3-2
みやと別れた後、適当にその辺をぶらつく。
流石に直帰する気にはなれなかった。頭の中がグルグルしている。
みやの気持ちは理解できた。アイツが俺に向けてくれるまっすぐな想いは痛いくらいに俺にぶつかってきた。
こうなってくるとイラつくのは、俺自身の中途半端な立場だ。
「俺ぁ、どうしたらいいんだろうなぁ」
誰もいない田舎の道で、ポツリと呟く。
夕日はほぼ沈み、空の色は濃紺の占める割合が多くなってきている。
そんな空も俺の問いに答えてくれるわけもなく、初夏に涼しい風が吹いた。
……帰るか。
ウダウダ考えていても仕方がない。人に惚れた腫れたはフィーリングの問題だ。頭で考えて解決するわけでもない。
こういう時は一度シャワーでも浴びて、スッキリした方が良い。
と言うわけで、コーポ名園まで戻ってきたわけだが……。
なんだか橘田沼さんの部屋の前が、不自然に光ってる気がする。
あんなところに発光体はないはず……。まぁ、光自体は青白いのでボヤってわけでもないだろうし、橘田沼さんが変な実験でもやってるんだろう。
とりあえず、特に気にする事もなし、さっさと我が家へ……。
と思って、俺は階段を上り、角部屋である我が家のドアに手をかけようとしたのだが、お隣の部屋の真ん前で倒れている橘田沼さんを見つけて度肝を抜かれた。
「き、きき、橘田沼さん!?」
人が倒れていると言うだけでも、俺のキャパシティを超えそうな出来事だと言うのに、更にその橘田沼さん、光ってらっしゃる。
普通、人は光らないよな?
でもこの人、どこかに電球を隠し持ってるわけでもなさそうだし、自然発光してる感じでもある。え? 魔法使いって光るモンなの?
とりあえず、状況を確認せねば。人が倒れているとなれば尋常な事態ではあるまい。
「き、橘田沼さん! 大丈夫ですか!?」
「ん……こ、こがねくん……?」
消え入りそうな小声で、橘田沼さんが答えた。
顔が赤い。熱でもあるのか?
俺は橘田沼さんを抱き起こす。身体も熱い。
「風邪でも引いたんですか!? すごい熱ですよ!?」
「違うの……そうじゃなくて……お願い」
橘田沼さんは俺の肩に手を回した。
かなりドキドキなイベントですが、俺はそんなドキドキ出来るほど余裕ないです。別の意味でドキドキしてます。
「どこか開けた場所……昨日の公園に、連れてって……」
「公園!? 公園ですね、わかりました!」
息も荒い橘田沼さん。
このまま病院に駆けつけるか、救急車でも呼んだ方が早いような気がするが、動転してしまった俺にはそんな通常思考が出来るわけもなく、そのまま橘田沼さんを担いで、近所の公園へと向かった。
大の大人一人を抱きかかえて移動するのは、とても辛いのだと実感した。
「ゼェ……ゼェ……つ、着きました、よ……ハァ……」
「ありがと……」
息も絶え絶えな二人がようやっと着いたのは近所の公園。昨日も来た、なんとも普通の公園だ。昼間なら遊んでいる子供や談笑しているママさんたちがいるところだが、もう日も沈んでいるので誰もいない。
俺は橘田沼さんをベンチに寝かせ、俺も隣に座って荒い息を落ち着けようと休む。
「ここに、何が……あるって、いうんですか……?」
「うん……結界を開くには、ある程度、広さがないと……危ないの」
「結界? 魔法の?」
「そう。……黄金くんも、危ないから……離れて」
言われるままに、俺はベンチから立ち上がって多少距離をとる。
橘田沼さんは寝転んだまま手をかざし、近くに結界の入り口を作り出した。
「これで……ぐっ」
「ちょ、ちょっと、橘田沼さん!?」
橘田沼さんはベンチから乗り出し、結界の入り口へと手を伸ばす。なにやらあまり身体の自由も利かないようで、ベンチから転げ落ちそうになるのを、俺が支えたのだった。
「危ないですよ! あんまり動けないくせに、無理しないでください」
「平気だよ……いつもの、事だし……」
「いつも? いつもって……この高熱の事ですか?」
「そう……これは病気じゃ、なくてね……色々、理由があるの。そんで、解決するには、あの中に……入らないと……」
「なに言ってるんですか! ダメですって! あの中には、妙なゲル状物質だっているんでしょ? 今刺されたら、きっと助かりませんって!」
あのゲル状物質、確か魑魅魍魎とか言ったか? あれは危険だ。たとえ翌日にはケロッとしていたぐらいの回復魔法が使える橘田沼さんとは言え、今の状態は本調子ではない。回復魔法が使えたとしても、魑魅魍魎を撃退できなければ落ち着いて回復すら出来ないのだ。そんな危ない場所に、橘田沼さんを行かせるわけにはいかない。
「大丈夫だから……ね、黄金くん。お姉さんの言う事、聞きなさい」
「どう見ても大丈夫じゃねぇから! おとなしく俺の言う事聞いてください!」
こんな時にお姉さんぶるとか、どういう神経してるんだ、この人は。
しかし、橘田沼さんは俺がどんなに言っても聞いてくれないようで、俺の腕を掴んでいる手に、力が入る。
「お願い……お願いだから、言う事聞いて……」
くそっ、なんだって言うんだ……ッ!
どうしてこの人は、こんなに結界の中に入りたがる!? あの中は危険なんじゃないのか!? 俺が間違ってるのか!?
「橘田沼さん、一つ、条件があります」
「え……?」
「俺もついていきますから。危なそうだったら、アンタを担いででも逃げるからな」
「黄金くん……ありがと、心強い」
……くそっ、そんな風に笑われたら、何も言えなくなる。
仕方ない、男、三田黄金。腹を決めるしかない。
橘田沼さんを背負って、結界の入り口をくぐる。
するとそこは、似ているようで違う世界。
「橘田沼さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……黄金くんこそ、平気? 重くない?」
「重いって言ったら怒るでしょ?」
「おこりますぅ……ふふっ」
何故か楽しげに笑う橘田沼さんを背負いなおし、辺りを窺う。
景色は何一つ変わらない、さっきまでの公園だ。
しかし、ここにはもう、あの魑魅魍魎とやらがいるはずなんだ。油断をするわけにはいかない。
「……で、橘田沼さんはここで何をしようとしてたんです?」
「えっと……説明が難しいんだけど……」
「おっふ……」
「え? どうかした?」
「い、いえ」
橘田沼さんの荒い息が首元にかかってくすぐったい……とか、そういう事を考えている場合ではないんだろうな。
しかもさっきから背中に妙な弾力も感じている。くそぅ、考えるな、考えるな! 今はそういうドキドキイベントの展開して良い状況ではない!
「えっと、続き、話して大丈夫?」
「はい、どうぞ」
「うん……今、私の具合が悪いのは、魔力が私のキャパシティを超えているからなの」
「……魔力が?」
「魔力はその人それぞれに見合った分、自分で作り出す事が出来るの。それは日々の代謝のように、呼吸のように、無意識の内に作られているものなの」
「それって、俺にも当てはまるんですか?」
「どうかな。普通の人は魔力の生成を行えない、もしくは行っても微量しか生成出来ないの。魔法使いはその生成量が高くて、魔法を使うだけの魔力を作り出す事が出来る、と言うかそれだけの魔力を作り出せるように、自身を改造するのよ」
「じゃあ普通の人でも、魔力の生成を行えるように改造とやらを施せば、魔法使いになれるって事か」
「それ自体は今のところ、調停者……前に言ってた、魔法使いの警察みたいな人たちに取り締まられるんだけどね。で、普通の魔法使いの場合は自分のキャパシティに見合った魔力の生成しか出来ないようになってるんだけど、私の場合は生まれつき、魔力の生成量が人よりも多いの」
「生まれつきって、そういう事もあるんですか?」
「ええ、自然に産まれちゃう超能力者ってのは大体がそういうものなの。私はこの力のお陰で、定期的にこういう魔力の暴走にさいなまれてるってわけ」
どうやら橘田沼さんの魔力が多くなりすぎて、それが原因で具合の悪さを引き起こしているらしい。魔法使いって大変なんだな……。
「じゃあ、それを解決するために、魔法をバンバン使って魔力を消費すれば良いわけだ? だから結界の中に入ってきたんですね?」
「うーん……実はね」
言い難そうに、橘田沼さんは愛想笑いを浮かべる。
「私ってあんまり強力な魔法とか使えないの。魔道書を解読できても、肝心の術構築が下手でね」
「じゃあ弱い魔法を連発するしかないって事ですか?」
「それもダメ。魔力生成と消費が釣り合わない。生成の方が勝ちすぎちゃって、魔力が溢れちゃう」
「じゃあどうすりゃ良いんだよ!?」
魔法使いの知識に疎い俺には、これ以上どうしようもないように思えてしまう。
魔力をどうにかするには、ええと……ええと……。
「黄金くん、もう大丈夫、降ろして」
「え? ええ、はい」
橘田沼さんは自分の足で地面に立ち、よろめきながらも上を向く。
「大丈夫なんですか?」
「さっきよりはずっと平気。……で、君の疑問の答えだけど、こういうことよ」
橘田沼さんの言葉の直後、どこからともなく、灰色のトゲが伸び、橘田沼さんの腹部を貫いた。
「……え?」
「ぐぅ……ッ!!」
橘田沼さんの身体から血が吹き出る。
「う、うわあああ! な、な、なんだ!?」
灰色のトゲは奇妙にも脈打ち、橘田沼さんを貫いたまま動かない。
これは、間違いない。あの魑魅魍魎だ。
「ど、どど、どこから!?」
「黄金くん! うろたえない!」
橘田沼さんの声で、幾分正気を取り戻す。
しかし、混乱はやまない。
「橘田沼さん、大丈夫ですか!? す、すぐに抜かないと!」
「大丈夫……大丈夫だから……」
橘田沼さんは血を零し、吐き出し、傍から見れば既に瀕死の状態で、それでも気丈にも俺に笑いかけて見せた。
「私が言った、魑魅魍魎の主食って覚えてる?」
「え? えっと……」
確か、人間の生気や……魔力!?
「思い当たったみたいね。そう、私はずっと、こうやって魑魅魍魎に魔力を吸い取ってもらって生きてきた。だから、回復魔法はお手の物なんだけどね」
「そんな事言ってる場合か! アンタ、自分で言ってただろ! ちゃんと痛覚通ってんだろ? 痛いんだろ!? 苦しいんだろ!? こんなの、まともじゃない!!」
「でも、私にはこうするしかなかったんだよ。……ちゃんと根本的解決策は探してるんだけど、ゴホッ……いてて」
「と、とにかく、すぐに手当てを! 結界の外に出ないと!」
魑魅魍魎が近くにいては、橘田沼さんも魔法に集中出来ないかもしれない。
まずは安全な場所に出て、それから……
「ふふ、黄金くんは優しいね。私の事なんか、放っておけば良いのに……」
「放っておけるか! 二度もアンタを見捨てるなんて、そんなのはゴメンだ!」
「……ッ!」
俺がはじめて結界の中に入ったあの夜、橘田沼さんが目の前で刺されたのを見て、俺は無様にも一目散に逃げ出した。
あんな不恰好な事はもう二度としない。
「黄金くんのクセに、かっこいい事言っちゃって……」
「うるさいな! とにかく、ここから出ましょう! 早く止血くらいしないと」
「ううん、もう少し……もう少し魔力を吸わせないと……」
橘田沼さんの辛そうな顔を見ていると、そんな余裕もないように感じる。とは言え、俺が不用意に動かす事もできない。
「くそっ、どうしたら……」
「やぁっと見つけた!」
その時、不意に空が割れる。
それはガラスが割れるかのように、パリンと音を立てて、破片を撒き散らして。
「結界が破られた!? そんな!?」
橘田沼さんが驚いている。どうやら乱入者らしい。
顔を上げると、そこには確かに人影が浮いていた。
ワイヤーアクションと言うわけでもないだろう。吊るす場所なんかないのに浮遊している。あの人影は、恐らく魔法使い。結界を突破してきたのも魔法を使っての事だろう。
「可視化、可触化された魑魅魍魎なんて……こんなおっそろしいモノ飼ってるとは思わなかったなぁ」
緊迫した雰囲気に似合わない、間の抜けた声。
この声、聞き覚えがある……。
目を凝らしてみると、そこにいたのは級友だった。
「ま、まや!?」
「おやぁ、コガネじゃん。こりゃ意外な事もあるもんだ」
飄々としたいつもの調子で、まやは片手を上げて挨拶した。
なにコイツ、状況わかってんのか?
予想外の乱入者だったが、見知った顔とわかり、俺は冷静さを取り戻せた。
だからこそ、この状況が明らかにおかしい事に気付く。
アイツ……魔法使いなのか!?
「ま、まや、何でここに……お前魔法使いだったのか? って言うか、結界を破るって結構な荒業なんじゃないのかよ?」
「まぁまぁ、落ち着きなさいなコガネくん」
手をパタパタと振り、まやは地面に降り立つ。
まるで本当にワイヤーアクションでも見た感じだった。フワリと降り立ったまやはどこも怪我をしていない。コイツ、確実に空を飛んでいたのだ。
「私は寛大だからある程度質問には答えてあげるけど、まずはこっちの案件をこなさないとね。怒られちゃうんだよ」
「怒られる? 誰に?」
「怖~いお姉ちゃんに」
まやが空を指差す。
すると、割れた空からもう一人、もはや誰かは言わずもがな、みやが降りてきた。
「みやまで……姉妹揃って魔法使いだったのか」
「三田くん……何故貴方がここにいるのか、と言うのは今は問わないわ。だから、すぐに出て行きなさい」
「断る! 俺は橘田沼さんを助けなきゃならん! ついでに、お前のその尊大な態度が気に食わない!」
「その女性の救助は私たちでやるわ。ついでに魑魅魍魎の掃除もしておく。それで問題ないでしょう? 貴方がいたって邪魔になるだけだわ」
「それでもやっぱり断る! 今のお前らは……俺の知ってるみやとまやじゃない気がする。信用に足らん」
いつも二人に感じていた壁はこれだったのかもしれない。
自分たちが魔法使いだったと言う秘密。そして今、俺の目の前にいる二人は、確実に本田姉妹であるはずなのに、どこか俺の知ってる二人と違う。雰囲気や纏っているオーラの違いと言おうか、普通でない感じがするのだ。
この二人に、橘田沼さんを預けちゃいけない。
「あーあぁ、コガネぇ。私は悲しいぞぉ。まさか信用されないなんて」
「いつものお前らなら喜んで協力を仰ぐさ。だが、今のお前らには信用なんてこれっぽちも抱けない。ちょっと顔洗って出直して来いよ」
「……だってさ、みや。どーする?」
「……橘田沼さん、と言ったかしら」
ヒヤリと背筋が凍る。
真っ直ぐ射抜かれては心臓が停止してしまいそうな、強い視線が橘田沼さんに向けて飛ばされた。
みやのヤツ、なんて冷たい視線を……ッ!
「一般人を巻き込んで同情を煽るなんて、手法が姑息ね」
「そ、そんな、私は……」
「それに不自然に強化された魑魅魍魎、こんな物をこの町に持ち込んで、何をするつもりだったのかしら? 下手をすれば、結界内から出てきて、一般人にまで危害が及ぶ大惨事になりかねないのよ?」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」
橘田沼さんとみやの間に割って入る。橘田沼さんは今、魑魅魍魎に刺されて危ない状況なのだ。問答なんてしている暇はない。
「三田くんの心配ももっともだけど、もう手は打ってあるわ」
「みやぁ~、発見したよぉ~」
いつの間にか姿が見えなくなっていたまやの声がする。
それは少し離れた場所、公園を出てすぐの辺りからだった。
「……やりなさい」
「りょーかーい」
まやの声がした場所で、パッと明るい光が瞬く。
その瞬間、橘田沼さんを貫いていた魑魅魍魎のトゲがビクリと跳ね、根元側からジワジワと崩壊を始めた。
「な、なんだ?」
「まやが魑魅魍魎の本体を分解したのよ。小さい霊や妖怪の集合体だから、結合部を弄ってやれば簡単に崩壊するわ」
灰色のゲル状物質は見る見るうちに消滅し、橘田沼さんを貫いていた部分も綺麗さっぱり消えてなくなる。
それによって支えを失い、倒れ掛かった橘田沼さんを俺が支えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん……」
橘田沼さんはすぐさま回復魔法を自分にかけ始めている。傷は塞がりつつあり、失った血液も戻ってきているのか、顔色もだんだんと赤みを帯び始めている。
……うっ、回復シーンって結構グロいな……。肉や血管がジワジワ再生するのを見てると、ちょっと気持ち悪い。
ともあれ、橘田沼さんの方はもう安心してもよさそうだな。
俺は橘田沼さんをベンチに預けると、みやに向き直る。
「説明してもらえるんだろうな?」
「……そうしたくはないけれどね。魔法使いでもない人間に、魔法の事を喋るのは禁じられているけど、状況上、仕方ないでしょう」
みやはため息をつき、手近にあったブランコに腰掛けた。
「私たち本田家は名園周辺を収める魔法使いの大家よ。他の魔法使いをまとめ、諌め、戒める義務があるわ。だから、今回もそこの橘田沼さんを取り締まるために、調停者と協力して網を張ってたってわけ」
「魔法使いの大家? お前らが?」
「これでも由緒あるのよ? それだけに、私なんかは色々言いつけが厳しい事もあるけどね」
「橘田沼さんを取り締まる……って、あの人が何か悪い事をしてたって言うのかよ?」
「貴方が彼女からどういう説明を受けているかは知らないけれど、魑魅魍魎は普通、人に危害を加えるものよ。アレだけの集合体になるとなおさらね。だから事件になる前に私たちがそれを排除する。当然の事でしょ?」
「橘田沼さんは魑魅魍魎を使って、悪い事を企んでいたわけじゃない!」
「それが事実かどうかは横に置いておいても、魑魅魍魎は集合意識だから、唐突に何をするかもわからないわ。駆除以上の安全策はないわ」
確かに、俺も一度、刺されかけた事もあったっけか。
もしあれに刺されたらどうなっていたかもわからない。みやの言っている事は正論だ。
「どうやら理解してもらえたようね?」
「……言ってる事の正しさってのはわかったよ。でも、だったら橘田沼さんはどうすれば良かったんだ? お前は、あの人の体質をわかっているのか?」
「魔力が異常に生成されてしまう体質……彼女のその特性は魔法使いの中では割りと有名よ。私たちもちゃんと把握しているわ」
「だったら、橘田沼さんはどうしたら良かったって言うんだよ!? 何もせずに魔力ばかり溜まっていったら、身体に毒なんだろ!?」
「確かにキャパシティを超える魔力は身体に悪影響を及ぼすようね。でもだからと言って魑魅魍魎に頼らなくとも、解決法はあったはずよ。それを行えなかった、それに気付けなかった、と言うのは彼女に非があるわ。それを理由にして魑魅魍魎を見逃すなんて、私たちには到底出来ない事よ」
「でも……ッ!」
「もう良いよ、黄金くん」
俺の反論を制止したのは、橘田沼さんだった。
どうやら腹部の回復も終わり、穴はちゃんと塞がっているし、血色もいい。
こちらに向かって歩いてくる足取りもしっかりしている。
「ありがとう、黄金くん。でもこれは確かに私が悪いの。みやさんに怒られたって仕方がないことなのよ」
「んな事言っても……」
「やっぱり優しいね、黄金くんは。私の事を、こんなに思ってくれたのは君が初めてだよ。本当に、ありがとう」
橘田沼さんは不意に、俺を抱きしめた。
突然の事に俺は何の反応もできなかった。馬鹿みたいにアワアワと口をパクつかせている内に、橘田沼さんはみやの方へ歩いていってしまった。
「みやさん、申し開きはしません。何なりと罰を」
「……私たちは調停者じゃありませんし、罰を与えられる立場ではありませんが、貴女の大きすぎる魔力は要らぬ争いの種になりかねません。名園を治める魔法使いとして、貴女に即時退去を勧告します。この名園から去りなさい、それ以上は求めません」
「お、おい、みや!」
「三田くんは部外者なんだから下がってなさい」
ぐっ、そう言われると何も言えない……ッ!
「準備もあるでしょうし、一晩は待ちます。それまでに退去しなかった場合、それなりの対応をしますので、そのつもりで」
みやは一度会釈した後、フッと消えた。
まやもその後を追って結界の外へ出て行ったらしい。
結界内には俺と橘田沼さんだけが残された。
「ど、どうするんですか、橘田沼さん?」
「仕方ないよ。出て行くしかない」
「出て行ったとしても、その体質はどうするんです? どうにかしないと、危ないんでしょう?」
さっきアパートの前で見つけた時は尋常ではない様子だった。あのまま放置していたらどうなっていたかわからない。
「何か対処法を見つけるよ。私だって魔法使いの端くれだもの。きっとどうにか出来るはず。どうにかしなくちゃならない」
「お、俺も何か手伝います!」
「ありがと、でも大丈夫だよ。さぁ、ここから出よう」
橘田沼さんの笑顔に何も言えず、二人で結界の外へ出た。
よろける橘田沼さんに肩を貸しながら、コーポ名園まで送る。
「大丈夫ですか?」
「うん……傷自体は平気。でも、まさかみやさんたちとあんな風になるとは思わなかったな。ちょっとショック」
橘田沼さんは笑っているようだが、どこか自嘲気味だ。
いつもの感じではない。無理はないとも思うが。
「あの魑魅魍魎ってヤツ、やっぱり危険だったんですね」
「そうだね、私もわかってはいたけど……でも、それ以外にどうしようもなかったの」
「……ホントに、手段はそれだけだったんですか?」
「どういうこと?」
俺にはどうしても、魔力の発散方法がアレだけだとは思えない。
他に幾らでも方法はあるはずだ。なんたって魔法だ。きっと何でもアリなはずなんだ。
「例えば、魔法を使わなくても、魔力だけ外へ出すとか……」
「魔法として消費されなかった魔力は、すぐに戻ってきちゃうのよ。魑魅魍魎みたいな受け皿があれば別だけどね」
「だったら、どこか他に受け皿を作れば……」
「魔力には相性があるの。相性の合わない魔力は猛毒になる。渡す魔力がたとえ微量だとしても、受け取った側はものすごい激痛と立っていられないほどの具合の悪さに襲われるんだよ。下手をすると死んでしまう……私はそんな事したくない」
「……じゃあ、魔力の生成量の方をどうにかしてみるってのは?」
「私の魔力生成量は、他の魔法使いと違って強化したものではなく、生まれつきだからね。そこを根本的に直そうとすると、難解で高度な術式が必要になるし、当然、そういう魔法に対して専門の知識を要するんだよ」
「でも、そういう研究がされてはいるんだろ!? だったら……」
「今のところ、瞬間的に魔力生成を抑えたり、止めさせたりする魔法は出回っているけど、それも重ね掛けで効果は落ちてしまうし、そもそも効果時間が短い。それに何より、私くらいに魔力生成量が大きくなってしまうと、効果も見込めないわ」
「じゃあ……じゃあ……」
拙い知識で色々考える。
どうすれば橘田沼さんは無事でいられる?
魔法の知識なんかは皆無だが、俺にだって何か出来ないのか?
必死に思考を回転させていると、橘田沼さんの腕に、ぐいと引き寄せられる。
「もう大丈夫だよ。黄金くんは魔法の事なんか忘れて、普通に過ごして? 私なら平気だから。実はこういう事って、行く先々でよくあるんだ」
「よくある……って」
「私ね、生まれつきこんな力を持ってるから、すぐに家を追い出されたの。過ぎたる魔力は災いを産むってね。産まれた家ですらそうなんだもん。全くの他人の土地に入って、そこの魔法使いが良い顔をするはずもないんだ」
「そんな……」
「だからあんまり長い時間、同じ土地に居ついた事もないし、邪険にされるのは慣れてるの。だから、今回も大丈夫。一人で切り抜けられるよ」
「そんな悲しい話、そんな顔でするんじゃねぇ!!」
つい、大声を出してしまった。
どうやら橘田沼さんも面を食らったらしい。
だが、仕方ないだろ。この人、笑ってそんな話をするんだ。
そんなもん、俺でなくたって怒るだろ。
「いいか、橘田沼さん。お節介だろうと、俺は絶対諦めないからな」
「な、なにを……」
「俺はアンタの体質も治すし、なんならずっとこの名園に住まわせてやる! いっそ俺がアンタの死に目を看取ってやる!」
「……どうして」
橘田沼さんは不意に顔を伏せる。
「どうして、黄金くんは私にそんなに優しいの? 私たち、何の関係もない、他人じゃない。おかしいよ」
「アンタが言ったんだろ」
「え……?」
「お隣さん同士、助け合って仲良くしましょうね、ってさ」
「黄金くん……」
正直、俺にも理由はわからん。
俺にとっては橘田沼さんは他人だし、朝っぱらから不法侵入するし、話のテンポも行動の奇特さもよくわからないし、何より橘田沼さんを助けても俺に利はない。
だが何故か放っておけない。
きっと多分、雨ざらしになっている捨て猫に抱く感情と一緒だ。そうでなければなんだと言うのか。
恋だったのだとしたら、俺も耄碌したものだ。
みやなんていう美少女に言い寄られているのに、こんなお隣のお姉さんを好きになってしまうとは、不思議なものである。
ともかく、この感情が恋にしろ、同情にしろ、俺はやると決めた。
「いいか、橘田沼さん。俺が何とかして見せるから、ギリギリまで待っていてくれ。間違っても家に帰ったらすぐに荷造りとかすんなよ? 俺が馬鹿みたいだからな」
「え、えと……」
「答えはハイかイエスで簡潔に」
「は、はい!」
威勢の良い返事を返した橘田沼さんを部屋まで送り、俺は手早く携帯電話を取り出す。
発信先はみやだ。
正直、魔法の知識がなければ橘田沼さんの体質を改善するのは無理だ。だとすれば手っ取り早い情報源は本田姉妹だ。さっきあんな別れ方をした後だが気にするものか。
連絡帳からみやの番号を呼び出し、コールボタンを押す。
ほどなくして、みやが電話を取った。
『もしもし、何の用?』
「聞きたい事がある」
『それはこっちもあるわ。でも……よくこのタイミングで電話を掛けられたものね』
「俺の空気の読まなさぐらい、お前もわかってるだろうが」
『……話を聞きましょう』
どうやら納得してくれたようだが、それはそれで含むところがあるな。
まぁ良い、今はそんな事は瑣末な事だ。
「単刀直入に聞く。橘田沼さんの体質を治す手段はないのか?」
『現時点で、彼女の体質の完全克服はまず無理ね』
バッサリと一言で斬られてしまった。
『生まれつきの能力ってのはそれだけ扱いが難しいのよ。熟達の魔法使いでも手を焼くんだから、付け焼刃の知識でどうにかしようとは思わないことね』
「だからって放っておくことも出来んだろ! 何か方法はないのか!?」
『魔法使いでもない貴方に出来る事はないわね。おとなしく諦めなさい』
「ちっ、問答していても埒があかんな。もうお前と話す事はない!」
『待ちなさい、こちらの質問がまだよ』
問答無用で電話を切ってやろうと思ったが、しかしここでみやとの仲を荒立てる必要もない。時間があるわけではないが、ここは話を聞いておいた方が無難か。
「聞いてやろう」
『何で偉そうなのよ……。まぁいいわ。貴方、いつ、どこで、誰から魔法使いの事を聞いたの? まさか、貴方のお父さんから?』
「……何故そこで俺の親父が出てくるんだ?」
うわ、ヤバい、嫌な予感がしてきた。
親父の仕事なんか今まで気にした事もなかったが、これってもしかして……。
『気付かなかったの? 貴方の住んでいるコーポ名園は私たち本田家の所有物件よ。そして本田家は魔法使いの大家。……そのアパートは魔法使いが仮住まいとして使用するモノなのよ』
「待て待て。と言う事は、入居者は全て魔法使いって事か!?」
『そう。ついでに言うなら、そのアパートには結界が張られてあって、一般人が近付かないようにしてある。何かの理由があって近付こうものならたちまち体調を崩すわ』
なるほど、いつぞや、俊明がコーポ名園に近付いただけで具合が悪くなったのはその所為だったのか。何か憑いていると茶化していたが、あながち間違いでもなかったわけだ。
しかし、それならば謎だ。何故、俺はなんともない?
『貴方の場合、貴方のお父さんが対策を打っているのよ』
「親父が……? うちの親父はマジで魔法使いなのか?」
『ええ、しかも割りと有力な、ね。彼は貴方に『結界渡り』の術式を埋め込んでいるのよ。それがあれば大抵の結界を何の苦もなく渡れるわ』
そのお陰でコーポ名園に出入りできるし、橘田沼さんの結界にも侵入できたわけだ。
そんな反則みたいな魔法まであるのかよ。マジで何でもアリだな。これなら橘田沼さんの身体もどうにか出来そうなもんだ。
「で、でも結界を破るにはスゲェ力が必要だって……」
『当然、その術式自体、とてつもなく強力なものよ。それを操れる貴方のお父さんは高位の魔法使いでもある』
「それって……」
……不意に、みやの言葉の意味がわかった。
いや、表面的な意味ではない。『親父が魔法使い』って言う言葉に、それ以上の意味なんてないだろう。
俺が理解できたのは、この話の流れでみやが俺に何を伝えたいのか、だ。
「みや、お前……」
『貴方の情報源がお父さんでないとすると、橘田沼さん本人かしらね? あのヒト、本当に何を考えてるんだか。一般人に魔法の事を教えるなんて』
ブツブツと独り言のように呟くみや。
コイツの真意、それはみや自身では俺の問いには答えられないけど、もしかしたら親父なら答えを持っているかも、と言っているのだ。
じゃなければ、頭の良いコイツがいきなり親父が魔法使いだなんてカミングアウトするわけがないのだ。アレは、その情報を俺に教えてくれるためにわざと言ったのだ。
「ありがとな、みや。感謝する」
『……何の事だか』
すっとぼけているが、照れ隠しに顔を背ける姿まで幻視できる様だった。
『勘違いして欲しくないんだけど、私は別に橘田沼さんがどうなろうと知った事ではないわ。ただ、貴方に浅い知識のまま突っ込んで、怪我をして欲しくないだけ』
「それでも助かる。今度、改めて礼をさせてもらう」
『……楽しみにしてる』
よし、まだ道は塞がってない。
まだまだ前に走れる。止まってる暇なんかあるまい!
チラリと我が家を見ると、明かりが灯っている。つまり、親父が帰ってきているのだ。話を聞くなら絶好のチャンスだろう。
「じゃあな、電話、切るぞ」
『あ、待って』
珍しくあせった様な、戸惑ったような声だったみやに引き止められ、俺はまた電話を耳元に持ってくる。
「どうした?」
『……魔法の事、黙っててゴメン。でも、これはルールで……』
「わかってるよ。仕方なかったんだろ? 大家って言われてるんなら、他に模範を示さなきゃな」
正直、みやが魔法使いだというのは、驚きこそしたが憤りは感じない。
というより、何に怒れば良いのか? 理不尽な点なんて一つもない。
「その代わり、また落ち着いたら色々教えてくれよな」
『……気が向いたらね』
クスリと笑ったみやの声の後、通話が切れた。
「よし、じゃあ行きますか」
気合を入れて、我が家のドアを開く。




