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[1]「金色の来訪者」

 ――五月某日。

 俺こと巽一は、その日もいつものように、傍らで繰り広げられるとても偏った友人の話をさりげなく聞き流しつつ、朝のホームルームを待っていた。

 いい加減あくびをこらえるのも限界に差し掛かった頃、担任教師が姿を見せる。

 そそくさと自らの席へ戻っていくクラスメートたち。

 この『私立犬鳴杜(いぬなきもり)学園』へと入学して、まだほんの一月ほどだったけど、すっかり見慣れたいつもの朝の光景だった。

 しかし、一つだけ、いつもとは違うことがあった。

 ――教室に入ってきたのは、担任教師だけじゃなかったのだ。

 見慣れた担任教師の後を、見慣れない女生徒が付いて来る。

 教壇に立って、担任教師が言った。


「あー、転校生を紹介する」


 何の面白味もないテンプレ通りの台詞。

 まあ、それはいい。こんな時期に? と思いはしたが、事情なんてものはヒトそれぞれだろう。

 気になったのは――クラス中の視線を一身に集めたのは。その鮮やかな、髪。


「……初めまして。ドイツから来ました――エリーザベト・ハイリガーと言います。……よろしくお願いしますね、ニッポンの皆さん?」


 流暢な日本語でそう言って、彼女は端正な笑顔を浮かべる。

 肩口で揺れた金色が、さらさらと葉擦れのような音を立てた気がした。


                 † † † † † †


 リア充って連中は、ある意味、自身の興味や欲望に忠実な連中だとも言える。金髪の美少女で転校生ともなれば、放っておくわけもない。

 彼女――エリーザベト・ハイリガーの周りには、休み時間の度にヒトが増え、その日の終業を迎えた頃には、クラス外からの見学者がドア付近で鈴なりになる事態になっていた。

 俺は……と言えば、まあ、外見的にも性格的にも、リア充とはほど遠い存在なわけで。似たような境遇の連中と、遠巻きにぼやいていることしか出来なかったわけである。


「むむう……みなみ氏、これは少々由々しき事態ではありませぬかな」

「ほほう、あずま殿、其れはまた、いかが申す意味でござろうか?」


 …………。

 おかしな会話が耳を打つ。


「小生、ゆくゆくは校内の美少女ランキングを作成しようと画策しておるのでありますが」

「なんと、其れはそれがしとて、いと興味深き話でござるな。なれど、由々しき事態とは?」

「ええ、ハイリガー氏ほどの美少女が我がクラスの一員となると言うことは、ですよ」

「ふむ、なると言うことは?」

「この一ヶ月悩みに悩んで作成した我がクラスの美少女番付を、また一から考え直す必要があるではないですかっ! これは、徹夜が、捗るっ……!」

「なるほどなるほどっ! それはまた頭の痛い事態でござるなっ!」


 言葉とは裏腹に「はっはっはっ!」と笑う二人。

 ……ついて行けん。

 入学早々、何故こんな連中と友人になってしまったのか、正直自分でも疑問だ。

 ちなみに、メガネで後ろ髪を結ってるのが東、のっぽで糸目なのが南である。


「ややっ、巽氏! 一人だけ涼しい顔をしている場合ではないですぞ!」


 こっそり溜め息をついていると、東が矛先をこちらに向けてきた。


「……どう言う意味だよ」


 無視も出来ずに答えると、東は「にっ」と笑って耳打ちするように言った。


花登はなと嬢といい、いぬい女史といい、巽氏は面食いですからな。ハイリガー嬢のことも、実は気になっているのではないですかな……?」


 そんな言葉に、ぎくりとして――ぎくりとしてしまった自分に、絶望した。

 やはり、とばかり東が笑う。

 ……くそう。こんなだから、俺はこいつらなんかと付き合うはめになってしまったのだ。


「っ……言っとくけど、違うからなっ! 俺は面食いとか、そんなんじゃないしっ……だいたい、別に誰のことも、気になってなんてないんだからなっ!」

「ならば、お三方は美しくないと? それも失礼な話でござるなあ」


 南が、もともと細い眼をさらに細めて言ってくれる。


「誰もそんなこと言ってないだろ!? 確かにっ……その、花登さんは可愛いし、乾先輩は綺麗だし、ハイリガーさんも何か神秘的だとは思うけどっ――」


 苦し紛れに捲し立てようとした、その時だった。


「あら、私が何か?」


 ――ふいに、そんな声が三人の間に割って入ってきた。

 ぎくりとして顔を向ければ、そこには金髪の美少女。

 ……言うまでもなく、エリーザベト・ハイリガー、そのヒトである。


「あ……」


 それ以外に、出てくる声がなかった。他の二人も同様。鳩が豆鉄砲、と言うやつだ。

 突然現れた闖入者にあんぐりと口を開けていると、彼女は自己紹介の時と寸分違わぬ整った笑顔を俺に向けて、言った。


「……もし良ければ、校内を案内していただけないかしら?」

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