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[8]「狼と狩人」

 車を降りる前から、嫌な予感はしていたんだ。

 ……いや、予感と言うのも烏滸がましいか。こんなこと、誰にだって予想出来る。

 昨夜も世話になった長身のメイドさんが、表からドアを開けてくれる。

 杜愛先輩に続いて、おずおずと車を降りた瞬間――俺を迎える、眼、眼、眼。

 それは奇異の眼差し。やがてそれは、無数のざわめきと共に嫉妬と怒りに変わる。


「? どうかしましたか?」


 けろりとして先輩が問う。

 ……このヒトはほんとに分かっていないんだろうか。


「――おねーたん、おにーたん、いってらっしゃあーいっ!」


 辟易して項垂れる俺の背に、そんな声。

 振り返れば、車内でランドセルを抱えた小さな女の子が笑顔で手を振っている。

 幼いが、艶のある長い黒髪は、お姉さんに良く似ている。


「ふふ、いってきます、未愛みあ

「あ……えっと、いってくるね、未愛ちゃん」


 笑顔で返す先輩に倣って、引き攣った笑顔で返す俺。

 昨夜はもう眠ってしまっていたらしく会えなかったが――この子は杜愛先輩の六歳になる妹さんで、未愛ちゃんと言った。

 当然、俺たちとは通っている学校が違うわけで、ここでお別れとなる。

 話した時間は三十分にも満たなかったが、


「またね、おにーたん! 今度はみあが起きてるときに遊びに来てねっ!」


 なんて。どうやら、懐いてくれたらしい。

 ……いや、それは嬉しい。素直に良かったと思うんだが。


「うふふ、良かったわね、未愛、優しいお兄ちゃんが出来て」


 なんてことを言うのは止めて下さい先輩っ! 視線が! 憎悪の視線が! 背中に痛いっ!

 だけど、そんな俺に同情してくれる人間なんてどこにもいないわけで。


「――では、行きましょうか♪」


 とか言いながら、先輩は俺の腕を取る。

 止める者は誰もいない。

 未愛ちゃんは仲良さげな姉と俺の姿が嬉しいのかあどけなくにこにこするだけだし、メイドさんはそそくさとドアを閉めて、自身も運転席に乗り込んでしまう。

 間もなく発進する車。

 後に残される俺。と先輩。

 観衆のボルテージは最高潮である。今にも奇声を上げて飛び掛かってきそうな真っ赤な顔の連中がちらほらと。

 ……針のむしろとはこのことだ。

 ――だが、救いは意外なところから現れた。


「――見せつけてくれるわね。ニッポンでは、『コレミヨガシ』って言うんだったかしら?」


 顔を向ければ、勇ましく腕を組み仁王立ちでこちらを睨む金髪金眼の美少女。

 確認するまでもない。エリーザベト・ハイリガー。シシィだ。


「あら、ハイリガーさん。……おはようございます」


 迎え撃った杜愛先輩は笑顔だったが――昨日から、先輩の笑顔に接してきたからだろうか。その笑顔は、笑顔であって笑顔でないように思えた。

 思わずぞくりとして、俺は慌てて二人の間に割って入った。


「おっ、おはようシシィっ! えっと、これはさっ――」

「おはよう、アイン。どうやら、性悪なオオカミの色香に惑わされているみたいね。ニッポンでは、『バカサレテイル』って言うんだっけ?」


 弁解しようとしたが、シシィはそんなことを言って俺の言葉を遮った。


「バカサレ――……化かされて、いる?」

「人聞きが悪いですね、狩人さん」


 意味が分からなくて小首を傾げていると、薄い笑み混じりに先輩が言った。


「わたくしはただ、無法者に禁猟区を荒らされないよう、己の務めを果たしているだけ。わたくしがこうして巽くんの傍にいる意味、分かりますわね?」

「あら、人里に狼が出たら、ハンターの出番ではなくて?」

「あいにく、猟友会の方は間に合っていますわ」

「善意のボランティアを無下にするものではないわ」

「善意の押し売りはお断り申し上げます」


 お互いに柔らかい声ではあるが、そこには並々ならぬ迫力と強固な意志がある。

 つまりそれは、静かな喧嘩だ。

 二人は、明らかに昨夜の続きをしていたのである。

 ――昨夜の、殺し合いの続きを。


「ちょ、ちょっと待ってよ二人ともっ!」


 俺は再び二人の間に割り込んだ。

 二人はもう俺のことなど見ようとはしなかったが、俺だって引けない。だって。


「俺、正直二人が何言ってんだか分かんないよ、だから、多分、部外者は黙ってろってやつなのかも知れないけど――けどさ! 俺、やだよ! シシィと先輩がっ……なんてっ……そんなの俺――そんなの俺、見たくないよ……!」


 俺の出来る精一杯で、二人に訴えた。

 今の俺がどんな顔をしているのかなんて分からなかったけど――俺の顔を見た二人は、きょとんと呆気に取られたような顔をして、


「……敵わないネ、アインにハ」

「……ずるいですよ、巽くん」


 口々に、そんなことを言った。

 何を言われているのか皆目見当が付かなかったが、全く似たような顔で苦笑する二人は何だか凄く優しい気がしたから、


「……二人とも、仲良くしようよ、ね?」


 笑みがこぼれるままに、そう言った。

 二人はとても複雑そうな顔をしていたが、


「……いいわ」

「……いいでしょう」


 やがてそう言って、少しだけ肩の力を抜いた。


「取り敢えず、私の目的は彼を傷付けることじゃないし、傷付けたいなんて思ってない。今は、それで納得して頂ける?」

「分かりました。彼に免じて、貴女が密猟者でないことは信じましょう。ですが、貴女がこの町にとって排除すべき異物であることは、ゆめゆめ忘れないで下さい」


 はいはい、と言って先輩の言葉を受け流すシシィ。

 って、頼むから挑発するような態度取らないで下さい! 先輩、張り付いた笑顔が怖いっす!

 人知れず戦々恐々としていると、


「――ま、そんなわけで、彼、頂いていくわネ」


 なんて言って、シシィはぐいと俺の腕を取った。


「なっ!?」


 ふいを突かれた先輩が、珍しく冷静さを欠いた声を上げた。

 戸惑う俺を更に自身へ引き寄せると、シシィは言った。


「ワタシとアインはクラスメート。ところであなたは何年生?」

「……三年、ですが」

「そーよネー、クラスどころか学年まで違うものネー」

「……何が、言いたいのですか」

「イーエー、ベツニー? ――じゃ、ワタシたちもう行きますのデー、先輩は独り寂しく、三年生の教室へどーゾー?」


 ……なんて。勝ち誇ったシシィの声が、登校時間ピークの校門前に響く。

 もう、先輩の顔が見られない。……怖くて。

 ごめんなさいごめんなさい、なんて心の中で謝りつつ、黒いオーラを漂わせる学園のアイドルを独り残して、ざわめく衆人環視の中を金髪美少女に引き摺られていく俺くん。


 ……何ですかこれ?


 ――何なんですかこれ!?




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