12.
前話まとめ。
マコト、街を歩いたり、友と試合や酒盛りをする。
約束の一月も過ぎ、魔法を教わるという依頼も終わる。秋も半ばを過ぎ北風に肌寒さを感じる頃になると、豊かな実りを広げていた田畑も収穫が終わり、その恩恵を受けるアリアデュールはいつになく活気づいていた。だが、マコトの方と言えば、北風よりも懐に寒さを感じ始めていた。
依頼に使った金が大きく、その間に得た金もない。また、冬に備えた方が良いと、傷んでいた外套を買い換えただけでなく冬用の厚手のものまで買い揃え、ついでとばかりに普段の服も買ったために、より懐は寂しいものになっていたのだった。マコトの金銭感覚は一般的な冒険者や傭兵に比べると、貯蓄を重んじる市民のそれに近く、いざというときの金が無いというのは気になるものなのである。
(うーん・・・依頼、何か受けるかなぁ)
そうマコトは考えると、ベルムドたちとの約束の日が過ぎてからにしようと決める。この約束とは、用事が無ければ週に1度程度、酒場である赤竜の鼻息で夕食を共にしようというもので、これは、マコトがベルムドとの依頼が終わった際に、マコトがあまりに寂しそうに
「また、アえるか?」
と聞くものだから、ベルムドがついつい約束し、居合わせていたカイもその約束に加わったのである。ベルムドも、この意外な形で得た2人の友人と、これで縁が無くなるということが勿体なかったということもあり、そうして友人としての関係は続き、マコトはこの会合を楽しみにしていたのだった。
そうして約束の日となり、3人は酒場で杯を重ねていた。カイとベルムドは、つまみもそこそこに酒ばかり呑んでいたが、マコトは酒はちびちびと口をつけ、食事の方を楽しんでいる。この時期は脂の乗った魚や肉、新鮮で香りのよいパンなど、普段のメニューよりも食欲を誘うものが多く、マコトはそれに目をつけ酒で腹を満たす前にといくつもの料理を小皿に取り、味わっていた。特に良く煮込まれた脂身の多い肉が気に入ったらしく、何度も皿に取っては口へ運び、口内で歯を使わずに舌で肉を崩してその味を堪能していた。
ひとしきり食べ、腹も落ち着いた頃にマコトは依頼を請けるために次は会えるか分からないと告げる。ベルムドは冒険者であるしそんなものかと頷いていたが、カイは考え込むように右手で顎を撫で視線を宙に彷徨わせていた。
何だろうかと杯を舐めつつマコトはカイを見ていたところ、ぱっと視線をマコトへ戻し
「俺も行こう」
とマコトに言うのだった。これにマコトは驚くが、今までに一度も無いパーティでの依頼ということに頭が回ると嬉しげにそわそわとし、酒の勢いも早くなる。ベルムドは眉を顰め、何故だと問うが、
「しばらく傭兵団は休養で暇だ」
と、そんな答えを返したのだった。それにベルムドは、カイとマコトの実力差を考え、
「子守にならんようにな」
そう言って、後はこれに関して突っ込んだことを言うことはなかった。その後、明朝に冒険者ギルドで依頼を共に見て動くことを2人は決めると、酒盛りも一段落がつき、酒場の前でマコトは2人と別れ帰路についた。
「どういうつもりだ?」
酒場に出た後、カイと2人になったところで、ベルムドは同じ問いをカイに投げかける。
「どうにも、納得がいかんのだ。ベルムド、お前はマコトをどう思う?」
要領の得ない答えを返し、カイは逆に問いかけると、
「マコトの見目か。だが、あれはいい子だぞ?」
マコトの異形を思って言っているのだろうとベルムドは感じたが、マコトと話し、酒を付き合い、教えを授け、それで得た答えを一言で返す。
カイは頭の後ろ右手で撫で上げると、軽く舌打ちし
「俺は、マコトが恐ろしい」
そこで一区切りしてからゆっくりと息を吐き、吸うと
「実戦ならば一合で切り捨てられる相手をだ。言葉少なくとも、素直で普通の子であるのにだ」
それから暗くなった空を見上げ、だから納得がいかぬとカイは呟いたのだった。納得が出来ない。それがカイの心に降り積もり、小さなわだかまりとしてあったのである。なればこそ、共に歩めば分かるのではないか。同じ戦地に立てば分かるのではないか。と、カイはそう思い、マコトへの同行を決めたのである。無邪気に喜ぶマコトには少々悪い気もしたが、すっきりとしないままであるのはカイの性に合わず
(結論が出れば、どちらにも良いことだろう)
と、理由を隠し、それを誤魔化さずベルムドに告げたのは、同じ立場に居る相手だからであった。
「全く意地の悪い。帰ったら皆に酒を奢れよ」
カイの思いを汲んだのか、ベルムドはそう言うとぴらぴらと手を振り、第二壁の方へと帰って行った。
翌朝、マコトとカイの2人は、冒険者ギルドにて依頼を吟味していた。こうやって冒険者と傭兵が組むのはあまり多くなく、ギルド間の関係を考えると余り良い事ではない。とはいえ、そういったことが無い訳ではないし、大掛かりであったり、大事にならなければ黙認されている。ギルドの受付も、マコトがソロであり続ていることを知っているため、仕方なしと特に何も言わず2人に依頼書を見せていた。
色々な依頼書を見つつ、カイはマコトに今まで請けていた依頼などについて聞いたりしていたが、やはり人が多く関わるような仕事は選ばず、調査と討伐に偏る形で依頼書を選び出す。
選ばれたのは、調査及び可能であれば討伐という依頼書で、調査のみならそこそこの報酬だが、討伐まですれば良い報酬を得られるものである。調査で村に赴かねばならないことにマコトは渋ったが、何事も経験だというカイの言葉と、2人で動くということを考え、報酬の良いこの依頼を請けることにしたのだった。
準備に1日を費やし、2人はアリアデュールを後に南西に向かい歩く。目的地はアル・フレイ商国の南西部にある村である。いくつかの作物が特産のこの村には辻馬車も出ているのだが、軽功の練習にと徒歩で向かう。
特に道中で何か起きることはなかったものの、野営を行う際に、マコトが火をおこす様子も無く干し肉を座って齧り出し、それを見たカイが
「野営なのに、火はおこさないのか?」
と問うと、
「うん・・・?」
と、マコトが理解しなかったかのように反応し、その後も火を使わないマコトにカイが呆れたり、街道を走っていたら突然マコトが止まり、
「内力・・・ない・・・」
と、内力を使い果たしぐったりと道端で座り込んだりと、旅する者の常識や武術を行うものでは考えられないような失敗に、
(素人ではないはずなんだが・・・)
と、呆れつつも色々と忠告をしてやるカイだった。
とはいえ軽功での移動は早く、旅の行程自体は10日の行程を6日ほどに減らし、目的の村へと辿り着く。
村は、ここまで来る通る途中にあった村とさして変わりのない、畑を外周に持ち、木で出来た壁で覆われ内部は木造の家屋といった様相で、アリアデュールのような石やレンガ、モルタルで塗られたような家屋は無く、地面も石畳などは引かれていない素朴で質素な村であった。それでも特産と呼べるほどの品がある村であるからか、村人が使っているであろう酒場や、訪れた者向けの宿など、他の村よりは裕福だと見受けられる場所もあった。
門番に冒険者や傭兵としての証を見せ、2人が中に入ると、もう夕方だからか炊事のいい匂いが辺りには漂うものの人通りは無い。カイは手馴れた様子で、適当な家の戸を叩くと、中から出てきた40がらみの女に村長の家を尋ねる。そうしてカイは村長の家を聞き出すと、銅貨を数枚出し、女に握らせてからマコトを促し村長の家へと向かった。たかだか村長の家を訪ねるだけでお金を渡したことに、マコトは疑問を持ちカイに聞くが、おまじないみたいなものだとカイは言う。
マコトはよく分からず首を傾げたが、
(そういう風習とかあるのかな。チップみたいに)
と、自分なりに納得し、カイの後に続くのだった。
実のところ、カイがお金を渡したのは、羽振りの良い傭兵や冒険者であると思われておけば、酒にしろ女にしろ、色々と待遇が良くなることが多いという経験からである。何より、女にそういったことをしておけば、話が広まるのも早いことを良くも悪くもカイはよく知っていたのだった。
村長宅は、普通の家よりは多少大きいという程度の質素なもので、村長も身なりは綺麗だが服装は村人のそれと変わらず、村がそこそこ豊かである割には、金のかかっていない素朴なものだった。
依頼を請けたと知った村長は、明らかにほっとした様子で2人を居間へと案内し、妻であろう老女に食事の用意をさせると、戸棚から酒を出し2人に注いで、依頼を請けてくれたことへの礼を口にする。
そうして、夕食の用意も進み、質素な見目の割には豊かな食事に喜びながら食事を終え、酒をちびちびと呑んでいたところで、丁度良いと見たか、村長が依頼の内容についての話を始めた。
依頼内容自体は、依頼書に書いてあったことと変わらず、森の浅い場所で村人が採取をしていた時に6つ足の黒い大きな熊を見た、という話だった。また、見たとは言うが、脅え隠れており数は分からず、本当に6つ足だったのかも正確なところ分からない。だが、熊によってつけられただろう爪痕の高さや深さ、倒されたであろう木々を見て、このままでは村人に被害が出かねないと依頼をしたのだという。出来れば倒してほしいが、出来ぬのなら熊がどういった獣か魔物か、数はいかほどか、それを調べて倒せる者を連れてきてほしいということだった。
2人は安易に倒せるとは言わなかったが、しっかりと調べようとカイが請け負った。そうしてこのまま村長宅に泊まらせてもらうことになり、あてがわれた部屋に入る。マコトは、作戦会議とかしないのかな?寝ていいのかな?と考えていたところ、すぐに扉を叩が叩かれ、開けるとカイが中に入っていいか?と聞き、頷くとずかずかと入り適当な椅子に腰を下ろした。
「とりあえず、明日、森に入る。でだ、6つ足の熊だが、4つ足でないし、恐らく魔物だろう」
「・・・うん」
そうしてカイとマコトは明日の動きについて話し合う。と言っても、調査で森に入るだけなので、明日、村長に森の獣や魔物について聞くことや、3匹以上なら即逃げる。2匹までなら、どちらかが勝てそうにないと判断したら戦わず逃げる。そんな程度のものだった。
会議も終わり、マコトは一人になると、寝るにはまだ少し早い気がしてベッドの上に座っていたのだが、そこへ再度扉が叩かれる。何か?と声を掛ければ、村長が風呂があるが入るかどうか?と聞いてきたのである。
これにマコトは、
(風呂・・・風呂か・・・!)
と喜び、入る!と勢いよく答え、急いで外套を被ると扉を開けて村長に案内を頼む。食事でもそうだったが、部屋でも外套を脱がぬのかと村長は訝しげな顔をしたものの、すぐに気を取り直しマコトを風呂へと案内したのだった。
(家は大したことなかったけど、食事も良くて風呂もあるとは・・・村長、侮りがたし)
と、ふざけたことを思いながら、マコトは湯に浸かる。アリアデュールでは公衆浴場に行くことが出来ず、長屋では風呂などない為にオルドの所に居たとき以来の風呂であり、ここぞとばかりに旅で艶を失った髪や硬質な外皮もよく磨き上げ、湯船で体の芯から温まる。
(やっぱり風呂欲しいなぁ)
早く長屋出れるくらいになりたいと思いながら、湯の中に揺らめく自分の体を見て、昔の体なら体全体を伸ばすなど自宅では出来なかったが、今なら小さいし、風呂を手に入れたら体を伸ばせる風呂にしよう。そんなことも考えつつ、長く浸かり風呂を存分に楽しんだのである。
村長は、風呂から出たマコトが、出る前と同じく外套を被っているところを見て、不思議そうに首を傾げたりもしたが、マコトは気にせず楽しげに部屋に戻るとベッドに転がり、火照った体の心地よさに身を任せて眠りについたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
続き部分も含むとちょっと長いので分割です。続きは22時投稿予定です。