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俺の仇は俺が討つ!!   作者: 魔桜
episode.02「深紅な精霊師の小休止」
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phrase.12「哀れで最強な『隷属』だよ」

 店の中は、『纏術装具』で溢れかえっていた。

 展示品のように壁に立て掛けられている銃や、傘立てのような籠には剣が束になって立てかけられていた。その他にも鉤爪のついた手甲や、縄で縛られている弓矢などがあった。

 そんな店内にいたのは、一人の幼女。

 店番を任されてしまったここの子どもなのか、入店してきた紫苑達を見て涙目になっている。あどけない表情をしている彼女は、恐らくはまだ十代に差し掛かったぐらい。怯えて奥に引っ込もうとした彼女を、ヒートリンクスが阻止する。

「ちょ、ちょっと……」

「………………?」

 泣き出しそうに潤んでいる瞳の色はオッドアイ。

 左の瞳はトパーズのように碧色に輝いていて、右の瞳は透けるような蒼色に澄んでいる。それから、碧色の瞳には、眼鏡のレンズのようなものが装着されていた。丸みのあるレンズは、頑丈そうな枠で覆われていて底が厚い。

 よくよく目を凝らすと、ただの鍵っ子とは思えなかった。

 上下ともに服はひらりとした薄い素材の服なのだが、少し動くだけで、その下のサラシを巻かれている胸が見えてしまう。小ぶりなその胸は均された地面のように平べったい。

 左半身には機械に侵食されているかのように、『纏術装具』が装着されている。レンズを固定しているのもその機械の一部なのだが、あまりにも仰々しかった。

「ここの『纏術装具』を買おうと思って来たんだけど、この店の大人の人っているのかな?」

「………………!」

 ヒートリンクスは、膝に手を当て目線をお子様目線に合わせた。そして、なるべく怖がらせないようにと、優しげな声音で話しかけたようだったが、幼女は縮こまってしまった。

 なにやら傷ついたような顔をした幼女だったが、恐らくは口の端がヒクヒクしていたヒートリンクスを恐れてのこと。

 子どもに慣れていないのか、お金をよこすように脅す強盗のようなヒートリンクスの表情。同年齢の紫苑ですら少しばかりたじろいでしまった。

 バタバタと足音を立てながら、幼女は奥へと遁走していった。

「いくらなんでも、今のはかわいそうだろ。あの子になんの恨みがあるんだよ?」

 紫苑は棒読みにならないように、気合を入れて感情を込めた。

 面白がって言ったのがバレて、案の定、「なに、笑ってんのよ!?」とヒートリンクスに怒鳴られて首をすくめる。

 ふざけが過ぎたようで、ヒートリンクスはセンチメンタルな表情をする。

「そんなこと言わないでよ。私だって、今の笑顔はちょっとぎこちなかったって自覚あるわよ。……それにしたって、あんなに怯えなくてもいいじゃない。まるで私があの子に対して怒ってたみた」

「少なくとも、その怒鳴り方は怒ってるだろ」

「……ほんとにキレるわよ?」

「すいません、冗談でした」

 あっさりと引いた紫苑に、ヒートリンクスは気が削がれたような顔。拮抗していた綱引きで、いきなり力を抜かれたようだ。

 まったく何考えるのよ、と憤慨しているヒートリンクスを尻目に、紫苑は全く別のことを考えていた。じろりと見上げているヒートリンクスは、今前かがみになっている。つまりは、制服の中身がチラリとだけ紫苑には見えてしまっているのだった。

 制服を膨らませている肌色の双丘と、それを包み込んでいる布地。

 その色は、今朝紫苑が網膜にこびりついたものと同色。ということは、紫苑が触ったものを今、肌に身に着けているということになる。

 不規則な足音の先に、パッとヒートリンクスの視線が行く。

 そうして、普通の立ち姿になったヒートリンクス。もう少し時間かけて来て欲しかった幼女を、紫苑が見やると、彼女が持っていたものをみて思わず目を疑う。

「……お酒?」

 抱えるように持ってきたのは、一升瓶。幼女にとってはかなりの重量なのか、かなり苦労して持ってきたという感じだ。ドンッと床に置くと、自分もそのまま座り込む。グイッと瓶を持ち上げると、口に酒を流し込む。

「ちょ、ちょっと!」

 ヒートリンクスが止める間もなく、幼女はゴクリッ、ゴクリッと飲んでいく。

 酒豪の飲み方で、ついには瓶丸ごと一気に飲み干すと、ぷはーと熱い息を吐く。胡乱な目つきになり、全身が真っ赤になった幼女は、ここにきて第一声を吐き出す。

「なにしに来たんだ? ひよっ子ども。ここはお前らみたいに尻の青い餓鬼どもが来るような場所じゃないんだよ」

「……………………」

「……………………」

 紫苑とヒートリンクスは、言葉をまるっきり失う。目の前のいたいけな少女から口に出された言葉とは思えないほどに、暴力じみていた。

「あ、あのね、お嬢ちゃん。私はここに『纏術装具』を買いに来たの。だから、この店で店主をやっているっていう、アマリアスミスさん……っていう人に用があるから、その人を呼んできてくれないかな?」

「アマリアスミスなら私だよ、乳女」

「……ふふっ。そろそろお姉ちゃん達をからかうのは辞めて欲しいなー、お嬢ちゃん?」

 ヒートリンクスはなんとか笑おうとしているが、失敗作しか生まれていない。

 それにしても、乳女とは的確なネーミングセンスだなと感心していると、かんの鋭いヒートリンクスにジロリと見咎められる。

「気色の悪い笑い方をするな、乳女。私はこう見えても、お前らの倍以上の年齢なんだよ」

「倍以上って……嘘でしょ?」

「嘘だと思うならそれでもいい。だがな、冷やかしに来たのなら、さっさとお帰り願おうか。『纏術装具』を売っている店なら他にもたくさんある」

「……なんですって」

 なにやら、暗雲立ち込めてきた。

 素直に買えるような状況ではなくなったらしい。

 ヒートリンクスはなにか思うことがあるようで、一歩も引かない姿勢だ。剣幕に圧されることなく、アマリアスミスは睨み返す。

「ならば、お前に聞いてやるよ、乳女。お前は何のために『纏術装具』を求める。ハッキリ言って、お前はそんなものなくとも、強い精霊を支配下に置いているだろうが」

「……わ、わかるの?」

「馬鹿かお前は? 私は商売人だぞ。商売人なら、買い手がどんな人間かぐらいは少し見て、少し話せば、どんな人間かぐらいは分かるんだよ。お前は『精霊師』の素質としては一級品だ。ただその能力に精神がついていけていないだけ。今後経験さえ積めばそれなりの『精霊師』になれるだろうよ。だからこそ、お前にはここの『纏術装具』は必要ない」

「……意味が、分からないわよ」

 ふん、と出来損ないの生徒に出会った、教師のようにアマリアスミスは冷笑を浮かべる。

「勘違いしている一年生もいるようだが、『纏術装具』は能力のない人間が補助的に扱うものだ。元々操術に実力がある人間が使うと、逆に足枷にすらなり得る。扱うにしても、自分の操術を完璧に使いこなせる人間が手にして、初めてその真価を発揮する代物なんだよ」

 初めはヒートリンクスも疑い半分だったようだが、専門的知識を突っかかりもなく言ってのけるアマリアスミスに呑まれていった。

 どうやら本物であると確信したヒートリンクスは、ショックを受けたように黙り込む。

 このまま放っておくと居座り続けるのはあまりに窮屈だったので、敢えてこの場の空気を読まない態で質問する。

「だったら逆に、俺には使えるってことですか? ……例えば、そこに立てかけてある刀とか」

「お前は論外だ、小僧」

「こ、小僧……?」

「能力がないと言っても、限度がある。お前に『纏術装具』を使用できるだけの素質は皆無だ。……才能ない、落ちこぼれ、落伍者」

「……そこまで言わなくてもいいんじゃないんでしょうか」

 紫苑に前世からの恨みでもあるような、ひどい言われようだ。

「それに……お前からは血の匂いがしない。どれだけ努力しても『纏術装具』を扱えることのできる資格は、今のお前にはない」

 紫苑はヒートリンクスの方をえっと見つめる。その口ぶりだと、まるでヒートリンクスの方には、血の匂いがしているように聞こえたからだった。

 アマリアスミスは、立てかけられていた刀を手に取る。布に包まれているが、長物であることは視認できる。

「……それに、この刀のような、真の『纏術装具』を扱えるのはほんのひと握りの奴だけだ。もう一つ付け加えるなら、この刀にはもう所有者がいる。そいつの通り名は『国斬り』。仕えるべき『操術師』を超えてしまった、哀れで最強な『隷属』だよ」

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