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[13]「危ないかくれんぼ」

 乾杜愛・未愛姉妹の世話係、枯部カレブエリコはいつものように、姉妹の迎えに出た。

 登校時とは逆に、まずは妹の未愛。

 道中何の問題もなく、未愛の通う私立小学校まで辿り着く。

 だが、いつもならば校門前で待っているはずの愛らしい姿がない。

 いつも彼女が立っているその場所には、置き去りにされた制服の帽子が一つ。

 学校にも問い合わせたが、疾うに下校したと言う話だった。

 ――事ここに至り、枯部さんは杜愛先輩に連絡を寄越したわけである。


 幼い女児が行方不明。

 事件となれば、本来は警察に任せるべきである。

 だが、先輩は言った。


「もちろん、最悪の場合はそうなるでしょう。しかし、『犬鳴』の問題は『いんなき』の末である『乾』が背負わねばならぬこと。ヒト任せには出来ません。それに、未愛とて『いんなき』の血を引く者です。今頃は敵の手を逃れ、いずこかに身を隠しているやも知れません。ならば、わたくしはあの子を見つけ出してあげなければならない」


 『いんなき』のこと、『乾』のこと――杜愛先輩のこと。

 俺は何も知らない。何も分からない。

 だから、先輩の言うことが正しいのかも分からない。

 けど、その決意めいた瞳はけして嘘ではなかったから――俺も、その想いに従った。


 一時的に先輩と別れ、小さな子供が身を隠しそうな場所を手当たり次第に探し歩いた。

 大人では通れない建物と建物の隙間や、大人では隠れられない物陰、それに木の上まで。

 そうして、犬鳴杜からはかなり離れた公園の、暗い茂みを覗き込んだ時、それは起こった。

 ――突然茂みの中から伸びてきた手が、俺の詰め襟を掴んで中に引きずり込んだのだ。


「のわあっ!?」


 間抜けな悲鳴を上げて茂みの中に倒れ込む。

 枝が頬を削った痛みと地面に体を打った痛みで思わず泣きそうになる。

 だが、泣くより先に、あどけない声が俺を慰めた。


「あっ、あああっ……ご、ごめんなさいっ、おにーたんっ……! だいじょうぶっ……!?」


 ハッとして顔を上げると、今朝別れた時そのままの愛らしい姿がそこにあった。


「未愛ちゃんっ! 良かった、無事で――むぐっ!?」

「しっ……! おにーたんダメ、大きな声出しちゃいけないのっ……!」


 思わず顔をほころばせた俺に、未愛ちゃんは自らの口元に人差し指を当て――同時に、俺の口をもう片方の手でぎゅっと押さえた。

 愛らしい小さなモミジに口を塞がれて眼を白黒させていると、未愛ちゃんは小さな体を更に小さくして、囁くように言った。


「……あのね、みあね、変なおじちゃんたちに追いかけられてるの。だからね、見つからないように、静かにしてなくっちゃいけないの」

「……追いかけられてる?」


 声を潜めて問うと、未愛ちゃんは小さくこくんと頷いた。

 ――疑問がある。

 普通、営利目的の誘拐なんてものは、一度取り逃がした段階で諦めるものだ。いつまでもしつこく追いかけるなんて、いたずらに捕まる危険を冒すだけ。利口な犯人ならまずやらない。

 もしその危険を冒すと言うならば、それは犯人が余程の馬鹿か、諦めが異常に悪いのか――或いは、どうしても「その標的」を誘拐しなければならない理由があるのか。


「……どんなヒトたちだった?」


 その質問に意味があったわけじゃない。聞いたところで俺に何が分かるってわけでもない。

 誘拐犯の不可解さが、俺にその質問をさせたのかも知れない。


「……まっくろ?」


 小首を傾げながら、未愛ちゃんは言う。


「まっくろ?」

「うん。まっくろなお洋服着てた。あとメガネ、まっくろいの」

「黒ずくめ……サングラスと――……もしかして、スーツかな」

「あ、そうそれ、『すーつ』!」


 そう言って、パッと笑う未愛ちゃん。

 どうやら、スーツは知っていても、言い方が思い出せなかったらしい。

 にしても、黒いスーツにサングラスとは、随分厳つい格好だ。……まさか、公衆浴場に入れないタイプの方々じゃないよな……?

 物騒な考えに思わず身震いする。

 と、そんな時だった。


 ――prr...prrrr......


 耳慣れた着信音。

 反射的に「先輩か?」と思ったが、


《――アイン? ワタシ、シシィ》


 受話口から聞こえてきたのは、そんな声。


「えっ? シシィ? 何か用?」


 状況が状況だけに、思わず冷たい言い方になってしまった。


《……用がないと、ダメ?》


 シシィの寂しそうな声。

 ハッとして改める。


「あっ、いや、ごめん、そうじゃないんだ、ただちょっと今、立て込んでてっ……」

《タテ、コンデ? ……あ、忙しい、って、こト?》

「あ、うん、そう、忙しくて、だから、悪いけどっ――」

《――今、どこにいるの?》


 ふいに、シシィの声が厳しくなった気がした。


「えっ?」

《アイン、今どこにいるの? 困っているんでしょう? 教えて》

「え、いや、でも……場所言って分かるかな」

《犬鳴杜近辺の地図なら頭に入ってる》

「あ……そうなんだ」

《どこ?》

「えっと……犬鳴南四丁目辺りの児童公園」

《――すぐ行く。下手に動き回らないで。あと、無茶はしないで》


 言い残して、慌ただしく通話は切れた。

 しばし呆然とする。

 今、何があって、何を言われたのか? そんなことすら曖昧になる。

 今の電話はシシィだった。そのはずだった。

 だけど、まるでシシィじゃなかったような気がした。

 作り物のように無機質で、絶対者のように威圧的で、機械のように冷静で。

 ――そんなのは、俺の知ってるシシィじゃない。

 ……いや。俺はそんなシシィを見たことがあるのかも知れない。

 俺以外のクラスメートと話す時の笑顔、杜愛先輩と舌戦を繰り広げた言葉、杜愛先輩に剣を振るった動き――そんなものが、脳裏に浮かんでは消えた。


 シシィとは、エリーザベト・ハイリガーとは、いったい何なのか。


 ――無意識に、そんなことを胸中に呟いた瞬間だった。


「――おにーたんっ!?」


 未愛ちゃんが叫んだ。

 ハッとする。そしてすぐに気が付いた。

 いつの間にか、俺の背後に何者かの気配がある。どことなく刺々しい気配だ。憚らざる敵意に満ちたこの感覚を、俺は知っている。


 これは――殺気だ。


「っ……!?」


 咄嗟に振り返ろうとしたが、間に合わなかった。

 ――気が付けば俺は、背後から腕を固められた体制で、湿った地面に組み伏せられていた。




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