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3-1


「黄金くん……」

 甘ったるい声が聞こえた。

 ねっとりと耳から入り、体中をハチミツが這い回るように染み入る声。

 気がつくと、目の前に橘田沼さんが居た。

「き、橘田沼さん!? な、なんで、どうして……ッ!?」

「黄金くんと私は、普通の人とは違う、もっと深いところで繋がる」

「つ、繋がるぅ!?」

 なんだ、なんなんだこれ! 全然意味わかんないぞ!?

 橘田沼さん以外の、他の景色は薄らぼんやりしてるし、身体の自由も利かない。

 ただただ、目の前にいる橘田沼さんが

「近いッ! あと、アンタマッパじゃないか!? 何考えてんだ!? とりあえず、離れろ、いや、離れてくださいッ!!」

「ううん、それは無理。だって私は……」

「う、う、うわあムッ……」

 叫び声を上げようとしたところで、俺と橘田沼さんの顔が重な――


****


「……は、はは……」

 寝床から起き上がってみれば、そこにはいつもの風景が広がる。

 いつもの、俺の部屋だ。

 なんて……なんてオチだ。

 まさか、夢オチなんて……。

「だが、とんでもなく生々しい夢だった。なんだって俺が橘田沼さんと……」

 思い出して、自分の頭に血が上ってくるのを自覚する。

 うわ、恥ずかしっ!

「私がどうしたのー?」

「もうナチュラルに家に上がりこんでるし……」

 ガチャリと俺の部屋のドアを開けて、顔だけこちらに向けている橘田沼さん。

 もう、この数日で慣れてしまった。この人は、朝、親父と適当な世間話をした後、我が家に居座っている。これはもう覆しがたい常識になってしまった。

 もう、逆に朝いないと、あれ、どうしたんだろう、風邪かな? って勘繰ってしまう。

 これが人に備えられた順応性というヤツなのか。まだ橘田沼さんが引っ越してきて三日目だぞ……? 適応力高すぎだろ、俺。

 本当ならもっと怒っても良い、というか訴訟も辞さないレベルなんじゃないか、この問題は。橘田沼さんってば、ちょっとお金持ちみたいだから、慰謝料ぐらいポンと出してくれるんじゃないか?

「ねぇねぇ、私がどうしたの?」

 でも、さっきの夢がフラッシュバックして、橘田沼さんをまともに見れない俺がいる。

 なんだよ! 思春期の男子かよ! いや、実際、年齢的にはそうなんだけどさ!

 俺は極力ポーカーフェイスを保ちつつ、橘田沼さんを見ないようにした。

「何でもありませんし、人の部屋に入る時はまず、ノックぐらいしてください。あと今から着替えるんで、出て行ってください」

「はぁい……。あ、もしかしてエロい夢でも見た?」

「見てませんからッ!!」

 勢いで枕をブン投げたが、回避されてしまった。くそぅ。


****


その後、何故か橘田沼さんと一緒に朝食をとり、

「行ってらっしゃーい」

 通学路では俊明と合流し、

「よぉ、黄金!」

 昇降口でまやと出会って、

「やっほー、コガネ、とっしー!」

 教室の手前まで辿り着く。

「なんか、朝からどっと疲れたな」

「なにを言ってるんだ、黄金。今日はまだ始まったばかりだぜ?」

「そうだよ! 朝からへばってたら授業中に寝ちゃうぞ!」

 そのドアの手前で、まやが思い出したように手を打った。

「あ、そーいえば、今日はみやがおかしかったんだよ」

「みやちゃんがおかしい? どんな風に?」

 まやの言葉に食いついたのは俊明だった。

「なんかねぇ、すっごい沈んでんの。この世の終わりかってぐらいに」

「そりゃ何かあったのかね? まやちゃんは心当たりとかないの?」

「うーん、昨日、確かにみやのプリン食べちゃったけど、それ以外はさして……」

 プリンの有無も結構な大事だと思うが、あのみやがその程度の事件でへこむとは思えないしなぁ。

 そんな事を考えつつ、教室のドアを開くと、紫色の濃い瘴気のような、いっそ目に見えてしまいそうなドンヨリオーラが漂ってきた。

 発生源は確かめるまでもなく、今しがた話題に上ったみやだった。

「うわぁ、あれは結構なへこみ具合だぁ」

 俊明も思わず呟いちゃうレベルのドンヨリ具合である。

 教室の中の空気が三倍くらいに重い。クラスメイトもほとんどが無言だ。

 偶に声が聞こえたかと思うと、みやの呪詛の声だったりするからちょっと怖い。

「おい、黄金。ちょっと声かけてこいよ」

「えっ!? 何で俺が!?」

 出来れば近寄りたくもないのだが。

 今、みやに近寄ったら、ヤツの手刀で袈裟懸けにバッサリいかれそうだ。

 もしくは瘴気に当てられて心根がくじけてしまいそうだ。

 どちらにしろ、俺に危害が及ぶ事はあれ、利益など一ミリも生み出しはしないだろう。

「どう考えてもパスだわ……」

「私からも頼むよぅ、コガネぇ。みやをどうにかしてあげてよぅ」

「ほら、まやちゃんも頼んでるんだから、行ってやれよ。きっとそれなりの報酬だって出るぞ?」

「そうだよ! 私の小銭入れから、この黄金に輝く五百円玉をあげよう!」

「ご、五百円だとぅ……」

 五百円といえば、小銭の中で一番大きいやつじゃないか!

 いわば、小銭の中の王!

 それを報酬に出してくれるというのならば……。

「よかろう、それで手を打とうではないか。この身にかえてもみやを元気付ける事を約束しよう」

「コガネって結構チョロいよねぇ」

「うるせぇ、出鼻を挫くんじゃねぇ。とりあえず、契約成立だからな。五百円玉、きっちり用意しておけよ」

 まやに念を押しつつ、俺はみやへ向かって歩み始める。


 一歩近付く毎に瘴気が強くなってくる気がする。

 心なしか足取りも重い。呼吸も辛くなりそうだ。

「ぐっ、教室が魔界と化したようじゃないか……。しかし、俺は諦めないぞ」

 みやから発される圧力が俺を押し返すようだったが、それに負けじと足を進める。

 何十分にも感じられる徒歩数秒を踏破した俺は、やっとみやの席へと辿り着く。

「よ、よぉ、みや」

 取り繕った笑顔を貼り付け、みやに挨拶をする。

 机に突っ伏していたみやは、顔をグリンと回してこちらを向く。その目にはいつもの強い輝きはなく、まさに死んだ魚のようだった。

「どうしたんだ、今日は全く覇気がないじゃないか」

「……そうね。私だって調子悪い時もあるわ。生理の日とかね」

「ぐっ!」

 男には突っ込み辛い事を、サラッと言いのけやがる……。

 ここでまさか『今日が生理なの?』なんて聞けるわけもない。そんな事口走ったらセクハラで訴えられる。

 だが、五百円のためにはここで引き下がるわけもない。

「……で、でも心の持ちようじゃないか? 確かに生物学的にイラついてしまったり、気分が落ち込んでしまうのも仕方がない事かもしれないが、きっとそういう時にこそ、前向きに生きてみようという心意気が必要なのではないかね?」

「三田くんには、どうしようもなく気分が落ち込んでしまう事ってないの?」

「ない事はないさ。だが、そんな風に沈んでいては、今日と言う日を無為に過ごしてしまいがちだ。それは時間を、ひいては利益を無駄にしているという事だろう? ほら、時は金なりって言うし。だとすれば、俺はどんな時でも明るく、元気に、前向きに、生きていたいと思うがね」

 すんなりと言葉が出てきた。

 こればっかりはいつもの出任せじゃない。俺の本心なのだ。

 利を得るという事は、毎日を、毎時間を、毎分を、毎秒を、その一瞬を全て一生懸命に生きるという事だ。俯いて、へこんで、落ち込んでいては、それも叶わない。

 ……まぁ余談だが、流石に俺も人の子なので、いつでも馬鹿みたいに笑ってはいられない。例えば人が死ぬところを目の当たりにした時とかな。

「だからさ、みやも今日を笑顔で過ごしてみないか?」

「……善処するわ」

「体の良い拒否だな、おい。そんな顔して返答されても、全然納得できんぞ」

 これは手強いなぁ。どうすりゃいいんだ。

 いくら権謀術数に長ける智将の俺とは言え、今回は難敵である。

「とりあえず、ダメ元だけど、お前がへこんでる原因ってなんなんだ?」

 返答がもらえるとは思っていないが、とりあえず聞いてみる。

 すると意外かな、みやは

「昨日ね――」

 易々と口を割った。

「昨日、三田くんと橘田沼さんと会ったじゃない?」

「ああ、そうだな」

 確か、繁華街の服屋で軽い修羅場になった時の事だな。

「私はもっと利口な人間だと思ってた。もっと上手く、いろんな事を難なくこなせる人間だと思っていたの」

 ……いきなり何の話をしているんだ、こいつは。

 面白そうだからちょっと泳がせておこう。

「でも、あんなちょっとした出来事で、頭の中パーってしちゃって。何をしてるかわからなくなっちゃって、おなかの中がムカムカしちゃって、出てくる言葉は自分でも嫌になっちゃうくらいに頭の悪いものばっかり」

「……つまりお前は、昨日、橘田沼さんに辛辣な言葉を浴びせた事に対して、自責の念に駆られているという事か?」

「かいつまんで言うと、そうよ」

 確かに、みやはなんでもそつなくこなす人間だ。そつなくこなすどころか、常人以上のレベルで結果を出せる程度のスペックを持っている。

 それにしては昨日の出来事は、コイツらしくないと言えるだろう。

 いつものみやなら、もっと上手くあの場を切り抜けたはずなのだ。あんなに真正面から橘田沼さんに突っかかっていくような事は、間違ってもしなかっただろう。

 昨日の事は、コイツにとってもミスだったのである。

「……三田くん、橘田沼さんは私の事、何か言ってなかった?」

 もう少し突っ込んだ話をすれば、橘田沼さんを傷つけてしまったのではないかと、後悔しているのである。それが原因で、みやはへこんでいるのだ。

 貴重といえば貴重な、みやのへこんだ顔。そんな顔のまま、みやは俺を見上げた。

 それに答えるために、俺は笑う。

「橘田沼さんは、そんな人じゃないよ」

「……そう?」

「むしろ、みやが気分を害したんじゃないかと心配してた。今のお前みたいにな。だから多分、次に会った時にお互いに謝れば、それで万事収まるだろ」

「……そう、かな」

「大丈夫だって、俺が保障する」

 みやの頭を軽く撫で、努めてやさしい声音で言葉をかける。

「だから機嫌直せって。なんなら俺が橘田沼さんに、お前がすまないと思ってたって、それとなく伝えておいてやってもいい」

「ううん、それは自分で言う。ありがと、三田くん」

 教室に漂っていた瘴気が著しく薄くなった。

 どうやらみやの機嫌も持ち直したらしい。

 すがすがしい空気と、軽くなった雰囲気を感じ取り、クラスメイトたちの顔も晴れやかだった。俺は……みんなを救ったんだ……。

 さて、これで救世主たる俺の仕事も終わりだな。

 クルリと背後を見ると、俊明とまやの二人が、なにやらハンドサインを送っている。

 なになに……そこで、もう一押し?

 あいつら、一体何を言ってるんだ……。

 こちらからもハンドサインを返さねばならんな。これ以上は、契約外となりますので、別途料金が、かかります、と。

「コガネのケチー!!」

 まやが何か言ったようだが、俺には何も聞こえなかったな。

「ねぇ、三田くん、まやは何をわめいているの?」

「恐らく、えらく難解な暗号で誰かと交信しているに違いない。もしかしたら外宇宙の未知なる生命体とコンタクトを取って、地球を滅ぼすやも知れんぞ」

「……なにそれ、我が妹ながら引くわ」

「まぁ、冗談はさておき、双子のお前がわからないなら、俺がわかるわけないだろ」

「あら、でも三田くんとまやって仲良いでしょ?」

「姉妹の絆には及ぶまいよ」

 ってか、言うほど仲が良いってわけでもない気がするんだよなぁ。

 まやとみやは、俺の名園における数少ない友人ではあるが、俊明ほど打ち解けているような印象はない。

 みやに関しては何故だか好意を向けられているらしいし、まやも俺を憎からず思ってくれているのはなんとなくわかるが、一つ壁があるような感じがして仕方がない。

 まぁ、女の子が俊明ほどあけっぴろげだと、それはそれで不安になるがね。

「ねぇ、三田くん」

「ん? なんだ?」

 一人で物思いにふけっていると、みやが俺の制服の裾を掴んだ。

「一つ、お願いがあるんだけど」


****


 放課後。

「……確か、俺の記憶では買い物に行く予定だったはずだが?」

「別にいいのよ、『買い物』って目的は瑣末な事」

 みやのお願いとは、日曜に行くはずだった買い物の予定を繰り上げ、今日にする事だった。

 だが、みやのヤツは買い物に行く気配さえ見せない。普通、この辺りならば繁華街まで出ないとまともな店がないはずなのだが、みやは近所をうろつくばかりで、俺はその後をただ腰巾着のように付いて歩くだけだった。

「私が三田くんを誘った理由、ちゃんとわかってる?」

「だから、買い物だろ? 何か欲しかったんじゃないのか?」

「……ふぅ、そういう朴念仁キャラとか、飽きたから」

「飽きたとか言うな。それに、朴念仁は主人公としての必須スキルである!」

「それを言っちゃってる時点で、主人公適正皆無だけどね」

 くっ、痛いところを突いてきやがる。

 だが、いつもスルーしてくれていた朴念仁キャラに突っ込んでくる、って事はマジな話なんだろうな。

「まぁ、俺だって十分わかってるよ。お前が俺に好意を持ってくれてる事は。お前が買い物に誘ってくれたのは、その……デ、デートってヤツの口実って事だろ。でも正直俺は未だにわからんのよ。なんでお前に好かれてしまったのか」

 俊明が言うように、俺は別に、これと言って持ち上げる要素もない普通の男だ。

 しかしみやの方は文武両道、才色兼備、しかもこないだ発覚した地主みたいな家のお嬢様と来たもんだ。これが釣り合うわけがない。

「私が貴方を好きになるのに、理由がなきゃダメ?」

「むしろ、俺がその好意を受け入れるのに理由が必要だ。俺はゲームやマンガの主人公なんかじゃない。お前みたいな……その……か、可愛い女の子に好かれる理由もなしに、ホイホイ乗っかれるような人間じゃないんだよ」

「……チキンが」

「俺がチキンならお前は尻軽か」

「女の子にそんな事言うなんて、最低」

「女子風情が日本男児を罵るとは、身の程を弁えろ……って、そうじゃない」

 いかんいかん、真面目な雰囲気に耐えられなかった。

「せめて、お前が俺を好いてくれる理由を教えてくれないか」

「……そういうのを口に出すのは、すごく恥ずかしいって、わかってて聞いてる?」

「え、すまん、わかんなかった。そういうもんなの?」

「そういうものなの! まったく……」

 頬を膨らませたみやは、そのままスタスタと歩いていってしまった。

 あれ? 結局、教えてくれないってこと?


しばらく黙って歩いていたみやだったが、ついに立ち止まる。

 そこは丘の上にあった公園。我が地元は結構山の中なので、その中でも出っ張った場所と言えばそこそこ見晴らしも良かった。

「へぇ、こんなところがあったんだな。引っ越してきて三ヶ月じゃ、知らん場所も多いなぁ」

「ここはね、私の好きな場所なの」

 そう言って、みやは公園の端っこにあったフェンスを掴んだ。

 フェンスの向こうには名園の町が広がっており、眺めているだけで気分が良かった。

「こっちは西向きなの。今の時間、とっても綺麗でしょ? 沈みかけてる夕日と、影が濃くなった町並みと……」

「確かにな。近所にこんな場所があるなら、偶に来るのも悪くない」

「その時は、私も一緒にいちゃダメかな?」

「予定が合えばな」

「……言い換えるわ。私が一緒にいる時にして」

「随分とワガママな要求だな、おい」

「最近気付いたのよ。私って結構ワガママなの」

 クスクス笑うみや。ふむ、眺めの良い景色をバックに笑うみやは、流石は面の良いだけあって絵になるな。

 もし俺が写真家ならば、即座にカメラを取り出して、今の最高の一瞬を写真に収めていたんだろうが、あいにくながら俺の手元にカメラと呼べそうなものは、携帯電話についているものしかない。そんな粗末なもので、今の画を撮りたくはなかった。

「三田くん、どうしたの? 真面目な顔とか、似合わないわよ?」

「うるせぇな。俺だって偶には真面目な顔ぐらいするわ」

「さては私に見惚れてたとか? だったらもっと真面目な顔してていいわよ」

「……くそぅ、とっさに変顔するだけのレパートリーが俺にはない……ッ!」

「いや、今でも十分変な顔よ?」

「普通の顔ですけど!?」

 くそぅ、コイツマジで一発殴ってやろうか!

 俺がグーの手を固めていると、今度はみやが真面目な顔をし始めた。

「……なんだよ?」

「あのね、さっきの話」

「さっき? どれ?」

「私が、三田くんを好きになった原因って話」

 ああ、そう言えばここに来る途中でそんな話をしたな。

 あれはもう流れたんだと思ってたんだが……どうやら違ったようだ。

「別に、言い難いんだったら、無理に聞きだすつもりはないぜ?」

「ううん、聞いて欲しい。知っていて欲しい。だから、聞いて」

 そんな顔で、そんな風にお願いされては、まともな野郎なら誰だって頷いてしまうだろう。

「ちっ、しゃーねーな。聞いてやるから、話してみろぃ」

「うん……あのね。きっかけは貴方が転入してきてすぐの事だったわ」

 みやは一つ一つ、当時の風景を細部に至るまで思い出すように、ポツポツと喋り始めた。

「この辺りは気候も寒いから、あの時はまだ桜も咲いてなかったわね」

「こっちで桜が咲くのは五月頃だもんな」

 因みに、俺が引っ越してきたのは四月である。

「私ってホラ、文武両道だし、才色兼備だし、家柄も良いじゃない?」

「それって自分で言うことじゃないだろ……と言いたいが、別に間違ってないな」

「だから、私って学校でも浮いた存在だったの。なんていうか、話しかけにくいってみんなに思われてたみたいね」

 ぼんやりと俺も思い出してきた。

 そう言えば、俺が転入したての頃は、みやはクラスメイトから遠巻きに眺められる存在だったように思える。

 会話がなかったわけではない。女子連中とは談笑していたし、みやが男子に注意をする事もあった。だが、それは友人の会話ではなかった。遠巻きからでもよそよそしさがわかるくらいだったのだ。

 確かに、みやは浮いていた。

「でも、空気を読まない人が一人、いたの」

「ほぅ、そりゃどこのイケメンナイスガイだ?」

「その人はイケメンでもナイスガイでもなかったけど……」

 くそぅ、マジで一発食らわしてやろうか!

「でも私にとっては特別な人だったわ」

 ふっと、みやがこちらに笑いかけた。

 風が吹いて、みやの長い髪が舞う。

 今日はシャッターチャンスの多い日だ。

「三田くんは何の憚りもなく私に話しかけてきて、しかもその第一声が『金を貸せ』だなんて、クラス中がビックリしたでしょうね」

「お嬢様なんだから、下々の者に貸す金ぐらいあるだろ」

「残念かな、物乞いに施しをやると付け上がる、って教えられてるの」

「お前は度々、俺にグーパンチを握らせないと、まともに話も出来ないのか」

「貴方こそ、茶々を入れないと、真面目な雰囲気に耐えられないの?」

 正直、むず痒いことこの上ないです。

「あの日、あの時、あの瞬間から、私の世界は少しずつ変わっていったわ。今までずっと色んな事に縛られてて、生きていても味気がなかった。その点、まやが羨ましかったわ。家柄も何も関係なく、自然体でみんなと一緒にいるんだもの」

 そう言えば、まやは前々からあの通りだった。なるほど、ヤツは次女だから別に、家の事とか気にしてなかったのか……いや、それはそれでどうなんだ。

「声をかけられた直後は、単に変なヤツって思った。私なんか放っておけば良いのにって。だって自分で言うのもなんだけど、あの時の私は他人との繋がりを極力嫌がってたもの。そんな相手と話すなんて、貴方も苦痛だろうなって」

「いや、俺は別にそういうの気にしないし。その時金を貸して欲しかったなら、貸してくれそうなヤツに借りるぞ」

「……いまいち美談になりにくいわね」

「無理して美談にしたいのかよ?」

「ううん、私と貴方は、きっとそういう関係なのね」

 みやは心底おかしそうに笑う。

 こんなみやも、俺が話しかけなければ見られなかったというのか。

 それは……惜しい。

 俺はこんな笑顔を一生封印したままだなんて、絶対に許さないぞ。

「だからね、三田くん。私は貴方の事を好いていると同時に、恩人として感謝もしているの。私の世界を広げてくれた貴方に」

 なるほど。人とは些細なきっかけでも変わる事が出来るものなのだな。

 俺なんかが一言話しかけただけで、みやの世界はガラリと変わった。きっとそれは喜ばしい事だろう。みやだって現状を喜んで受け入れてくれているらしいし、俺がやった事も無駄じゃなかったわけだ。……まぁ当時は全くの無意識だったわけだが。

 みやが俺を好いてくれている原因はわかった。

 コイツもコイツなりに理由があって、俺を好いてくれていた。

 それを聞いて、なおさら俺は不誠実な想いでみやに答えてはいけない、と思った。

 だから……

「すまんな、理由を聞き出しておいてなんだが……」

「ううん、いいの。貴方には知っておいて欲しかったのは本当だし、貴方が納得のいく答えが出た時に、私に聞かせて。それで十分よ」

 みやは、とても良い娘だった。

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