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俺の仇は俺が討つ!!   作者: 魔桜
episode.04「盲目の道化師は舞台に上がる」
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phrase.29「……だからっ……死なないで」

過去編。

 ドアをノックされた。

 来客者なんて滅多に来ないので、不審に思いながらヒートリンクスはドアを開けると、そこにいたのは見たことのあるスーツ姿の二人の男だった。柱のように背の高い男たちに慄きながら、小さな声で何とか応対する。

「……あっ、お祖父ちゃんならいませんけど……」

「いや、いいんだ。私たちが今日ここに寄ったのは、君と会いたかったからなんだ」

 柔和な笑みを浮かべる男は、こちらの警戒心を解くことに長けているようだった。

 もう一人の男は無言でこちらを見てくるだけであり、怖かったのだが、話しかけてくる男の方は親切そうな態度で、ゆっくりと話しかけてきてくれた。

「君は、他の誰かがまねできないような素晴らしい力を持っているね」

 ビクッと、私は自らの忌々しい力のことについて指摘され、項垂れる。

 胸に去来するのは、忘れ去りたい過去のできごと。トラウマになるような、周囲に疎外され続けてきた思い出。こんな力があるがために、誰からも相手にされずに、友達一人作ることができなかった。

「……私のは、そんな……」

 長身の男はヒートリンクスの目線に合わせてくれるように、しゃがみ込んでくれた。

「いいかい。君は自分の力を卑下する必要なんてないんだ。その力を認めようとしない人間は、切り捨ててしまえばいい。周りの人間は、優秀すぎる君の力を恐れているだけなんだ。……だったら、使えばいい。君の力を認めない人間には、その力を使って無理やり認めさせればいいんだ」

「……私は、」

「いいかい。君は決して一人ぼっちなんかじゃないんだ。君には大切な存在が……お祖父ちゃんがいるよね。これは、お祖父ちゃんのためにもなるんだよ」

「……えっ?」

 虚を突かれて、思わずヒートリンクスは男の顔を見やる。

 笑顔を貼り付けている男は、ヒートリンクスの心の隙間を見透かしているかのように言葉をすべり込ませてくる。

「誰かから傷つけられる君のことを見て、誰よりも心を痛めているのはおじいちゃんなんだよ。きっと、それだけ君のことを大切だと思っている。見ていればわかるよ。君らは孫と祖父というよりは、親子の関係そのものだってね」

 生まれてきてからずっと、誰にもそんなことを言われたことはなかった。

 ずっとずっと、心は不安で塗りつぶされていた。だからこそ、まるで地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように、一縷の希望を男が言っているようにヒートリンクスには聞こえた。

「だから、遠慮せずに君の操術を使えばいい。そんな立派な才能があるのに、使わないなんてもったいないからね」

「う、うん……じゃなくて、はい。……こう、かな……」

 自らの心の変化に戸惑いながら、ヒートリンクスは両手を広げて、力を放つ。

 少しばかりの灯。

 ロウソクに灯る火のような炎が、手のひらの中心に揺れるだけだった。

 今まで、力を抑えることしか頭にはなく、力を振るうなんて発想は今までなかった。

「違う。もっと手の先に力を込めるといい。集中して。深呼吸をして体中の神経を鋭く。そして、全身の熱を手に収束させて……最初はゆっくりとでいい。指先に集まった熱を、一気に空気中に爆発させるような感じでやってみて」

「え……と、えっ、と」

 早口で説明されて、頭の中がこんがらがる。

 言われたことを胸中で唱えながら、なんとか言われた通りに試行してみると、ボォ!! といままで出したことのない質量の炎が手のひらで踊る。

「…………すごい」

「良かったね。これで君はみんなから認められる。おじいちゃんだって、喜んでくれるはずだよ」

 男が褒めてくれるほどに、自分の力が誇らしく思えた。

 今までずっと忌避していた力を行使することによって、ガロウが笑ってくれるのなら。その為だけにも、この力を思う存分に使っていきたいと、ヒートリンクスは顔を綻ばせる。

 嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 忌み嫌われたこの力で、何かができる。

 それは、ずっとどん底の中で生きてきたようなヒートリンクスにとって、とても喜ばしいことだった。この力を自在に使えるようになれば、ヒートリンクスという一人の存在として周囲は認めてくれるんだと思った。バケモノなんかじゃなく、ただ一人の人間として。

「なにをやっとる?」

 ガタン、と物音がすると、玄関先にガロウが顔面蒼白で立っていた。信じられないものを見ているといった様子で、ヒートリンクスの操っている炎を凝視する。

(……どうしたんだろう、ガロウお祖父ちゃん?)

 様子の違うガロウを見て、ヒートリンクスは怯む。だが、そんなことなんて気づいていないふりをしながら、力を誇示する。

 今まで苦しんできた現実を全て打ち消してくれる、便利な力を、最も大切な存在に。

「お祖父ちゃん。見て! 私、こんなに炎を操れるようになったんだよ! ……これで、私……」

「――この子に、何を吹き込んだ!!」

 ガロウは鬼気迫る物言いで、二人の男を詰る。

 怒られていないはずのヒートリンクスでさえ、圧倒されるほどの覇気で男たちをたじろかせる。まるで本物の鬼のような言い方に、ヒートリンクスは凍りつく。

 繕うようにして、男は言う。

「吹き込んだなんてとんでもない。私はただお孫さんの今の状況を憂えただけです」

「この子に二度と近づくんじゃない!! さっさと俺たちの目の前から消え失せろ!!」

 口角泡を飛ばす激昂。

 二人の男たちはふん、とふてくされるようにして逃げていった。ヒートリンクスはそんなガロウの対応に納得ができなくて、睨みあげる。

 すると、バチン、と頬を張られる。

 痛みがじんわりと伝わってくる。

 ヒートリンクスの瞳の色は戸惑いだったが、どんどん疑問になっていき、そして怒りへと変わっていく。

「……おじいちゃんは……おじいちゃんは……やっぱり私が嫌いなんだ!! どうして、私の力を認めてくれないの!? あの人たちは、私の力を認めてくれたのに!! ……こんな……こんな力を持った私が、一番苦しいのに、どうしてそれを分かってくれないの!?」

「そんなことせんでもいい!! 今のお前には、その力をつかいこなすことなどできん!!」

「この力があれば、私はもっと誰かから認められるはずなのに。……なんで!? どうして、私の邪魔をするの!?」

 ガロウだったら分かってくれると思ったのに。

 ヒートリンクスが、日頃どれだけ辛い思いをしているのか。酷い目にあいながらも、前を見てみようと、ようやく決心したのに。それなのに、どうしてヒートリンクスの気持ちを理解してくれないのだろう。

 紅い瞳に透明な膜が張る。

「私だって、私だって、嫌だよ。…………バケモノ扱いされて、こんなひどい目に合って…………。生きるのが辛くて…………。……生きるのがこんなに苦しいのなら……、誰からも愛されないのなら、私なんて…………私なんて…………生まれてこなきゃ良かったんだ!!」

 ガロウは刀で身体を両断されたかのような、そんな顔をした。

 それが幼心に分かってしまったヒートリンクスはガロウの制止を振り切って、逃げ出すように駆けた。

 苦しかった。

 どうしてこんなことになってしまったのかと思いながら、ヒートリンクスは後悔の念に押しつぶされそうになりながら、街中を走った。

 血のような涙を流しながら、これからどうすればいいのかも分からずに彷徨う。

 と、突然、石を頭にぶつけられた。

 いつものようにヒートリンクスを、バケモノ扱いする子ども達だった。複数人でニタニタしながら、愉快そうに唇を歪めていた。

 おい、石デカすぎないか。やり過ぎだろ。いいんだよ、このぐらい。どうせ、いつもみたいに気持ち悪く笑って、何にもしてこないんだから。臆病なやつなんだから。うわ、なんだあ、こいつ。泣いてるぜ。きったねえ。笑えるって。ばっかみてぇ、なに人間のフリしてんだよ、バケモノのくせによお。うわっ。こっち見た。こえええ、逃げようぜ。あははははは。

 プツンと、それを見たヒートリンクスを、曲がりなりにも支えてきた何かが切れた。

 無表情のままヒートリンクスは、炎を地面に走らせる。

 憎悪を込めながらも、ただ子供達を驚かすだけの炎を放った。轟々と燃え盛る炎に気圧された子ども達は泣き喚いた。抵抗らしい抵抗を今までしてこなかったヒートリンクスが、いきなり反撃してきたので肝を冷やしたらしい。いい気味だと笑った。痛快だった。泣き叫んで必死に許しを請うように地べたを転げ回る彼らを見ていると、スッと胸がすく思いだった。今までやられた分を清算するかのように、ただ炎を燃やしていた。それだけだった。それだけでよかったはずだった。

 

 だけど、


 強大過ぎる炎は、ヒートリンクスの想像の範疇をはるかに超えた。なに、これ……? と顔を引き攣らせながらも、なんとか自分の力で炎を制御しようとするが、いうことを聞かない。

 それどころが、どんどん勢いを増して炎は視界に入るもの全てを嘗め尽くす。

 叫んでも、何もわからない。

 被害はどんどん膨れ上がっていき、人から、建物から、そして街全体にまで広がっていった。

 泣き叫んで苦しんでも、炎を操ることができなくて、どんどん街中に死の炎は広がっていく。ヒートリンクス事態の体も灼きつきそうな熱を帯びながら、進んでいく。

 全てを滅ぼすバケモノのように。

 自分の力に抵抗することもできずに、ただ茫然と燃えていく故郷を見ることしかできなかった。炎の勢いは留まることを知らず、むしろ時間が経つごとに火力を増していき、街全てを覆い尽くした。

 もうどこにも逃げることもできずに、でも誰かに救いの手を差し伸べてほしくて、自らの家に自然と足は進んでいく。そして、玄関先の、ヒートリンクスの目の前には、

「……お祖父、ちゃん?」

 血まみれで倒れ伏しているガロウがいた。

 べったりと服には紅い血が染みついていて、弾痕のような穴が服に空いていた。貫通しているのか、だくだくと大量の血が玄関先に流れていく。

「なんで……? お祖父ちゃん……?」

 自分の力が認められるかなんて、どうでもいい。

 ガロウが生きていてくれれば、それだけでいい。

 血だらけになっているガロウに抱きつくと、もう体から熱がなくなっていっている。もうすぐガロウの命の炎が尽きていることを肌で感じながらも、それを認めたくなくて頭を振る。

 炎の勢いは収束ことはなく、長年ヒートリンクスの暮らしていた家を崩壊させ始める。満身創痍のガロウは、口から血を吐きながらも大事なことをヒートリンクスに伝える。

「お前の父親と母親は、もうこの世にはおらん」

「…………!」

 痛烈な言葉に、ヒートリンクスは固まった。

 まるで体の動かし方を知らない幼児のように、ガロウに伸ばした手を動かす。ガタガタと、壊れた機械のように歯を鳴らす。

「済まんかった。ずっとお前に言うつもりだった。時期を見て、お前が受け止められる時が来たら言おうと思っとった。……だが、こんなことになるまで、俺はお前にずっと言えんかった。すまん……ほんとうに……すまなかった」

 血だまりの中で倒れ伏しているガロウの瞳は、色素を薄くして言っている。もう意識が朦朧としているのか、なんども瞳の光が明滅している。いつ光を永遠に失ってもおかしくないガロウの瞳には、ヒートリンクスの笑顔を映り込む。

「知ってたよ」

 ぽつぽつと、涙の滴がヒートリンクスの服に毀れる。

「……もう、父さんと母さんが死んじゃってることは、薄々……」

 ガロウがずっと何かをひた隠しにしていることは分かっていた。

 分かるに決まっていた。

 何故ならずっとヒートリンクスは、ガロウのことばかり見ていたから。

 自分が死ぬかもしれないという恐怖を抱えながらも、それでもヒートリンクスを育てようと必死で生きようとしていることを見てきた。

 だから、分かっていたんだ。

 いつだって、ヒートリンクスのために、自分の心を告げることができないでいたということを。

 全部全部、分かっていた。

 ガロウのその不器用な思いやりを踏みにじりたくなかったヒートリンクスは、両親が死んでしまっている事実に薄々感づいていることを黙っていた。

「だけど、私には耐えることができた。……だって、私にはガロウお祖父ちゃんがいたから。ガロウお祖父ちゃんがいたから、今までこうやって私は生きることができたんだよ」

 両親がどこかに行ってしまって、絶望の淵に立たされた時。

 ガロウだけがヒートリンクスの力に恐れ慄くことなく、人間として接してくれた。優しい言葉をかけてくれたことがなくて、ずっと誤解ばかりしていた。

 けれど、ガロウはいつだってヒートリンクスのことを見ていてくれたんだ。

 いつだってガロウは黙ったまま、傷ついたヒートリンクスの傍らにいてくれた。

 愛情表現が両親より下手だったけれど。それでも、この世界で唯一ガロウだけがヒートリンクスのことを思いやってくれていたんだ。

 そんなことがいつの間にか当たり前になっていて、気がつくことができなかった。

 自らの死期が近いことを知りながらも、ヒートリンクスに生きることの大切を必死で教えようとしていてくれていたのに。最期の最期にヒートリンクスの口から出たガロウに対する言葉は、『ありがとう』ではなかった。

「……ごめんな……さい。私こそ、本当にごめんなさい。私は、ずっとお祖父ちゃんのことを、本当の父親みたいに思ってたよ……」

 喉に何かが引っ掛かったように、言葉がうまく出てこない。詰まる。頬に涙の筋を何重にも作りながら、それでもヒートリンクスは、心の底からの願いを言う。

「……だからっ……死なないで」

 ガロウは震える手で、煙草を懐から取り出す。

 咥えると、周囲の炎が飛び火してきて煙草の先がボォと自然発火する。命の火が最期の炎を見せるかのように、力強く燃え始めた。

「人はいずれ死ぬ。だがな、自分から死のうと思うな。……いつか、いつか、必ずお前のその手を取ってくれる人間が現れる。いいか……生きとれば、必ず幸せなことだってある。だから、お前は生きてくれ。生きて、その手を握ってくれる人間を見つけてくれ。お前をバケモノなんかじゃないと言ってくれる人間は、この世界には必ずいる」

 ガロウの瞳が段々と濁っていく。

 握っていた手が冷たくなっていく。

 それは、もうだめだってことだ。

 ガロウの口から、煙草がポロリとこぼれ落ちる。床に落ちる前に、煙草は火炎に燃やし尽くされて全ては灰になる。

 ヒートリンクスの悲しみに満ちた絶叫は、もうガロウの耳には届くことはなかった。

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