phrase.10「……私にはもったいないぐらいにねー」
「『商店区域』は私の庭だからね、どんなところでも案内してあげられる。……例えば、お兄さんの好きそうなそっち系のお店だって紹介できるよー」
車内販売の格好そのままで、『式鬼神』は往来の道を闊歩する。
清楚な雰囲気を漂わせる黒服なのだが、身体のラインが台無しにしている。
スレンダーな体つきのせいで、膨らみのある胸が強調されている。そのせいで、肢体にフィットする制服の効力を如何なく発揮。十代後半の女性平均の胸だとは思うのだが、上級生特有の妖艶さもプラスされて、大きく見えてしまう。
「サイッテーね。言っておくけど、最低なのはそういう店が好きなところだけじゃないわよ。変な目で、先輩の身体をねっとりした視線を送っているところよ」
「……どちらも冤罪だろ。俺は何も言っていないからな」
「私の服には血眼にならなかったくせに、なによ……」
メラメラと気炎を上げているヒートリンクスに、触らぬ神祟りなしと紫苑は押し黙る。
(そんなに服を褒めて欲しかったのか。でも、そんなこと俺に言えるわけがない)
着こなした服はどうかと訊かれ、ノータイムで女性の望む答えを吐けるほど経験を積んでいない。
それに、たまたま近くにいた紫苑に訊いただけなのだから、平常心を保つのが正しい振る舞いだと思う。
「できれば、『纏術装具』のお店を紹介してほしいんですけど。……その、俺たち一年生なので、この辺の地理詳しくないんですよ」
「あー、そうか、そうか。新入生諸君は、この時期には厳しい実技試験があるんだったねー。……そんなことすっかり、記憶から消してたよ。……まっ、道案内なら私に任せてよー。ちょっと建物がごちゃごちゃしてるけど、私についてくれば安心だよ!」
『商店区域』はどこかレトロな雰囲気のする区域だった。
狐耳の女性が言うとおり、小さい出店のような建物が連列してある。
巨大な葉を花のように開かせている木が、雄々しく建物の間隙に茂っている。
種類の豊富な果実は、店先にこれ見よがしに木箱に入れられている。果実の皮は薄く新鮮そのものなので、そのまま噛み付いて歯型を残せそうだ。
それ以外にも、あらゆる種類の新鮮な食材が立ち並んでいた。縄で縛られている肉が垂れ下がっていたり、魚の解体ショーをしていたりと、活気のある市場といった感じだ。
こんなところに『纏術装具』が売買されているのかと不安になっていたが、どうやら近辺にないだけらしい。
アーチ型である木造の小橋の上から、『纏術装具』の購入できそうな店の数々が眺望できた。
こうして見下ろすと、この区域はかなりの広さを誇っていることが分かる。ギシギシと橋は軋みながら足を進めていく。
ん? どうして? と橋の下を見下ろしたヒートリンクスが、狐耳の女性に問いかける。
「この学園の移動手段って、蒸気機関車だけじゃないんですか?」
「んー、そうだねー。一番早くて、みんなが一番利用するのが蒸気機関車ってだけ。流石にそれだけじゃないよー」
ヒートリンクスに釣られ、紫苑も橋の下を見やる。
どこかしこに水路が流れていて、木の舟が各所でプカプカ浮かんでいる。
立ちながら漕いでいる人は、恐らくは商売でやっているのだろう。舟によっては荷物や人を乗せていたりしている。徒歩より早く、水路は網目のように広がっているのでどこにでも行けそうだ。
疑問の顔をしているヒートリンクスは、
「蒸気機関車よりも、もっと速度のある乗り物はないんですか?」
「木の舟や、蒸気機関車。そして四季のあるこの島。操術を扱う上で最も必要な胆力、精神力、心の強さ。それを強靭なものにするために、この学園はここに作られたの。だから、そこまで近代的な乗り物はここにはないかなー。それに、移動手段っていうだけなら、操術でことたりるよねー」
フイファンなら、一足飛びでこの島を一周できそうなことを想像する。
「それよりも、二人で『纏術装具』を買いに行くなんて、仲いいんだねー。もしかして、寮じゃ同じ部屋だったりするの?」
「そうなんですよ。ヒートリンクスが買いに行きたいっていったので、俺もついでに買いに行こうかってことになったんです。……えーと、せ、先輩の同居している人って、どんな人なんですか?」
名前を言おうとしたが、そう言えば自己紹介もしていなかった。
今更ながら問おうかと、紫苑は機会を伺うが、それはどうも無理そうだった。
なぜなら、
「もういない……けど、いい人だったよ。……私にはもったいないぐらいにねー」
いつも陽気な先輩が、今にも泣きそうな顔で笑っていたから。




