10.
※変更点※
読みにくいとの指摘があり、「」内との表記ずれも鑑みて、01~10までの地の文の真表記をマコトに変更しました。
マコト表記で、他の真まで変換してる箇所についてご指摘頂きました。真の字を名前以外で殆ど使ってないからと横着して一括変換がまずかったようで・・・orz
ご指摘ありがとうございます。
前話まとめ。
マコト、依頼をしてベルムドに魔法を教わる。
「俺から1杯奢らせてくれ」
そう男は言うと、女中にエールを3杯くれと大きな声でいい、マコト達の横に腰かけた。
20代も後半くらいか、若さの抜け始めた顔つきの180センチほどの褐色の男で、オルドほどとは言えないが鍛えた体を革鎧に包んでいる。柔和だが、すこし悪戯心を見せるその目は男を若く活動的に感じさせ、その体躯と合わせ精悍だが飄々とした印象を与えていた。
「仲間の追悼と、俺たちの帰還を祝って皆に1杯奢ってるんだ。1杯だけ、頼むよ」
面倒事や目立つことを厭い立ち上がろうとするマコトをそう制し、3つのエールを女中から受け取るとテーブルに並べる。
マコトたちが手に取ると、男もエールを手に取り
「傭兵の定めと、それから逃れた俺たちに」
と乾杯の掛け声をかけ、木杯を当てあうと口の端より零れるのも気にせず一気に杯を空ける。マコトもそれに習い空にして置き、ベルムドを見ると、やはり同じく空けていて作法が間違いでないとほっとする。
「ありがとうな!」
と男は歯を見せ笑い、立ち上がりながらマコトとベルムドの肩を勢いよく叩いた。マコトはフードに手を掛けられぬよう警戒はしていたものの、立ち去り際であったために警戒が緩み、叩かれた拍子に2人のフードがずれ脱げてしまう。
「あっ・・・」
と、マコトは声をあげると慌ててフードを上げたがすでに遅く、20日とはいえ普通に接し話をしていたベルムドに見られたということに困り果て、立ち上がることも出来ず動けないでいた。
(何て言おう・・・それにここも来れなくなる・・・あぁ、どうすべきか)
幸いと言っていいかは分からないが、立ち上がりかけた男の背と肩を叩いて広げた腕によって回りの者にはマコトの顔は写らなかったのだが、突然のことにマコトは混乱し暗澹たる気持ちで机に目を落としていた。
「あー、すまん!別嬪さん2人だったんだな!」
男はフードを下ろしたことを謝ると、またエールを3杯頼んで席についてしまった。
「え・・・?」
眼中に無かったはずの男であったが、その対応にマコトは驚き声を上げた。確実にマコトの顔を見ていたろう男が、離れていくことなく話しかけてきたという、今までにない行動に顔を上げまじまじと男を見る。
「こういった事も縁だろう。もう一杯呑もうじゃないか」
そう言って男はにやりと笑う。実のところ、マコトの顔に驚きはしたのだが、その後の様子にかなりのばつの悪さを感じ、このような行動に出たのである。男は常日頃より、英雄英傑になるならば好漢たらねばならぬと言っており、フードに隠れた異形が気になり、やせ我慢であったのではあるが、真っ直ぐな気性とその矜持が彼をその場に留め、普段通りに振る舞わせたのだった。
新たな酒が運ばれてくると、未だ手に取っていないマコトたちに先んじて男は杯を呑み干し
「良い酒だ!両手に華では当たり前か!」
と言い、大笑する。それに気が解れたのか、ベルムドも酒を取り
「ふん、お前に似合うのは洟だろうよ」
と、口元に笑みを浮かべつつ毒を吐き、杯に口をつけた。
「何を言う・・・いや、長命のあんたから見れば俺も洟たれ小僧か。まぁ、両手に華では手が塞がって、酒が呑めん」
そう言い返し、さらに酒を頼む男であり、ベルムドもいつになく酒を手に取り酒量を増やす。そんな和気藹々とした光景にぽかんと呆けていたマコトだったが、そうして気も抜け混乱した心も収まってくると、おずおずと木杯を手にし一口飲んだ。
これに目元を緩め、ほっとした表情になったのは男の方である。こういった場で出された酒を受けるというのは謝罪を受け入れると同義であり、マコトがなかなか口にしないので気にしていたのだ。これを受けなければ男の面子も潰されることになり、面倒事が増えかねないとベルムドも気を揉んで、男の調子に合わせて場をとりなそうと会話をしていたのが功を奏した形であった。
酒を呑み、腹に落とすとようやくマコトも少し落ち着き、周りに目が向く余裕も出来る。そうしてまず驚いたのは、ベルムドの容姿であった。フードが下ろされ、晒されたことで諦めたのか、マコトのように被り直すことは無く、そのままに酒を呑んでいるその姿は所作こそ女らしくはないが少女のものである。ベルムドは美しく長い金髪を外套の中に下ろし、少し長い耳を持つエルフで、白く整った顔だちは、皮肉めいた笑み浮かべる口元と鋭く怜悧な目で神秘性を失い、酒気を帯び朱に染まっていて、なんとも言えぬ胡散臭さを纏わせていた。
「あれ・・・?女・・・?」
マコトがそう呟くと、ベルムドは木杯を持ったまま
「私は一度も男だとは言っていないだろう」
と言い、一口酒を呑んでから
「まぁ、私もマコトのことは、鱗族かと思っていたんだ・・・お相子だろう?」
と呟くように言葉を続けたのだった。
ベルムドは、外套から出た手やフードからちらりちらりと覗かせる舌を見て、マコトのことをいわゆるトカゲや蛇の頭を持つ鱗族だと思っていたのだった。ベルムドも、実際に見たマコトの容姿に怖気が走らなかった訳ではない。だが、20日も一緒に居れば、マコトが見目を酷く気にする臆病な性質であることに十分に気付けるものであったし、外套から覗き見える中身が人か?と思えるような時さえある。
故にフードを下ろしたマコトの姿は、ベルムドに怖気が走るようなものながらも
(あぁ、そういうことだったのか)
と、得心がいき、腹を据えることが出来たのだった。
マコトはベルムドの返事で、自分の姿を見たのに何時もと変わらぬ様子であるのに驚き固まってはいたものの、その事がマコトの心に落ち広がると安堵し、横でいい酒だ、いい酒だと言いながら杯を空ける男に釣られて
「・・・良い、さケだ」
と、杯を呑み干し、口元に笑みを浮かべた。
それに気を良くした男は、
「こうしたことも出会いだろう。酒を交わしたのだし、友人として名を交わさないか?」
と言い出す。
「調子の良いことを言うものだ」
そうベルムドが返すが、
「君子たるもの酒を片手に友と語らうものだろう?」
と、男の知る古の英傑の言葉である「君子、酒を片手に友と語らい、愚人、剣を片手に友に吼ゆる。」というものを引き合いに出して悪びれる様子も無い。これは、本来は、君子たるもの文武を鍛え交誼を深めよ。愚昧で野蛮であれば孤独に死ぬだろう。といった武人への戒めの言葉である。
自らを君子といい、戒めの言葉を軽々として話す男に、ベルムドは呆れたように嘆息するが、
「・・・うん」
と、マコトが同意したことで、交誼を結ぶことになる。
「俺は、カイ。カイ・バーデンという。向こうで騒いでる傭兵団『天壌白蛇』の一員だ」
「ベルムド・ツァルダだ」
「・・・マコト」
そうして、3人は名を交わすことになったのだった。マコトは、カイとベルムドが話を続けてくれることが嬉しく、また、酒場でこういったやりとりをするのに少し憧れていたということもあって、すんなりと頷いたのである。それにベルムドが、警戒心が足りないとマコトに言ったりもしたが、酒を片手に冗談混じりであり、3人はその後杯を重ねることになった。
酒の場での話は、もっぱらカイの傭兵での武勲や彼の剣技の話で占められ、それにベルムドが毒を吐き、マコトが疑問に思うことを聞いたりといった形で進み、それは今回起きている戦争についてにも及び、戦いが大陸北東にあるアレイリオ王国と東中央にあるバリーヴォ王国であるということに続くと、ベルムドは眉を顰め
「まさか、アレイリオの糞国家についたのか?」
と聞く。
「それならあんたらと話など出来やしないさ」
と、カイは返して、その後何事も無いかのようにまた話が始まった。これに疑問を持ったマコトは、カイが他の傭兵に呼ばれ話を中座したところで、ベルムドにアレイリオ王国について聞くのだった。
ベルムドは眉を顰め、糞国家だと低く呟いてから
「あそこは、ごく一部の種族だけが認められ、残りは獣と同じと言い張る狂った場所だ」
とマコトに告げた。いま一つ要領を得なかったマコトは更に聞くと、どうやら種族に対する差別的国家であり、ベルムドのようなエルフもその国においては獣の扱いをされるという。それを聞き、マコトは北へは行ってはいけないと心に決め、酒をさらに一杯空けた。
「・・・ベルムド。顔、隠す?」(ベルムドは、何で顔を隠していたんだ?)
カイが、他の傭兵と杯を打ち鳴らし戻ってこないため、話はぽつぽつとした途切れ途切れのものになっていたのだが、ふとマコトはそんな疑問を持ち、ベルムドへ問いかけたのだった。
マコトからすれば、
(エルフが顔を隠すなんて勿体ない。絡まれたりするのかな?)
などと、エルフの美貌で余計な虫でもつくのか思っていたのだが、ベルムドは
「あぁ、顔を隠していた理由か。そうだな・・・特には無いが、隠し続けた理由といえば、マコトが顔を隠していたからだな」
と、マコトが隠していたからそうしていたと言う。これはマコトを気遣っていたとか、そういった理由ではなく
(2人が顔を隠しながら顔を突き合わせているというのも面白い)
などと、他者がみた怪しさや、顔を見せずに続けることにある種の面白さを感じ、続けていたのだ。ベルムド自身の声が低く、マコトは高いといったことから、怪しい逢引のように見えるのも面白いと、そんな下らない理由でもあった。
その後、戻ってきたカイは、マコトやベルムドに傭兵なのか?と聞き、マコトが冒険者と答えると、
「パーティを組んでいるのか?」
と聞いてくる。ベルムドはそれに
「そう見えるか?」
とにやりと笑って聞くが、
「すまんが・・・そうは見えん」
と、カイは否定する。ならば何故聞く?とベルムドはカイに尋ねたが、
「俺は傭兵だと言ったが、よくよく思えば2人が何なのか知らんだろう。友のことは知りたいと思わないか?」
と、興味本位であったということだった。
「怪しい2人だから、交誼を結んだのに不安になったのではないかな?」
ベルムドがからかうように言うが、
「そのような潔くない真似をするものか。確かに怪しいと言われればそうかもしれんが、それで割れる交誼など結んだりはせん」
と、カイは少し憤ったように言い放つ。少し毒が過ぎたかと、ベルムドは慌てて
「いや、すまない。少し若さにあてられてな。つい毒を吐いてしまった」
と、言いすぎたことに謝り、ならば酒だとまた2人で杯を重ねた。その姿に、マコトは少し呆れながらも
「・・・魔法、教わル」
と、マコトがやっていることをカイに教え、ベルムドが苦笑しながらマコトの言葉をカイに訳すと
「おお、そうだったのか。いや、めでたい。また一つ友のことを知れたな。それに、佳人のことを知れるとは俺も運がいい」
と言って笑い、マコトにも木杯を渡し、3人で呑み干したのだった。カイの調子は良いが豪快な言葉や、ベルムドの毒舌だが心配りの聞いた言葉はマコトには心地よく、いつになく楽しい時を過ごせていた。
それからも酒の場は続き、カイもマコトたちの元で酒を呑み、他の席にいっては酒を呑みと、このまま朝まで続かんとする勢いに、マコトもベルムドもさすがについていけず、カイと最後に酒を一杯交わすと席を立つ。マコトは金を払わなくてもいいのかと気が咎めたが、カイもベルムドも気にするなと言われ、気にしつつも酒場を後にし、ベルムドと別れ長屋へと帰るのだった。
そうして、マコトがその日の授業が殆ど進んでいないことに思い至るのは、次の日の朝、酒も抜けて冷たい水で喉を潤した時であった。
お読み頂き、ありがとうございます。
※誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。