phrase.11「ボクはただ、ボクがいるべき場所にいるだけだよ」
「ちょっと辺鄙な場所に建ってるけど、ここが『商店区域』で私がずっと贔屓にしているところだよー」
「……ちょっとですか?」
ヒートリンクスは、食べるつもりはなかった渋い果実を、口に含んだような顔をする。横にいる紫苑も同じような顔をしていたから、思わず『式鬼神』は口を開いて笑う。
(確かに、こんな場所で……しかもこんなボロかったら信憑性に欠けるかもねー)
細く交差する裏道を何度も通り抜けた先には、だだっ広い草原が無限に広がっている。区域と区域の境目に位置するこの場所。
そこに酔狂にもドンッと、構えるのは古びた一軒家。その建物以外、他には何もなく見晴らしのいいことこの上ない。
街並みに聳える木造建築の建物とは異なり、赤黒いレンガが積まれているその建築物。
横に広く造られている建物の両側からは、角のように二つの煙突が突き出している。右の煙突からは緑、左の煙突からは青い煙がモクモクと大空に細く立ち昇っていてかなり不気味。
壁にはヒビが蜘蛛の巣のように刻まれていて、強風が吹けば、屋根ごと飛んで行きそうなぐらい年季が入っている。
「そうそう。今、私の『纏術装具』も預けてもらってるしねー。値段は安いし、どんな術者にも対応できるぐらいの装具はあるからねー」
「安そうではありますけどね、安そうでは」
「……在庫がたくさんありそうね」
歯に衣着せぬ批評を、二人は口々に漏らす。
どんな場所か期待していただけに、落差が激しかったらしい。
「それじゃあ、ガイドの私はちょっと外すね。二人で『纏術装具』をゆっくり選ぶといいよー。『纏術装具』は一生使うことになるかもしれないものだから、ちゃんと自分にあったものを見つけないとねー」
「先輩はどこかに行くんですか?」
紫苑の問いに、狐耳は言葉に少し詰まる。
「……う、うーん。私もここに『纏術装具』を取りに来たんだけど、君達の方が時間がかかるから、そっちが先でいいよ、時間かかるだろうし。それに、あんまり大勢で押しかけると、ここの店主怒りそうだしねー」
人付き合いが億劫だからと、こんなところに建物を建てたぐらいだ。しかも、建物を建てるのを他人に依頼することも嫌だった店主は、自力でこの家を造ったらしいから驚きだ。
人嫌いで有名な店主だが、その腕は自他共に認める一流。品揃えも一級品。
ただし、新入生がこの店を知ることは少ない。先輩に教えてもらう以外に、こんな場所にまでたどり着くことなどないからだ。
「ここの店主は、アマリアスミスっていう名前だからね。……もっとも、あの人独りで経営しているからそれ以外の人なんていないから大丈夫だとは思うけど、一応伝えとくねー」
「ここまで案内してくれて、ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
丁寧にお辞儀するヒートリンクスに、紫苑は慣れていない様子で頭を下げる。キッチリしているヒートリンクスよりは、少しばかり微笑ましい。
ううん、気にしないでいいよー、と手を振って『式鬼神』は見送る。二人が暖簾をくぐりのを見届けると、踵を返して、フゥと呼吸を整える。屈伸などの準備運動をしながら、心の中でゆっくりとカウントダウンを数える。
(30……25……15……5、4、3、2、1、0!!)
ドンッと、地面を蹴る爆音とともに、辺り一面に土煙が舞う。
ぐんぐんと加速していく『式鬼神』は、数秒もかからずに賑やかな街へと舞い戻る。走る速度を殺さずに、屋根へ軽やかに跳躍する。タン、と最低限の音しか立たせずに、どんどん雲へと近づいていく。
そして、街で一番の高さを誇る建物の屋根に飛び乗ると、ほとんど音を立てずに着地する。彼女のおかしな行動に、一瞬下にいた人間たちが騒ぐ。だが、あまりの速さに見間違いだったのかと思い直してすぐに静まる。
安堵したような顔をする『式鬼神』は、そのまま屋根の上で巧みにバランスをとりながら歩く。
「こんな遠いところから見守らずに、もう少し素直になればいいのにねー。……やっぱり、自分の『隷属』がヒートリンクス家の養女と一緒にいるのが心配なのかなー?」
「……心配? 違うよ。ボクはただ、ボクがいるべき場所にいるだけだよ。『操術師』と『隷属』はいつも傍にいなければならないってだけ。だけど、ボクは彼のプライベートにまで干渉するつもりなんてないからね。こうして、適度な距離感を保っているだけだよ」
仏頂面をした灰色の悪魔が、そこに佇んでいた。




