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[11]「昼休みの過ごし方」

 図書室での昼休みの過ごし方とは何だろうか?

 そりゃもちろん、本を読むことだ。図書室は雑談するところでも飯を食うところでもない。

 俺と蓮華さんも、最初に二言三言交わした後は、お互い静かに読書に勤しむのが通例だ。

 と言ってもまあ、分厚いハードカバー一冊を、見事な速読で五分~十分で読破してしまう蓮華さんに比べて俺は、


「さて。昨日、何ページまで読んだか覚えてる?」

「え~と……百ページくらいだっけ?」

「六十四ページです。もう少し頑張ろうね、た……はじめくん」


 なんてやり取りを毎回するくらいには、活字に弱いわけである。

 苦笑する蓮華さんから手渡されるそれは、一冊のハードカバー。

 それは彼女の私物であり、俺のために用意されたオススメの一冊でもある。

 傍らに積み上げた分厚い本を二冊三冊読破していく蓮華さんの隣りで、取り敢えずはその一冊を読み終えることが俺の目標だった。

 ずしりと重いハードカバーを受け取って、そうして昼休みの残された約二十分。後は黙々と活字を眼で追う時間がやってくる。

 ――と言うのが、いつもの流れだったわけだが。


 ――ぐぅ。


 と一つ、水をさすように音が鳴った。

 本を受け渡そうとした格好のまま、二人ともに動きを止める。

 ……音は、俺の腹から響いたものだった。


「……もしかして、お昼食べてないの?」

「……お恥ずかしながら」

「何でまた」

「いや、これもまた、例のごたごたの弊害でして……」


 堪え性のない腹が気恥ずかしいやら気まずいやら、思わず顔が赤くなる。

 一方の蓮華さんは、ふと何かを考えるように眼を閉じると、


「――うん、そうしよう、それがいいや」


 そう言って眼を開けた。

 何のことか分からない俺に、


「ちょっと待ってて、すぐ戻るから、ね?」


 そう言って笑顔を一つ、彼女は颯爽と図書室を出て行った。

 俺はその真意も分からないままに、取り敢えずは受け取った本に眼を通して待つ。

 数分後、


「――お待たせ♪」


 そう言って戻ってきた蓮華さんの手には、可愛らしい包みとスリムな水筒。

 包みの中には、バスケットタイプのランチボックスが入っていて――中身は、美味しそうなサンドイッチだった。


「はい、どうぞ♪」


 なんて言うが――いや、ちょっと待て。


「どうぞって……それ、蓮華さんのお昼でしょ?」

「そうだけど、はじめくん、お腹空いてるんでしょ?」

「いやいやいや! それ以前に、何で蓮華さんまでお昼食べてないの!?」

「あれ? 言ってなかったっけ。わたし、朝ご飯食べると夜までお腹空かないヒトなんだよ。お母さん心配するから、一応お弁当は持ってくるけどね」


 当たり前のように、けろっとして答える蓮華さん。

 俺みたいな育ち盛りの野郎からすると想像も出来ないが、女の子ってそう言うもんなんだろうか?


「いや、でも……本当に貰っちゃっていいの?」

「うん。だって、はじめくんが食べなくても、帰り道でわんちゃんのおやつになるだけだもん」

「そりゃ勿体ないな」

「でしょ。いつもの野良ちゃんには悪いけど」


 いたずらっ子みたいに笑う蓮華さん。

 日頃、澄まし顔が多い彼女だけど、時々こんな無邪気な顔をする。

 それに水をさすなんてのは、野暮ってもんだ。


「んじゃまあ、頂こうかな」

「図書室で飲食しちゃいけないんだけどね」

「えっ!?」

「うそうそ、大丈夫だよ、今そんなに人目ないし」

「そ、そう言う問題……?」

「発覚しない悪事は悪事じゃないんだよー」

「い、意外とドライなのね蓮華さんって……」

「まあまあ。ほら、自家製ハーブティーもあるよ~」


 なんて言いながら、水筒のコップに中身を注いでいく。……仄かに甘い薫りが鼻をくすぐる。

 何だか、蓮華さんのアウトローな一面を見てしまった気がして怖くはあったが、しかし眼の前のサンドイッチはとても美味しそうだったので。


「……い、いただきます」


 言って、机上のそれにおずおずと手を伸ばした。

 ――が。


「あ、ちょっと待って」


 そんな声と共に伸ばされた細い手が、俺の手首をがっしりと掴んだ。

 ……動かない。一ミリたりと腕が動かない。いや、無意識に遠慮していただけかも知れないが――眼を見開く俺に、蓮華さんはにっこりと微笑んだ。


「ちょっとやってみたいことがあるんだ」


 えへへ、と笑って彼女は俺の腕を解放した。

 そうして、ふと――俺が手を伸ばし掛けていたサンドイッチを、代わりに手に取った。

 何のつもりだろうと小首を傾げていると、彼女は微かに頬を染めた笑顔で、言った。


「はい、はじめくん、あーん♪」


 ……なんて。

 それがどう言う意味なのかすぐには分からなくて――分かった瞬間、俺は顔から火を噴いた。


「え、え、ええぇっ!?」

「だからぁ、大声だめだってば」


 そんな言葉にハッとして口を両手で覆う。

 ……って、そうじゃないだろ! 今気にすべきはそんなことじゃない!

 蓮華さんがしようとしていること、「やってみたかったこと」とは、つまり――


「っ……いっ、いや、蓮華さん、『あーん』てっ……!」

「あーん」

「いやっ、だからっ……!」

「――だって、憧れてたんだもん」


 ふと、蓮華さんは少しだけ寂しそうな顔をした。


「こんな風に、男の子とお話ししたり、ふざけ合ったり……あーんって、してあげたり」

「……い、いや、でも、だってさ」


 思わずしどろもどろになってしまう俺。

 そんな俺に、潤んだ瞳を上目遣いに向けると、蓮華さんは止めとばかり言った。


「……だめ?」

「っ――」


 ――だめなんて、言えるわけがない。

 答える間も惜しんで、俺は彼女の差し出すハムサンドにぱくりと食らいついた。


「……おいしい?」


 おずおずと尋ねてくる。

 聞くまでもない。


「……うん、おいしいよ」


 気恥ずかしさを抑え何とか笑顔を作って答えると、彼女もまた、パッと花が咲いたように笑った。


 彼女の笑顔が嬉しい。喜んでくれるのが嬉しい。

 だけど、それよりも、彼女の手からサンドイッチを食べられた事実の方が嬉しくて、幸せだった。


 ……なんてこと、気恥ずかしくて、とても言葉になんて出来やしなかったけど。




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