エピローグ
エピローグ
さて、そんなわけで激動の数日間を送ったわけだ。
橘田沼さんが引っ越してきてからわずか四日。そんな短い時間で物凄く濃ゆい経験をしてしまった。間違いなく、俺の人生のターニングポイントだっただろう。
……そんな四日間から既に一週間経っている。
俺は真っ白な部屋の真っ白なベッドに寝かされ、ようやっとまともに動けるようになってきたところだ。端的に言うと、入院させられているのである。
あの日あの時、巨大魑魅魍魎と戦った時の事だ。あの時、みやが魔法をぶっ放した時の事を良く覚えておくべきであった。なんなら、それを見てちゃんと学習するべきだった。
俺が放った魔法は、魑魅魍魎を切り裂くほどの威力を持っていた。つまり、みやが放った魔法よりも数段強い魔法だったのである。それを撃ったのだから、当然反作用が働いて、俺は発射方向とは逆方向にぶっ飛ばされるわけだ。
魔法を放った圧力に耐え切れず、俺の右腕は脱臼の上に複雑骨折、思い切り地面に叩きつけられた事で全身打撲、全治数ヶ月と言う重症を負ったというわけなのである。
とは言え、なんとここは魔法使いの息がかかった病院。回復魔法を断続的にかける事で、治癒スピードを速めていることもあり、俺の退院も後数日となっていた。魔法って半端ねぇなぁ。
「失礼しまーす」
その時、病室のドアが開く。この部屋は別にスイートルームではないので、他の患者が数人並んでいるのだが、彼らに気をつかってか、その声は控えめだった。
「調子はどーぉ、コガネ?」
「おぅ、まぁまぁだな」
現れたのはまや。いつもは馬鹿でかい声で話すのに、こういう時は普通の声量なのは、こいつなりにTPOを弁えているんだろう。
「もうすぐ退院だってね、良かったじゃん」
「退院祝いに、何かプレゼントしてくれてもいいぞ」
「じゃあ、これを上げよう」
そう言って取り出したのは缶コーラ一本。
安い退院祝いもあったものだ。まぁ、もらっておくが。
「……ねぇ、コガネ」
どこまでも似つかわしくない、控えめな声で、まやが呟くように言う。
あまりにらしくなかったので、誰か別の人の声かと思った。
「なんだよ? コーラなら返さんぞ」
「上げたものを取り返すような浅ましさは持ち合わせてないよ! そうじゃなくて、えっとね、コガネはさ、橘田沼さんって人の事が好きなの?」
「ブッ……! いきなり何を!?」
口をつけていたコーラをちょっと吐き出してしまった。シーツまで飛ばなかったのが不幸中の幸いか。看護師さんに迷惑は掛けられんからねッ!
「だって、みやの告白は断り続けてるってのは、何か理由があるからなんでしょ? そんで、私が見た感じ、コガネと橘田沼さんって仲良さそうだし、そうなのかなーって」
「べ、別に嫌っちゃいないが、す、すすす、好きってわけじゃ……」
ヤベェ、俺めっちゃ動揺してる。気持ち悪いくらいドモってる。持ってるコーラが津波の様に波打ってる。
まやの視線もなんだか冷たい感じになってきてやがる。くそぅ、なにこの居た堪れない感じ。
「コガネが橘田沼さんが好き、って可能性があるなら……」
「だから、別に好きってわけじゃ……」
「みやじゃなくても良いなら、私でも良いの?」
「はぁ!?」
いきなり何を言い出しちゃってるのこの娘!?
やめて! これ以上、俺を混乱させないでッ! 身体が回復する前に頭がいかれるわ!
「ププっ、コガネ、混乱してる」
「笑うなぁ! こっちは真剣なんだぞぉ!」
「こっちは冗談だよぅ、真に受けちゃって、バッカでぇ!」
冗談……だと……!?
コイツ、男の純情を弄びおって……許せんッ!!
「この野郎! おれの右拳がまともに動けば、貴様に裁きの鉄槌を以って断罪してくれるのにッ! 動かない右腕が恨めしいッ!」
「ふふふ、左手一本のコガネなんか、物の数ではないわ! 者共、今こそ攻め時である! ラッパを鳴らせぇ! 行進曲を高らかにぃ!!」
「病室ではお静かに!」
空気を読まない俺ら二人に、看護師さんの注意が飛んでくる。
くそぅ、まやの所為で怒られてしまった……。
まやの方は反省して小さくなるどころか、看護師さんに手を振ってやがるし。コイツ、最初の借りてきた猫みたいな雰囲気はどこ行ったの?
「……ってか、お前、そんな冗談を言うために来たのか?」
「うん、あとお見舞い」
「お見舞いの方をついでっぽく言うなよ。そして、用が済んだなら帰れ」
「えー、折角来たんだからお茶くらい出せよぅ」
「その辺の自販機で買って来い。金は出さんがなッ!」
「ケチぃ……。コガネはその辺変わらんのかね?」
「これはもう、俺のアイデンティティだよ」
魔法やら魑魅魍魎やら、アレだけ濃い経験をしたにも拘らず、俺の人生観はあまり変わっていなかった。俺自身、もう少し変化が起きても良いのではないかと思うぐらいだったが、ここばかりは俺の頑固さに驚くしかない。
変化と言えば……
「そうそう用事と言えば、忘れるところだった。はいこれ、初級グリモワ『はじめてのまほう』だよ」
「ん? おぅ、サンキュ」
まやから手渡されたのは、まるで児童書のような本だったが、これが魔法の入門書である。いっそ悪ふざけが過ぎる装丁ではあるが、まぁ世を忍ぶ仮の姿なのだろう、と思って自分を落ち着けることにする。
あの事件で起きた変化と言えば、俺も魔法の勉強をしようと思った事だ。
偶然ではあるが大量の魔力を手に入れてしまい、魔法使いとしての器は出来上がってしまったし、実際に魔法を使うと言う経験まで積んだ。更にみやとまや、そして橘田沼さんも近くにいて、ついこないだまで知らなかった事だが、我が父親が魔法使いだった事もあり、魔法を勉強するには良い環境だと思ったのだ。
魔法は危険なものだと教えられた。ならばそれを使う時に間違いが発生しないよう、俺は俺の責任として、魔法の知識をつけておこうと思ったのだ。
魑魅魍魎に放ったあの魔法を使えば、人一人くらいは軽く消し飛ばせる。そういう用途で使うつもりはサラサラ無いが、それでも魔法の勉強をしておいて損はあるまい。
入院中は暇だし、これぐらいの読書なら右手が使えなくても出来るだろう。
「そしてそして、ジャジャーン、まやちゃん特選、エロ本~」
「持って帰れ、アホ娘」
扇情的な女性の写真がバッチリ表紙に載せられた雑誌を、疾風の如くに叩き落した。
あの日から、俺の周りの世界は穏やかに経過している。
これが寸暇だという事も理解している。
退院した後は親父に師事をして魔法の訓練に励みつつ、普通の学業も疎かにしないようにせねばならん。色々とやることは山積しているのだ。
だとすれば、今この時間をゆっくり過ごしても、何のバチも当たらんだろう。
「……おや」
その時、まやが病室のドアの方を見た。
「どうした?」
「クフフ、私よりもうるさい人たちがやってきましたよ」
下衆い笑みを浮かべながら、まやはそそくさと移動し始めた。具体的に言うなら俺のベッドから離れ、部屋の隅っこへと椅子ごとずれたのである。
何が起きるのか、と固唾を呑んでドアを見やる。
すると、廊下の方からもれ聞こえる声が二つ。
「どうして貴女がいるのかしら? 今日は調停者のところに行くはずだったのでは?」
「もう出頭は済ませました! ついでに、この後の予定に含まれていた聴取もまとめて済ませましたので、ご心配なく!」
「……姑息な手段をッ! そこまでして私の邪魔をしたいの!?」
「み、みやさんこそ、学校はどうしたんですか! 学生ならしっかり学業に勤しまないと、本分を忘れるなんて言語道断です!」
「今日は午前授業だったの」
「あー! 私が学校の事良くわからないと思って嘘ついてるでしょ!?」
「嘘じゃないわ、人聞きの悪い」
「じゃあ、どんな理由で午前授業だったんですか? 何か行事でもあったんですか?」
「ええと……担任の結婚式」
「そんな個人的な事情で午前授業になるわけ無いじゃないですか! 嘘にしても、もっとまともな嘘ついてくださいよ!」
「うるさいわね! そんな細かい事ばかり気にしていると、老けるわよ!」
「ふ、老け……ッ! まだ十代だからってそんな発言はどうかと思いますけどッ!」
……ああ、確かにうるさい二人が来た。
ズカズカと足音も豪快に、言い争う声も高らかに。
その二人は、同時に病室のドアを開け、俺の目の前に現れる。
橘田沼りこさんと、本田みや。
「黄金くん!」「三田くん!」
「は、はい?」
「みやさんってば酷いんですよ! 私が何も知らないからって、平気で嘘つくんです!」
「橘田沼さんみたいな汚い大人ってどう思う? 私は最低だと思うわ」
「私のどこが汚いんですか!? みやさんなんて嘘つきじゃないですか!」
「嘘をついている証拠なんかないでしょう? 言いがかりはやめてもらえませんかぁ?」
「もう! もう! ね、酷いでしょ!? 何とかしてよ、黄金くん!」
「三田くん、そんな人の言う事なんか聞かなくていいわよ。何せ純真潔白の私を嘘つき呼ばわりするんだもの。正気を疑ってしまうわ」
「みやさんの意地悪! 根性曲がり!」
「なんとでも言いなさい、貴女に何を言われようとどこ吹く風よ」
「病室ではお静かにッ!!」
また看護師さんに怒られてしまった。でも、今回、俺は悪くないよね?
「やーい、みやさん怒られてやんの」
「貴女の所為でしょ? 私はともかく三田くんに迷惑かけるのやめてくれる?」
「あー! なんか、黄金くんを我が物扱いしてる!」
もうやめて! また看護師さんがスゲェ怖い顔でこっち見てるから!
そんな俺の心の叫びを察してくれるはずもなく、みやと橘田沼さんはギャーギャーと喚き立てる。
もうすぐまた看護師さんの雷が落ちるんだろうな。それに、同室のご同輩の視線が生暖かい……。あぁ、なんだかスゲェ居た堪れない……。
現実逃避をするように窓の外を見ながら、俺は今後の人生について、ふと思う。
大変ではあろうが、退屈はしないだろうな、と。




