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3-3

 玄関で靴を確認する。

 親父の靴がある。

「ただいま」

 リビングに向けて声を掛けると、

「おかえりぃ」

 けだるそうな声が返ってきた。

 俺は早足でリビングへ向かった。

 そこには食卓で酒盛りしている親父の姿があった。

「親父、聞きたい事がある」

「むーん、ちょっと待てないか? 三回表にして良い場面なんだ」

 テレビではプロ野球が放送されている。

 攻撃側好打順で走者二塁、逆転のチャンス。対するピッチャーはここまで好成績を残しているエース。確かに攻撃側のチームが好きな親父にとっては手に汗握る、良い場面ではある。

 だが、橘田沼さんが出て行くまでには期限がある。ゆっくりしている暇は少ない。

「急いでるんだが?」

「まぁまぁ、急いては事を仕損じるぜ、黄金」

 くい、とビールを煽るその姿は単なる中年親父だ。こんなヤツがホントに高位の魔法使い? 信じがたい。

「親父! 頼むから聞いてくれ!」

「……はぁ、何を慌ててるか知らんが、まずはそこへ座れ」

 椅子を勧められ、俺は逡巡したものの、そこへ腰を落ち着ける。

 同席を許したという事は、話をする気はあるということだ。

「んで、聞きたい事ってなんだ?」

 枝豆を食べながら、親父は話を聞いてくれる体勢になった。

 色々聞きたい事はある。だが、今は一番重要な点だけで我慢しよう。

 他はまた今度、聞く機会もあるだろう。

「橘田沼さんが危ない。解決法が知りたい」

 普通ならクエスチョンマークを浮かべてもおかしくない質問文。

 何がどう危ないのか、何の解決法なのか、普通は理解できないだろう。

 しかし、親父はため息を一つついた後、

「解決法はないわけじゃない」

 と答えた。

 マジで、親父は魔法使いなのか……いや、それよりも、解決法がある!?

「ほ、ホントか!?」

「ああ、だが外法混じりのものから、必要機材がレアなものばかりって方法まで、難易度は総じて高めのモノばかりだ。一朝一夕じゃまず無理だな」

「そ、そんな! 時間がないんだ! 夜明けには橘田沼さんは追い出されちまう!」

「ほう……じゃあ外法に頼るか? 魔力を誰かに押し付ければ、それで解決だ」

「で、でもそれは相性が必要なんだろ? 相性が合わなかったら、受け取った方は最悪、死んでしまうって聞いたぞ?」

「……時間がないんだろ?」

「でも……それは違う、間違ってる」

 橘田沼さんもそんな方法は嫌だといっていた。だったら別の策を取るべきだ。

「落ち着けよ、黄金。何の準備もなしに逆転ホームランなんて、そうはないんだ」

 テレビを見ると、カウントがツーストライクまで追い詰められていた。

「時間を掛けないと解決できない案件なんて幾つでもある。今回の件だってそうだ。お前は都合良く全て丸く収まるような方法がないかと思ってるんだろうが、そんなものはない。パッと思いつきで解決できるなら、橘田沼さんは今まで苦労したりしないだろ」

 それは確かに正論だ。

 だが、それでも俺は諦めたくない。お利口に正座して、上から言われる事に素直に頷けるほど、反抗期を通り過ぎたわけでもない。

 しかし、反論の言葉も見つからず、俺は押し黙ってしまう。

「なんなら、お前が橘田沼さんの魔力を受け取ってみたらどうだ?」

「俺が? 出来るのか?」

「魔力の受け取り手が魔法使いである必要はない。だがさっきも言ったように、相性の問題で、お前は最悪死ぬけどな」

「じゃあ意味がない!」

「父さんが聞いてるのはお前の覚悟だ」

 ファールの打球がレフトスタンドへと飛ぶ。

 親父は俺の目を真っ直ぐ見ていた。

「お前は死ぬかもしれない橋を渡れるか? 橘田沼さんのために、命がはれるか?」

 橘田沼さんのために、命を懸ける……?

 そんなの……

「無理に決まってるだろ」

 俺の結論はノーだった。

「それはお前の命が惜しいからか?」

「違う。それもないわけじゃないけど、もしそうしたら橘田沼さんに俺の命を背負わせる事になるし、親父だって悲しむだろ。それに、橘田沼さんはそんなの望んじゃいない」

「ふむ……」

 俺の答えを受け、親父は思案するように唸る。

 そのまましばらく黙った後、手近にあった親父のカバンから何かを取り出した。

 テーブルに置かれたそれは、ゴブレットだった。

「親父……これは?」

「通称、満たされぬ器。橘田沼さんの体質の呼び名『涸れない杯』と対になる魔道具だ。……って言ってもわからんだろうな」

 混乱している俺の顔を見て、親父はガハハと笑った。

 そりゃいきなり意味不明な事を言われたら混乱するだろ。

 なんだ、満たされぬ器って。

「黄金、父さんはな、正直お前には魔法使いの世界に突っ込んできて欲しくない」

「どうして?」

「なんだかんだ言って、結局危ないんだよ、魔法使いは。魔力のやり取りだけで生きる死ぬの問題だろ? 父さんが関わった色んな事件でも、人がたくさん死んだり、傷ついたりしてる。お前にはそんな世界じゃなくて、普通の平和な世界を歩んで欲しかった」

 親心としては当然の心情、と言うのは俺にもわかる。

 今まで仕事ばかりで帰りも遅く、家庭を顧みない、と言う印象だった親父が、俺の事をそこまで思ってくれてる、と言うのは多少意外だったが。

「でも、お前が橘田沼さんを助けたいと本気で思うなら、これを持っていけ」

「これが役に立つのか?」

「ぶっちゃけ言えば、父さんが今回、名園にやって来たのは橘田沼さんの件でなんだ」

 親父がビールを煽ったところで、バッターが良い音を立てて球を打ち返し、センタースタンドまで運んでいた。逆転ホームランである。

「前々から橘田沼さんの話は、魔法使いの間で有名だったんだよ。彼女の体質は悪い物だ。彼女自身にとっても、周りにとってもな。だからどうにか解決できないか、と、調停者から色んな魔法使いに打診されてたんだよ」

「それが親父のところにも来ていた、と?」

「ああ、そんで、海外にいる有力な魔法使いの蔵から取り寄せたのが、この満たされぬ器ってわけだ。手に入れるのも大分時間がかかったし、骨が折れた。……いいか、黄金。お前がこれを受け取れば、もう後戻りは出来ないぞ?」

 脅しでもなんでもない、覚悟を問う言葉。

 俺はその言葉をしっかり噛み締め、それでもゴブレットを手に取る。

「んなもん、百も承知だ。こちとら片っぽ足突っ込んでるんだ。いまさら退けねぇよ」

「はぁ……誰に似たかな、そういうところ」

 親父は頭をぼりぼり掻いた後、俺に向けて手をかざす。

「汝、洋々たる海原たれ。晴天の蒼穹たれ。象徴たる杯を以って、満たされぬ器たれ」

 なにやらそれっぽい呪文が終わった後、俺の持っていたゴブレットが輝き、その光に飲まれるように輪郭をなくし、そして俺の中へと入り込んだ。

「な、なっ!?」

「落ち着け。別に毒じゃないさ。……にしても我が息子ながらなんて適合性……。他のヤツじゃちょっとこうは行かんぞ」

 ゴブレットが完全に俺の中に入ると、光が収まった。

 いつもの我が家の風景が戻ってくる。

「これで、お前は満たされぬ器となった」

「な、なんなんだよ、その満たされぬ器って?」

「どんなにどんなに酒を注いでも、決して満杯にならない器って事だ。つまり、酒豪って事だな」

「日本の法律的に、俺はまだ酒を飲めないんだが? って言うか、この状況でそれがどんな意味を成すんだよ!?」

「酒ってのは比喩だよ。実際、ザルでもあるんだろうけどな。今のお前はどんなものでも受け付ける、受け入れる、その上で満たされないって事だ」

「……それってつまり、橘田沼さんの魔力も受け入れられるし、しかも俺のキャパシティが満杯になる事もない、って事か!?」

 すごい、それじゃあこれで解決じゃないか?

 マジで逆転ホームランが決まってしまった。……いや、だがこれも親父の苦労あってこそ、と言うのを覚えておかねばな。

「これで橘田沼さんは助かるんだな?」

「……とは限らんなぁ」

「はぁ?」

「世の中絶対って事ぁないよ、少年。そもそも、父さんが持ってきた満たされぬ器だって、持ってきただけじゃ今回の件を解決したとも限らん」

 枝豆を食べつつ、親父はいつも通りの口調で話す。

「元々、その満たされぬ器は橘田沼さん自身に埋め込むつもりだったんだ。そうすれば橘田沼さん自身のキャパシティが無限に広がり、色々手間が省ける」

「じゃあなんで俺に渡したんだよ!?」

「強い魔具はそれだけ拒否反応もあるもんなんだ。もしかしたら、お前も魔具の侵入を拒否して強い反応が起き、最悪死んでたかもな」

 あっさりと衝撃的な事を言われ、俺は言葉をなくしてしまった。

 そ、そんな危ない橋、実の息子に渡すか、普通!?

「満たされぬ器を橘田沼さんに渡して、その結果、拒否反応が出て彼女が死んじまったら、それじゃあ意味が無い。彼女を殺していいなら、彼女を殺せっていう命令が出てるはずだからな。その点、お前の場合は拒否反応を出さない可能性は高いと踏んでいたよ」

「何を根拠に? 俺は魔法の事をつい最近まで知らなかった一般人だぞ?」

「お前に埋め込んでる魔法の事は知ってるか?」

 無言で頷く。

 確かみやが言っていた『結界渡り』と言うヤツだろう。どんな結界でも無条件で渡れてしまう、強力な術式だとか何とか。

「お前に埋め込まれた『結界渡り』は別に、結界を渡ることだけに特化した魔法じゃないんだ。難しい事を言うと、魔力抵抗を極端に低くする事が重要なんだな」

「低く? 高くしないと、逆に危ないんじゃないか?」

「いやいや、抵抗が強いと、強力な魔法に対して真っ向からぶつかる事になるからな。抵抗を低くして魔法に感知されないようにしてるんだな。お前だって、虫くらい大きいモノが口に入ってくると気になるけど、微生物だった気にならんだろ?」

 ……ああ、正直何を言ってるかわからん。

 とりあえず、結界渡りが功を奏して満たされぬ器を受け入れる事が出来た、と。それだけわかれば十分だ。

「まぁ、ここまで上手く行っても、これからどうなるかわからんがな。例えばもし何か間違いが起きて、満たされぬ器のキャパシティを涸れない杯の魔力生成量が上回れば、お前も橘田沼さんも共倒れだ。そうでなくとも、何か予想外の出来事が起きないとも限らん」

「親父は心配性か?」

「人の命が……とりわけ息子の命がかかってるんだ。慎重にもなるさ」

 息子たる俺としてはなかなか感動するセリフだが、さっき俺の命を蔑ろにするようなセリフを聞かされたばかりだからなぁ……。

「とにかく、最後の最後まで気を抜くな。父さんがしてやれるのはここまでだ」

「ありがとよ、親父!」

 俺は勇んで家の外へ出た。


 急いで隣の部屋へ向かい、ドアを叩く。

「橘田沼さん! 橘田沼さん!」

『あ、どうぞ~』

 慌てた俺とは対照的に、帰ってきた声はとても穏やかだった。

 どうぞ、って事は開けて良いのか? 良いんだろうな? 開けるよ?

「お、おじゃまします」

 恐る恐るドアを開け、部屋の中へ入る。

 部屋の中はとても簡素だった。

 家具がほとんど無く、ダンボールも無い。引越ししたての部屋と言うよりは、未だに空き部屋といったたたずまいだ。

 そんな部屋の一番奥、窓枠に腰掛けて月明かりを浴びていた橘田沼さん。

 珍しく髪を櫛でとかしていた。

 真っ直ぐに整ったロングヘアが月光を反射して銀冠を作り出している。

 綺麗だ、と素直に思った。

 これで着ている服がジャージでなければなお良かったんだが……。

「髪を梳くなんてどういう心境の変化ですか、橘田沼さん?」

「うん……なんかちょっと気合入れようって思って」

 そう言って橘田沼さんはニコリと笑った。

 ……おっと、見惚れてる場合じゃない。

「橘田沼さん、俺に貴女の魔力を預けてください」

「え?」

 俺の言葉に、橘田沼さんは驚いた声を上げた。

「さっきも言ったけど、私は……」

「魔力の譲渡は危ないって言うんでしょう? でも、大丈夫です。俺を信じてください。実はですね――」

 これから満たされぬ器云々って話をし始めよう、としたところだ。

「うん、わかった」

 橘田沼さんは笑顔で頷いていた。

「え? いや、今からどうして俺がそんな事を言い出したかの説明をですね……」

「ううん、いいよ。私は黄金くんを信じるって決めたから。そうじゃないと今頃荷支度してるしね。だから大丈夫」

「なんか、それほど全幅の信頼を寄せられると、逆にプレッシャーをバシバシ感じてしまいますが」

「何言ってんの! 男の子なんだから、バーンと構えてよ! ちゃんと飛び込んでいくから!」

 不意に、橘田沼さんが駆け寄ってきて、俺の手を取った。

 暖かい手に包まれ、俺の頬まで熱くなる。

「大丈夫なんだよね?」

「お、おう。俺を信じてくれ」

「うん、じゃあ……行くよ」

 スッと閉じられる瞳。

 これだけ近い場所で目を閉じられると、なんだかすごくドキドキしてしまうんだが、やはり今はそれどころではない。

 何をしていいかわからんが、今は集中せねば。

 動悸を抑えながら、俺もなんとなく目を閉じる。

 すると瞼の裏にイメージが浮かぶ。親父が酒を喩えに出したのがよくわかった。

 橘田沼さんの杯から注がれるのは恐らく魔力。それは、ワインの様だった。

 零れ落ちるその魔力を受け取る俺の側は、橘田沼さんの、それこそワイングラスのような杯にくられべれば、樽のように大きい。だが、それは間違いなく、先ほど俺の中に入ってきたあのゴブレットの形をしている。

 橘田沼さんの杯に比べれば何倍も、何十倍もでかいそれで受け取るのは、とうとうと流れてくる魔力。小さな杯のどこにそれほどの魔力を溜めていたのか、次々と溢れてくるそれは途切れる事を知らないようだった。

 一方、ゴブレットの底に飲み干した後の様に溜まっていたのが、俺の元々持っていた魔力なんだろう。それに比べれば橘田沼さんの魔力は桁外れている。これが魔法使いの魔力と言うものか。

 その魔力がついにゴブレットへ触れる。

 俺の残りカスの様な魔力をあっという間に飲み込み、橘田沼さんの魔力がゴブレットの底を埋める。

「……うっ」

 無意識の内に声が漏れた。

 なんと言えば良いのか、身体の中に異物が入り込む違和感。

 まるで身体の内側に俺ではない何かが植えつけられた様な、俺が俺でなくなるような、しかしどこか安心する、誰かに寄り添ってもらっているような、そんな不思議な感覚。

 これが橘田沼さん。

 暖かい魔力を受け取り、彼女の人柄を再認識する。

 いつも朗らかで、太陽のような人。

「黄金くん、辛い?」

「いいえ、むしろ心地良いです。これが橘田沼さんを受け入れると言う事……」

「な、なんか恥ずかしいな」

「そう言われると俺も恥ずかしいです」

 妙な気恥ずかしさもある。

 まるで自分の心境を全て晒しているような、そんな気持ちだ。

 きっと誰かに告白すると、こんな心持になるのだろうな、なんて考えてしまう。

 ああああ、色々考えてたらすっげぇ恥ずかしい気がしてきた!

「すごいね、黄金くん……私の魔力をほとんど受け入れられてる……私達、相性良いのかな?」

「あ、それには色々とありまして……」

「むっ、ダーメ、今はそんなの聞きたくない」

 コツンとデコに何かぶつかった。

 チラリと盗み見ると、橘田沼さんの顔がすぐそこにある。

 え!? これ……え!? 何が起きてるの!?

 冷静になってよく見ると、俺のデコに橘田沼さんのデコがくっついてる。

「こういう時は、そういう無粋な事は言わないの」

「は、はい、すみません……」

「ふふふ、謝る事じゃないけど……許す!」

 こっちとしては橘田沼さんの吐息が顔面にかかって、思考どころの話ではないのだが、きっとこの人、そんな事考えてないんだろうなぁ……。

 まぁいい。とりあえず、魔力の受け取りは難なく完了できたようだ。

 下手をすると死ぬ、なんて脅されはしたが、終わってみればなんて事はなかった。

「ふぅ……これぐらい渡せれば、しばらくは大丈夫かな」

 そう言って橘田沼さんは俺の手を離した。

 目を開けると、目の前には橘田沼さんがいる。

 心なしか頬が紅いような気がする。

「な、なんだか照れくさいね」

「さっきも同じような事言いましたね」

「うん、なんか、改めて……」

 頭を掻きながら小さく笑う橘田沼さん。

 確かに俺も恥ずかしいような気はするが、なんなんだろうなこれ。

 一段飛ばしで大人の階段上っちゃった感じだ。

「でも黄金くん、本当に大丈夫? どこか具合悪くない?」

「ええ、ちょっとした充実感はありますが、それ以外はなんともありませんよ」

「ふぅん……こんなに簡単なら、最初に黄金くんに相談すればよかったね」

「いや、それはどうかと……」

 満たされぬ器が無ければ、俺もこの魔力を受け取れたかわからん。

 話を聞く限りでは他人の魔力は猛毒たり得る。ちょっと受け取っただけで死んでしまう可能性は物凄く高いのだろう。

 そう考えると、上手く行って良かった。

 と、その時、俺の携帯電話が鳴る。

 ディスプレイを確認すると、発信元はみや。

「おぅ、どうした、みや?」

『……近くに橘田沼さんはいる?』

「あ、ああ、いるけど」

『代わってもらえるかしら?』

 少し動揺したような声。いつも気丈なみやの声が揺れると、こちらまで少し不安になってしまう。

 一応、言われたとおり、橘田沼さんに電話を渡した。

「はい、お電話代わりました」

 ……えっと、これ、俺は聞いてても良いのか?

 みやが『伝えてもらえるかしら』ではなく、『代わってもらえるかしら』と言ったのは多分、橘田沼さんに直接伝えたいからだろうし、俺が聞き耳を立ててるとヤバい事柄なのかもしれないし……うーん。

「あ、はい、はい……え?」

 あ、考えるまでもなかったわ、全然みやの声とか聞こえないわ。

「はい……でも、それって……ヤバくないですか?」

 その言葉に背筋がヒヤッとする。

 なに? ヤバいの? ヤバいって何がヤバいの? どうヤバいの?

「はい、とりあえず私もそちらへ向かいます。……え? 黄金くんですか?」

「俺が何か?」

「連れて行きますよ、もちろん」

 何故か勝手に連れて行かれることになってしまった。

「では、失礼します」

 橘田沼さんは丁寧にお辞儀をしながら通話を終えた。

 そして、俺の携帯電話を返しながら、冷や汗ダラダラで微笑む。

「黄金くん、ヤバいです」

「それは聞きましたよ。何がどうヤバいか、聞かせてもらえますか?」

「私の魔力を吸った魑魅魍魎が、暴走始めちゃった」

 そりゃ……やべぇな!


 みやに呼び出されたのはさっきの公園。

 みやはその辺をキョロキョロしながら、落ち着かない様子だった。

「みや!」

「あ、三田くん!」

 俺の姿を見つけるなり、こちらに駆け寄ってくる。

 みやの視線が安定しない。どこか落ち着き無く辺りを窺っているようだ。

「大体の話は橘田沼さんから聞いた。魑魅魍魎はどこにいるんだ?」

「山の方へ行ったわ。今はまやが追ってる」

「まや一人でか!?」

「私がついて行っても、あの娘の移動スピードについていけないもの。あの娘は身体能力強化の魔法とか得意だからね」

「アイツ一人で大丈夫なのかよ?」

「まやも馬鹿じゃないもの。一人で危ないところまで突っ走ったりしないわ」

 ふむ、この信頼は双子の姉妹故、と言ったところか。

 ここはまやを信じるしかあるまい。

「みやさん、聞いてもいいですか? 私の魔力を吸った魑魅魍魎は、まやさん? って人が分解したはずじゃなかったんですか?」

「そう思っていたんだけど、どうやら分解して飛び散った先で、周りの魑魅魍魎と合体して新たにレギオンを作ったみたいね。結界内で他の魑魅魍魎を食べて成長して、その後、私たちが開けた穴から結界の外に出たみたい」

「……おい、ちょっと待て。今の言い方からすると、その魑魅魍魎のレギオンとやらは複数体いるような気がするんだが」

「察しがいいわね、半分当たり。厄介なのはその後よ」

 ため息をついて、みやは頭をおさえた。

「分裂した魑魅魍魎レギオンは結界の外に出た後、また一つに戻っちゃったのよ。今は物凄くでかい個体が一個出来上がってるわ。その内包魔力も半端じゃない。魔力の小さい個体が複数体なら時間を掛ければ解決できるけど、強力な一体となると骨が折れる」

「じゃあ誰か援軍を呼んだ方が良いんじゃないか?」

「それを待ってる時間が惜しいし、出来れば内々に済ませたいわね。この件はそもそも魑魅魍魎を持っていた橘田沼さんと、不用意に結界に穴を開けた私たちに責任があるわ。調停者なんかにバレたら大目玉どころの話じゃない」

 なるほど、コイツの落ち着きがないのはその所為か。

 優等生のみやにしては珍しいミス。コイツにとっても汚点は残したくあるまい。

 それに、橘田沼さんにも迷惑がかかるとなれば、それは回避すべきだ。この人の場合は仕方なく魑魅魍魎を持っていたのだ。それが原因で罰を食らうなんて、なんだか違う気がする。

「とにかく、そのでかい魑魅魍魎レギオンとやらを倒せばいいんだな?」

「分解は出来ないんですか?」

「出来なくはないけれど、それでは同じ事になる。分裂した先でまた魑魅魍魎を食らい、大きくなって戻ってくるだけよ。こうなったら元を叩くしかない」

 神妙な顔つきで、みやは橘田沼さんを見た。

「これからもう一度、レギオンを結界の中に収めるわ。その中で強力な攻撃魔法をヤツにぶち込んで、存在ごと消滅させる。そうすればこの件は解決よ」

「そ、そんな事言っても、私は強力な魔法なんて使えませんよ!?」

「そこは私が受け持つわ。橘田沼さんには……私に魔力を供給して欲しいの」

 橘田沼さんの肩が跳ねる。

 他人の魔力は劇毒。みやはそれを受け入れると言っているのだ。

「みやさん……それ……」

「もしかしたら死んでしまうほどの危ない橋ってのはわかってるわ。でも、周りに被害を出さずに事を収めるとなるとそれぐらいしか思いつかないの」

「いえ、それは無理です」

「……ど、どうして?」

「なにせ、橘田沼さんの魔力は、俺がほとんどいただいたからな」

 みやの申し出は、まず無理な相談だった。

 今のところ橘田沼さんの魔力の大半は俺の方に流れてきているのだ。橘田沼さんにはみやに供給するほどの魔力が残っていないのである。

「アンタたち……なんてタイミングの悪い……」

「急かしたのはお前だろうが! で、どうするんだよ? 俺の中に無駄に貯蓄されてる魔力は確かにある。んでも、俺はそれを行使する魔法も使えないし、渡す手段も知らないし、何よりお前が死ぬかもしれないってんなら、絶対に渡さないぞ」

「……そうね、結界渡りのある貴方なら……」

 思案顔で呟いた後、みやはニッコリと笑う。

 そして、手招き。

「嫌な予感しかしないんだが」

「私が信用できないの?」

「今の挙動のどこに信用を抱けと?」

「あーもう、グダグダとうるさいわね。いいからこっち来なさい!」

 不意打ちを食らった俺はみやの手を払いのける事も出来ず、そのまま胸倉を掴まれて引き寄せられる。

 更に不意打ちは続くもので、そのまま顔が近付き、唇が触れる。

 突然の事で何がなんだかよくわからなかったが、これが俺の初チューとなる。

「なっ、なっ、なあああ!!」

 横で橘田沼さんが大声を上げていた。

 声を上げたいのは俺の方だが、口を塞がれているので声を上げることもできない。って言うかそれ以上に混乱してよく頭が動かないのだ。

 頭の中が真っ白になって、なんか考えもまとまらないし、目の前が真っ白に……


『って、うぉい!?』

 気がついたら、俺は自分自身を俯瞰していた。まるで幽体離脱をしているようで、俺の身体は宙に浮き、俺自身の後部上方四十五度辺りから背中を見ている。

 まるでTPSゲームの視点みたいになってるぞ、これ!

『な、なんだこりゃ!?』

「落ち着きなさい、三田くん」

 俺が狼狽していると、目の前に立っている俺(?)が喋る。なんだ、コイツ、口調がおかしいぞ?

『お前、誰なんだよ!?』

「身体は三田黄金、中身は本田みや」

『み、みや!? え!? なんで!? どうして!?』

「私を誰だと思ってるのよ? 本田家の長女で有力な魔法使いよ? 限定憑依って魔法を使ったの。流石は結界渡りが効いてるだけあって、魔法抵抗が少ない……まさか支配権を全て奪えるなんてね」

『限定憑依……ってなんじゃそりゃ?』

「一時的に貴方の身体を乗っ取り、私の好き放題に動かす事ができるわ。ただし、その間、私自身の身体は――」

「こ、黄金くん! 何独り言を喋ってるの! どうにかしてよ、これ!」

 傍らでは気を失っているらしいみやを、橘田沼さんが抱えていた。

 どうやら橘田沼さんには俺の声は聞こえていないらしい。って言うか、それ以前に状況が正しく把握できていないようだ。

「みやさんってば急に黄金くんにキスすると思ったら倒れちゃうし、もぅ! どうしたらいいんですか!?」

「大丈夫よ、橘田沼さん。その身体を三田くんからあまり離さないようにしてもらえれば、私もすぐに戻る事ができるから」

「こ、黄金くん、ふざけないで! オネェ口調が気持ち悪いよ!」

「ふざけてなんていないんだけど……あーあー、うん。心配要りませんよ、橘田沼さん、とにかく、まやがもうすぐ連絡をくれますから、みやの身体はしっかり守っていてください」

 うわ、コイツ、モノマネとか出来るのか! ってか、クオリティ高っ!

 いや、まぁ俺の身体で喋ってるんだから再現率云々の問題じゃないんだろうけど。

『そんな事より、みや! なんで俺の身体を奪ったりしたんだよ!? ちゃんと戻れるんだろうな!?』

「もちろん、戻る事は可能よ……いや、可能だ。この件が片付いたらちゃんと元通りにするから心配すんな」

『ちゃんと無事に片付くんだろうな?』

「ああ、驚くほど魔力が満ちてる……これなら私も撃った事がない強力な魔法だって使い放題だわ……」

 あ、やばい、コイツなんか危ない微笑を浮かべてる。

 止めた方が良いんじゃなかろうか? だが、お約束どおり、俺は物理的に干渉出来ないみたいだし、ここは橘田沼さんに助けを……っ!

『き、橘田沼さん! 橘田沼さん、おーい!!』

「無駄よ。橘田沼さんには今のところ、私……いえ、俺が独り言を喋ってるようにしか見えてない。きっとこの後、危ない人間扱いされるでしょう。ふふ、見物だ」

『このやろ……』

 最悪だ……まさか初チューをあんな形で奪われた上に、橘田沼さんに変人扱いまでされる未来が約束されていようとは……。

「まぁ、とにかく。魔法が切れる前に、早速行動しよう。橘田沼さん、みやから携帯電話を取ってください」

「え? え? どこにあるの?」

「ポケットの中にあります。……そう、それです」

 橘田沼さんが差し出した電話を、みやが受け取る。

 そして手早くコールし、まやを呼び出しているようだった。

「ああ、まやか」

『あ、コガネ? どしたの、ってか、なんでみやの電話から?』

「色々あってな。それより、魑魅魍魎はどうなってる?」

『……いつの間にか情報が筒抜けになってんのね。まぁいいけど。魑魅魍魎の方は捕獲が終わったトコ。でもあんまり長くは持たないかも。相手の魔力が強すぎて、すぐにも結界が破られそうだよ』

「どれくらい持つ?」

『うーん、贔屓目に見ても二十分ってところかな』

「よしよし、首尾は上々……。じゃあそっちに行くから、場所を教えて」

『ん? うん……えっとね、公園のすぐ近くだよ。こっちから結界の扉をそっちに開くから、すぐに入ってきて』

 言葉の後すぐ、俺たちのすぐ近くに結界の扉が開いた。

 まやもやっぱり魔法使いなんだな……あんなインテリ低そうなのに……。


 結界の中に入ると、その瞬間から驚きの光景だった。

 天を衝くほどに高く高く成長した灰色のゲル状物質、魑魅魍魎。それは俺が見たモノよりも遥かにでかかった。

 形状もどこか人に近い気がするし、いっそ怪獣映画を足元から見ているような感覚。

 あんなでかいヤツ、どうやって倒すんだ、これ?

「さて、では橘田沼さん、みやの身体を安全な場所に隠してください」

「え? うん……」

「大事に扱ってくださいよ? そいつは俺の大事な人なんですから」

「えっ!?」

『おぉい! ドサクサ紛れになに言ってやがるんだ、お前!?』

「これぐらいは茶目っ気よ。さて、ではミッションスタートと行きましょう」

 そう言うと、みやの足元に、光り輝く魔法陣が浮かぶ。

 円の中に円が重なり、全ての円に文字や絵柄がびっしりと書き込まれている。

「黄金くん……いつの間に六重魔法陣なんて代物を……」

 橘田沼さんが驚いてるぞ。これってすごい事なのか?

「まや、聞こえてる?」

『え? うん』

 まだ通話中だった携帯電話を耳にかざし、みやはまやに呼びかける。

「魑魅魍魎のコアの位置を教えて。出来るだけ正確に」

『そ、それはいいんだけど……コガネ、キャラ変わってない?』

「そんな事はいいから、早く!」

『は、はいはい……えっと、今、目印をつけるよ』

 まやの声の後、魑魅魍魎のおよそ中心に紅い球が浮く。

 あれが、目印……? どういう原理であんなものを表示できたのか、全くわからん。

「ご丁寧に中心……狙いやすいわねッ!!」

 オネェ口調のみやはフラリと手をかざし、魑魅魍魎の中央に浮いた紅い球めがけて、よくわからないビームを発射する。

 その衝撃たるや、地面の砂をもうもうと巻き上げ、空を切り裂き、俺の身体を思い切り吹き飛ばすくらいのモノだった。

 きっと何の心構えもなしにロケットランチャーでもぶっ放したらあんな風になるんだろうな、と言う感想。ホントにロケランなんて撃った事ないので、想像だが。

 放たれたビームは紅い球に向かって一直線にすっ飛ぶ。

 そして、魑魅魍魎のゲル状部分を切り裂き、粉砕し、焼き尽くしていく。

 直後、大爆発。

 ゲル状の部分が辺りに飛び散り、霞んで見えなくなる。

 恐らく、飛び散った部分はあまり魔力含有量が多くはなかったのだろう。普通の木っ端の霊魂や妖怪になって、見えなくなった……のだと思う。

『やったのか?』

「……いや、浅い」

 みやは悔しそうに歯噛みした。

 飛び散る木っ端魍魎共が晴れると、そこには紅い球が無事に浮いている。

「六重魔法陣によるブーストをかけた攻撃魔法でも届かないなんて……」

『あの紅い球……コアって言うのか? アレをどうにかすれば、デカブツ魑魅魍魎は消えるのか?』

「あの紅い球が魔力を溜めている中枢なの。アレさえ壊せば、魔力の元々の持ち主である、橘田沼さんに還元できるはずよ」

『お、おい! そうなったら、橘田沼さんがまた危ないんじゃないのか!?』

「その時は、貴方がどうにかするんでしょ?」

 ぐっ、そう言われると……確かに、俺がどうにかするしかあるまい。

 さっきだって魔力の譲渡は上手くいったんだ。またきっと、上手くやれる。

「でも……私にはこれ以上強力な魔法は……」

「こ、黄金くん?」

「あ、いや……」

 どうやらみやの独り言に、ようやく疑問を持ち始めたらしい橘田沼さん。

 そうなんですよ! そいつは俺だけど中身は俺じゃないんです!

『コガネ、危ない!』

 その時、携帯電話からまやの大声が聞こえた。

 気がつくと、魑魅魍魎のトゲ……って、ここまで大きくなると、トゲと形容して良いのか怪しいが、ともかく魑魅魍魎の突起がこちらに向かって伸ばされていたのだ。

 そのスピードは小さかった頃と寸分違わない。つまり、一般人の俺では到底反応できないほどである。

 しかし、瞬速で迫るその突起は、見えない壁のようなものに阻まれて、四方八方に飛び散る。

 飛び散った場所にはその勢いが窺えるようで、地面を抉るほどの衝撃の跡が。

 アレを食らったら、まずひとたまりも無いな……。

「……ッ! 間に合った!」

 俺たちが無事だったのは橘田沼さんが魔法を発動していたからだった。

 足元にはみやが張ったモノよりも大きい魔法陣が敷かれている。

「防御魔法……これだけ大きなモノを……」

 みやも感心していると言う事は、割りとすごい魔法なんじゃなかろうか?

 すごいぞ、橘田沼さん!

 しかし状況が打開できたわけではない。魑魅魍魎は今も健在だ。

『魑魅魍魎にこっちの場所は割れてる! すぐに移動した方が良いんじゃないか!?』

「あんなデカブツに睨まれたら、どこに逃げたって一緒よ。それよりも、この魔法陣……これは使える!」

 みやは橘田沼さんに駆け寄る。

「橘田沼さん、ブーストは使える!?」

「魔法陣ブーストですか? 私は二重までですけど……」

「それで十分よ。この規模で魔法陣が敷けるなら、私の六重よりも強いブーストがかかるはず。それを使ってもう一度、攻撃すれば……ッ!?」

 クラリ、と眩暈を覚える。

 と、同時にみやの身体も揺れた。

「そんな……こんな時に……魔力……切れ……」


「って、マジか!?」

 気がつくと、俺は俺の身体の中に戻っていた。

 見ると、みやもばつの悪そうな顔を引っさげて、気がついている。

「ドンだけ間が悪いの、お前!? なんで、ここで戻るんだよ!?」

「仕方ないでしょ、さっきの攻撃魔法だって、魔法陣だって、私にとっては高等魔法なの。あんなもの使ったら、そりゃガス欠にもなるわよ」

「じゃあ、どうするんだよ!?」

「あの、あの、何が起こってるのぉ」

 一人だけ状況について来れない橘田沼さんだけ、泣きそうだった。

 いや、泣きそうなのは俺も一緒だ。

 こんなところでみやに抜けられたら、魑魅魍魎に対抗する手段どころか、結界から逃げ出すのもままならないかもしれない。

「どうする……どうすりゃ良い……。あ、もう一度限定憑依ってヤツをすれば……」

「無理よ。あれだって特殊魔術だもの。今の私じゃ、憑依したところで十秒と持たないわね」

「万事休すじゃん!?」

 俺の頭では考えても考えても、絶望的な事しか浮かばない。

 だが、このままみんな魑魅魍魎の餌なんて死んでもゴメンだ。

「落ち着きなさい、三田くん」

 リンと、みやの声が通る。

「橘田沼さんも良く聞いて。私たち、三人で力を合わせて、あの魑魅魍魎を倒すわ」

「策があるのか?」

「お、教えてください! どうしたら良いんですか?」

 俺も橘田沼さんも、身を乗り出してみやの声に耳をそばだてる。

 出来る事があるなら、なんだってしてやる。

「私の言う通りにして。そうすればきっと勝てるから」


 そして、みやから聞いた話の通りに、俺たちは陣取る。

 魑魅魍魎は前方に位置し、紅いコアも良く見えている。

 どうやら攻撃は次弾装填中の様で、見るからに飛び出してきそうな突起が、先端をこちらに向けているが、今のところは静かなものだ。

「じゃあ、橘田沼さん、お願い」

「は、はい」

 みやの号令で、橘田沼さんは魔法を操る。

 俺たちの足元に、また魔法陣が浮く。二重の円に模様がビッシリのヤツだ。

「三田くんも、スタンバイ」

「お、おう」

 ここからが不安要素である。

 なんとみやは、俺に魔法を使え、と言ったのだ。

 何度も言うが、俺はついこないだまで魔法なんて知らなかった一般人。普通なら魔法を使えるはずもない。

 しかし、

「三田くん、貴方は今、とてつもない魔力を有している。それに、私に意識を乗っ取られていたとは言え、一度魔法を行使したわ。なら、ちゃんとした手順を踏めばきっと大丈夫、今の貴方にも出来る」

 と言う、みやの無根拠な助言を真に受け、俺は魔法を使おうと意気込んでいるのだ。

 正直、ここが勝負の分かれ目と言っても過言ではない。

 俺が魔法を使えなければゲームオーバー、そうでなければ勝算は高い。

 やるしか……ない。

「詠唱、覚えてる?」

「ああ、この土壇場で間違えられるわけにもいかないからな」

 さっき教えてもらった呪文が二つ。

 俺はそれを一言一句間違えないように注意して、口に出す。

「地に敷く陣は六重、脈動する源泉より、彼の力を欲す――」

 これが一つ目。

 俺の言葉に答えて、俺の足元に、さっきと同じような六重の魔法陣が浮く。

 その途端、息苦しくなる。

 急に周りの圧力が高くなったようだ。まるで相撲取りに取り囲まれておしくらまんじゅうをやってるようだ。

 苦しさに喘ぐ事も出来ず、しかし俺は次の詠唱を唱える。

 だが、その時、先に魑魅魍魎が動いた。

 突起はさっきと勝るとも劣らない速さでこちらへ真っ直ぐ伸び、俺たちを圧殺しようと向かってくる。

 しかし、またも見えぬ壁に阻まれる。

 防御術を使ったのは、今度はみや。

「ぐっ、予想以上に強い……ッ!」

「だ、大丈夫ですか、みやさん!?」

「私の事は良いから、そっちはブーストに集中してッ!」

 周りで女性陣が慌てている。

 早くしないと、マジでヤバいんじゃないか、これ!?

「ぐっ……」

 みやの苦しそうな声が聞こえる。橘田沼さんの心配そうな視線が刺さる。

 ここで魔法に失敗すれば、全員死ぬ。

 みやも、橘田沼さんも、守れずに死ぬのか?

 二人がこんなに頑張ってるのに、俺だけ何も出来ずに死ぬのか?

 そんんなのは嫌だ! テメェの惚れた女のために何も出来ずに死ぬなんて嫌だッ!

俺が死んでも構うもんか! 全身全霊を以って、俺は二人を守るッ!!

「――我、放つは穿孔の光条――」

 右手が熱くなる。

 腕の血管を通って、魔力がみなぎってくるのがわかる。

 初めてでも、俺にも魔法が使えているッ!

「――我が敵を射落とす白き仇矢ッ!」

 拳を突き出すと同時、轟音を立てて、俺の右腕から光線がほとばしる。

 それはみやの防御術を内側から砕き、更にはこちらに向かって伸びていた魑魅魍魎の突起を爆散させ、それでもなお勢いの衰えぬまま、コアに向かって猛く猛く伸び続ける。

 瞬く間に魑魅魍魎を切り裂き、そのままコアを両断し、そのまま突き抜けて天を割る。

 まやの張った結界の天を打ち砕き、そのまま伸びていった光は、しばらくすると自然と消えた。

「す、すごい……」

 みやの声が聞こえる。

 圧倒的な威力を持って放たれた魔法は、しっかりと敵に致命傷を与えていたようで、魑魅魍魎は蒸発するように消えていった。

 コアから溢れ出した魔力は橘田沼さんに還元し、

「ぐっ、うぅ……」

「さぁ、限界を迎える前に、三田くんに吐き出しちゃいなさい」

 橘田沼さんから俺に与えられる。

 ……のだが、俺は何故か動けずにいた。

「あ……れ?」

 俺はばったりと地面に倒れたまま、動けなかったのだ。

 別に何かに拘束されていたわけでもないのに、指一本たりとも動かせない。

 ただ、右腕を始め、全身が痛みに叫んでいるようで、激痛がビリビリと走っている。

 状況を正確に把握できないまま、俺は寝転がっていたのだ。

「なにが……なんだか……」

「黄金くん……」

 気がつくと、頭上に橘田沼さんがいた。

 ああ、そう言えば、魔力の譲渡をするんだっけか。

 さっきは手を握ってたし、俺も手を差し出さないと……。

 と、思っていると、不意に橘田沼さんの顔が近付いてくる。

 あれ、これって、ヤバいヤバい、近すぎるって!

「なぁっ!?」

 みやの驚く声が聞こえる。

 こうして、俺のセカンドチューは奪われたのだった。

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