表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

1-2

午前の授業は寝て過ごし、昼休み。

 学校食堂があるこの名園高校では、金を払えば温かご飯にありつけるのだが、俺は経済的に優しい弁当を持参しているので、ここに入学してから数ヶ月、学食に行った事はない。

 だが今日は珍しく、件の学食とやらに来ている。何故ならば、俊明に誘われたからだ。

「おい、俊明。さっきのは嘘じゃないだろうな?」

「もちろんだ。俺がそんなつまらない嘘をつくような男に見えるか? だったら別に反故にしても構わないんだが」

「うおお、俺は間違っていたぞ、俊明! お前は嘘を嫌う、真っ直ぐな男だ!」

 ここに来る前、俺たちは一つの契約を結んでいたのである。

 内容は『学食にあるドリンクを一つ、おごってもらう』というもの! タダでもらえる物は貰っておく主義の俺としては、見逃す術など微塵もないわけだ。

「さて、ではこの学食で一番高いドリンクはどれかな、っと。おい、学食のおばちゃん、ドンペリニョンを持てぃ」

「あっははは、面白い子だねぇ」

 一笑に付されてしまった。くそぅ、人生経験が積まされれば、あんな対応が出来るようになるものか。

「うぬぬ、仕方がない、ではコーラフラッペを頂こう」

「そんなもの、置いてないよ」

「では、何があるというのだ?」

「食券買って出直しておいで」

 おばちゃんが指差す先に発券機が置いてあった。

 いや、俺も学食に入ってすぐ、その存在には気付いていたのだが、その発券機に群がる生徒諸君は、のたうつ大蛇が如くに長い列を作っている。俺には到底、あの最後尾に並んで順番を待つ、なんて事は耐えられん。時は金なりという言葉もあるしな。

「おばちゃん、食券なんてシステムは既に古いとは思わないか?」

「どこが古いんだい? オーダーのミスもなく、先払いかつ自販機を導入する事によってお金の授受ミスにもならない。いいシステムだと思うけどねぇ?」

「おばちゃん……なかなかに手練な喋り口だな……。だがあえて反論しよう! オーダーのミスはおばちゃんたちがプロであれば、当然の如く防げるモノだろう! それに金銭授受に関しても、そこには機械を介しての受け渡ししかなく、人の温かみがない!」

「まぁ、確かにあたしらもミスがないようには気をつけているけどね。でもそれでも人間だもの。完全にミスを防ぐ事なんて無理さね。それに可能な限りミスを防ぎ、ひいてはミスが発生する機会を排除するのが文明の利器の利点だと思うけどね? あと、金銭の授受に関しては最悪、人間関係のこじれにもつながりかねないからね。そこはシビアにして、温かみを排する事も、ある程度は必要だと思うよ」

 おおぅ、なんなんだ、このおばちゃんは! 俺の言葉に律儀に反論してきやがる!

 これは相当な女狐だと睨んだ! あのふくよかな割烹着姿に隠された、とんでもない本性を内包しているに違いない!

「他に何か言う事はあるかい?」

「おばちゃん……口が達者なようだな」

「アンタほどでもないよ」

 冷ややかな笑みを交し合い、視線で静かに火花を散らす。

 まさかこんな身近に好敵手を見つけるとは……人生、どこにチャンスが転がっているとも知れんものだな。

「お前、なにやってんだよ」

 そこに俊明がやってきた。手には食券を持っている。

「お前、あの発券機で食券を買ったのか!?」

「そりゃそうだ。あそこで買わない限り、学食では何も食えないからな」

「バカヤロウ! それは相手にルールを強いられていると言う事だぞ!? アナーキスト根性はどうした!?」

「んなもん、最初から持ち合わせてねぇよ。はい、おばちゃん」

「あいよ、Aランチとフルーツ牛乳二つね」

 俊明は慣れた手つきでおばちゃんに食券を渡し、俺に向き直った。

「大体、おばちゃんに学食のシステムについて食いついたって仕方ないだろうに」

「そういう問題ではない! 滾る情熱を絶やさない事が重要なんだ!」

「だからって所構わず噛み付いてたら、単なる迷惑な客にしかならんだろ」

「俺たちはお客様である! お客様は神である! ならば、俺たちは神である!」

「やっぱり連れて来るんじゃなかったかな……」

 どうやら俺を連れてきた事を後悔しているらしい。ふはは、今頃気付いてももう既に遅い。まだまだ俺プレゼンツの素晴らしいショーを見せてくれる!

 ……とは思ったが、腹が減っては戦も出来ん。

「おら、俊明。さっさと飯にしよう」

「俺の飯がまだ来てないわけだが……」

 俊明の頼んだAランチはまだ来ていない。まぁ、さっき頼んだばかりなのに、もう出来上がっていたのならおばちゃんのスキルの高さを認めざるを得ない。

「仕方ない、俺は適当に席を取っておくから、ちゃんと迷わずに来るんだぞ」

「おぅ、先に食ってていいぞ」

 俺は俊明と別れ、適当な空席を見つける事にした。


 運良くテーブル席が空いていたので、そこに着席する。

 時間的に混んではいるが、満席になるほどでもないらしい。

 俊明が頼んだような定食モノだけでなく、パンやおにぎりなど、場所を選ばずに食べられるモノも売っている所為か、食い物だけ買って他所で食べるって生徒は多いらしい。確かに天気の良い日なら屋上で食べるのもありかも知れんな。

 そんな事を考えながら弁当を突いていると、俊明がトレイを持ってやってくる。トレイの上にあるのはフルーツ牛乳とAランチ。白飯、味噌汁、日替わりおかず二品の四点セット。湯気の立つ料理がとても美味そうである。

「ほら、フルーツ牛乳。お前のだ」

「おぅ、ありがとよ。でも俺としてはココアの方が良かったな」

「ココアはフルーツ牛乳より十円安いが、それでもいいのか?」

「フルーツ牛乳一択だろ、金額的に考えて」

 人からたかれるなら、一円でも高いものを! それが俺の信条。

「まぁ、そんな話はともかくだ」

 俺はフルーツ牛乳を飲み干し、対面に座る俊明を見やる。

「こんな物で俺を釣って、学食までおびき寄せたからには、さぞ重要な案件が待ち受けているのであろうな?」

 俺は基本的に、昼休みは教室で弁当を食う。これはこの数ヶ月、変わる事はなかった。

 それは俊明も知っていたはずだし、これまで学食に誘う事はほとんどなかった。

 しかし今回、俊明自ら、何のペナルティもないのに、勝手に俺にドリンクを一つ奢るという餌をぶら下げ、俺をここまで連れ出した……という事は、単に学友と共に食卓を囲みたかっただけ、というわけではないだろう。

 質問を投げられた俊明は、メインのおかずであるムニエルを食べながら、ふぅんと唸った。

「察しがいいな、黄金。そうさ、実はお前に話がある」

「やはりな。貴様の浅はかな知恵など俺の前には愚策凡策に値する。下らん手間をかけずに単刀直入に言ってみるが良い」

「じゃあまぁ、聞くけどさ。お前って何でみやちゃんにあんなに冷たいわけ?」

 俊明の口から飛び出した言葉は、頓狂な物だった。

 なんだよ、そんな事聞くために呼び出したのかよ。もっと深ぁい話題があるかと思ったら、浅いわ。子供用プールもビックリの浅さだわ。

「ははは、俊明くん、君も異な事を仰るね。僕と本田さん姉と、そんなに仲が悪そうに見えたかい?」

「仲が悪い、って言うか、お前が一方的に突き放してる様に見えるな」

 茶化した態度もスルーされ、俊明の口調はひどくドライだ。

 なんだよ、コイツ。昼時にそんな話を真面目にしたいわけか?

「……良いだろう、真面目に話そう」

 俊明の態度に誠意を見せねばなるまい。何せフルーツ牛乳は奢ってもらっているのだ。吐き出して返せと言われても無理だし、そんな見え透いた餌に飛びついた俺にも非はある。

「俺は別にみやに対してだけ冷たくするわけではない。と言うか、お前も言っていたように、俺は恋愛晩生なシャイボーイなんだよ」

「それは重々知ってる。でも俺は、お前の晩生は人に嫌われたくないってタイプの晩生ぶりだと思ってたわけだよ。相手の好意に確証が取れない内は、あまり踏み込みたくないって言う、チキン根性って言うの?」

「そうだよ。正にそれ」

「……いや、当てはまらないだろ」

 俊明は箸の先を俺に向け、キッと睨みつける様に見据えてきた。

「みやちゃんはアレだけわかりやすく、お前に好意を持ってくれてるじゃん? なんでそれに応えられないわけ? 正直、みやちゃんが不憫でならんよ」

「なるほど、お前はどっちかって言うと、みやが可哀想でこんな話を持ちかけたんだな」「まぁ八割がたそうだな」

 嘘偽りなし、百パー本気の返答だった。短い付き合いでも、それぐらいわかる。

 確かに俊明の言うとおり、みやから向けられる好意はわかってはいる。

 アレが打算なしの本音ってのも、なんとなくは理解している。

 ……ただ、だからと言って俺が色よい返事を返すのは何かが違う気がするのだ。

「俺だってみやは大事な友人だと思っているし、別に嫌っちゃいないが、アイツの言葉に素直に頷ける様な心持ちってのは、まだ整っちゃいないんだよ」

「今朝も言ったけど、お前と比べたら破格の物件だと思うけどね。付き合ってみて初めて気付く恋心ってのもあるんじゃないの?」

「そんな不誠実な返答なんかじゃ、逆に失礼だろうが」

「はぁ……まぁ、なんとなくわかったわ。お前、意外と結構真面目なんだな。そう言う所もお前の美徳だとは思うけどね。行き過ぎると損すると思うぜぇ」

 ため息をついた後、俊明は自分の食事に戻った。どうやらこの話は終わったらしい。

 俺も残っていた弁当を平らげた。

 ……しかし何だな。俊明ごときにここまで言われると、流石に何か言い返したくなるな。

「ところで、そこまで言う俊明くんは、どの程度恋愛経験がおありで?」

「何? 聞きたいの? 別に話してやっても良いけど、凹むなよ?」

「おぉ、望むところだぁ、話してみろぃ」

 それから昼休みが終わるまでの数十分、俊明先生の恋話と言うか、濃い話を聞かされて、午後の授業は若干胸焼けしながら受けたのでした。

 俊明曰く、

「田舎じゃあんまり娯楽もないしな。俺は女の子に娯楽を求めるようになったのよ」

 との事。

 コイツ、結構女性の敵なんじゃねぇの?


****


授業も終わり、放課後。

「じゃあ三田くん、日曜、楽しみにしてるからね」

「……おぅ」

 隣の席にいたみやはそうやって笑いかけると、教室を出て行った。

 アイツはいつもそそくさと足早に下校する。部活は入っていないようだし、何か稽古事だろうか?

 まぁそうしてくれた方が、無理に下校を一緒に誘われるよりマシか。友達に噂とかされると恥ずかしいし。

「コガネー!!」

 だが、もう一人のうるさいヤツが俺の後ろから飛び掛ってきた。

「高校生にもなって異性に抱きつくんじゃない!」

「あっははは、恥ずかしいか!? 恥ずかしいか、コガネ!?」

「恥ずかしいし、鬱陶しいし、暑苦しいし、気持ち悪いし、周りの目も痛いから離れろっつってんだよ、アホ!!」

 無理やりまやを引き剥がし、慌てて距離をとる。

 あー、ビックリした! 女の子って柔らかい!

「まぁ軽いスキンシップはここまでにして、」

「軽くねぇ。全然軽くねぇ」

「一緒に帰ろーよ、コガネ!」

「断る! 折角みやがやすやすと帰ってくれたのに、何でお前と帰らなきゃならんのだ! 俺は断固拒否するぞ!」

「えぇ~、冷たーい。コガネが冷たーい」

「俺はいつだってクールガイだ。寄らば凍傷にしてやるぞ。寄らなくても霜焼けくらいにはしてやるぞ」

「クールガイだったら女の子に抱き付かれてもあんなに慌てないよ?」

「あ、慌ててなんかいません!」

「クールガイは顔真っ赤にして否定したりもしないよ?」

「そんなクールガイだっているさ!」

 くそぅ、まやのクセに小癪な! 早く話題を逸らさないと、ボロが出てしまうぞ!

「そ、そんな事よりまや! お前、部活とかは入らないのか?」

「部活ぅ? 時期的に微妙になっちゃったしなぁ」

 確かに、今は初夏。部活をやるならもっと早めに入部しているべきだろう。

 しかしそんな簡単にオチをつけられては、折角話題を逸らしたのに意味を成さない。

「いやいや、まやだったら遅れてきたホープ! とか言って、どこでも引っ張りダコだろう。運動部でも文芸部でも、何でもござれだ」

「コガネは私を何だと思ってるのさ? みやほど何でも出来るわけじゃないよ」

 まやの言うとおり、みやは割と何でも出来る器用な人間だった。

 それが器用貧乏のレベルではなく、ちゃんと万能人間、文武両道を体現するレベルなので、天才と言うのはいるものだな、と納得させられる。

 そんな人間が何故俺にアタックを仕掛けてくるのか、我ながら甚だ謎である。

 しかし、そんなみやの双子の妹であるまやは、それほど器用な人間ではなかった。

 別に笑えないほど馬鹿だとか、思わず引いてしまうほど運動オンチだというわけではないが、みやほどの域に達してはいない。どちらかと言うと、俺ら凡人組と同レベル程度なのだ。双子なのに似ていない、とは前にも言ったが、こんなところでも彼女たち二人は似ていないのである。

「だから私は部活には入らず、帰宅部人生を謳歌するのである!」

「ふむ、その心意気は悪くはない。だが、貴様に帰宅部に入部する資格があるかな!?」

「な、何ぃ!? 帰宅部には入部資格があるの!?」

「ふふふ、やはり知らないようだな。そんな事では帰宅部のレギュラーどころか、ベンチ入りだって怪しいぞ」

「わ、私はまだ未熟だった……こ、コガネ教官! どうか愚かな私に、その資格についてご教授下さい!」

「よかろう! まずは専攻する種目を決めるのだ。インターハイでは徒歩帰宅、チャリ帰宅、バス帰宅の三種目がある。この内、貴様は徒歩帰宅だったな!」

「そうであります!」

「徒歩帰宅の資格は健脚である事! さらには自宅がスタート地点より徒歩三十分以内である事などが挙げられる! だが残念かな、貴様の脚では健脚とは言いがたい!」

「えぇ~、でも私、ちょっと脚には自信あるよ」

「ば、バカモノ! スカートをたくし上げるな!」

 ただでさえ短いスカートなのに、それ以上たくし上げたら見たくないものまで見えてしまうだろうが! やはり、コイツは帰宅部の資格よりも、ちゃんとした女子としての自覚を教え込まねばならんだろうか。

「おーい、馬鹿二人ぃ。さっさと帰ろうぜぇ」

 そこに俊明の水入りがあり、このお話もお開きとなった。

 まぁ、収拾つかなくなってたし、ありがたい。


****


 で、何故か俺は俊明とまやを連れて、近くのファストフードに来ていた。

「あっれ、おかしいな? 俺は学校から直帰するはずだったんだが?」

「コーラ奢るって言ったらホイホイついて来たヤツが、いまさら何を言う」

「くっ、欲望に忠実な我が精神はいかんともしがたいな!」

 よくよく考えてみれば、コーラ一杯よりも移動費の方が高いので、収支で言えば完全にマイナスだ。

 しかし、ここまで来てしまった以上、払った金は戻ってこない。ならば俊明からコーラをせしめて、寒空に喘ぐ俺の財布の慰みにするしかあるまい。

「俊明! コーラじゃ! コーラを持てぃ! Lサイズじゃないと嫌だぞ」

「はいはい。じゃあお前とまやちゃんは適当に席取っておけよ」

「はーい。行こ、コガネ!」

「おぅ」

 カウンターに俊明だけを残し、俺とまやは適当な席に陣取る。

 二人がけのテーブルを二つあわせて、即席四人がけテーブルの完成だ。余った一席は荷物置きにでもすればいいだろう。

「ねぇねぇ、コガネぇ」

「ぁんだよ?」

 俺の対面に座ったまやは荷物を置くなり、馬鹿でかい声を上げる。そこそこ客入りの良い店内ならば普通の声量にも聞こえるが、これが他所で聞けば公害スレスレレベルの騒音なのには想像に難くない。

「今朝の話の続きなんだけどさぁ、結局、コガネの隣に引っ越してきた人って、どんな人なの?」

 そう言えば、今朝方、そんな話をしていたっけか。

 橘田沼さんの事だろうが……どんな人って言われても、なんとも言いがたい。

「俺も昨日あったばっかりだし、あの人の人となりなんか知るかよ」

「うーん、じゃあねぇ、外見と名前はわかるでしょ?」

「お前、そこまでして知りたいの? 何? 見ず知らずの女性相手に、ちょっとしたストーカーさん?」

「コガネにだったらストーカーしてやっても良いゾ☆」

「気持ち悪いから絶対やめろよ☆」

 冗談はさておき、コイツに橘田沼さんの事を教えても良いものだろうか?

 ……まぁ名前と外見を教えるだけなら、プライバシーの侵害で訴えられる事もないか。こんなの世間話の範疇だろうしな。

「名前は橘田沼りこさんって言って、年上の女性だったよ。外見は……なんていうか……えっとだなぁ」

 うーん、形容に悩むなぁ。

 俺は歯に布着せないタイプだが、陰口は嫌ってしまうタイプなのだ。

 ここで俺が橘田沼さんの外見を『なんかボッサボサの髪をして、ジャージ姿の飾りっ気の欠片もない人だったよ』って言ってしまえば、それは完全に陰口ではなかろうか?

 しかし、それ以外に表現方法が思いつかない。

「あ、コガネ、思い出してモンモンしてるって事は、美人さんだな?」

「まぁ、素材はよかったんじゃないか?」

 チラッと見た感じ、肌は綺麗そうだったし、スタイルもすらっとしてる割には出るトコ出て、へこむ所はへこんでたし、アレでちょっとお洒落を覚えれば見違えるほどきれいになるはずだ。

「へーぇ。コガネってばお隣さんをそんな目で見てたんだぁ」

「綺麗な人を綺麗って言うのは、当然の評価だと思うが?」

「ふーん……ねぇ、じゃあ私は?」

 試すような視線で、まやは俺を見てきた。その視線には多少なりと艶やかさが混じっていた。流石は双子の姉妹と言ったところか、その風情にはどこか、みやを思わせるところがある。

 偶にコイツは、こういうキャラに似合わない行動をし始める。お前に妖艶さなんて誰も求めていないと言うのに。

 ここはそうだな。コイツに自分のキャラ付けというモノを教え込むためにも、しっかりハッキリ、言葉にして伝えてやらねばならんな。

「単なる馬鹿だろ」

「ヒドっ! 言うに事欠いて、単なる馬鹿とは何だ、このーぅ!」

「馬鹿な人を馬鹿って言うのは、当然の評価だと思うが?」

「私は馬鹿じゃないやい! イチたすイチはニ!」

「馬鹿じゃないの証明として、その例題を出すのは間違ってるだろ」

 コイツ、本当に馬鹿なんじゃないのか……?

「おーい、馬鹿二人、待たせたな」

 そこへ俊明がトレイを持ってやって来る。トレイに乗っているのは人数分のドリンクと、ポテトなどの適当につまめるものが幾つか。

「ほぅ、流石は気配りの俊明。ドリンクだけでなく、適当な食べ物までオーダーするとは、恐れ入ったぞ」

「お前が食うなら金払えよ?」

「え?」

「え? じゃねぇよ。コーラ奢ったんだから、それぐらいは払えよ」

「コーラ奢ってくれたんだから、食い物も奢ってくれればいいじゃん!」

「そんな理屈が通るか」

 くそぅ、がめついヤツめ……。

「あ、まやちゃんは食べて良いからね」

「わーい、ありがと、とっしー!」

「異議あり! なんで、まやは食べれて、俺は食べれないんだ! この似非フェミニストがっ! 男尊女卑の心意気を知れっ!」

「お前にばっかり奢ってたらまやちゃんが可哀想だろうが。これでフィフティだよ」

「コガネはもっと心に余裕を持った方が良いと思うなぁ」

「くそっ、なんで俺が間違ってる風な流れなんだ!」

「コガネが間違ってるからだよ」

 まやからの冷静な突っ込みは心にクるな……。

 仕方ない、ここはコーラLサイズで我慢するか……。

「んで、俺が来るまで何話してたの?」

「別に? なんでもない世間話だが?」

「隠す事ぁないじゃんよ。なになに? 何話してたんだよーぅ」

 うわ、鬱陶しい。

 野郎にじゃれ付かれても暑苦しいだけじゃないか! と、俺が心底嫌な顔をしていると、適当にポテトをつまんでいたまやが口を挟む。

「コガネん家のアパートに引っ越してきた人の話だよ」

「あ、そ。じゃあ良いわ」

「えっ!?」

 俊明の鮮やかすぎる引き際に、俺は正直面を食らった。

 もっと突っ込んで聞いてくるかと思ったのに……聞かれないと話したくなるのは人の性と言うものだよなぁ。

「そーなんだよ! 俺ん家の隣に誰か引っ越してきてさぁ」

「いや、いいって。聞きたくない」

「む、何故そこまで拒否反応を示すのだ。何か後ろ暗い経験でもおありかな?」

「そうじゃねぇよ。……前に黄金ん家に誘われた事あったろ?」

 うむ、確か、こちらに引っ越してきてすぐだっただろうか。

 俊明のヤツがどうしても俺の新居を拝謁したいと懇願するので、仕方なく我が家へご招待してやったのだが……。

「あの時、確か俊明は急に具合が悪くなって帰ったんだったな」

「そうだよ。お前ん家に辿り着く前にな。それまで絶好調バリバリだったのに、お前の家に近付いただけで体調を崩すとか……絶対あのアパートは呪われてる」

 あの日から、俊明は我が住処であるコーポ名園を呪いの家と呼ぶのだ。

 ふん、馬鹿馬鹿しい。実際に呪われてるのであれば、そこに数ヶ月居住している俺はどうなると言うのだ。

「きっと俊明の事だから、昼飯に変なものでも食ったんだろ?」

「いいや、学食のおばちゃんたちの衛生管理は大したもんだ。俺が腹を壊す原因は何一つなかったし、俺に起こった異変は腹痛だけではない」

 聞くところによると、どうやら腹痛以外にも頭痛、吐き気、節々の痛み、眼精疲労、耳鳴り、巻き爪、突き指、鼻詰まり、口内炎、魚の目、擦り傷切り傷等々の症状が併発していたらしい。本人談なのでどこまで信用していいのかわからん。ってか、七割は嘘だろう。

「絶対、黄金のアパートは呪われてる!」

「俺はこの数ヶ月、霊障らしき経験はしたことありませんがね!?」

「そりゃお前、鈍感なだけだろ」

「馬鹿仰い。俺のシックスセンスはバリサンの感度良好だっつの」

「まぁまぁ、落ち着きなさいな、ご両人」

 ポテトをモリモリ頬張っていたまやが、またも間に立つ。

「正直、私としてはどーでもいー話なので、その辺で切り上げてもらえませんかね?」

「俺と俊明の聖戦とも言えよう壮絶な舌戦に割って入ったのに、動機がまともでないのはどういう事かね?」

「私はぁ、霊とかそういうのぉ、信じてないからぁ」

「あからさまに語尾を伸ばすな。イラッと来る」

 その後も、そんなどうでもいい事を話ながら、その場は流れ解散となった。


****


 そして帰路である。それは岐路でもあった。

 俺はこの日あの道を通らなければ、もしくはあんなに長い事話し込まなければ、そもそも俊明やまやに付き合ってファストフードに寄らなければ、今後進む人生は大きく変わっていたであろう。

 しかし、それは起きる。


 繁華街からバスに揺られ、またも数十分。

 時刻は既に黄昏時を通り過ぎ、空にはチラチラと星も輝き始めている。うーん、長居しすぎたな……。

 バスで地元まで帰ってきたら、そこは薄暗い田舎の風景だった。

 これで国道沿いだと言うのだから驚きだ。街頭の明かりは煌々と照っているが、ちょっと近くにある山の方は家の明かりも乏しく、恐怖を煽るように闇が支配している。

 少しでも道を外れたら、幽霊なり、変態なりが出てきそうだな。

「幽霊、ね」

 つい先ほど、ファストフードで話した事を思い出す。

 うちのアパートに霊障か……。

 ハッ、馬鹿馬鹿しい。そんなもんあるわけねぇだろ……。

 いや、別に怖がってるわけとかではなくてねっ!? 常識的に考えて幽霊とか? 呪いとか? あるわけねーし? ハハッ、笑っちゃうね。ハハ、ハ……。

「こ、怖くなんかねーし!!」

 周りを見ると誰もおらず、珍しく車の通りもなくなって、シンと静まっている国道沿い。

 思わず大声を出してしまったが……気を紛らわすわけとかでもなくてねっ!

「よ、よし。こうなったらあえて茨の道を歩もうか」

 俺は国道沿いから道を外れ、暗がりへと足を向けた。

 幽霊でも何でも出てきやがれ!


 一本道を逸れると、薄暗い旧道と呼ばれる道になる。昔はメインの道路だったようなのだが、今は大きな国道が横に敷かれたので、ほぼ使われる事もない。国道が混んでしまった場合の抜け道なんかが、主な利用の仕方だ。

 こちらを通ると、我が家までは多少遠回りになるのだが、ここは俺の自尊心を保つためにもこちらの道を選ばなければなるまい。

 とは言っても、それほどおどろおどろしい道と言うわけでもない。

 国道に比べて街頭は少ないが、代わりに近くにある住宅街の光が差し込んでおり、真っ暗闇を手探りで進むような感じでもないし、家々から夕食の香りなども漂ってきて、逆に生活観が感じられるほどだ。

 近くには神社などもあり、神道も俺を守ってくれるよ。

 さて、そんな旧道をボチボチ歩いていると、ちょっと先の街頭の下に人影を見た。

 遠目でよくわからないが、女性のようだ。

 あれは……橘田沼さんか?

 昨日出会ったばかりの女性故に、確証は持てないが、なんだかそんな気がした。

 アレだけボサボサのロングヘアにジャージ姿で外出している女性なんて、あんまり見かけないような気がしたのだ。

 ……まぁ、一応お隣さんだからな。見かけちまったら、とりあえず挨拶でもしておこうか。

 そう思って俺が彼女の方へ踏み出すと、ふっと橘田沼さんが消えた。

 煙のように、とはよく言ったものだ。

 橘田沼さんの姿は輪郭からぼやけて、そのまま風景に溶け込むように消えていってしまったのだ。

 幻覚かと思った。

 本当に橘田沼さんが消えたのか、それとも橘田沼さんに見えた様な気がした人影がすでに幻覚だったのか、その場まで走ってみても、近くに橘田沼さんはいなかった。

「夢でも……見たのか?」

 震える声で呟く。

 幽霊なんてまさか……アレが橘田沼さんだったなら生霊とでも言うのか?

 そんなバカな話が……。

 混乱する頭で考えがまとまるはずもなく、俺は無意識の内に視線を足元に落としていた。

 頭上から注ぐ街頭の光で、足元には真っ黒な影が落ちていた。

「……ん?」

 気付くと、俺の影が半分だけ揺らいでいる。

 左足から伸びる影が、水面に波が立ったかのように、ゆらゆらと不自然に動いているのだ。当然、地震もないのに地面が揺れているわけもなく、わかりやすい超常現象だった。

「うわっ!」

 驚いて足をのけると、影は元通り、ピッタリと俺の足元についてくる。

 見間違いか、と思ったが、どうやらそんな事はないらしい。

 目をやると、今まで足をついていた方向、地面だけではなく景色全てが揺らいでいる。その現象はまるで水槽の壁を見ているようだった。

 高さは俺の身長よりやや高いほど、幅は人が一人すっぽり入るぐらいの壁。その壁面が水のようにゆらゆらと一定せず、その奥の景色を揺らしている。

「なんなんだ、これ」

 不安や恐怖心はあるが、同時に好奇心が刺激され、俺はその壁面に手を伸ばしてみた。それは俺の手を拒む事はなく、その壁が不可触だと悟る。そしてその壁に飲み込まれた俺の右手は少し奥へと伸ばすと、霞む様に消えてしまった。

 これはもしや……

「い、異世界の門とかいうヤツじゃあ……」

 自分で言ってて寒いが、そうでもしないと精神安定が取れそうになかった。

 だって俺、生まれてこの方、こんなトンデモイベントに出くわした事ないんですもの。そりゃテンパったりもしますよ。

 しかし、これが仮に異世界の門だとしたら、橘田沼さんはこれに飲み込まれたんじゃないだろうか? この奥に行ってしまったのだろうか?

 そこで大魔王の脅威に瀕している異世界を救うヒロインになったりしているのだろうか? そんな面白カッコイイストーリーが待ち受けているのだろうか?

 それってどっちかって言うと男の子向けのイベントじゃね!?

 なんで俺より年上の女性にそんなドキワクイベントが発生してるんだよ、おかしいだろ。これは俺も混じらねばならんな!

「こうなりゃやけっぱちだ。橘田沼さんでも助け出して、お礼にシチューでも何でも作らせてやろう」

 妙なテンションになってしまった俺は、そのまま壁の中へと足を踏み入れてしまったのだった。


 目をぎゅっと瞑りながらその異世界の門(仮)をくぐる。

 恐る恐る目を開けてみたが……そこはいつもと変わらぬ住宅街。

 後ろを振り返ると、街頭が地面を照らしている。さっきまで俺が立っていた場所だ。

「……まぁ、そんなわけないよな」

 気がついたらファンタジックな異世界へGO! みたいな展開はどうせアニメかマンガじゃないと起こってくれないのだ。

 アホらしくなってしまった俺は、橘田沼さんの事も忘れて、そのまま帰路へつこうとする……のだが。

 頭上を何かが通ったようだった。

 こんな日も落ちた時間に鳥が飛んだのか、と思って見上げてみたら、そこにいたのはなんというか……灰色のゲル状のものだった。

 ゲル状のものが、そこに浮いているのだ。困ったな、事態が唐突過ぎて笑う事も出来ん。

 誰かがスライム化してしまった何かをブン投げたのならまだわかる。だが、それは翼も持たないのに、宙に停滞しているのだから驚きだ。

 これはもしかして、公に発表したら俺の懐に大金が舞い込んでくるような大発見なんじゃないだろうか?

 どんなものなのか、ちょっと触れてみようと手を伸ばした、その時。

「ダメッ! 離れてッ!!」

 声が聞こえた。

 絶叫とも聞こえた声。それは女性の声だった。

 そちらに顔を向けようとしたが、次の瞬間には突き飛ばされていた。

 よろけて退くが、それほど強い衝撃ではなかった。見ると、ボサボサ頭のジャージ姿が俺を突き飛ばした状態で止まっていた。

「橘田沼……さん?」

「……良かった、無事みたいだね」

 これまたダサいメガネをかけた橘田沼さんは、俺の顔を見てニッコリ笑った。

 しかし、その口元からは赤い筋が垂れている。

「なっ……」

 驚いて声が出なかった。

 気がつくと、橘田沼さんの腹部からやたら鋭利な突起物が飛び出している。

 いや、現実を正確に把握するならば、灰色のゲル状物質はその姿を針のように伸ばし、その切っ先で橘田沼さんの腹部を貫いていたのだ。

 針の直径は太いところで数十センチにもなろうか。橘田沼さんの腹は今、それに貫かれてぽっかりと穴を開けている状態だ。

「う、わ……ああああああ!!」

 思考が恐怖で塗りたくられる。

 人が大怪我を負っている。いや、アレでは死ぬかもしれない。

 その原因は俺のすぐ目の前にいるあのゲル状物質だ。嫌だ、俺は殺されたくないッ!

「逃げて、黄金くん……。元来た道を戻って!」

「わあああああ!!」

 無様にも俺は、致命傷を負った女性を置いてけぼりにして、脱兎のごとく逃げ出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ