15.
前話まとめ。
マコトとカイ、ベルムドを故郷へ送る。→帰路に野営地へ。
事が起きたのは、夜半を前にした頃合いになる。夕食もとうに終え、カイが焚き火の前でちびちびと酒を呑み始めると、マコトは馬車の中に入ると、幌を下ろして魔道具を使い照らす。ほの暗い中、マコトは外套を脱ぐと帯に手を掛け脱ぎ去り、手拭いを水筒の水で濡らして体を拭き始めた。
(帰ったら、冬の間は何をしよう。冬は依頼も少なそうだし、ゆっくり過ごそうかな)
そんなことを考えながら体を拭き終え、替えの服を取ろうと荷物に手を伸ばすと幌が揺れるのが見え、なんとはなしにそちらへと視線を移すと、驚きに目を見開く1対の目と視線が合った。
「・・・カイ?」
布で顔が見えず、マコトはカイだと思い声を掛けると、慌てて土を蹴る音と、
「化物・・・いや、魔物だぁ!馬車に魔物を連れ込んでいやがる!」
そう男は叫び、馬車から逃げるように駆け出していく。マコトは突然の事態に動くことも出来ず固まっていたが、やがて男たちのざわめきと怒声が耳に入ってきたのだった。
(不味いことになった・・・)
そう思いながらカイは忌々しげに舌打ちをすると、こちらへと向かってくる男たちに体を向け対峙する。
「こいつ、魔物を野営地に入れてやがった!」
マコトを見たであろう男がそう叫ぶ。そもそもこの男、酔って小便に行こうと立ち上がった際に、馬車に入るマコトの姿を見て覗きに行ったのである。それでマコトを見て慌てて逃げ出した男は、下衣を僅かに濡らし漏らしたかのようであった。カイは馬車を覗いたのだろうことはすぐに察し、
(ここまで下衆だったとは・・・)
と、自らの見込みの甘さと、これなら野営地を出て魔物に脅えながら夜を過ごす方がましだったという思いで、頭が痛くなるようであった。
剣を手に馬車を取り囲まんと詰め寄る男たちに、カイは、
「まぁ、待て。そちらの御仁は酷く酔っているだろう? それに、魔物を忌避させる結界があろうに、騒ぎもせぬ魔物などいるものか?」
大した効力はないものの、魔物の魔気の流れを僅かに歪める結界が野営地には張られており、カイはそれを引き合いに出して男たちを宥める。
目の前に居る奴らならなんとかなる、そうカイは踏んでいるが向こうは30人近い大所帯である。目の前の奴らが実力の全てならば30人だろうとどうにかなるが、やりあう相手の中に手練れが居れば不味いことになると、カイは相手をどうにか制しようとしているのである。
「こういう騒ぎより、酒で騒ぐ方がいいだろう。こちらが酒を出すから呑もうじゃないか」
カイの堂々とした態度ともの言いに、男たちの多くは気を削がれ、それもいいかと思い始めていたのだが、これで面目が立たぬのは騒ぎを起こした男である。激しく憤り、顔を真っ赤に染め、
「ならば堂々と見せればよい!それで収まるだろうが!」
と叫ぶ。それに仲間も再び同調しそうな雰囲気になりかけたため、咄嗟にカイは、
「待て待て。確かに馬車には1人いる」
そう言うと、ならば見せよと男たちは返す。そこでカイは仕方なさそうに肩をすくめると、
「その者はな、怪我によって大きく傷痕がある。女子なのに可哀想にな」
と言い、ばつの悪そうな男たちに対して一息ついてから、
「それを暴かんとするのは、義侠の者がすることか?」
カイはそこで言葉を止め、ここは通さんとばかりにするどく目を光らせ男たちを威圧する。下履きを濡らした男に呆れ顔で肩を叩くと、男たちは自分たちの場所へと帰ろうとし、場は収まろうとしていたのだがここで余りに時期の悪いことに、マコトが槍を手に馬車を出てカイへと走ってきたのである。
(おい・・・おい! 引っ込んでいてくれ!)
外套を纏ってはいるものの走った勢いでフードが脱げており、あまりの事態にカイの顔も引きつり手で戻れと合図をするが、マコトも焦っておりそれに気付かない。2人が阿吽の呼吸で行動を成せるようなパーティであったり、マコトが冷静に推移に聞き耳を立てていれば事態は違ったのかもしれないが、2人は友人ではあってもそこまで互いを知るだけの時間は経ってはいない。マコトは自らが起こした事から発展し、カイが剣を持つ者たちに囲まれている事に動転していたのである。
かくして事態は最悪を迎え、
「見ろ!見ろ!」
と叫ぶ男の声に、帰ろうとした者たちも振り返ると、手にした剣を構えたのである。
「待て! 今野営地から出ていくから、剣を収めぬか?」
カイはそう切り出したが、面子を潰され激昂していた男は、
「ふざけるな!」
と言いながら、カイではなく、マコトへと切りかかる。咄嗟のことにマコトはうわっと声を上げながらも、相手の剣を力任せに振り払った。マコトの膂力に切りかかった男は大きく転がるが、それを見た他の男たちは、マコトを取り囲まんと動く。
「ええい!くそっ」
カイは悪態をつきながら、剣を鞘走らせると男たちの中へ躍り込み、続けざまに数手を繰り出して男たちの剣を落とす。カイの変幻たる剣に男たちは舌を巻くが、仮にも傭兵団の者たちである。たちまち剣陣を組み、連携してカイへと繰り出してくる。
初手から殺しにかかっている男たちに、穏便に済ませようとしていたカイは、
「お前ら!血を見れば報復があるのを忘れたか!? このように軽々と殺しにかかるとは!」
と叫ぶが、
「お前と連れを殺し、野に打ち捨て獣に食わせれば誰も分からんだろうよ!」
男たちの一人がそう言い放つ。剣戟の音に、こちらに来なかった者たちまでも加勢に来るのは時間の問題であり、カイはいつ逃げ出すべきかの算段を立てていた。
一方、マコトの方はといえば、男たちに囲まれるのは防がれたものの、先に振り飛ばした男。これはマコトをのぞき見した男だが、この者が執拗に狙ってくるため、慣れぬ手つきで必死に防いでいた。膂力も早さも劣らぬマコトであったが、人相手に戸惑っていたことや、囲まれ応戦しているカイのことが気になり、今一つ力を出し切れずにいた。
そうして動きの硬いマコトはたちまちに懐に入られる。かろうじて剣こそ槍の柄で無理にずらすことは出来てはいたものの、徒手の間合いにまで近づかれると、男は剣を持つ手とは逆の拳でマコトを殴りつけてる。咄嗟に避けるが、避けた手がぱっと開かれると、マコトの顔を平手に打ちつけ、そのままマコトの頭を手に地面へと叩きつけた。
「・・・ぎっ」
小さな声を上げるマコトへ、へへっと笑い声をあげた男は剣を振りかぶるが、抑えた手は力によって外され、マコトは横に転がると、起き上がりざまに短く持った槍を男へと繰り出した。
男が驚きながらも繰り出した剣はマコトの左腕を抉り、槍とマコトを抱えるような姿勢で男は動きを止める。窮地に繰り出された槍は男の下腹を突き抜け、柄まで深く埋まりこんだ。
叫び声をあげ後ずさる男だったが、槍が抜けると腹に溜まった血がドバっと溢れ出て、傷口を押さえたまま地に倒れ動かなくなる。
「やりやがった! 皆!マヌの仇討をするぞ!」
剣陣を組んでいた男の一人が、マコトに殺された男を見て叫ぶ。
(お前らのせいだろうが!)
カイはそう叫びたくはなったが、死人が出た以上、穏便ということはもう無理であった。死した男を見つめ続けるマコトを目にしたカイは、
「マコト!ここは何とかする! 馬はいいから、荷物を取ってこい!」
そう炊きつけると動き出したマコトを確認してから、いなしていただけであった動きを一気に変えると、男たちがカイの喉や胸元を狙った刺突を、剣をくるりと回して打ち払い、相手の剣陣の中へするするとくねるような歩法で入り込む。
突然動きが変わり、剣陣の中へと入られた男たちは一気に連携を崩し、そこに急所を撫でるようにカイの剣が切り裂いていき、たちまち辺りは血まみれとなった。
(潮時だな)
手練れの者や弓矢に魔法と、そういった者が戦いに参加してしまえば目も当てられぬとカイは考え、すでに加勢が近くに来ているのを見てとると、今が引き時かと飛び退ると、2人の荷物を両肩に背負ったマコトに合図をして逃げに入る。壁へと向かう2人は、2メートルほどの高さの木塀を軽功をもって軽く飛び越すと、一目散に逃げ出した。
「こっちだ!」
街道をそのまま駆けるのは危険と判断したカイによって、2人は丘陵地帯を北へと駆ける。塀を飛び越す機転によって少しの時は稼げたものの、傭兵たちに追われた2人は北の山へと逃げることとなる。
仲間を殺された傭兵たちは執拗にマコトたちを追う。傭兵団は、カイが先に言ったように自らの団員を殺された場合は報復を行うのが当たり前なのであり、戦地でならともかくこうしたいざこざで団員が失われれば、徹底的にやりあうのである。無論、あまりに格差のある相手であれば断念することもあるが、軽々しく諦めれば傭兵団などすぐに散り散りになってしまうのだ。今回のように明らかに自分たちが悪ければ、まっとうなところならば適当に手打ちにするものだが、性質の悪い相手であるこの傭兵団は、その性質の悪さ故に力を示さねばならず、こうした仇討もしつこくなるのである。カイはそれを知っていたために、穏便に済ませようとしたのだが、死人が出てはもう仕方なしと容赦を捨て、相手をことごとく切り捨て、逃げたのだった。
だが、マコトにとっては相手に追い立てられるというのは精神的にきつく、また、怪我によって内力の練りが甘くなり内気は散じてしまう。それを無理矢理に軽功を成し歩法を繰り出しているために疲労も大きく、速度もいつものような速さはなかった。それでもかなりの距離を逃げ、すでに丘陵地帯は抜け、山へ入ろうという時にマコトに弓矢が襲い、右足の太腿と背中に矢が突き立つ。
「あぁっ!」
とマコトは叫び声を倒れかけるが、それをカイはひょいと拾い上げると、脇に持ったまま駆けだした。
(山中ならば隠れる場所もあろう)
マコトを抱えて逃げるのは少々難事ではあったが、もうひと踏ん張りだとカイは気を入れ山中へと踏み入れた。
山中に逃げ、中腹を過ぎた辺りで2人は休憩する。追っ手の気配はかなり前から感じ取れなくなっていたものの油断は出来ず、藪の多いこの場所ならば見えないだろうと腰を下ろしたのだった。
そうしてしばらくの間、静かに動きを止めるが傭兵たちが近づいてきた様子は無く、その間にとカイはマコトの治療を決めたのである。
「抜くぞ」
カイはそう言い、帯を口に挟んだマコトの背にナイフを当て、矢じりの返しで抉れぬよう少し切り開いて抜き取ると、マコトはくぐもった声を上げた。その痛みに打ち震えるマコトの白い背に、カイは酒を勢いよく吹き付けると、酒による痛みを堪えるように縮こまるマコトの頭をぽんと撫で、
「頑張ったな。次は太腿だ・・・いいな?」
それに頷いたのを見て取ると、同じように処置をし、きつく帯を巻きつけ包帯代わりにする。
「あり・・・がと」
処置が終わり背を向けたカイに、マコトは声をかけると服を着直した。幸い、マコトの背の矢は荷物に阻まれ肉で止まり臓腑まで達しておらず、こうした簡単な処置で済んだのである。抜いたときにすでに血は止まりかけており、包帯を締めたが染み出る様子はない。マコトの回復力の高さにカイは驚きはしたが、治るのならば良いかと安堵したのだった。
傭兵たちの追撃が止まり、2人が安堵し気を抜いたその時に、周囲に唸り声が響きいくつかの茂みががさりがさりと揺れ動く。あれだけの血の匂いを出し騒がしていたことで、魔物に目を付けられたのである。カイも魔物のことまで気が回っておらず、追っ手から逃げるためとはいえ、その棲み家に足を踏み入れていることを失念していたのは失敗だったのだ。
立ち上がったカイの右手から唸り声がし、そちらへと向くと逆手より飛びかかる黒い獣。
「くそっ」
カイは、悪態をつきながらも避けざまに獣の腹を切り捨てる。黒い獣の名は赤眼猿という。群れで狩りをし、静かに獲物を取り囲むと、その闇に浮かぶように見える大きく丸い赤眼と吼え声で威嚇しながら狩るのを得意とし、すでに2人は取り囲まれていたのである。
マコトも低く槍を構え、赤眼に向けて威嚇しているが傷を負った体では動きは鈍く、立ち上がったカイよりもマコトへその赤眼は向けられている。
「時期を見て逃げるぞ!」
カイがそう叫び、マコトが、
「うん!」
と声をあげると、荷物を一つ手に取ろうとする。カイはマコトへ荷物を取れとも言っていないし、捨てて逃げるべきだと思っていたのだが、先の傭兵の折にマコトは荷物を取って逃げたために、焦りもあってか急にこのような行動に出てしまったのだ。
その隙のある行動を赤眼猿が逃がすはずも無く、荷物を掴み伸びた右手を猿が飛びかかり大きな両手で掴むと、一握りで右手を握りつぶした。ゴブリンなどとは比べ物にならない力によって一気に外殻は砕けると、中の肉も骨もその力に耐えられずぐちゃりと潰れる。
「ぎっ・・・!ああぁぁ」
右前腕を中ほどまで潰されたマコトは声を上げ、左手で槍を振り回す。槍は相手を捉えることは無かったが、猿を離れさせることには成功した。だが、マコトは痛みと恐怖で、回りに見える赤い目を近よせんとばかりに振り回し続ける。
「マコト!」
カイは、マコトへ声を掛けるが、赤眼猿の標的はカイに移っており、容易に手助けに向かうことも出来ない。猿はマコトを手負いで暴れているが、いずれ死ぬと相手をせずカイを狩ろうと攻撃対象を変えたのだ。
マコトは何にも気付くことなく混乱を続け、自分の最も攻撃力のある手段を使おうと前腕部の半分近くが外殻と肉が混ざり合ったかのようになった右腕を正面の赤い目に向けると、いつものように弾を発射する。
いつものような甲高い音と低い音が混じる音ではなく、低く鈍い振動音と共に射出された弾は、進路上にあったマコトの腕の肉を削ぎ、右手を吹き飛ばすと、正面にあった赤い目を撃ち抜いた。
声にならぬ叫び声をマコトは上げながら、更に数発の弾を撃つと、危険だと判断されたのか赤眼猿に体当たりをされ、後ろの茂みへと体を飛ばされた。本来なら地面につくであろうそこに地面はなく、茂みの向こうは谷間が広がっておりその中へとマコトは落ちて行ったのだった。
お読みいただき有難うございます。
マコトちゃん受難。展開をどうすべきか結構悩んだんですが、当初の通りという形に落ち着きました。帰ってほのぼの冬編とかも考えたんですが、そういうの続け過ぎても停滞した感じになっちゃいそうでしてorz




