表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の仇は俺が討つ!!   作者: 魔桜
episode.01「息絶えた獅子の後日譚」
2/34

phrase.01「君はまだ、生きたいのかな?」

 既に虫の息だった。 

 間隙なき豪雨は、容赦なく半死半生の少年を圧潰す。

 少年は朦朧とした意識のまま、壁に手を当て進む。

 水分を吸い取った服が重しのようにのし掛かり、壁なしでは普通の二足歩行すらできない。死神の鎌が喉元にあり、摩耗した命を刈り取ろうとするような感覚すらあった。

 雨のせいも相まって、視界は霧がかってくる。

 ガッ、と壁に手を当て損ねると、爪に小さな罅が入って出血する。ふらついて膝立ちになると、バシャア、と大きな水溜りが跳ねる。

 少年は受身も取れず、体ごと前のめりに倒れる。

 そのまま倒れ附していると、風穴の空いた腹から血液がドグドクと流れる。

 どんな果実よりも赤い血は、雨と同化して側溝へと流れていく。汚物を人の目に触れさえない下水道へと、淀みなく。 

「あっ…………がっ…………」

 不規則に漏れる少年の息遣いと、掠れた声。

 生きてはいるが、それも時間の問題。傷口を手で押さえる余力すら残っていない。できたとしても、もうそんなものは応急処置にすらならない。

 それでも、少年は霞がかった思考のまま、指をピクリと動かした。ゆっくりと、時間が止まっているかのようなノロノロとした速度で、手を中空へと突き出す。

「…………ぐっ…………あっ…………」

 奇跡に縋ることしかできなかった。満足に手足を動くこともできない中、救いの手がこの手を握ってくれるのだと妄信するしかなかった。

 だが、そんな空虚な願いも――もう限界。

 眼蓋が、土砂降りに圧殺されるように閉じていく。青白くなった腕は、だんだんと重力に負けて下がっていく。

 平凡過ぎる人生を送ってきた少年は、ご立派な走馬灯を拝む権利すらなかった。

 ただ、虚ろに積み重ねてきた人生を悔いながら、誰にも看取られることがないまま、脆弱な鼓動が停止する運命しかない。

 大切な誰かを想起するほど、上等な人生経験や人間関係は待ち合わせていない。伽藍堂なまま、こんな人生しか送れなかった一生を少年は呪う。

 死を享受できないまま、少年の手がとうとう地面につい――――


「君はまだ、生きたいのかな?」


 温かな感触が、少年の手をすっぽりと包み込んだ。

 少年は、驚きに満ちた顔をしながら、薄れていく意識を必死で保つ。手を握り締めたその人間は、どこか浮世離れをした雰囲気を漂わせていた。

 奇異の目で、少年はその人間を黙視した。

 レインコートに身を包んでいる風変わりな人間だった。

 最も気になったのは、その人間が何故か全く濡れていないということだった。まるで、体全体に何か薄い膜が張っているかのように、大雨を寄せ付けていない。

「残念だけど、君の命は風前の灯だよ。恐らく……あと数刻の時を待たずして、君という存在はこの世から消え去るだろうね」

 清々しいまでに他人事な口調。

 鈍色の瞳からはなんの感情も浮き出ていない。機械のようなその人間は、感情どころか、性別すらも把握できない。

 精緻な造形をしているが、その顔貌は両性的。綺麗な男とも取れるし、柳眉の整った女とも取れる。

「……あ……ああ…………ああ……」

 もう、意味のある言葉は、喉から搾りだせない。

 涙にも似た雨が頬を伝いながら、少年はただ口をパクパクさせていた。見ようによっては、まるで金魚が餌を請うような姿。

 だが、その滑稽な姿を見て、レインコートの人間は嘲笑しなかった。

「そうか……。でも、生憎とボクには君の命を救えるほどの力は持っていないんだ」

 少年は失望したような顔をする。

 微苦笑をするレインコートの人間は、膝に少年の肩を乗せる。少年を持ち上げる力などなさそうに見えるが、ヒョイと簡単に移動させた。

「――だけど、ボクは、君を生き返らせる力は持っている」

 ぼんやりと、鈍い光がレインコートの人間から放射される。

 空を覆う雨雲が、広範囲に影を落としている。

 それと比較すれば、ほんのちっぽけな光だった。

 だが少年には、まるで絶望を侵食するかのような、希望の光にすら見えた。

「ただし、それは君を『死』より、もっと苦しい地獄に突き落とすことになるのかも知れない。これは神の奇跡なんかじゃない。むしろ真逆の……『呪い』のようなものだ。仮りそめの命を得た君は、いずれ必ず後悔することになる。そして、今までの君の人生とはかけ離れた、血塗られた道を歩むことになる。――それでも君は、みっともなく足掻く道を選ぶのかな?」

 コクンと、肯けたのかどうかは分からなかった。

 ガクガクと顎が震えながら、濁った眼球を蠢かすことしかできない少年に対して、レインコートの人間は怯むことなどなかった。

 むしろ、目元を少しだけ緩ませた。

「……愚問、だったかな」

 レインコートの人間は顔を寄せる。

 その時にようやく隠れていた灰色の髪が、少年の目に映る。黒にも白にも混ざることができない、中途半端なその色。見ていると、何故か心がほぐれた。

「しばらくは、おやすみ。そして――覚醒した時には、もう君はボクの従僕だよ」

 不穏な含みを持たせた言葉も、もう少年の脳には届かなかった。ただ接近してくるレインコートの人間の唇に目を奪われ、そして、次の瞬間にはそのプルプルとした唇を重ねられていた。

「…………っ…………」

 小鳥が啄むように唇を吸われながら、少年の意識は減衰していく。

 15歳の誕生日を迎えたこの日。

 少年はファーストキスを強奪されながら、静かに絶命した。

ご意見&ご感想があればぜひ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ