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プロローグ

プロローグ


人と言うのは損得勘定抜きでは動けない動物。俺はそれを知っている。何せ俺が実際そうだからだ。

 自分の得する事が一番重要。事柄を判断する時にはまずそこを確認するべきなのだ。即物的かつわかりやすい例を挙げれば、その得とは『金』である。

 この世とは、そりゃもう金が全てだった。

 まさか文明が発達した現代において、とりわけ夏の必需品とも言えようクーラーなる機械が普及して久しい昨今において、俺は何が悲しくて団扇をビュンビュン言わせなければならないのか、甚だ謎だった。

 それと言うのも、我が住処であるアパートの一室に備え付けられていたクーラーが故障し、それを修理するためには金が必要で、急を要する場合ならば出費がもう少しプラスされると言う、世知辛い世の中が原因である。

 しかもそんな必要経費に対して『涼を望むのなら、自力で風を起こせ、若人』と言った実の父親の言葉には、心底驚いてしまった。しばらく放心して反論の機会を失うほどだった。

 あの時、心を強く持っていれば、今現在この猛暑を団扇一個で凌ぐなんて苛酷な環境は変えられたのではないかと、悔やんでも悔やみきれない。

 しかも当の親父は外出中。きっとどこか涼しいところで涼を得ているに違いない。チクショウ、大人って大人って……ッ!

俺が父親に怨嗟の念を送っている時、家のチャイムが鳴る。どうやら来客の様だ。

 この暑い日に動く気にもなれないので、とりあえず居留守を決め込もうと思ったのだが……一向にチャイムが鳴り止まない。まるで居留守がバレている様だ。

 仕方がなく、俺はインターフォンを取る。

「はいよ」

『あー、コホン』

 インターフォンのモニタに映し出されたのはどうやら女性。

 まず目に付くのはボサボサの黒髪。整える気がサラサラ無いようで、はねていない髪の毛の方が少ないように見える。更には服装がジャージである。部屋着か。部屋着ならその恰好で外へ出るなよ。

 年恰好は俺よりも上に見えるが……見掛けを気にしない人もいるんだな。

『えっと、隣に引っ越してきました、橘田沼と申します。ご挨拶に来ました』

「はいはい、どうもよろしく。三田です」

 挨拶だけならインターフォン越しでもいいだろう、と言う無礼極まりない対応をする俺。近所付き合いなんかする気は無い。

 しかし、会話は終えたはずだが、橘田沼と名乗る女性は家の前から去ろうとしなかった。

「……まだ何か?」

『あ、ご挨拶のついでに、引越しソバでもどうかな、と』

 どうやらソバを持ってきてくれたらしい。

 何とまぁ、今時引っ越しソバとな。初めて見た。

「これはご丁寧にどうも。ちょっと待っててください」

 ソバを持ってきたのなら仕方あるまい。俺が直々に出向いて受け取ってやろう。

 タダでもらえるものは何でも貰っておくのは俺の信条。引っ越しソバだって美味しくいただいてやるわ。

 廊下を通って玄関へ。鉄のドアをガコンと鳴かせて開く。

「初めまして、橘田沼りこと申します」

 ボサボサの髪で上半分が隠れた橘田沼さんの顔。どうやらニッコリ笑っているらしいが、見た目がホラー映画の女性霊のように見えて、ちょっとこっちは笑えなかった。

 いや、肌は綺麗っぽいな。かざりっけは無いけど。……あれ、この人、ノーメイクだな。

「初めまして、三田です。ええと、キツタヌマさん?」

「はい。橘、田んぼの田、それに沼って書いて、橘田沼です。面倒くさいでしょ?」

「確かに」

 歯に布着せないのも俺の美徳だと思う。

「あはは、そこまでハッキリ肯定されたのも初めてですね」

「だって画数も多いでしょう。橘って……ねぇ?」

「確かに、書類にサインする時とかは面倒ですねぇ」

「それに引き換え、俺の三田なんて、小学一年生でも書ける漢字ですからね。楽ですよ」

「……そう言えば、下のお名前の方は?」

「え?」

「いや、下のお名前はなんと言うのかなぁ、と」

「……こ、黄金です」

 自分でも多少恥ずかしくなるが、黄金と書いてコガネと読む。

 三田黄金。それが俺の名前だ。何を考えてつけた名前なのか、親父に尋ねてみると、すごく良い笑顔で『良い名前だろ!』って言ってくる。

 別に嫌いじゃないが、なんかこう……僕の名前は黄金です! って言うと、ちょっと周りの空気が生暖かくなるよね。

「へぇ、三田黄金くん。良い名前じゃない!」

 しかし、お隣さんこと橘田沼さんは、笑顔で俺の名前を褒めてくれた。

 全く他意の感じられない声と表情。俺としてもこんな反応は初めてだ。

「あ、話が長くなっちゃったね。はい、これ引っ越しソバ」

「ありがとうございます……」

「じゃあ、これからお隣同士、助け合って仲良くしましょうね、黄金くん!」

 そう言ってソバを手渡され、橘田沼さんはパタパタと手を振って自分の部屋へと戻っていった。

 橘田沼さんが部屋に戻るのを見届けた後、俺も部屋に戻った。

 橘田沼りこさんか。

 色々と変わった人だったな。……まぁ、ソバくれたし、悪い人じゃないだろう。

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