phrase.26「……戦わないと、いけないんだ!」
黒煙が視界の中を獰猛に吹き荒れる。
ヒートリンクスの肌に熱気が当たってくる。
人間の肉体が燃え盛った焦げた臭いが鼻に突き刺さり、うっと呻く。土煙の中には肉片と思わしき影だけがあって、もう紫苑と呼べる肉体は存在しない。
紫苑の声を聞くことは、もう……ないのだ。
せめて、苦しまずに死なないで欲しかった。
もしもお互いに死力を尽くして戦うとなったら、確実にヒートリンクスが勝利することになっていただろう。色なしと、『ブロンズクラス』には、それだけ格の違いがある。
だからこそ、なるべく苦痛を感じさせずに勝つためには、騙し討ちという方法しか思いつかなかった。そうした方がいいということを、ヒートリンクスは教えられた。紫苑が昨晩ホテルに帰ってくる前に、いきなり訪問してきた女性に、その提案をされた。
最初は聞くことを拒否したのだが、聞いている内に紫苑のことを思うと、彼女の言っていることが正しいと思ってきた。
紫苑はこちらがわざと負けると言っても、きっとそれを是とはしない。
(……だから、こうするしかなかったのよ……)
ガタガタと手に持っていた銃を鳴らして、吐きそうになりながら顔を振る。
引き鉄から指を離そうとするが、中々上手くいかない。人を殺した実感が指に纏わりついて、麻痺させている。もう片方の手でなんとか引き剥がすと、拳銃をホルスターに収める。
涙を堪えるように眼を眇めながら、即座に身を翻す。現実を直視したくないように、ただ足早にこの場から逃げ去ろうとする。だけど――
「言っただろ、ヒートリンクス」
ギギギ、と歯車の狂った機械人形のように、ヒートリンクスは振り返る。
最大級の火球が迸った地面は直線上に深い溝を作るほどに抉れている。黒煙が巻き上がるほどに燃え上がった炎は、確かに肉体を灼いた。そのはずなのに、ただの人間が五体満足であるはずがない。
「俺には『生きる覚悟なら、とっくの昔にできているんだ』ってな」
煙を掻き分けてきたのは、間違いなく紫苑だった。腹の傷に目をやると、みるみる内に自己再生していっている。まるで巻き戻し映像を見ているかのように、傷口から煙がでながら回復している。
ヒートリンクス家の書庫の文献で目にしたことを想起する。
確か、『氣功道士』の禁術に、蘇生術というやつがあった。
吸血鬼のように怪力や変身能力があるわけでもない。
ゾンビのように自律行動をとれるわけでもない。
生き還りはするが、仮初の命を術者に与えられ、『隷属』は代償として『操術師』に永遠に使役されなければならない。
欠陥だらけの――言うならば、不完全なる不死者。
動く屍
その禁術を扱える術者は相応のリスクが伴うため、その術の行使方法も今ではどの書物にも記載されていない。そのはずなのだが、眼前の光景を見せられてしまえば、嫌でも認めざるを得ない。
「俺はフイファンと契約したんだ。……『隷属』となって、不死の存在になることを」
思い返せば、紫苑が不死者であるという存在に腑に落ちる点はある。
昨晩のフイファンとの戦闘、それから『乖離幻想体』との戦闘。そのどちらも重症を負っていたにも関わらず、一晩寝れば傷は一切なかった。普段の健啖ぶりも、不死の肉体を保つために必要な栄養摂取と考えれば矛盾は見当たらない。
「俺はまだ戦える。……戦わないといけないんだ! お前とじゃない。――お前と俺が、戦わなければならないっていう、そんなくだらない運命ってやつと!!」




