phrase.33「……それでも、」
闇夜に浮かぶのは、微笑みのような型体をしている三日月。
月明かりに照らされるのは、包帯を全身に巻いているゾンビ状態の紫苑だった。
再生能力が追いつかないまま、入学最終試験を終えたその日。お疲れ会とも言える祝杯を学園近くの場所で挙げることになったのだが、どうにも居づらい。
何故なら、その祝杯メンバー構成だ。
「まじッスか!? アッシも先輩の仕事に興味あったんスよねー。できれば、何でも屋の仕事っぷりをご教授願いたいッス」
「いやー。後輩くんに、そう言ってもらえると嬉しいなー。そうだねー。今、『廃墟区域』での選抜メンバーを募集してたんだけどー。一緒に仕事やってみようかー」
アシュレーと、『国斬り』は、初対面とは思えないぐらいの、息の合いようだ。損得勘定で動く二人は、根幹の部分で通じ合っているよう。どことなく、二人の間には割っては入れないような雰囲気が漂っている。
あそこはまだいい。
宴会のように盛り上がっていて、楽しげで誠に結構なのだが、ほかのメンバーがどうにも気まずい。
「なんで私が、こいつらのために一肌脱がないといけないんだ!!」
ぐでんぐでんになりながら、アマリアスミスは一人酒に勤しんでいる。
学園の敷地内でキャップファイヤーよろしく、バーベキューパーティをやっているわけだが、そんなものが簡単に許可されるはずもない。
アマリアスミスが、なんとか上の人間と粘って交渉を取り付けたらしく、そのせいかえらくご機嫌斜めだ。なんやかんやと文句を肴に一升瓶を呑み干しているが、それだけ苦労をして生徒のために、上の人間と掛け合ってくれたのだと思うと、嬉しい気分になる紫苑だった。
それに、こうやって一緒に祝賀会に参加してくれるのだから、一度心を許してくれた相手にはとことん関わっていけるタイプなのかも知れない。
そして、一番厄介なのが、あとの二人だ。
みんながワイワイ騒いでいる中で、炎の上がる場所でずっと黙り込んでいる。フイファンとヒートリンクスだ。近くに座っているというのに、会話の気配は一切ない。串に刺さった肉や野菜を金網に並べては、モクモクと咀嚼している。
紫苑はどちらとも負い目があって、座る場所に困っている。かといって、独りぼっちで食べるのもどうかと逡巡していると、ヒートリンクスと目が合う。
うっと呻くと、紫苑は近づいていって、少し迷いながらもヒートリンクスの傍に座る。近くにいたフイファンがピクンと反応するが、何も言っては来ない。
「……落ち着いたのか?」
「うん。暴走は止まって、今は普通よ」
ヒートリンクスの体にも、相当量の包帯が巻かれている。自傷したもので、火傷したものがほとんどだった。
バチバチとくべられている薪が、ゴトリと音を立てる。
それっきり、二人の間には沈黙が降り立って、どことなく目線を逸らす。紫苑はあっちから話してくれないかと焦れているが、一向に話しかけてはくれない。
沈黙になったことで、横にいるフイファンの突き刺さるような目線も気になる。それでも、何を言われるのかが怖くて、そちらの方には顔を動かすことはできなかった。
ヒートリンクスとは、肘が当たりそうなぐらいに接近していて、でもどちらも離れようとしなかった。それが当たり前といったように、ただ傍にいた。それなのに、どちらも話そうとせずに、気まずくて、焦っていた。
だけど、なんだかこういう雰囲気も悪くないと紫苑は思った。
言葉じゃ到底説明できないけど、こういう黙って傍にいるっていうやつも、なんだかいい気がして。それでも何だか話すことを見つけるために、目の前にあった会話の種を拾う。
「へえ、美味しそうな肉だな」
「…………アンタ、いっつも肉の話ばっかりね」
「そ、そうかなー」
笑って誤魔化そうとするが、どうにもヒートリンクスはご立腹だ。
さっきまでは微笑んでくれたというのに、もっと話すべきことがあるでしょ、とでも言いたげな声色でこちらを見てドン引きしている。
「まあ、この前倒した『乖離幻想体』の肉を解凍したやつらしいから、食中毒には気をつけなさいよ」
「……え、嘘?」
ポロリと、持っていた串刺しされた肉を落としそうになる。
「う、そ!」
ヒートリンクスは仕返しをやってやったとばかりに、愉快そうに笑う。
何の憂いもなく、ただ真っ直ぐに笑う姿を見て、なんだかずっと眺めているのに罪悪感を抱いたように、そっと目線を串に落とす。よく分からないが、ずっと見ているのは耐えられなかった。
「『国斬り』先輩から紫苑にこう言ったら、驚くだろうって言われたから試してみたけど、効果抜群だったわね」
「……まったく、あの人は」
とか言いつつも、紫苑は心の中で感謝した。
どうにも気まずい雰囲気だったけど、緊張の糸も弛緩した。ヒートリンクスの固かった物腰も何だか和らいだ気がした。
だからだろうか。
だからこその、言いたかったことを吐き出そうとしたのだろうか。
ヒートリンクスは、地面に目線を落としながら、ちょっと湿り気のある声を出す。
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
「……それは、別に」
なんでもない、って言うのは何かが違うような気がした。
ヒートリンクスとの一件が、まるで大したことがないとでも言ってしまうようで、言えなかった。だからといって、お前のせいでこんな怪我したとか、そんなことも全然思ってはいなかった。
「……そんな、困った顔しないでよ」
そんな紫苑を見て、ヒートリンクスは微苦笑する。
「気なんて使わなくていいわよ。……私も決めたの。紫苑みたいに、もう少しだけ生きてみようかって」
どこか遠い目をするが、すぐに慌てる。
「……あっ、もう少しっていうのは、時間が経ったら死ぬとかじゃなくて、言葉の綾とかそういやつで……。その……なんだかさ、分からなくなったの。どうするべきかとか、そういうのが。……だから、一端保留しようかと思うの。どうすればいいかなんてスパって、結論出したいんだけど……出せなくて、そんな自分がどうしても嫌いだけど。……だけど、それでも、もう……少し自分って何者なのかっていうところから、一から考えていきたいなって思ったの」
だめかな、こういうのって結局、逃げなのかな、と自信なさげに言うヒートリンクスに対し。ただ笑うようにして紫苑は、
「ダメじゃないと思う。むしろ、それでいいんじゃないのかな。……あんまり、気の利いたこと思いつかないし、言えないけど、俺はそう思う」
「なーによ、その他人行儀みたいな言い方は」
「え?」
「できたらさ、紫苑にも考えて欲しいのよね。ほら、紫苑ってどさくさに紛れて、偉そうに私に色々言ってくれたじゃない? 『お前は、俺が幸せになるために生きていてくれ』とか、『――生きることを、あきらめるなよ』とかね」
「あっあれは、そのっ!!」
紫苑は狼狽する。
そういえば、あの時は情熱を込めて言っていて、何を言っているのか自身ですら気がついなかった。こうして改めて言われると自分の発言を客観視できてしまって、気恥ずかしい。
そうして紫苑を散々からかったヒートリンクスは、やがて、目を眇めて。
優しく、呟く。
「……嬉しかったよ、凄く」
なんだか、凄く。
凄く、可愛かった。
照れくさそうに笑っているヒートリンクスが。
炎のせいか、紅潮している肌とかを見ていると。
なんだか無性に、そう思ってしまった。
「あんな恥ずかしいこと真正面から言われて、嬉しくないわけないでしょ。……なんて、今の私もすっ――ごく、は、恥ずかしいこと言ってるような気がするけど――」
ヒートリンクスはひと呼吸をして、こちらを見つめてくる。
大きな瞳をしていて、その瞳には真剣味が溢れていて。これから途轍もなく重要なことを言いたそうな、そんな感じがして、こっちも何だか緊張を強いられる。
何故だか、こんな時に何故だかヒートリンクスのキスをしたことを思い出してしまった。
そんなこと思い出す場面ではないのに。
どうしてだか、どさくさに紛れてヒートリンクスを救うためとは言え、キスをしてしまったことを。
紫苑の顔まで赤くなっていき、喉に溜まったものを呑み込み、ヒートリンクスの口からこれから出る言葉をただ黙って聞く。
「その、私は――」
バキン、と何かが折れる音がする。
何事かと思い、戦々恐々と横を向くとフイファンが竹串をブチ折っていた。そーと、何も見なかったことしようとすると、またバキンッと音が鳴る。
「フ、フイファン……?」
「どうしたんだい、紫苑。どうぞ、構わず続けていいよ。ボクは一切気にしていないから」
「……もしかして、何か怒ってる?」
「怒っていないよ。君がボクのことを無視して、隣でヒートリンクスと話していても、ボクが怒る理由なんて一つもないからね」
無表情の早口で、素っ気なく言ってくるフイファンが、なんだか凄く怖い。
「ご、ごめ――」
「旦那ァ!!」
「うわっ!? な、なんだよ急に!?」
背中から掛けられた大声に、紫苑はたじろぐ。
「今度、『廃墟区域』でのミッションに挑戦しないッスか? そこそこの賞金は手に入るみたいッスよ」
「『廃墟区域』……?」
「そうッス。猛獣とかが放し飼いになっているとか、最強の魔術師が住み着いているとか危険な噂は絶えないッスけど、そこはフイファン先輩とかについてきてもらえばいいッスよね」
全く空気を読まずに、アシュレーはフイファンの名前を口にする。爆弾を放り投げるような発言に、フイファンは勿論のこと、ヒートリンクスもどこか苛立ちげだ。
突然会話を止められて、爆発寸前のような顔をしている。
そんなこともどこ吹く風なのは、アシュレーだけではない。
「うーん。いいんじゃないかなー。フイファンだって、紫苑と一緒にいたいよねー?」
「――耳元で、うるさいな」
臨界点間近のフイファンにハラハラしていると、横からポチャン、と酒瓶を傾ける音がする。
「くそっ酒が足りないな」
「ちょ、ちょっと、アマリアスミス先生、なにやってるんですか!! 酒が溢れて引火してますっ!!」
ヒートリンクスが慌てて、炎を操って勢いを鎮めようとする。
咄嗟の無意識下のせいか、しっかりと操れていて、後遺症はないみたいだ。それから、どんどん声のボリュームは青天井に上がって行き、騒がしくなる。
みんな、馬鹿になっていた。
どいつもこいつも逢ってそれほどまで時間が経っていないというのに、密度の濃い時間を送っていたせいだろうか、なんだか奇妙な連帯感がある。
そんな雰囲気に呑まれ。
紫苑は少し混ざれないながらも、この馬鹿騒ぎを見待っていた。こんなこと今まで経験したことなくて、どうすればいいか分からない。少し鬱陶しいとさえ思っている。
「……それでも、」
やっぱり、この学園は紫苑にとって――
ここまで読んでくださってありがとうございました!!
いや……ねw
まさかこの最終話だけ読むような読者はいらっしゃらないかと思いますので、全部読んでくださったと仮定してお話させていただきます。
本当に、ありがとうございます!!
まあ、できれば、感想やレビュー。評価を頂いたら尚更嬉しいのですがwwww
さてと、初めてのSF長編ということで、かなり手こずりましたねー。それから大幅に加筆修正をして、完結した時から1万文字増えてしまい、読者には多大なご迷惑をかけてしまったことを、深く反省しております。
さて、次の話ですが……
Next: episode.00「血の雨は涙とともに流れゆく」
を執筆する予定です。
はい!
ご察しの通り、過去編です。
フイファンと紫苑が出会ったあの時の話をずいずいっと、書いていこうかと思います!!
いったい、紫苑を殺したのは誰であったのか。それを描いていこうではないかと!!
……うーん。やるかなー?www
それではまた、どこかで逢える日を!!




