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09.

前話まとめ。

マコト、初依頼をこなし、独り酒場で打ち上げする。

 夏が過ぎ、アリアデュールに広がる田園地帯は黄色く染まり、その実りを結実させた稲穂は垂れ下がり豊かさを示している。収穫期となる秋に農業を営む者たちも忙しく働いていたが、その顔は一様に明るく豊作に目を輝かせていた。また、冬を前にしたこの時期は、物流が最も盛んになると共に獣や魔物も活発になり、各ギルドも賑わいを見せ、アリアデュールの街は活気に満ち溢れているのだった。


 この頃になるとマコトは、仲間を得ることを半ば諦めつつも、一人で出来、人と大きく関わらぬ依頼を探し請けていた。すでに仮登録からは抜けていたものの、低級の冒険者であるマコトが仕事を選べば請けれる仕事というのはそう多くは無い。複数人で請けるものさえ請けていたマコトは、金銭こそ同級のものよりも稼げてはいたろうが、精神は確実にすり減らしてきていたのである。

そうした日々は孤独であり、依頼の終わりに酒場によって僅かに雰囲気を楽しむその姿は、マコトが死んだ原因となった暮らしを再現するかのようであった。



(このままではきつい)


と、マコトも感じており、僅かながら金に余裕も出来たと一度依頼を請けるのをやめ、酒の入った小瓶を片手に部屋で思い悩んでいた。そもそも仲間が出来ぬのは、他の者たちが自分を忌避することだけではなく、それに心折れ仲間を探すことも人と関わることも減りつつある自分の不徳も大いにあるとは分かっているのだが、


(幾多の種族がいるというのに、多少の違いでこうとは何とも心の狭い・・・)


そういった思いも少なからずあり、マコトにはなんとも得心のいかぬところであった。


 これは、過去の歴史における最も大きな罪の一つと言われた、人を異形にするという邪法が今なお語り継がれていることに発端する。長命でその歴史を見てきた者たちや、マコトがいた研究室のような場所から実際の異形も発見されていることから、その邪法自体はすでに形無くとも、その忌まわしさとおぞましさは人々に広く語り継がれている。自らの種や有り様を歪めたその様は、この世界においては酷く怖気をふるうものであり、幼子への教訓や冒険者たちが遺跡の怪談として使うことも多い。

 マコトの外見は、見た人にそれを思い起こさせ、マコトが普通に振るまうほどに、人でないものが人のように振る舞っているかのように感じ、自らが怪談の中に取り込まれたかのような、何とも言えぬおぞましさを感じさせるのだ。


 そうとは知らぬマコトには納得のいかぬものではあったが、目立たぬよう今では外で外套を脱ぐことは殆どなく、それもまた人との壁を感じされるものである。その反動か、部屋では外套を脱ぎ帯を緩めただらしのない姿ではあったが、酒に溺れている風ではなく、自らの状況をいかに打開すべきかを改めて考えていた。


(武器はなぁ・・・扱えない武器を持っても仕方ないし、高いんだよな)


 幾度となく武器を扱う場所へと赴いていたマコトだが、これだという武器とは未だ巡り会えてはいないし、マコトが扱えそうな鉄棍もありはしたが、金貨で十枚以上とえらく高くとてもではないが手が出ない。

だからといって、


(素手はない・・・素手はダメだ)


と、素手は危険度が高いと思っている。熟達した技術を持つ者であっても、体の構造の差異や生命力の高さから至近で戦う徒手空拳は危険で、血毒などがあれば目も当てられないと、マコトも数少ないとはいえ戦闘をこなし分かっているのである。


(やはり魔法・・・魔法やりたいよな・・・)


 実は、かなり前にギルドの受付に、魔法を習うにはどうするか?とマコトは聞いている。オルドは魔法が使えず教えてもらうことは出来なかったからだ。

 基本的に個人の魔法使いへの依頼となるため、初級の魔法を2,3教えてもらうだけでも大銀貨で3~5枚と高額であり、現在のマコトの貯金額でも半分以上を持って行かれることになる。そのため、長らく魔法については留め置いていたのだった。

 それなら魔術師ギルドはどうなのか?とマコトは聞いたが、魔術師ギルドはそもそも結社のような政治性と秘匿度の高い研究を行うという場所であり、ツテも無く名も知られていない冒険者が行ったところで門前払いであるし、もし入れたとしても冒険者ギルドと重複するためにどちらかを選ぶ形になるため、マコトの思う形にはそぐわないのだった。


 大銀貨5枚、銀貨で言うなら50枚。長屋の家賃50ヶ月分、赤竜の鼻息で飲み食いを7日しても銀貨1枚程度と考えるとかなりの価格である。知識はそれだけ高いということだが、この依頼には落とし穴とも言えることが一つあり、それは定められた知識を与えて魔法が使えなかったとしても依頼自体が達成されるということだ。

 これだけの大枚を払うとなると、良い武具を買うのにも遠のくし魔法が使えない可能性があることに、マコトは腕を組みうーんと唸るが、横に置いた酒瓶からぐびりと大きく一口酒を飲む。


(まぁ、金を持ち腐れても仕方ない。慎重なのは悪い事じゃないが、前はそれで良い人も作れなかったじゃないか)


 マコトは臆病な思いを酒ごと腹に落とすように酒を飲み下すと、適当に外套を羽織りギルドへ依頼を出しに行くのだった。




 ギルドの依頼はすぐに掲示され、マコトがそれから教えを受けるようになるまで2週間がかかった。


(意外と早く見つかるものだ)


と、マコトは思っていたが、実際は割と遅い。いくら魔術師が戦士などより少ないと言っても初級に教える程度の魔術師ならそれなりにいるからだ。だが、外套を常に被り、仕事で人との繋がりを持たないマコトは周りから見れば奇人の類であり、敬遠されていたのである。これに見かねたイラ・ヴェッラによって、ギルドから引退した冒険者を含めて請けてくれそうな者に声を掛け、ようやく依頼は受諾されたのだった。


 依頼で待ち合わせているのは、マコトの指定した場所である「赤竜の鼻息」である。もともと冒険者や傭兵に使われるこの酒場は、話し合いなどで使われることも多く、注文さえするなら特に文句は言ってこない。マコトが席に座り、軽いつまみを食べていると、約束の時間より少し前になって外套を纏う人がマコトの傍に立つ。


「ギルドの依頼で来たものだが、お前がマコトか?」


それにマコトが首肯すると、マコトの対面に座り女中に向けてエールを注文した。


 マコトより僅かに高い程度の身長の低い者で、外見は外套に隠され容姿はよく分からないが、マコトに近づいてきたときに左足を僅かに引きずるようにしていたので、怪我か何かをしているようである。そして、低いが張りがあり、よく通る声は若い男だろうとマコトに想像させるものだった。


「ドワーフの樽腹が見えたら断ろうと思っていたが、違って良かった」


 そう毒を吐きながらエールを飲んでいる男だったが、マコトが


「よろ、シく」


と言うと、男も


「うむ」


と頷き、双方、条件面についての詳細の話へと動く。マコトが条件として依頼書に出したのは、期間一ヶ月で大銀貨4枚。それとフードを取らずに受けても良いということである。それに対し男は、もう少し金額を上乗せてほしいということで、マコトとのすり合わせの結果、上乗せはないが一ヶ月の間、昼飯はここで奢るということとなった。


「では、これから一ヶ月、昼にここで待ち合わせ、口頭での授業はここで。実践になるなら街の外で・・・だな」


「・・・うん」


「1回目の授業だが、まずは魔法について説明しよう」


 そうして、唐突に授業は始まった。慌ててマコトは魔道具の筆を急いで取り出し、粗雑な紙にメモをとる。布を巻き軸を太くして持ちやすくした筆は以前よりマコトの腕を上達させていたが、もともとの不器用さで字は汚い。だが、自分が読めればよいのだし、書き逃す方が問題だと熱心に聴き、書きとめていた。


 魔法というのは外気と呼ばれる万物に存在するマナを、内気という人の中にある力で作り変え、それによって発生する事象のことを言う。魔道具も同じで、中に施された魔方陣に内気を通すことで、魔法を使うのと同様にマナを変換し事象を起こしている。

 そこまで説明を受けると、マコトに魔法を使ったことはあるか?と聞かれ、それにマコトが無いと答えると


「では、マコトは武技は使ったことはあるか?」


と聞かれ、マコトは軽功も武技であるので


「うん」


と答えると、


「ふむ・・・」


と男は呟き、しばらくの間無言でいたが、


「未熟なうちはそこまで気にしなくていいが、武技と魔法は最終的に反発しやすい。魔法に慣れ過ぎれば、内気を体で循環させ高めようとすると内気が漏れ出し、武技が疎かになるし、その逆もまだ同様だ」


マコトはそれを聞き、それでは無駄になるのでは?と疑問に思い僅かに首を傾げると


「使い込んでいけばそうなるということだ。初級で使う魔法程度で揺らぐ武技など洗練されているとは言えぬし、今は気にする必要はないが、憶えておくといい。」


そこで一拍置いてから、


「まぁ、まずないが・・・ただの英傑ではなく、正に歴史に名を刻むほどの英傑ならば、両立できるらしいがね」


僅かにおどけた口調でそう締めくくられた。


 それから、地水火風などの基本属性について聞き、マコトの属性適正については、明日検査すると教えられた。ただ、地水火風の魔法は男が出す例を聞き、


(・・・あれ?)


と、想像とは違う内容に内心で困惑していた。


 火魔法は、ファイヤボールのような爆発魔法は基本的に存在せず、熱量やいかに火が消えぬか、抵抗されないか、といったことや広範囲に及ぶかどうかの違いはあれど、火をつけるということに特化している。初級の攻撃魔法である火礫は、言うなればマナで作られた油を燃やし、それを相手にぶつけるというものだ。中級や上級になってもその基本からは外れず、熱量や範囲、動きなどが変化するのみという。ただ、この消えぬ火というのは攻撃としては恐ろしく、纏わりついた火は込められたマナが尽きるまで水の中だろうと消えずに燃え続ける。内気によって抵抗することは出来るものの、かなり危険な魔法であることには変わりなく、ファイヤアローやファイヤボールのような魔法を想像していたマコトは


(なんか、想像してたより泥臭いというか・・・でも、かなり恐ろしい)


といった感想を持ちながら聞いていた。また、水や土は、水の弾をぶつけるだの土の槍を生やすだのと割と普通であったが、風魔法もかなりの差を感じさせるものであった。攻撃的な風魔法とは、相手を窒息させたり空気に乗せた毒を効率よく相手に運ぶというのが基本で、真空の刃を飛ばすといったような魔法は存在しないのである。

マコトは風といえば動きの早いものや真空刃を想像していただけに


(ここでまさかの毒か)


と言いたくなるほどの差異であった。勿論風を吹かせる魔法も存在するが、風単独として攻撃に使える魔法というと、そういったものが基本となるのである。


 また、別系列として、治癒魔法があるが、通常の傷は癒せるしある程度の毒なら直せるのだが、武技などの内気をあてられて体内の内気の経路を破壊された傷や、内気によってその経路に毒をもたらす武技などには無力という。魔法というのは外から影響するものであり、治療でさえ内から影響する武技とは相反するとのことだった。


 基本的なことではあったが、それを知ったマコトは、


(TRPGみたいにもっと万能かと思っていたが、使い道は意外と広くないな)


と、魔法の万能さといった幻想を考えなおさねばと思っていたのである。


 そうして、授業の第一回が終わり、マコトが


「アり、がとう」


と礼を言い、それに頷いた男が立ち上がり帰ろうとしたところで、何かに気付いたようにマコトの方へ向くと


「あぁ、忘れていたな。私の名前はベルムドという。では明日な」


と言って、赤竜の鼻息から出て行った。




 ベルムドによるマコトの指導は冷静で、マコトが出来ようが出来まいが気にも留めない。ただ、失敗の理由やマコトの未熟な部分に対する指摘はしっかりとしたもので、少しずつ、マコトの身になっていった。

 さて、魔法におけるマコトの適正についてだが、それを調べたときにベルムドが驚き噴きだす。そんな、可笑しくも不可解な適正であった。適正自体は地属性が高く、良いものであったが、他の属性は凡人かそれ以下とベルムドに評されている。特に火属性への適正は酷いもので、適正値が僅かでもあれば反応する適正試験で全く反応しない。マコトは火に関しては凡人どころか行使不可と言われ、魔道具でさえ火の行使は難しいということだった。もしマコトが火を起こすなら、金貨10枚で手に入るか?というほどの魔道具を使って種火が起こせるかどうかというほどなのだから、行使不可というのも頷ける話である。このように魔道具が使えぬほどに適正が低いということは通常無く、何か呪いや制限でも受けているかという者にしか現れない。そんな適正値にベルムドは驚いたのだった。

だが、マコトはさして気にする様子はなく


(魔法が使えると分かるだけでもかなり有難い。それに複数覚えられるならこの金額も安いものだ)


と、魔法が得られるかもしれない喜びと、金額についての不平は杞憂だったと思い直していた。また、


(これなら魔法を使える人は多いのではないか?)


との思いもあるが、実際に魔法を使える人はそう多いものではない。

 武技を使うものは、魔法を使うことによる内気の乱れを気にするものが多いし、冒険者ギルドや傭兵ギルドに居なければこの依頼を出すことも出来ない上に、基礎的な教養がそれなりに無ければ簡単には魔法の基本を理解することが出来ないからだ。

 また、複数の属性に渡る魔法を覚える場合は、もっと金銭を要求されたりする事が多いし、金銭も決して安いものではない。結果として魔法を使える者は少なく、それが多岐の属性に渡る実力者ともなれば珍しいものなのだった。


 こうして魔法を学び、未熟とはいえマコトは実践で土の魔法を使うことが出来るようになってきていた。はじめて魔法の行使が成功した時などは、喜びのあまりに何度となく使い、内気を消耗して街に戻るのさえきついほどに動けなくなったりしたが、魔法が使えるというのはマコトには何とも面白いものに感じて、魔法の勉強に熱をあげている。



 半月が過ぎ、マコトが実戦でも行使出来るかな?と思った魔法は2つ。前方半径10メートル程を泥濘地へと変える魔法と、目の前に土壁を作る魔法である。同じくして習った土槍の魔法は、狙いも甘ければ槍自体も脆いと言ったところで、


(土をひっかぶせてるだけだ)


と、扱い切れていないとマコトは思っていた。土壁も大して硬くは無く、厚みも60センチほどでありマコトの槍なら軽く突き通る程度だ。だが、かく乱や咄嗟の壁としての機能にはなるため、補助としては使えないこともない。一番有用なのは泥濘地へと変える魔法であり、マコトの軽功と併せれば敵の足を封じつつも自らには効果が無いというようなことが可能だろうか。

 他の属性、水は頑張って桶一杯、風はうちわで扇ぐ程度という有様だが、一つに絞って集中するというのは、歩法のみ、槍は突くだけ、というようにオルドの元で絞って修行した時と同じようなもので、


(色々手を出して失敗するより、1つでもものに出来た方が良いだろう)


と、土をメインとして、後の属性は不向きなら戦闘に関しては切って捨ててもいいだろうと考えていたのだった。実際、水を生む魔法などは、戦闘までのことを考えなければ魔道具が無い場合や生活で使えるだろうし、何かと便利だろう。


 残すところ10日といった頃、アリアデュールの街は少しずつ変化が起きていて、マコトが通う赤竜の鼻息にもそれは起きはじめていた。アリアデュールを拠点とする傭兵たちが戻り始めたのである。

 いつもより騒がしい酒場で、いつものようにマコトとベルムドが向かい合わせに座り、マコトの問題点を指摘したり、こういう魔法は無いのか?といった質問などの話をする。ここ最近通っている者には、暗い色の外套を被る小柄な2人組は見慣れたものだったが、戻ってきたばかりの傭兵たちには見慣れぬようで、気に留めるほどではないとはいえ、注目されている。


 戦争でそれなりに稼ぎ、仲間の死を悼みつつも共に生還出来たと喜びを分かち合う傭兵たちにとって、騒いでいて目に飛び込んでくるマコトたちは陰気に写り気になる。酒が深まれば、傭兵たちの仲間の追悼や生還の喜びに水を差したと因縁もつけられそうであった。そんな雰囲気も漂い始めた頃に、一人の傭兵が立ち上がり、マコトたちの机に向かっていった。

お読みいただきありがとうございます。

13日中にーと思っていましたが、14日に。

魔法の話が思った以上に伸びたので、酒場の話は次に回しました。

※誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。

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