛がこう寄ってくる。
そうしてひとしきり時が過ぎ、皆が落ち着いて寝だすと、居なくなっていた虎縞がマコトの服を持って現れて、器用に爪を使って着替えさせる。マコトが着替えたいといった頃は、
「石の人、着替えるって何だ?」
「服か・・・服は石の人はいらないだろう?」
と聞き始め、やがてリルミルたちでわいわいと問答すると、
「そうか!石の人は、よくよく見れば石が少ない。だから代わりに毛皮がいるのさ!」
と一匹がきらきらと目を輝かせ自慢げに言うと、皆がおおと感嘆の声を上げ、それからは今のように虎縞が気付くと綺麗になった服を手にマコトを着替えさせてやっている。リルミルたちにとって個人の識別や種の認識はいい加減なもので、マコトの見目も、「少し変わった石の人」でしかなったのだった。
着替えが終わると、その間離れていた黒毛が近づきふんふんと匂いを嗅ぎ、またマコトに寄り掛かるように丸まり、その反対に同じように虎縞が丸まり気持ちよさげに寝てしまう。それにマコトもつられて、共に寝だした。
名前という認識が殆どないリルミルたちはマコトを「石の人」と呼ぶ。これはマコトの元の種のひとつであるイグススを彼らがそう呼んでいたからであり、天真爛漫であれど長命で知識の深い彼らはそれを憶えていたのである。ただ、彼らはマコトを大きく構成する種のもう一つであるエルフも感じ取り「森の人」ではないか?とマコトを置き去りに彼ら同士で疑問を持ち問答を始めるため、これが何度も繰り返されることにはマコトも辟易としていた。
だが、子供っぽいが知識が深く彼らは、よく問答をし、知識の深さでどんどんと問答は横にずれていき、見当違いな答えで喜んだり、途中で飽きてやめてしまう。マコトへも、子供っぽく自分の何処が良いかと聞いて来たりして、毛と答えれば毛艶の良さを自慢し、目と答えればその金色の眼を月のようだと皆に言い回り、鬚と答えれば、それをぴんと張り周囲に見せびらかす。マコトにもよく懐いている虎縞と黒毛などは、マコトが現状に焦れてぽろぽろと泣き出した時に、
「怪我か?」
「病気か?」
と騒ぎ、マコトが言葉で伝えられずにいると、騒ぎながらもマコトを調べ、そのどちらでも無いと分かるとマコトを慰めるかのように周囲で丸くなり寝てしまう。そんな彼らにマコトは体だけでなく心も癒されていた。心も落ち着けば、アリアデュールへ帰り友人の無事を確かめたい気持ちは募るばかりのマコトであったが、内力の経路がずたずたになっていたマコトの消耗は大きい。リルミルたちに癒されて体の感覚こそ元に戻ったものの足元もおぼつかない有様で、洞窟の部屋を出ることもままならない程だった。
腕の方は、日が経つにつれ白蝋化したかのように白くなり、左腕は以前外皮を割られた時のように元の外皮の色には戻らず、徐々に厚みを増していた。左手はすでに白い外皮に飲みこまれ、右腕は厚みに加えて少しずつ長さを増しており、腕がどうなるのかマコトにも想像もつかない。
何にせよ、両手は使えないままでマコトは不便に思っており、
(気味は悪いが、治るならさっさと治ってほしい)
と思っていたのである。リルミルたちは頭の大きな猫といった風情で傍で丸まり、腕がこうでは撫でられはしなかったものの暖かさや毛皮の心地でマコトは焦れてささくれ立つ気持ちを穏やかに出来たのだった。
マコトは何故リルミルたちに良くされたのか?と言えば、リルミルと「石の人」との関わりにあった。というよりも、「石の人」以外の「人」を、彼らは「嫌なことをされた」と嫌っているのである。
リルミルは種族としては非常に強く、生来の状態で才ある武人や魔法使いでも至れないほどに内力を自在に操るが、文字や名前を持たず、長命故に知識は深いが文化の違いが大きすぎるために殆どの種族のことを理解しない。彼らからすれば内力を使い体を軽くするのも、力を強くするのも、火を出し水を出すのも当たり前のことであり、人の作る技術といったものがよく分からないのである。無邪気で奔放な彼らは、他の人族の文明や技術が分からず「何故そんなことをする?」と聞き続け、怒らせることが増えていき、ついには諍いが起き、リルミルたちは「人」に「嫌なことをされた」と関わらない場所へと行ってしまったのである。
もし、マコトが「森の人」と言われいたら、
「森の人は陰険だ」
「森の人は毛艶を馬鹿にした」
などと、過去のことから、とりあえず程度に治し打ち捨てられていた可能性もあったのだ。だが、幸いにしてマコトは「石の人」という認識でリルミルたちは最終的に一致した。「石の人」であるイグススは文化らしいものといえば宗教くらいで、共に生来から強靭であり、洞窟で暮らすと同じような種であったこともあり、彼らと諍いは起きずに終わっていたのだった。
マコトは今が1週間過ぎたのか、1年が過ぎたのかさえ分からなくなってきていたが、マコトがリルミルたちとあってからすでに数ヶ月が過ぎている。もっとも寒い時期は過ぎたものの、谷にある川は凍り、辺りは白く雪に覆われていた。
そんな中、リルミルたちがどうやって狩りをしていたかといえば、洞窟の枝葉の一つを狩場として罠をしかけ、獲物をとっていたのである。彼らなら、雪や氷張る水の中だろうと狩りは行えるが、寒い場所に出るのが嫌いな彼らは、楽に狩れる地中を狩場としていたのだった。
狩場となる洞窟は、100メートルを超す広場となっており、リルミルたちはそこで地中へとある種の力を放出し、獲物がここにエサがあると誤認させる。そうして暫くすると、地面が僅かに揺れ、その図体に比べてはるかに静かに地面より現れたのは幾つもの触椀を持つ大きな蚯蚓である。全長は10メートルを超え、触椀の太さはマコトの足よりも太く、地面を歩く動物などを振動で探知し捕食する大蚯蚓であったが、リルミルたちはその蚯蚓が現れるや否や飛びかかり、その強靭なはずの触椀を一抱えにすると引きちぎって元の位置へと飛び退いてしまう。それが2度、3度と続くと大蚯蚓の触椀はほとんどが千切れて無くなり、大蚯蚓も自らが獲物と気付いて地中へと逃げ帰っていく。それを彼らは追うことなく、千切れてまだびくびくと動く触椀を軽々と抱えると、
「いっぱい取れたな!」
「もっと千切りたかったね」
「石の人に私が捕ったのをあげよう!」
「いや、私のあげて毛並みを褒めてもらうのさ」
「石の人は私の爪がするどく恰好いいと言ったのだ。それで切り取った肉をあげれば喜ぶはずだ!」
きゃあきゃあと甲高い声で騒ぎながらその部屋を後にする。マコトは最後まで輪切りで渡される肉がこのような生き物のものとは知らず、ハムか何かの加工品だと思っており、美味い美味いと食べていたのである。
そのような日々が続いていたが、マコトが動けるようになったのは、雪も解け、春の芽吹きが木々や大地を彩り始めた頃である。その頃になってようやくマコトは普通に歩けるようになる。ほとんど動くことが出来ず、必要があればリルミルが抱えて動かしていたために、マコトの体力も足も衰えていたが、動けない元となっていた内傷(内力の経路や心臓近くの傷)が癒えると、リルミルによって流し込まれた内力がマコト自身の内力を以前よりも高めていた。もっとも、それは良い事ばかりではなく、増大した内力によって内気を巡らせるのが難しくなり、マコトはリハビリがてらに歩法をまた1から学ぶように修錬することになる。
生来より内力の扱いに長けたリルミルたちは、武功というものへの理解が無いため、
「怪我をして、体を見てるのか?」
「いや、あれは新たな遊びか?」
と問答を始めたり、
「こんな感じか?こうか?」
「いやいやこうだろう」
と歩法を彼らなりに真似しようとし踊り出したりと、マコトが動けるようになっても変わらず騒がしく、マコトの回りにまとわりついていた。そうして回復していた体ではあったが、未だ両腕は白く覆われ、手を使うことも出来ない。両手が使えないまま旅をするという選択は、マコトはかなり難しく現実的ではないと思え、だからといってここまで良くしてくれた彼らについてきてくれというのはあまりに都合がよく、
(さすがにそれは悪い)
とマコトの旅立ちが遅れる理由の1つとなっていた。もう1つは、明るく楽しいリルミルのいるこの洞窟の居心地の良さである。マコトのことを「石の人」と呼び、いつも楽しそうで恐れたり気味悪がったりせずにマコトになつく彼らとの生活は得難いものだったからだ。
だが、倒れて以降初めて見た洞窟の外は、雪が解け始める季節であり、どれだけの時が経ったのかをマコトに知らしめ、焦らせてもいたのである。
そこで、マコトはリルミルたちとの食事の時に、とりあえずもうすぐ旅立つことを伝えることにし、
「旅、出ル」
と言うと、虎縞は驚いて目を大きく開き、マコトへ突き出していた皿を落とすと、
「だめだ!だめだ!」
と騒ぎ出す。他のリルミルたちも食事を止めて、丸々と目を見開いてマコトを見ており、
「だめだ!石の人、死んでしまう!」
「行ったら、体から血を噴き死んでしまう!」
「死んだら、誰が毛艶を褒めてくれる!?」
「死んだら、誰が鬚を褒めてくれる!?」
と、食事も忘れてマコトの傍へと詰め寄り、口々に言いたてる。マコトは、ここまでの事態に驚いたが、
(引き留めるために嘘を言うか?いや、彼らが嘘を言うはずが無い)
と考える。リルミルたちがマコトに嘘をついたことはなく、天真爛漫な彼らが嘘をつかないだろうということもあり、マコトはそう考えたのだが、実際、彼らは純粋にマコトのことを心配し騒ぎ立てていた。
マコトの体の内傷はすでに癒えていたが、それを癒すためにリルミルが流しこんだ内力の量はマコトの総量を遥かに上回る。内気を巡らせなければ問題無いが、その膨大な内力がマコトの体を内から壊しかねないことをリルミルたちは知っており、日々纏わりつきながらもマコトの内気を調整し、時に内気を吸い上げ、丁度いい量になるまでと長い時をかけ治療しているのであった。マコトが歩法をはじめてからもそれは続いていて、内気の練りの甘いマコトが今のまま調整無く経路に内気を巡らせ続ければ、その内力が堰を切って溢れ出し鉄砲水の如く体中を暴れ回り、経路を破壊し内臓や血管も破裂させ、死に至るとリルミルたちは分かっていた。
武功に詳しいカイがいれば、内傷を癒すのがどれだけ難しく、どれだけ時間が掛かるのかをしっかりと話してくれたろうが、武功のような体系づいた考えを持たない彼らの説明は要領を得ない。それでも、食事も問答も遊びも、楽しい事すべてを置いて必死に説くリルミルたちに、マコトは理解出来はせずとも、
(ここまで言うのだから、今動くと死ぬのだろう)
と納得したのだった。
そうして、リルミルたちとマコトの生活はしばらくの間続くことになる。
お読みいただき有難うございます。
騒がしい彼らの出番となりました。初期はエントのような老人的種族の予定だったのですが、余りに年寄り多くないか?と思って変更に。




