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2-2

 やって来たのは繁華街。いつも通り、バスに数十分揺られての到着だ。

「ねぇ、どうしたの? こんなところまで連れ出して」

「ふむ、そろそろ目的を教えてもいいかな」

 ここに至るまで、どこに行くのか、何をしに行くのか、と言う情報を、橘田沼さんに全く与えていない。故に、橘田沼さんは心配そうな顔つきしきりだ。

「これから橘田沼さんに、心ばかりのプレゼントをしようと思います」

「……ほぅ?」

 心配そうな顔が怪訝そうな顔になった。まぁ、そうなるだろうな。

「いきなりどうしたの? 私、プレゼントされるような事、してないよね?」

「橘田沼さんは何もしてませんが、俺がやらかしてしまったんですよ。その罪滅ぼしってヤツです」

 そう、昨日、ゲル状物質に橘田沼さんが刺された時、俺は我が身可愛さに逃げ出してしまった。思い返してみれば恥ずかしい話だ。『逃げろ』と言われたからと言って、女性を放って自分だけ逃げ出したのだから。

 そんな恥ずかしい事をしでかしてしまった自分の心の慰めとして、俺は橘田沼さんに何かしらの形で謝りたいのだ。それが今回、良いタイミングだったのでプレゼントでもどうか、と。

 だが、そんな心の内を全て吐露するのはやはり恥ずかしいので、黙っておく事にする。

「ねぇ、なんでプレゼントくれるの? ねぇ、ねぇ」

「言いよどんでるんですから、言い難い事だって事を察してください……」

「言い難い事……? あ、私の洗濯物、盗んだとか?」

「もしそうだったらプレゼントで罪滅ぼしっておかしいですよね? 普通に警察のお世話になりますよね?」

 なんか、この人の思考はやっぱりぶっ飛んだところがあるなぁ……。

「で、何か欲しいものはありませんか?」

「うーん、予算はどれぐらいなの?」

「プレゼントする側としては、それを聞かれるとちょっと心苦しいんですが」

 見栄を張って高めの予算設定をするか、それとも現実的な値段にするか。

 前者ならば『え? それだけ?』と言われると心にストレートパンチで顔面を打ち抜かれたような衝撃を受け、後者だと自分の浅ましさにボディーブローのようなジワジワ来る痛みを長々と引きずる事になる。どっちにしろ茨の道なのである。

「俺が高校生になりたてのガキンチョだと考慮した上での、橘田沼さんのご想像にお任せします」

「そうかぁ。そう言えば黄金くんは学生だっけね。幾つだったっけ?」

「高一です。誕生日は早めなんで、もう十六ですけどね」

「十六歳か。それなら楽に十万金はあるかな!」

「どういう勘定したらそうなるんですか」

 どんなに頑張ってアルバイトしていたとしても、他人のプレゼントに十万金を用意するような余裕のある高校生は数えるほどしかいないだろう。当然、俺はその数えられない方に含まれる。

「えぇ~、私はそれぐらい稼いでたよ?」

「魔法使いって儲かるんですね。ってか、それって職業なんですか?」

「そうだよ。魔法使いは国家公務員みたいなモノなの。お給金もおいしいんだよ~ぅ」

「安定してんなぁ……」

 って言うか魔法使いが国家公務員て……。魔法省とかある世界も実はフィクションじゃないって事じゃないか。

 ……あれ、と言う事は、

「じゃあ、魔法使いって公に知られている職業って事ですか? 俺だけ常識を知らなかったって事?」

「いえいえ、そうではなくてですね。なんと言えば良いか……アレです。秘密警察、みたいな? 国家に認知されてはいますが、公にはされてないんですよ。……つまり、刑事ドラマで言う、いきなり現場に現れて我が物顔でキープアウトのテープを渡ろうとした後、見張りの警官に止められるけど、その後身分証明書を見せるとお偉いさんが慌てて媚びへつらって来るヒーローポジション」

「説明がわかりにくい上に長い」

 だがニュアンスは伝わった。

 つまるところ、裏の国家権力って感じだろう。

 魔法使いの存在を知って、国家がそれを有効活用しないわけがない。だとすればある程度権力を持たせて飼い慣らす、と言う手は常套手段ではある。

 問題は何故秘密にされているのかって事だが……まぁ魔法使いと言う存在の常軌を逸した能力を考えれば当然か。俺みたいな一般人にしてみれば天地がひっくり返った様なモンだ。いきなり公表されれば混乱は免れまい。

そんな中二病をこじらせたような設定の職業についている橘田沼さんは……もしかしてお金持ち?

「じゃあ、お金で買えるようなものには興味ありませんか?」

「うーん、あんまり興味ないかなぁ。……でも黄金くんのプレゼントはありがたく受け取るよ。お金で買えない、プライスレスのモノをッ!」

「何か、リクエストとかありますか?」

「あるよ、あるある! 今日一日、黄金くんを私の道楽につき合わせる権利!」

「はぁ?」

「つまり、今日一日、私と一緒に遊んでって事! デートでもしようよ!」

 な、ななな、なに言っちゃってんのこの人!?

 いたいけな青少年を捕まえてデートしようよってアンタ……。

 べ、別にうろたえてなんかないんだからねっ!

 とりあえず、深呼吸だ。予想外の返答に多少驚きはしたものの、これぐらいで動揺するほど俺の心は狭くないはず。

「ふふ、お姉さん。男をからかっちゃいけないなぁ。俺だって暇じゃないんですよ?」

「学校サボったんでしょ? だったら終日フリーじゃん」

「な、何を知ったような口を! もしかしたら、俺だってすげぇ忙しいかもしれないじゃん! 実は昼から秒単位でスケジュールが詰まってるかもしれないじゃん!」

「詰まってるの?」

「……詰まってないです」

 くそぅ、根が正直者の自分が恨めしい。

「じゃあ良いじゃない。一緒に遊ぼうよーぅ。それとも、私と一緒じゃイヤ? やっぱり同年代の娘の方が良い?」

「そ、そういうわけじゃなくて……」

 くっ! ボサボサの髪にジャージ姿なんだが、この人やっぱり素材が良い。

 そんな風に見上げられたら、多少心が揺らいでしまう!

 ……って、まぁそれほど頑なに断る事もないんだよな。

 これも橘田沼さんに対する罪悪感を払拭するためだ。

「……わ、わかりました。不肖ながら三田黄金、これから貴女が満足するまでお付き合いいたしましょう。どれ、お姫様、お手を」

 恭しくお辞儀をし、手を差し出す。

 橘田沼さんは笑っていたが、やさしく手を握ってくれた。

 こうなったらどうにでもなれ、だ。


「さて、じゃあどこへ行きましょうか」

 とりあえず橘田沼さんを連れ出したは良いものの、どこへ行って良いやらわからん。何せ、俺の人生経験上、母親以外の女性と二人で街を歩くなんてのは初めての事だ。

「そーゆーのは、男の人が決めてくれるもんじゃないの? 黄金くんがエスコートしてくれるんでしょ?」

「むっ、橘田沼さん、その発言は前時代的だと言わざるを得ない!」

「な、なにをぅ!」

「男が女性をエスコートするなんて言うのはもう古いと言うんです! それは男女平等とは言いがたいでしょう!」

「うーん、言いたい事はわかるけど、それって情けなくない」

「やかましい」

 くそぅ、そんな事ぐらいわかってるよ。

「とにかく、今日は俺が道案内こそすれ、目的地を決めるのは俺じゃないのです」

「ふーん、まぁ別に良いけど。じゃあ私はあそこへ行ってみたいんだけど」

 そう言って橘田沼さんが指差した先は、すぐそこにあったカラオケボックス。

「カラオケか。まぁ遊ぶには妥当なところでしょうかね」

「でしょう? 私ってまだ、カラオケ入った事なくてね! ちょっと楽しみ!」

「カラオケ初体験ですか? そりゃまた珍しい」

「初体験とか、黄金くん言い回しがエローい」

「殴りますよ」


 手短に受付を済ませ、とりあえず部屋に入った。

「退出時間はお客様の自由となっておりまして、三十分ごとに料金が加算される仕組みとなっております。お帰りの際にはこちらのリモコンと伝票を持ってカウンターに来てください」

「はい、わかりました」

「先に何かドリンクの注文はありませんか?」

「じゃあ、俺はコーラと……橘田沼さん、飲み物は?」

「え!? 飲めるの!? サービス!?」

「バカな事を言うんじゃない。金がかかるに決まってるでしょう」

「ちぇー、ケチ」

 口を尖らせブーたれる橘田沼さん。

 これには店員さんも苦笑いだ。

「貴女、俺よりも年上でしょ。もっとシャンとしてください」

「わかりましたよっと。じゃあ、私も黄金くんと同じので」

「かしこまりました、コーラ二つ、すぐにお持ちいたします」

 店員さんが出て行ったのを見て、橘田沼さんが突然飛び跳ねた。

「おぉ、これがカラオケボックス!」

 部屋に入っただけでちょっとテンションが上がってる……。マジで初めてなんだなぁ。いまどき珍しい人間もいたもんだ。

「空調とか大丈夫ですか? 寒くないです?」

「あ、うん、大丈夫だよ。……お、マイクがあるぞーぅ」

 子供のようにはしゃいでるが、この人、俺より年上だよな? どんだけテンション高ぇんだよ。

 まぁ、あの人は放っておいて照明の調節でも……あれ?

 うん? もしかして、これ、気付いたんだけど、俺と橘田沼さん二人っきりだな?

 若い男女が薄暗い部屋の中で二人っきりだな!? や、ヤバい、ちょっと緊張してきた。

 って! 何意識してるんだ、俺は! 相手は橘田沼さんだぞ!? アホ丸出しだぞ!?

 でももしかしたら、万が一、億が一にもドッキリハプニングが起こる、と言う可能性も捨てきれなくはないだろうか!? その際、俺はどうしたらいいの!?

『あーあー、マイクテスト……いえーい! ノってるかー!!』

「うるさいうるさい。マイクテストとか言うんなら音量いじってくださいよ」

 ……無理だ、この人相手にモヤモヤな気持ちにはなれんわ。

『ねぇねぇ、黄金くん、私、先に歌ってもいい?』

「どうぞ。ってか、歌は歌えるんですか?」

『歌えるよ! 馬鹿にしないでよ!』

「はいはい、じゃあリモコンどうぞ」

 手近にあったリモコンを橘田沼さんに渡してやる。

 橘田沼さんはそれを数十秒ほど見つめた後、無言でこちらに視線を向けた。

「……あぁ、はいはい。使い方がわからんのね」

『さっすが黄金くん、頼りになるーぅ!』

 リモコンの使い方を教えるだけで喜んでくれるんだから安いもんだ。


 その後、数時間ほど歌い続けた後、俺たちはカラオケを出た。

 帰り際の支払いの際の事だ。

「ここの支払いは私に任せておきなさい!」

 胸を張った橘田沼さんは財布を取り出す。

「ちょっと待ってください。俺だって自分の分くらいは払いますよ」

 いつもならば『奢ってやる』なんて言われたらホイホイ乗っかってしまう俺だが、現状はそうは行かない。

 何せ、今回は俺の罪滅ぼしをかねているのだ。カラオケ代をおごってもらうなんてありえない事である。なんならいっそ、俺が奢るべきではないのか、とすら思えるぐらいだ。

 しかし橘田沼さんは頑として聞かず、俺の肩を叩いて言った。

「黄金くん。ここに来る前、私が言った事を覚えているかね?」

「……なんですか?」

「私が欲したのは今日一日、私の道楽に君を付き合わせる権利だよ? つまり、今この状況下では私に全ての決定権がある!」

「な、なにぃ!?」

「慎みたまえ、黄金くん。総司令官は私である。私の決定は覆らんよ」

 無駄に頑固なところがあるな、この人は。

 まぁ、俺の財布事情を考えてみれば、ここでの支払いがないのは確かにありがたいと言えばありがたい。

「……全て納得尽く、と言うわけではありませんが、良いでしょう。ここはお言葉に甘んじておきましょう」

「そうそう、素直が一番良いよ」

 ふふん、と笑って、橘田沼さんはカウンターへ向かった。

 そして、レジにいた店員と何か言葉を交わした後、こちらに帰ってきた。

 店員がレジを操作するような素振りは見受けられなかったが……。

「どうしたんですか? 支払いは終わったんですか?」

「……大変申し上げにくいのですが……」

 青い顔した橘田沼さんは俺の目を見ずにポソポソと呟く。

「お金、足りなかった」

「アレだけ大見得を切ってっ!?」

 踵を返してきた時点でわかっていた言動ではあったが、これほどまでにお約束展開を守ってくれるとは思わなかった。

 なにこの人、勝手に俺を巻き込んでコントでもやってるの?

「おかしいでしょ、なんで自分の財布も確認せずにあんな大口叩けるんですか!?」

「うあーん、仕方ないんだよー。ちょっとはお姉さんっぽいところを見せたかったんだよーぅ」

「台無しだよ! お姉さんっぽさ台無しだよ! これから取り戻すのが難しいぐらいのマイナスポイントだよ! いっそ清々しいまでのコールドゲームだよ!」

「後生だよぅ、黄金くーん。ちょっとお金貸してぇ」

「ってか、アンタ結構稼いでるんじゃなかったのかよ!? なんで手持ちがカラオケの代金も払えないくらいに少ないんだよ!?」

「私ってば出不精だから、銀行とかにもあんまり行かないんだ、テヘッ☆」

「テヘッ☆ じゃねえよ! イラつく! このタイミングでその反応はイラつく!」

「ごめんってば! お願いだからお金貸してよーぅ」

 結局、カラオケの払いは折半となり、俺の財布は少しさびしくなりましたとさ。まぁ、最初は払うつもりだったから良いんだけどさ。


 そんなこんなで昼飯。

 時間も良いところだったので、食事を提案したところ、今度こそ自分が奢る、と泣いて頼まれたので、今回は橘田沼さんの奢りで昼食となった。

 ……いや、比喩表現とかじゃなく、マジで泣かれたのよ。

 白昼の街中で女性に泣かれて『お願いだから奢らせて!』ってせがまれたら、そりゃ首を縦に振るしかないだろう……俺もそこまで鬼じゃないよ。

「で、張り切って奢る、って言ったと言う事は、橘田沼さんは何か食べたいものとかあるんですか?」

「うーん、そうだなぁ。高級フレンチとか?」

「アンタ、カラオケの代金すら払えなかっただろうが」

「こ、今度はちゃんとお金下ろしてきたし! 財布パンパンだし!」

 確かに、さっきATMじゃなくて銀行窓口からお金を下ろしていた。俺みたいな高校生があまりお目にかかれないような大金だったような気がしたが、そんなに金を下ろしてどうするつもりなのだろうか。マジで高級フレンチでも食うつもりか。

 色々極端だなぁ……。

「黄金くんは何か食べたいものってある?」

「俺にリクエストを聞くとは、身の程知らずですね……。タダで奢ってもらえる事が確定したのならば、俺は遠慮しませんよ?」

「お、おぅ、何でも言ってくれたまえ。私は今、すごくリッチだ」

「ならば、国産黒毛和牛サーロインステーキ、二百グラムを要求する!」

「え? それでいいの?」

「え?」

 正直、俺の拙い引き出しの中から、結構高そうなモノを選りすぐってみただけなんだけど……なに、その反応?

「それぐらいならすぐに用意できるよ。おいしい店知ってるんだよねぇ。……あ、でも今の時間、お店開いてるかなぁ。基本は夜営業だしなぁ」

「ちょ、ちょっと待ってください、橘田沼さん」

「え? どしたの?」

 なんだよこの反応。

 普通ならもっとこう……『えぇ~、そんな高いの奢れないよ!』とか言う流れになるんじゃないの? なんで普通に受け入れられてるの? これじゃ俺がなんか馬鹿を見た感じじゃない? おかしいでしょ?

 畜生、悔しい。ここで負けてはいけない。

「……く、くくく、俺の要求をこれほどまでに素直に呑もうとした人間は初めてだぜ……。よろしい、ではもう少しお高めのものを要求しよう」

「あ、やっぱり? だよねぇ、折角お金下ろしたんだから、それぐらいで満足されちゃったらどうしようかと思ったよ」

 待って、この人、金銭感覚おかしい。

 ど、どどど、どうしよう。大口叩いた手前、ここは引き下がれないぞ……ッ!

 いや、発想を変えるんだ。

 金で買えるものを要求すれば、ある程度はどんなものでも差し出されてしまう。

 ならば……ッ!

「完璧なマンガ肉」

「……マンガ肉?」

「そうです。マンガ肉です。聞いた事ありませんか?」

 首を傾げる橘田沼さん。そうか、わからないか。

「ではお教えしましょう。これは口で説明するより、絵にして見せた方が早いかもしれませんね」

 そう言って俺は携帯電話を取り出し、マンガ肉を画像検索する。

 出てきたのはひょうたん型の茶色い肉の真ん中に、白い骨が一本突き刺さった、デフォルメされた骨付き肉だった。

 そう、これこそマンガ肉。

 よくマンガ内で表現されるローストされた肉の事だ。マンモスとかを狩ると、最終的にはこういう形になって食される。

 因みに、こういう形の肉は本来どんな生物にも存在しないそうな。

 くくく、この無理難題、どうやって解く!?

「へぇ、こういうお肉があるんだねぇ」

「いいえ、実はこういう肉は、現在発見されている動物には存在しません」

「え? ないの?」

「そうです、ないのです。しかし男の子ならば一度は夢見るでしょう。このマンガ肉に豪快にかぶりついてみたい、と。そうすればなんとなくマンガに登場する主人公よろしく、豪快で勇敢な男になれたような気がするのです」

「でも、ないんでしょ?」

「そうです。ないんです。だから……」

「だったら作るしかないじゃない」

 はい来た。そのセリフ来た。

 安直な人間はこれだから困る。

「ふぅ……橘田沼さん、よく聞いてください。過去にはレストランなどで、これを模倣した肉が何度か出回った事もあります。しかし、実際の肉を見てみると俺たちが想像しているマンガ肉とは程遠いのです。確かに、シェフの意地と力量によって限りなく近く表現されていますし、それは高い評価を得るに十分でしょう、ですがそれは……」

「いやいや、黄金くん、見くびってもらっちゃ困りますよ」

 おや、橘田沼さんが不敵な笑みを浮かべているぞ?

 なんだ、この人……何を考えてやがる!?

「私は魔法使いだよ?」

 ……あ、そうだった。この人、魔法使いだった。

「い、いやいや、でもいくら魔法使いだからって、肉を作り出す事なんか……」

「やってみる? 多分、やって出来ない事はないと思うんだよねぇ。ちょっと結界張るんで、開けた場所に……」

「ストップ!」

 俺の手を引いて空き地を探し始める橘田沼さんを、必死に制止した。

「どしたの?」

「ごめんなさい。理想は理想のままの方が美しいんです。実際見ちゃったら、なんかロマンが死ぬ気がする」

「うーん、難しいね?」

「そうなんです。難しい少年心なんです」

 くそぅ、規格外だな、魔法使い……。


 その後、俺たちは適当なファストフードで昼食を終え、昼間の繁華街をブラブラと歩いていた。

「こういう時、普通は女性の方がブラブラ歩くのを要求し、男の方がさっさと目的地に行こう、と言うのが定石だと思ったんですがね」

「えぇ~、だって別に面白くないしぃ」

 橘田沼さんはどうやらウィンドウショッピングと言うのが性に合わないらしい。

 街中にはブティックなどもあるし、ショウウィンドウには綺麗に着飾ったマネキンが立ち並んでいる所もある。にも拘らず、橘田沼さんはスタスタと先を歩いていってしまうのだ。

 ……まぁ、今のいでたちを見てもファッションに興味があるとは思えなかったが、これほどまでとは……。

「橘田沼さんはもうちょっとお洒落に興味を持った方が良い」

「え? なんで?」

「なんでって……普通は――」

 改めて橘田沼さんの頭の先からつま先まで見て、

「――その恰好は人前に出る恰好じゃないでしょう?」

「えぇ~?」

 橘田沼さんは自分の恰好をぐるりと見て、それでもやはり首を傾げる。

「どこが? ちゃんとしてるじゃん?」

「アンタの感覚は絶対おかしい」

 ちゃんとしてるというなら、せめて髪ぐらい梳かせよ……。

「仕方ないな、ちょっとついて来て下さい」

「どこ行くの?」

「その辺の服屋ですよ。冷やかし目的ですが、試着ぐらいさせてくれるでしょう」

「服屋なんて面白くないよぅ。映画でも見に行こうよぅ」

「映画館にはドレスコードと言うものがあります。ジャージの女性は入館すら許されませんよ」

「そんな言葉に騙されるかぁ!」

 ちっ、流石に騙されないか。

 仕方ない、多少強引になるが引っ張ってでも行こう。

「ほら、こっち来て下さい」

「えぇ~、映画館行こうよーぅ」

 渋る橘田沼さんの手を引き、近くにあった店に入ってみた。


 ドアベルを鳴らして店内に入る。

 この店はこじんまりとした雰囲気の、よく言えば隠れた名店的雰囲気をかもしているところだった。悪く言えば、あまり流行っている印象は受けない。

「まぁでも、橘田沼さんならこういう店のセンスも合いそうだな」

「さりげなく、私にもお店にも失礼なこと言ってない?」

「まさかまさか。ハイセンスな服は着る人間も相当でないとダメだという意味を込めて言ったんですよ」

「……嘘くさい」

 完全に看破されているが、そんな事は気にしない。

 とりあえず、どんな店に入ってもジャージにサンダルよりマシな服装を整えるだけの品揃えはあるだろう。

「ほら、適当に手に当たったものを取り出してみても、ジャージよりは良い」

「なにをぅ、ジャージ馬鹿にすんなよ!? ジャージだって良いところあるんだからね!」

「じゃあ、橘田沼さんは何かポリシーがあってジャージを着ている、と?」

「そうとも!」

「例えばどんな?」

「すごい、着易い」

「その理屈はわからんでもないが、それで論破できたと思っているその表情が鬱陶しい」

 これは橘田沼さんの意識改革も容易ではなさそうだな。

「じゃあ俺が適当に見繕いますから、とりあえず試着してみてくれます?」

「えぇ~、面倒くさいぃ」

「いいから、騙されたと思って」

 俺は適当に選んだトップスとボトムスを橘田沼さんに渡して、試着室へと押しやる。

「ホントに着替えなきゃダメ?」

「別に買えって言ってるわけじゃないんです。少し着てみるだけでいいんですよ」

「……まぁ、それぐらいなら別にいいけどさ」

 ブツクサ言いながら、橘田沼さんは着替えを始めたようだ。

 ふぅ、これで第一関門クリアか。

 あとはこれで少しでもファッションに対する興味でも持ってもらえれば良いのだがね。

「ねぇ黄金くん」

「なにかね?」

「……黄金くんって女の人に服を選んであげる事って、よくあるの?」

 唐突に妙な質問が飛んできたな。

「正直に言えば、貴女が初めてですよ。女性と服屋に入るのだって初めてだし」

「へぇ……ちょっと意外かも」

「そうですか? どの辺が?」

「だって、黄金くんってお話してても面白いし、学校でも友達多いんでしょ? 女の子の友達と買い物だって来るかな、ってさ」

 むぅ、そう言われて悪い気はしないが、現実を見てみるとそうでもない。

 俺は名園に引っ越してきたばかりで、友達と呼べる友達なんて数えるほどしかいない。その内、女の友達といえば本田姉妹が筆頭だ。やつらと買い物なんてするはずもない。

 ……あ、いや、次の日曜にそんな予定が入っているんだったか……。

「頭が重くなってきた……」

「どしたの? 具合悪いの?」

「大丈夫です。それより、着替えは終わりましたか?」

「うん……でもさ」

 シャッとカーテンが開き、俺が適当に選んだ服を着た橘田沼さんが現れた。

 Tシャツにプリーツスカート。

「年柄に合わなくないかな……?」

「橘田沼さんって幾つ?」

「お、女の人に年齢を聞くのは失礼だと思うよ!」

「し、失礼しました。まぁでも……」

 改めて橘田沼さんの頭の先からつま先まで見る。

「似合ってるんじゃないですか? 歳相応かどうかは横に置いても」

「むっ、後半の言葉が気になるが、似合っているというのは褒め言葉として受け取っておこう」

「だって、橘田沼さんが年齢を教えてくれないんですから、俺には歳相応かどうかはわかりませんしね」

「そんな事言っても、絶対に教えないからね」

「……そこまで強情になるとは、実は結構年増……ブッ!」

「鉄拳制裁!」

 橘田沼さんの拳が俺の顔面にヒットしていた。

 くそぅ、女ながら良い拳を持ってるじゃねぇか……ッ!

「とにかく、私はもう着替えるからね」

「いや、ちょっと待ってください」

 試着室に戻ろうとする橘田沼さんを止め、俺はマジマジと彼女を見つめる。

「な、なに?」

「やっぱり頭だなぁ」

「何が?」

「そのボサボサの髪、梳かしてもらいましょう」

「えぇ~」

 服装だけまともでも、あんなボサボサの髪では馬子に着せる衣装にもならない。

 やはりここはトータルコーディネートせねばなるまい。

「店員さんの誰かに櫛を貸してもらえれば、すぐに梳かせますよ」

「面倒くさいよー。なんでこんなところまで来て、髪を梳かさなきゃならないのぉ?」

「普通は出かける前にするもんなんですよ。それを怠った貴女が悪い」

「黄金くん! 私はね、もっとロックに生きたいの! 他人の敷いた普通なんていうレールに乗っかりたくないの!」

「かっこいい事言ったつもりか。そういうのはある程度の事を成し遂げた人が言わないと、全く説得力を持たないんですよ」

「私だって色々やったよ~。未解読の魔術書の解読を丸々一ページとか偉業を成し遂げたよ~」

「俺にはそのすごさがよくわからんのですが、詳しく説明していただけますか?」

「……ちょっと、色々な観点から見て、無理かな」

「じゃあ信じられませんね。さぁ、櫛を貸してもらいましょう」

「やぁだぁ~」

 駄々っ子よろしく、手足をばたつかせる橘田沼さん。

 この人、ちょっと前に『お姉さんっぽいところを見せたい』とか抜かしてたんだぜ……信じられないよな……。

 その時、ドアベルを鳴らして、新たな客が入ってきた。

 何の気なしにそちらに目をやると、そこには見知った顔が。

「おや、みやじゃないか」

「……三田くん、やっと見つけた」

 現れたのは本田姉妹の姉の方、みやだった。

 確か、今の時間は完全に授業時間のはずだが……。

「人の事は言えんが、礼儀として聞いておこう。お前、学校はどうしたんだ?」

「貴方を探しにきたのよ。今日は朝から学校に来ていなかったみたいだし、連絡もないからちょっと心配でね」

「ほ、ほう……そりゃ悪かったな」

 そうか、そう言えば学校を休む事に決めてから、学校には何の連絡も入れてなかったし、本田姉妹や俊明のヤツにも何も言ってなかったな。

 チラリと携帯電話を確認すると、不在着信と未読メールがたまっている。バイブレーションにすら気付かないとは、俺も鈍感になったものだ。

「そりゃもう心配だったから、家まで押しかけて、中に誰もいない事を確認した後、方々手を尽くして情報を集め、ここに至ったというわけよ」

「おい、今かなり不穏当な言動が聞いて取れたが?」

 あっれ、コイツ、俺が思ってるより健気な人間じゃないな?

「お前、まさか俺にGPSとかつけてるんじゃないだろうな!?」

「もしそうだったらどうするの?」

「外せよ!? 何勝手に人の位置情報把握してるんだよ!?」

「ふふ、冗談よ。でも、もし仮に本当に私が三田くんにGPSとか付けてるなら、当然外す事はないけれどね」

「サラッと恐ろしい事を抜かすな!」

 やべぇよ、コイツマジでやべぇよ。

 何かしらの法的措置を持って制裁を加えないと増長するばかりだよ。

「まぁ、そんな事はさておき」

 俺のプライバシーの問題を『そんな事』と吐き捨て、みやは橘田沼さんに向き直った。

「これは、どういうこと?」

 いっそ睨みつける勢いで、みやは橘田沼さんに視線を飛ばしている。

 対する橘田沼さんは居心地悪そうに視線を逸らしていた。

「説明してもらえるかしら?」

「あー、えっと……」

 言い淀んでいる橘田沼さんを見かねて、俺が割って入る。

「お前ら、知り合いなのか?」

「知り合い……って言うか、昨日、この人はウチに挨拶に来たのよ」

「みやの家に?」

「一応、私の家は地主みたいなモノだからね。……あら、三田くんは知らなかった?」

「全く聞いてないな」

 そうだったのか。全然気付かなかった。

 みやからはそれほどお嬢様っぽさは感じられないし、まやからはそれに輪をかけてお嬢様っぽくないしな。

「因みに、三田くんのお父様も、引っ越してきた日に、ウチに挨拶に来たわ」

「へぇ、親父は何も言わないからなぁ」

「さらに言えば、三田くんの住んでいるアパート、コーポ名園は我が本田家の有する物件でもあるわ」

「マジか!? じゃあ、大家さんもお前の家と関係あんのか!?」

「そうなるわね。色々ビックリした?」

 そりゃビックリだよ。色々と細々した新事実発覚だよ。

 でも割かしどうでもいい新事実ばっかりで、ちょっとどう反応していいのかわからないよ。リアクションの程度に困るよ。

「で、ビックリし終わったら説明してもらえる? これはどういうことなの?」

「どういうことって、そりゃ、俺と橘田沼さんはブラブラと町を歩いていただけだ」

「学校を休んでまで?」

「色々あってな」

 魔法使い云々と言う説明を入れるとややこしくなるし、胡散臭くなるので、ここでは割愛しておこう。

みやも『ふぅん』とうなるだけで、深くは追求してこなかった。

 しかし、視線は鋭くなる。

「でも三田くん、私が買い物に誘った時は渋ったわよね?」

「えっ?」

 ……そういや、確かに渋ったな。女性の買い物は長くなるのでイヤだ、と明確な理由までつけて断りもした。

「私の誘いは断るくせに、この人と買い物するのは良いんだ? へぇ~、ふぅ~ん」

「いや、ちょっと待て。これにはお前には話せない深いわけがあるんだよ」

「おかしな事を言うわね。他人に話せない言い訳なんて、なんの役に立つのかしら?」

「まぁ、落ち着いて聞きたまえよ」

 ヤバいヤバい。かなり立場的に弱いところにいるぞ、俺。

 見かけが綺麗なだけに、みやにすごまれるとかなりのプレッシャーがある。この威圧感で俺の寿命が激しく消耗している。

 ここは口八丁でどうにか乗り切るしかない。

「よく聞け、みや。例えばだ。お前はお隣さんが困っていたら、手を差し伸べたりはしないか?」

「……人によるわね」

「なんて正直な娘……。だったら、そのお隣さんはお前も助けてやりたいって思えるような人だったとしよう。その場合、ちょっと買い物に付き合うぐらい、どうって事ない、と思えたりするだろう?」

「言いたい事はわからなくもないけれど、それってつまり三田くんは、私がその助けてあげたくなる人間に当てはまらないって言ってるのね?」

 ぐは、墓穴を掘ったんじゃないか、これ。

「大体、三田くんにそんな人助けを率先して行うような殊勝な心がけがあるわけがないもの。貴方はもっと自分本位な人間だったはずだわ」

「くっ、否定しづらいところを突いてきやがる……」

「そんな人が誰かのために動くなんて、おかしな話ね?」

「こ……黄金くんを」

 その時、橘田沼さんの声が聞こえた。

「黄金くんを悪く言わないでくださいっ」

 それは俺を擁護する言葉だった。

 まさか橘田沼さんから援護射撃を受けられるとは思っていなかったので、俺は素直に驚いていた。それはみやも同じだったようで、少しの間、言葉をなくしていた。

「黄金くんは優しい人ですよ。本田さんも、それはわかってるんでしょ?」

「……気に食わないわね」

 ムッとした表情で、みやは橘田沼さんの前に立つ。

「そんな事、言われなくてもわかってるわよ。貴女よりも付き合いは長いんだしね」

「そ、それは……だったらそんな風に言わなくても……」

「私と三田くんとの会話はある程度じゃれあいみたいなものなの。親愛表現なのよ。そこにポッと出の貴女が割り込む隙なんかないわ」

「えっと、その……すみません」

「おっと、その辺にしておけよ」

 蛇に睨まれたカエルよろしく、縮こまってしまった橘田沼さんの前に、俺が割ってはいる。これ以上みやの口撃の前に晒されては、橘田沼さんが可愛そうだ。

「今回は曖昧な事をやってた俺が悪いんだ。橘田沼さんもみやも、二人でケンカする事ぁないだろ」

「……そうね」

 みやはため息をついた後、きつい光を放っていた瞳を伏せ、橘田沼さんに頭を下げた。

「悪かったわ。空気悪くしちゃってごめんなさい」

「あ、いえいえ。私こそ、出すぎた真似をしちゃって……」

「私はお邪魔みたいだから、すぐに帰るわ。橘田沼さん、だっけ? 最後に一つ、覚えていて欲しいんだけど」

「はい?」

「私には双子の妹がいるの。苗字じゃわかりにくいから、名前で呼んで。私の名前はみやよ。次からはそっちで呼んでくれると助かるわ」

「あ、はい、みやさん」

 そう言ってみやは店を出て行った。

 軽い修羅場だったような気がしたが、その後の店内には静けさが戻っていた。

「じゃあ、俺たちも帰りましょうか」

「そうだね……」

 橘田沼さんの笑顔にも元気がなく、最後の最後で俺の罪滅ぼしは微妙な感じになってしまったのだった。


****


 バスに揺られた後、田舎くさい地元へと戻ってくる。

「今日はすみませんでした、みやのヤツが変な因縁吹っかけちゃって」

「ううん、私こそ、みやさんに悪い事言っちゃった」

「そんな事ないですよ。アイツは偶に周りが見えなくなる事があるんで、良い薬です」

「はは、そう言ってくれると助かるな」

 力なく笑う橘田沼さん。

 みやと会ってから、ずっとこの調子だ。

なんだかすごくモヤモヤする。午前中はあんなに楽しそうだったのに、これでは町に連れ出した意味も薄くなってしまう。

 他のどんな日でも関係ないが、今日だけは、俺と居たこの日だけは、俺の威厳にかけてこんな顔では終わらせたくない。

「……橘田沼さん、今日は楽しくなかったですか?」

「えっ!? いやいや、楽しかったよ! すごく!」

「だったら、そんな顔しないでくださいよ」

 俺の言葉が意外だったか、橘田沼さんは自分の顔をペタペタ触って確認している。

「私、今どんな顔してる? 鏡持ってないからわかんないんだけど」

「なんか『今日は楽しくなかったなー。家でゴロゴロしてた方がマイナスがない分、生産的だったなー』って顔してる」

「えぇ~、そんな顔してる!?」

 まぁ、ちょっと言い過ぎた感はあるが、あながち間違っちゃいないだろう。

「確かに、俺のせいでみやにケチつけられて、面白くない思いはしたと思います。でも、だったら家に着くまであとちょっとの間に、俺に挽回させてくれませんか?」

「というと?」

「今日を笑顔で終わらせたいんです。何でも言ってください。俺が貴女を笑顔にしてみせますから」

 ちょっとクサかっただろうか。言った後、自分の顔が火照るのがわかった。

 それを見て、橘田沼さんが吹き出して笑う。

「ぷっくく……黄金くん、恥ずかしい……」

「ぐっ、わかってますよ。ちょっと公共の場で言うようなセリフではなかったと後悔すら抱いてます」

「ふふっ、でも嬉しい。君がそんな風に思ってくれるなんて」

 不意に、手が暖かくなる。

 気付くと、橘田沼さんが俺の手を握っていた。

「ありがと、ちょっとほっこりした」

 彼女の穏やかな笑顔を見て、激しい動悸を覚えたが、何かの病気だっただろうか?

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