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俺の仇は俺が討つ!!   作者: 魔桜
episode.02「深紅な精霊師の小休止」
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phrase.17「――この私の刀で、全てを断ち切る」

「アンタ……いったい?」

 炎の圧力が薄まっていく。

 暴走しかけた感情は収束していくが、まだ体の芯は熱を帯びている。

 蒸散してしまった涙の跡は、まだ頬に残っていた。

「ただの『隷属』だよー」

 『国斬り』は自嘲するように呟く。

 壊れ物を扱うように、脇に抱えていた紫苑をそっと地面に下ろす。

 そして、ヒートリンクスと紫苑を順々に眺める。

「満足に操術を御することもできない一年生ルーキー。『昏鐘鳴の悪魔』の『隷属』でありながら、最弱クラスの色なしであるお兄さん。……そして、自らの『操術師』を失ってしまった『隷属』。……この三人で、あの『乖離幻想体』を倒してみようかなー」

 まるで勝ち目のなさそうなパーティーメンバーだ。

 暗澹たる表情をするヒートリンクス。

 『乖離幻想体』はその虚を突くように、接敵してくる。

「っ、やっば!!」

 叫び声をあげたヒートリンクスは、炎拳を繰り出そうとするが、プスプスと頼りにならない煙しかでてこない。先刻の自傷的な攻撃の反動を受け、『乖離幻想体』の攻撃を止めることができない。思わず、全てを諦めギュッと瞼を瞑る。

 だが、いつまで経っても、破壊の牙はヒートリンクスの体を突き破らない。

「………………?」

 戦々恐々としながら、瞼を開く。

 ギギギギギ、と獰猛な牙を、刀一本で受け止めてた。

 地面に突き刺しながら、体全体を使って『乖離幻想体』の体当たりを余裕の顔で押しとどめている。バケモノ相手に人間業じゃない。

「ガハッ、ゴホッ!!」

「……紫苑!」

 むせ返りながら、地面に這い蹲っている。

 紫苑は何とか起き上がる。

 全身擦り傷だらけだが、奇跡的にも致命傷はないようだ。

 ヒートリンクスはほっと、安堵した表情を見せる。

「……良かった」

「なんとか、な」

 痙攣する膝に手を当てながら、なんとか言葉を返したといった様子。紫苑は辟易していて、もうこの場から立ち去ったほうがいい。

 その方が、足手まといにならずに済む。

 その方が、もう傷つかずに済む。

 この場にいた中でそう考えていたのは、ヒートリンクスだけだったようだ。

 『国斬り』は若干後ずさりながら、紫苑に横目で視線を送る。

「……それじゃあ、さっき私が言った通りに動ける? これができなきゃ、きっと私たちに勝機はないんだけどなー」

「当然」

 息切れしながらも、力強く即答。

 満身創痍の体に鞭を打って、紫苑は一つの弾丸になかったかのように駆ける。

「……なにを?」

 ヒートリンクスの疑問に答えるように、『国斬り』はぐっと腕に力を入れる。

 ギィンと、刀で横にはじく。

 『乖離幻想体』の体は横にずれ、牙はすぐ横の地面を破砕する。うっ、と両腕で顔面を隠しながら、ヒートリンクスは横っ跳びに避ける。

 それよりも数段素早い挙動で、『国斬り』も回避行動をとる。

「この『乖離幻想体』の厄介なところは、分厚い外皮の防御力、爪や牙による攻撃の破壊力だけじゃないよねー。真に脅威なのはこの俊敏さ。だから、まずはそれを封じることが先決だよねー」

 何かを企んでいるかのように、『国斬り』の眼光が煌めく。

 詐欺師じみた笑顔に、どこか不信感を拭い切れない。

 『乖離幻想体』が起き上がり、また攻撃に転じようとした。だが、紫苑が横から闇雲に投げた『纏術装具』を身に受けると、そっちに視線を固定する。

 まるで、自分から攻撃を呼び込んでいるように見える。

(……陽動? だけど、よりにもよって、紫苑に?)

 色なしではなく、まだ力を持っている『ブロンズクラス』や、『シルバークラス』がその役を担った方がいいに決まっている。

 この策の立案者は、そんなことは百も承知とばかりの表情をしていた。

「この後に、お姉さんが何とかやってくれればいいからさー」

「……私が?」

 なにを、と訊く前に、紫苑の激痛を帯びた叫びが響く。

「ぐああああああっ!」

 地面を三転、四転と転がりながら、それでも足掻く。動きを止めることはない。だが、何度も一人であれほどの『乖離幻想体』の猛攻を受け切れるはずがない。

「――紫苑!!」

 ヒートリンクスが助けに駆けようとするが、

「待ってよ。お姉さんには、まだ動かないで欲しいなー」

「……アンタ、何考えてんのよ? 紫苑がどうなって――」

 首元に刀の切っ先を向けられる。

 緩慢とした動きだったはず。

 それなのに、回避する挙動すら取れなかった。

 まるで、こうなることが最初から決まっていたかのように。

「お兄さんのことを考えるなら、『動くな』って言ってるんだよ。一から全部説明してあげるほど、どっかの保護所とは違って、私は後輩指導に熱心なわけじゃないんだよねー」

 瞬き一回すら安易にできない。

 喉から一滴の血がでる。

 刀を納めると、ドッと両膝を地面につく。

 まるで、何万人を超える殺気から、解放されたかのようだった。

「アマリアスミスは、お酒の力を借りないと、他人と話すことすらできない奥手な装具屋の店主なんだよねー。だから、山ほどの酒を貯蔵している。だったらまずは、それを利用させてもらおうかなー」

 腕組みをすると、『国斬り』の豊満な胸はさらに際立つ。

 まさか、と一つの攻撃方法を察したヒートリンクスが、必死に逃げ回っていた紫苑を見る。体にはぐるぐるに縄が巻かれていた。そして、紫苑を追い詰めている『乖離幻想体』から、ヒートリンクスにまでその縄は一本。

「そして、これは導火線」

 ヒートリンクスに、地面を蛇のように這っている縄を指弾する。

 縄の元をたどっていくと、『乖離幻想体』の足元には大量の割れた瓶の破片。こぼれた酒がどくどくと流れていて、水溜りのようになっている。派手に装具店を壊したせいで、その景色はヒートリンクスの視界にも映る。

 仕掛けは熟成されていて、着火するとしたら頃合い。

「……なるほどね。――つまり、こういうことかしら」

 空気中の酸素を貪り尽くすかのような炎を、全身に滾らせる。

 そして、長く伸びた縄に炎の掌を当てる。すると、ボォオオの火炎が地面を凄まじい速度で迸る。大火となった炎は、爆発めいた音を立てながら、空気を焦がす。

 ドォンッ!! と一本の火柱が上がる。

 全身を灼かれた『乖離幻想体』は、苦痛めいた絶叫を上げる。

 苦しそうに体を横に振るが、炎を悪戯に振りまくだけ。ほとんど抵抗らしい、抵抗もできないほどに燃え上がっている。

 だが、それでもまだ体を維持している。激情に身を任せながら、地面をのたうち回る。体を地面に擦りつけるようにして、炎を消そうとしている。

「そん、な……」

 まだ生きている『乖離幻想体』に、ヒートリンクスの顔からサァ……と血の気が引く。

 もう、打つ手がない。

 ヒートリンクスの先刻の炎は、ほとんど付け焼刃の一発勝負に近かった。安定しない力を逆に開放することによって、最後の力を振り絞っただけ。今はガス欠のように、全身から力を感じない。体に無理をさせたツケがここにきて、この場を打開する光明を覆い隠していた。

「やっぱり、それだけじゃあ消滅しないよねー。だったら――」

 横で地面を蹴る音がする。

 えっ、と振り向く前に、『国斬り』は、炎に焼かれているバケモノに向かって突進していく。空気の壁すらも突き破るような速さで挑んでいくが、持ちうる武器はたった一本の刀。あまりにも心許ない装備であるにも関わらず、その顔に絶望の色はない。

 バッ、とカイブツの長身よりも遥か高い場所まで即座にジャンプする。


「――この私の刀で、全てを断ち切る」

 

 狙いを定めた刀は、斜め一直線に振り抜かれる。『国斬り』の頭の上から、膝下まで何の躊躇いもなく袈裟斬りをした。

 銀色の太刀筋が見えたのはただの一瞬。

 そして、『国斬り』は、カッと着地音を立てる。その音とほぼ同時に鳴り響いたのは、耳を聾するほどの地面が爆発した音。

「『国斬り』っていう字は、その名の通り、国すら一太刀において切り捨てることから発生した字なんだよねー」

 爆風に目を眇める。

 濃煙が分散して見えてきたのは、地面に刻まれていたのは闇。一直線に切り刻まれた地面の底は視認できないほどに、深く斬られていた。

 一瞬にして、そこには谷底のような溝ができていた。

 バケモノも地面と同じく真っ二つになっていて、火の粉のように燃えている肉片がボロボロと地面に落ちている。

「……ただのバケモノ相手なら、このぐらいは当然だよねー」

 慣れた動作で、鞘に刀をキン、とおさめる。

 悠然と歩く姿は、貫禄がある。

 熟達した業を目の当たりにしたヒートリンクスは、舌を巻くことしかできなかった。

「……凄い」

 そして、建物の損壊している惨状を見ると、

「そ、そうだ。アマリアスミス……さんは?」

「あの人ならきっと大丈夫だよ。なんたってあの人は、一回殺した程度じゃ死なない人だからねー。……それよりも、今は――」

 って、私が言うまでもないか、とヒートリンクスの鼓膜を悠長な声が震わす。

 だが、振り返る挙動をする余裕はない。

 だけど、本当は確信があった。

 彼なら、生きていると。

 根拠のない光が胸の中に広がっている。

 ヒートリンクスが瓦礫の中へと走っていき、邪魔なものは飛び越えていき、ただひたすらに無事な姿を見たくて、血が噴き出す膝のことも気にせずに走った。幾多の瓦礫を飛び越えたその先に――いた。

「生きてる?」

 かすれた声は、あまりにも喜ばしかったから。

 ボロボロになったその見た目でも、胸が動いていてまだ呼吸していて、生きていると分かったから。

 胸の芯から温かいものが、ぼんやりと灯る。

 瞳から湧き上がってくるものが、頬を流れないよう力を入れる。

 ヒートリンクスに死ぬほど心配をかけたそいつは、冗談っぽく笑いかけてきた。

「……どうかな? 半分死にかけかも」

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