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主人公がどう転生したかの話なので、飛ばしても大丈夫です。
セレファルスと呼ばれる世界。
その世界における神々は世界を管理するために存在する。それ故に神々は世界に自らの手で介入は出来ず、信奉するものたちに僅かに力を与えるということしか出来ない。
世界を見ることもしなくなったもの、嘆くもの、それが在り方であると納得しているもの。その在り方はそれぞれであったが、ただ一つ、飽いていることだけは共通していた。
だが、その中で一つ。魂の管理を行っていたものによって僅かな楽しみが神々に見いだされたのは、神々にとっては最近のことであった。
千年に一度程度起きる、世界の理からずれた魂を他の世界に送り、他の世界から外れた魂を受け取る。これによって歪みを正し、新たな魂によって停滞し淀んだ事象を動かすという役割。重要だが、本来は大して楽しくも何もない事ではあったのだが、受け取った魂は、少しだけ神々の影響が強く、地上に送り出すと様々な面白いことをしでかす。
これは、世界の生命や運命については見守るだけである神々にとっては良い余興となった。自らが送り出したものが英雄や悪鬼となったり、平凡だがおかしな者であったり、以前の記憶から技術を作り出したりと。最初のうちは魂の管理を行う神がひそかな楽しみとしていたが、そこは全てに飽いていた神々である、楽しんでいるものを見つけることには耳聡く、いつからか神々が持ち回りでそれを行うようになった。
そして、前より千と数百年、今回の外れた魂を扱う神は、神々の中でも珍しい名も無き神であった。この神はとても高き場所より地を見下ろし司っている山の神であり、他の神々からはその見た目から昏き見通す目と呼ばれている。だが、世界において空や見上げた先にいるとされる神は他にもおり、彼はその中でも高き所であったが故に、このところの世界においては信奉するものはほぼ居なくなっていた。
これにこの神は少しばかり、いや大いに困り果てていたと言えるだろう。ようやく得た外れた魂だが、彼を信奉するものに関わるものでなければ魂を植え付け新たな人とすることは出来ないからだ。だからといって、自らが管理する高きところに棲むような頭も悪く動きも鈍いものたちに植え付けるのでは意味が無い。何より、外れた魂は知性ある生き物以外にすることは出来ず、高きところにおける知性あるものといえば、千年に一度程度起きて回りの生き物を食べつくすだけの神々から見ても寝てばかりの大蛇くらいしかいないのであり、これに植え付けるくらいならいっそ手放した方がましというものだと彼の神は思っていた。
だが、そこで彼の神に声をかけたのは、そこそこ親交のある海の神だった。この神は色々な海の獣の姿を持つ神であり、古くから多くの種族に畏敬をもって信仰され今でも多くの信徒がいる。山と海の神では何もかもが違うもので、これではどうして親交があるのかと聞かれそうなものだが、その違いこそが親しくある理由なのだと言えるだろう。何よりも寡黙であることが神性になるほどのものと、標をもたらすものとしての妙なおせっかい焼きのものという組み合わせであることが大きく作用しているのだが。
このずれた魂の扱いは神々にとって新しき楽しき遊びであり、親交があるとはいえ何か思惑があるのでは?との疑念を示す昏き見通す目。この疑念に、海の神は自らが標をもたらす信徒たちはまだ沢山おり、昏き見通す目よりも飽いてはいないことと、神に対して標をもたらすのも楽しきことであろうということ、故に親交があるのだから助言程度の標を与えても悪くは無いだろう?と言い、昏き見通す目もその言い分を受けることにした。
海の神によれば、昏き見通す目が支配する山のふもとにある廃都に彼の信奉者であり、滅びた種族の体があるという。言われてふもとへと意識を伸ばしてみれば確かに自分の信奉者の匂いのある体があった。少しばかり彼の知る種族の姿とは違うが、これからの至福の時を考えれば些細なことであると考え、外れた魂を彼の祝福と共にその体へと入れたのだった。
その日、神々は昏き見通す目と呼ばれる神の大きな笑い声が響き渡るのを耳にし、海の神はこのところ鬱屈としていた友が復活したことに大いに喜んだのであった。
さて、彼の神が外れた魂を入れた肉体であるが、それを話すにはこの肉体のあった廃都について言わねばならない。
この廃都は四千年ほど前に栄えた国の都市のひとつであり、魔法都市の名を冠する魔法に関してはその時代抜きんでた技術を持つ都市であった。その技術が災いし、国諸共に滅び去り技術は失われてしまったし、四千年という時と幾たびの大きな戦争が人々から全てを忘れさせてしまった場所。今では獣や虫の棲み家にはなっていたものの、優れていた魔法都市の残滓というものか、魔物のような悪辣なものは住人になっていない珍しいところである。危険度も少なく珍しいものが多い廃都が現在に至るまでに見いだされると、冒険者と呼ばれる逞しく野心溢れ、開拓するものたちによって暴かれ様々なものが宝として略奪されていった。しかし、この都は魔法都市と呼ばれるほどの研究が盛んな都市であり、様々な施設が隠され作られていたため、今現在でも多くの謎と未発見の施設が残されている。
そんな施設の中のひとつに保存されていた肉体が、彼の神によって魂を入れられたものである。
この施設は活動していた時代でも今の時代であっても禁忌とされるような生命を弄るという研究をしていた施設であり、種族の特性をかけ合わせたり変えたり、魔法による合成などを行うことで目的に対応する生き物を作るという研究を行っていた。
その目的は雑多で、戦闘や愛玩などといったもの、貴族や研究員の趣味といったものも多く含まれており、生命の禁忌を侵すだけでなく心の持ちようも野卑でとても高尚とは言えないものであった。様々な目的で作られていたが、その作られた生命は生き物としての性質が異常であったり、次代へ子を成すことが出来なかったり、数日で死んでしまったりと問題も多かった。とりわけ多いのが、今回選ばれた肉体のように魂を持たぬものである。肉体に何の問題も無くとも魂が無いから目覚めることは無く、生み出しても朽ちるまで眠り続けるただの肉塊である。
そういった肉体は培養槽から出されることも無く処分の時を待ち、この時まで機能の生きていた培養槽にある肉体に彼の神の信仰者の血が入ったものがあったのだった。
彼の神の信仰者の種族、その時代にイグスス、イグ=ゴルガなどと呼ばれる高地や高山の洞窟などに棲む種族である。宝石のような美しい外殻を持ち、城壁を砕くほどの強靭な力を持つ種であり、恐るべき力を持つ戦士の一族として世に知られている。また腕にはその硬い外殻を砲弾のように飛ばす器官があり、遠近問わず脅威となる恐ろしい種族だった。
そんな彼らが絶滅したのには、彼らの宗教観・死生観が独特であったことだ。男性しか生まれないという奇妙な特性からだったのか、彼らが長年培った宗教観からなのか、神へと捧げるということを何よりも重視し種族全体が極端な考えを持つに至り、ある日に突然洞窟の中で全員が供物として死を捧げて滅びた。
彼の神にとっては、自らの信奉者の行動によって得たものは無く、居なくなったことで失っただけである。あまりに突然に、密やかに滅び去ったため、多くのものたちには知られることなく忘れ去られ、僅かなものたちに謎として語り継がれたのだった。
そんな種の肉体ではあるが、古びて回りに蔦や苔がはっている大きな透明の筒に入ったこの肉体は少々、いや…かなり趣は異なるだろうか。肉体の作成にあたり、この種の頑強な肉体に、人らしい見た目と多少の魔術的素養を持たせることを目指したものだったのだが、結論から言えば色々と失敗作であった。人らしい見た目は、人間やいくつかの長命種の因子によって持たせることが出来てはいた。そこを見れば成功のようにも見えるが、人らしい見た目となった肌は当然人のように柔らかくなり、人間やエルフのようなものの因子によって肉体は見目は良いが、頑強で厳つい体躯は小柄になり力も多少強い程度にまで下がってしまっている。手足についた外殻は硬く強靭で武器にもなり得るものの、身体に比べ大きな手足を持つということは、それだけで人と同じ道具を扱うのが得意では無いと分かるだろう。だが、作り手となった研究者にとっては成功だったらしく、人らしい見目と美しい宝石のような手足を見て、目覚めぬことに多いに嘆いたという。
このように半端な肉体であり、作り手となった施設や研究員も下賤ではあったが、神にとってはさして気にするような問題ではなく、魂の容れものとして選ばれたのである。このような背景も魂と肉体の性の差も、神から見れば無いような問題なのだった。
外れた魂、彼の名は鈴村真といい、顔つきは平凡で体つきは背が高くやせぎすだがどことなく捉えどころのない柳のような印象を与える人物であった。
もう中年と呼ばれても仕方のない30も半ばになろうかという齢になっても良い相手もおらず独り身でいたのだが、決心し家を建てたのが始まりだろうか。
(こうやってしっかりした居を構えれば相手も出来るだろう)
との思いからでもあったのだが、その風体に見合わぬ重さや慎重さこそが相手を遠ざけているのに気付いてはいないようだった。
当然ながら家を構えるのだから金が要り、そのために会社でより働かねばならなくなったのだが、それに上役も目をつけ、皆が嫌がる他の地域への長期に渡る出向を真に命じたのは世の常だろう。そういった例の話はよくあるものであったのに、真は失念していて仕事を失う訳にもいかず受けざるを得ないのだった。
そうして建てた新居から半年と経たずに真は地方へと移ることになる。せいぜい2年ほどと言われてはいたものの
(せめて1年は新居で暮らしたかった)
との思いがあったのは仕方のないことだろう。
真が地方に赴任してから1年。都会から何も無い田舎に来ての生活はなかなか慣れないものだったが、赴任先の同僚達はなかなかに性質の良い者たちで色々と助けてもらっていた。しかし、真が赴いた理由であるその地方での事業は地元の反発もあり思うように進まず、本社からのせっつきや、同僚達の恩義、地元の反発と心労の絶えない日々となっていた。同じように赴任したものや仕事抜きで親しきもののような少しでも相談が出来る相手や恋人などの発散できる相手がいれば、真の命運は尽きなかったのかもしれない。しかし、残念なことに何もおらず、同僚に暖かくされながらも立場の違いから孤立していたと言え、真の心身は彼が気付かないまま疲弊していた。
そして2月も始まったばかりの寒い日の朝、風呂にてそれはおきた。最近疲れが取れず調子も悪く、朝もすっきりとしないことが多かったのだが、風呂につかりしばらくしたところで、手足の動きがおかしいことに真は気づく。どうにも力が入らず立ち上がることが出来ない。いわゆる卒中をおこしたのである。
しばらくうんうんと唸っていたのだが、一人暮らしの真の変事を早く気付けるようなものはおらず、意識を失いそのまま帰らぬ人となったのだった。
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