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[14]「小さな金の楔」

「――いやあっ! 離してっ! おにーたんっ、おにーた――むぐぅ……!」


 そんな声にハッとする。

 唇に土の味を感じながら何とか視線を上げれば、今正に、未愛ちゃんが黒ずくめの男に拘束されたところだった。


「っ……未愛……ちゃんっ……!」


 絞り出すように彼女の名を呼ぶ。

 だが、口を塞がれた彼女が俺に声を返すことはもうなかった。


「油断するなよ、ガキでも『いんなき』の末なんだからな」

「分かってる、指を食い千切られたあいつと同じ轍は踏まんさ」


 頭の上で何やら物騒な会話が交わされていた気もしたが、まともに頭に入っては来ない。

 そんなことよりも、何とか拘束を逃れようと必死だったのだ。


「っ……このガキっ! 大人しくしないかっ!」


 怒号と共に、腕を締め付ける力が増す。肩と肘が嫌な軋みを上げ、激痛が走った。


「いっ! ――っ……」


 悲鳴を漏らしそうになったが、すんでで堪えて唇を噛んだ。

 未愛ちゃんが見ているのに……怖い思いをしている子がそこにいるのに――男が、そんなみっともないことなんて出来るか!


「ほう、悲鳴を上げるかと思ったが、なかなかに我慢強いじゃないか」

「あまりいたぶるな、我々の使命はヒトに危害を加えることじゃない」

「ああ、分かってる」

「――おい、ちょっと待て」


 好き勝手なことを言い合っていた二人の男の間に、ふともう一人の声が割って入った。

 いつの間にか、そこには黒ずくめの男の姿が三つあった。

 一人は俺を地面に押さえ付け、一人は未愛ちゃんを拘束し、そして最後に現れた一人は、手に何かの機械を持っていた。

 それは一見、どこにでもあるスマートフォンか、小型のタブレットPCのようにも見えた。

 だが、男はそれに視線を落としながら奇妙なことを言った。


「そっちの学生服のガキ、『因子反応』が異常だ。まるで『覚醒』寸前の数値だぞ」

「おいおい、何かの間違いだろう?」

「ああ、『覚醒』寸前の奴がこんな平然としてられるものか。大体、眼を見ればそんなもの――」


 言いながら、俺を押さえ付ける男がこちらの顔を覗き込む気配がした。

 俺は顔を横に向け、視界の端にその男の顔を捉えた。

 ――その時の自分が、どんな眼をしていたのか俺には分からない。

 ただ、サングラス越しのその眼に訴えたのだ。


 ――ハ、ナ、セ――


「っ……!?」


 びくん、と男の体が痙攣したように見えた。

 そして男は、言葉もなく俺の腕を開放した。


「え? おい?」

「どうした?」

「……………………」


 何が起きたのか分からないと言った様子で戸惑った声を出す二人。

 生気のない人形のように、尚も口を閉ざす男。

 戸惑っていたのは俺も同じ。

 ――だけど、俺には呆けていられない理由があった。


「っ……うおおおおおっ!」


 弾かれたように立ち上がると、一目散にそこへ駆けた。

 向かう先は、他でもない。

 未愛ちゃんを拘束する男の元。


「なっ……!?」


 声を上げるが、もう遅い。

 俺は全速力の勢いのまま、倒れ込むように男に体当たりを食らわせた。


「ぐわっ……!」

「きゃあっ……!」


 悲鳴と共に吹き飛ぶ男。

 当然、未愛ちゃんも無事ではないけど、スマートな助け方なんて非力な俺には不可能だから。


「――未愛ちゃんっ……!」


 立て膝に何とか体勢を整えて、投げ出された未愛ちゃんに向き直る。

 未愛ちゃんは少し強く体を打ったのか、幼い顔を痛みに歪ませていたが、ほどなく俺の姿をその視界に認めると、


「っ――おにーたんっ! おにーたん、おにーたんっ……!」


 涙混じりにそう繰り返しながら、一目散に駆け寄って、俺の首根っこにぎゅっとしがみついた。

 その小さな体をしっかりと抱き返す。その確かな温もりに、ほっとする。

 だけど、その安堵をいつまでも享受していられるほど、状況は楽観的じゃなかった。


「っ……このガキっ! 甘い顔してたらつけ上がりやがってっ……!」


 俺が突き飛ばした男が、憎々しげに怒号を上げながら輝く何かを抜いた。

 俺はその輝きを知っている。昨夜、それに似た輝きを眼にしたばかりだった。


「っ――……!」


 咄嗟に立ち上がり、身をよじって未愛ちゃんを背に庇う。

 瞬間、二の腕に焼け付く痛みが走った。

 見れば、学ランの袖がぱっくりと裂け、赤い傷が覗いている。

 学ランの厚い生地を大した抵抗もなく容易く切り裂くとか、悪い冗談だと思った。


「悪いことはいわん、『いんなき』の娘をこっちに寄越せ、でないと今度は掠るだけじゃ済まんぞ」


 手の閃きをこれ見よがしにちらつかせながら迫る男。

 それは単なる脅しではないんだろう。斬られた腕がじくじくと痛む。

 ――けど、だからと言って、この手の中の幼い温もりを差し出すつもりなんてない。


「……強情だな。なら仕方ない。どうせ、『因子持ち』は処分される運命だ。それが少し早まる程度、些末な問題だ」


 言って、男は俺の背に向けて垂直に刃を構えた。

 俺は覚悟を決めて、胸の中の小さな鼓動を強く抱き締めて、ぎゅっと眼を閉じた。

 ――だが。


「――ぐああっ……!?」


 ふいに、そんな悲鳴が耳を打った。

 それは、今の今まで俺に刃を突きつけていた男の声。

 恐る恐る振り返ってみれば、男は地面に両膝を突いていた。

 自らの手首をもう一方の手で握り、苦痛に喘いでいる。

 ――閃く刃を握っていたはずのその手には、小さな金の楔が深々と突き刺さっていた。


「――ふぅ、間一髪。……無茶はしないでって言ったでしょ、アイン?」


 金の楔を手にした金髪金瞳の美少女が、腰に手を当て優雅に笑っていた。




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