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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

処刑の幻聴

掲載日:2026/08/10

※登場人物が残虐な殺され方をします。スプラッターが苦手な方はやめておいた方がいいかと思います。

目を開けると遊園地にいた。

色とりどりの電球が輝き、その輪郭を曖昧にする。照らされた人々は誰もが誰かに微笑みかけている。


300年前の経済過渡期の映画によく似た風景。

微かに星が見える温かい光に照らされた手元を見ると、紙パックのポップコーン。

もう片方には原型が分からないソフトクリーム。

俺はずいぶんと浮かれているようだ。


周りを見渡しても見知った顔は無く、一人でこんな場所にくるはずも無い。

来た記憶も無ければ、何味のポップコーンを持ってるのかさえ分からない。


ポップコーンを嗅いでみると、これはきっとブラックペッパー。

嫌いではない。でも一番好きなのはキャラメルだ。カリカリがすべてを覆っているやつが好ましい。

わざわざ自分がこれを選んだとは到底思えない。


それに片手はソフトクリームで埋まっているのにどう食べろと言うのか。

こんなマヌケな状況を自分で作るはずがない。


つまり、現実ではないのだろう。


視覚に嗅覚、触覚もある。きっと味覚だってあるだろう。

であるならこれはResonance Virtual Realityによる仮想現実。


通称RVRで脊椎インプラントを介して直接入力された神経信号が五感すべてを上書きし、世界を塗り替えている。


どうせなら堪能しようじゃないか。甘いものなんていつぶりだろうか。

おっと、ソフトクリームが崩れてしまいそうだ。

歪んで零れ落ちそうな固まりを舐めとると、舌に纏わりつく重いミルクの味が実に素晴らしい。


時より吹く風が少し汗ばんだ体から熱を奪うように撫でてゆく。

誰も彼もが幸福そうで、実に心地がいい。


このとろけるような甘やかな雰囲気を堪能したい。

その気持ちが、ひとつの違和感をもみ消そうとしている。


嬉々としてメリーゴーランドに乗る子供。しかし感嘆は無い。

子供を追いかける父親と思わしき人間は、何も言わずに走ってゆく。

往来の足音も、風の擦れるノイズも無い。


この夢の空間には音が無い。


だが、鼓膜は確かに振動を捉えている。

小さいが、周期的に繰り返される音。


『ピトン』

首のすぐ後ろで水が滴る。

高い音が反響し、すぐに舞い戻る。

波の振動が作り出す狭い空間。音の逃げ場のない密室。


目の前に広がる幻想的な風景と真逆の空間。

滴る雫は温かいだろうか?嗅ぎなれた匂いがするだろうか?

窓があっていつもの大通りが見られる場所なのだろうか?


たった一つ、場違いな聴覚がいくつもの疑問を浮かび上がらせる。

こうであってほしいという願望を少し忍ばせた現実逃避じみた懐疑たちの茶番。


ソフトクリームを大口で頬張る。

甘さが口いっぱいに充満する。これはきっと最後に感じられる幸せなのだろう。

ほんの僅かな時間を置いて痛いほどに口内が冷える。

身震いがする。

腹の底から寒い。


見えないのに、訪れたはずもないのに、俺はこの空間を知っている。

そして、すぐそこの未来が分かる。


「認めたくない」「そんなわけない」と、どれだけ思い込もうとしても、内から湧き出る震えは止まらない。そして波紋が広がるように全身へ伝播する。

ガチガチと歯が鳴り始める。


「……嫌だ。死にたくない。」

冷たいポップコーンがたった今弾けたかのように、紙パックからこぼれ落ちていく。


直前までの記憶。そしてこの状況。

俺が認めようが認めまいが、現実は変わらない。

きっと冷たく、重厚な壁に囲まれているこの場所は、俺が失敗した終着点。

トラロックファミリアの処理部屋に違いない。


「嫌だ」

堪らず駆け出す。ソフトクリームを放り投げ、ポップコーンが雨のように子供へ降りかかる。

「イヤダ!イヤダ!イヤダ!!」

喚き散らすと、周りの客がギョッとしたように道を開けて去ってゆく。

どれだけ走ろうと、どれだけ暴れようと息ひとつ上がらない。

走った。ひたすら走った。それでも遊園地は続いている。

叫んだ。喉が枯れるほど叫んだ。叫んでいるはずなのだ。


それなのに、落ちる雫の音しか聞こえない。


この仮想現実でどれだけ動いたって、神経を上書きされている現実の体はピクリとも動かない。

どれだけ喚いたって、現実の口は音を発さない。


ただ、ピトンと雫が落ちる。


足が止まる。

目の前のコーヒーカップには搭乗待ちの列が出来ている。

カップル、子供連れ。誰一人として一人きりの者はいない。


「だ、誰かいないのか……?」

口が動く感覚。現実に届かない声。分かっていても言わずにはいられない。


「ロドリゴ……。マテオ、いないのか?。ラミロ……誰でもいいから返事してくれ」


『ピトン』


回転灯が回る。

遅れてコーヒーカップが回りだす。

くるくると見え隠れする客の顔は、揃えたように笑顔だけ。


こんなにも和やかな景色なのに、今はどうしようもなく猟奇的に見えてしまう。

これから始まるのは、あまりにも有名なトラロックの残忍無慈悲な処刑。

襲撃に失敗した俺に突きつけられた人生の終焉。


心までもが認めてしまった。

「おしまいだ……」

足は力を失ってへたり込む。

頬を伝う涙の線が、妙に冷たい。


準備は万全だった。

苦労して足が付かないよう、いつにもまして入念に何人も介して情報を仕入れた。

大赤字を承知で装備を揃えた。

何度もチェックして、幾重にも作戦を練り直した。

生き抜いてきた実績は伊達じゃない。強襲部隊として訓練を耐え抜き、何度も死地をくぐった。

俺は間違いなく優秀だった。

間違いは無かったはずだった。

たとえ相手がトラロックファミリアだろうと、失敗はありえなかった。


それなのに。そのはずなのに。

どうして俺はここにいる。


何がマズかった?どうすれば良かった?


こんな状況でも、頭は回る。

そして答えはすぐに出てしまう。


情報収集に仲介を挟みすぎた。

隠ぺいのため、普段使わないルートを何人も入れた。

そこから漏れたとしか思えない。


襲撃の予兆を得たトラロックは逆手にとって罠を張ったのだ。

電磁砲塔を積んだバイオロイドジャガーの一団を見た時にはもう遅かった。


「……クソッ」

コンクリートを殴りつけた。

骨に振動が伝わる感覚とジンジンと拳に小さな痛み残るが、手には傷ひとつ無い。

それがどうしようもなく腹立たしく思えてくる。


「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!!」

何度も何度も地面を殴る。

何も変わらない。何も起こらない。


隣を通り過ぎる客が痛々しそうに俺を見る。

惨めだろう、哀れだろう。俺だってそう思う。

だってこの男には死しか残されていないのだから。


『ゴトッ』

何かが動いた。

すぐ右。椅子がズレたような音。


見えないと分かっていても右を向いてしまう。

高い柵で囲われたジェットコースターがそこにはあった。


『ゴトッゴッガッ』


音が止まらない。

人がいる。そこに誰かいる。


「ロドリゴか!?ラミロ!マテオ!いるんだろ!?」

トラロックの人間かもしれない。むしろその可能性の方が高い。


そんなことは分かっていても、足が動いた。

音があった場所へすかさず駆け寄る。

ジェットコースター搭乗口の手前。何もないコンクリート。


椅子の音は消えた。

代わりだとでも言うように、コーヒーカップの回転灯が光った。


「……おい、誰かいないのか……」

聞こえた。

他人の確かに聞こえた。


「マテオっ!マテオなのかっ!?無事か!?生きてるか!?」

音の発生源に移動したはずだが、更に右から聞こえた声に思わず駆け出した。

ジェットコースターの列を押しのけて車両のすぐ横まで駆け上がる。


「……ぉおい。助けてくれ誰か。縛られて動けないんだ。」

弱弱しいマテオの声。大声を出せばトラロックの連中が来てしまう。けれども行く末を知っている恐怖から助けを求めてしまう揺れた声。


「マテオっ!今行く。マテオっ!」

マテオに声は届かない。分かってはいるが、孤独から解放された喜びが溢れ、無意味で不合理な行動をとってしまう。


仮想世界なんてお構いなしに車両の上に立つ。

するとジェットコースターの回転灯が光りだす。係員が慌ててこちらへやってきて、俺の肩を押した。

係員の手の圧力を確かに感じる。

仮想現実でどう動こうと自由なはずなのに、マテオの音を追うことに夢中な頭は体の操作をサボっている。なし崩しで体は素直にジェットコースター座席へ座り込む。

すると降りてきたU字の安全バーが体を抑え込んだ。


再び回転灯が回る。

大きく揺れて、車両が進み始めた。チェーンの細かく規則的な振動が続いて、車両が上り坂へと誘われる。


「チクショウ……。これってよぉ。ギシキなんだろ?クソぉ。」

マテオの諦めを多分に含んだ言葉が再会という儚い喜びから非情な現実へと引き戻す。


ギシキ。そう呼ばれるRVRによって神経信号を遮断して行う趣味が悪い嗜虐的な公開処刑。

トラロックファミリアは受刑者が4人以上揃うと好んで行い、そのデータを全世界へばら撒くことで、敵対者へ恐怖を植え付ける。

俺も見たことがある。

一人は体の感覚を残して、もう一人は聴覚を残す、視覚を残された者もいれば、嗅覚味覚を残されるのもいる。


今回の襲撃チームは4人だった。もし全員が生け捕りにされていれば数が揃ってしまう。

マテオは生きていたが、他二人はいないかもしれない。執行待ちの他の奴がいた場合も考えられる。


生きていたからって喜ばしいなんてことは無い。

どうせ死ぬなら一撃で頭を吹き飛ばされていたほうがはるかにマシだ。


それに、いつも通りのギシキであればマテオは一番最初に殺される。

体が動くのが面倒というのもあるだろうが、痛覚があり、叫ぶことができる。

必要にいたぶられ、苦痛を吐き出させて、他の者の恐怖心を煽るのに使われる。


マテオはそれを理解している。

だからだろうか、押し黙って身動きすらしなくなった。


車両は進み、体が斜めに登ってゆく。

何かしゃべってほしいと願うのは自分勝手過ぎるだろうか?

前にも後ろにも人が座っているが、マテオが黙れば俺はまた一人になった。

そこに仲間いる。それだけでは胸のざわめきを僅かでも留める効力は無かった。


車両が頂点へ到達し、重力の向きが変わった時。

『ガチャ。』

扉が開いてコツコツと誰かが入ってくる。


ジェットコースターは加速した。


「さて、はじめっか」

何の感情も含まず、ただ面倒というような声。


右へ左へ揺れる中、コースターの動きとは関係なしに確かに体が震えている。

骨に寄せ集めるように、力が入り硬直してしまう。


マテオはきっと気付いていない。

視覚も聴覚も無ければトラロックの処刑人が来たことなんて知り得ないだろう。


「マテオっ!おい、マテオッ!」

上へ下へと頭が揺さぶられ、意識がぐちゃぐちゃになりそうでも、マテオの不憫さをどうにかしてやりたい気持ちが溢れる。


気付かせてやりたい。でも気が付いたことで余計に苦痛を伴うこともあるかもしれない。

どうしたらいい?俺はどうするべきだ?


コースは終わり、車両の急制動に頭が持っていかれる。

前方に投げ出された頭は下を向いて掌を見つめている。


結局、俺には何も出来やしない。

その事実がたまらなく心に刺さる。無いはずの胸の痛み。これはきっと仮想現実で生まれた痛みだから感じてしまうのだろう。


『バダンッ』


扉が閉まり、静寂が訪れた。


乗客は去り、車両に次の人間が乗ってくる。

立ち上がることを忘れている。動こうなんて思えない。

そしてお構いなしに再び安全バーが俺を固定する。


『チャッキッチャ ボボロロロオ』

聞き覚えのある音。

ギシキのアーカイブでしか聞いたことのない音。

紛れもない、チェーンソーと呼ばれる爆発性燃料で動かす旧時代の解体機器。

それが今まさに動き出そうとしている。


『チャッキッチャ ボボロロロオ』


こいつはわざと起動に時間をかけている。

わざわざ可燃燃料を合成して、大きな音を轟かせて楽しんでいる。


『チャッキッチャ ボボロロロオン』


回転灯が回る。車両が進みだす。


『チャッキッチャ ボロォボォボォバァバババ ヴゥァヴァヴァンヴァアアア ヴゥブブブブブブ

』


細かい爆発音が断続的に部屋に響く。

反響して何重にも重なり全方向から耳へと届く。


車両は登りに差し掛かる。

下からは客が車両を見つめている。


始まってしまう。

時が止まればいいのに。巻き戻ってやり直しができればきっと。きっとこんな事にはならなかった。

絶対にうまくやってみせるのに。絶対に失敗しないのに。

なぜ、神はチャンスを下さらないのか。たった一度の失敗を許容してくださらないのか。

それほどまでに狭量なのですか?そして怠惰なのですか?


『ヴゥブブブブブブ コツ ヴァンヴァアア コツ』


足音が近づいてくる。

ときよりチェーンソーのトリガーを引いて轟音を響かせながら、ゆっくりと着実に迫りくる。

刻一刻とマテオの命の終わりが近づく。


「オイッ!なんだ!始まるのかッ!?なあオイッなんとか言えよ!クソッタレがッ!!!」

マテオが暴れだした。

チェーンソーと歩みの振動がマテオに始まりを予感させた。

絶えずガタガタと椅子を揺らし、声を張り上げて喚き散らす。


「やめろっ!やめてくれっ!誰か!誰か助けてくれッ!!」

椅子の足が着地する音にぴちゃと水を踏む音が加わった。

俺の右斜め前で止まった足音。


『ブヴァアアアンヴァアアアン』

チェーンソーは頭上の位置で唸りだす。


「……おい、頼むよお。ひっ。わるかった。ほんとに心からわるかった。ひっ。もうしない絶対しない。ひっ。だから頼むよお。ひっ。おねがいだ。しにたくねえんだ……ひっ」


いつしかマテオはすすり泣いていた。

耐え難い恐怖が今、彼を襲っているとありありと分かる。


それは間もなく自分にも訪れる。

空気が熱い。血が引いて温度を失った表皮が外気との温度差を作っている。

感じないはずだが、確かに感じる。

姿勢が水平に戻り、遠くが見える。どこまでも輝く遊園地の光。


『ブヴァアババヴァバババババ』

チェーンソーが落ちる。


体がふわりと浮いた。

チェーンソーの轟きにジジジジと弾けるような音が重なる。


「「ぅぐぁあ゛あ゛あ゛ぁああい゛い゛ぃい゛い!!」」


揺れる木の枝がざわめいて後ろへ流れてゆく。

振動する視界は上手く木の葉の輪郭を捉えられない。

車両が木々を切り裂くように進んでゆく。


ズズズ。弾ける音が時より小さくなり、ジジジと硬質な音との緩急を生む。


叫び。轟き。聞きたくない。知りたくない。

それでも明瞭に鼓膜を揺らす。

チリチリとチェーンがこすれる音さえはっきりと感じ取れる。


やめてくれ。たくさんだ。もうたくさんだっ!


『ずちゃっ』


何かが床に落ちた。

柔らかく、硬い床から跳ねずに沈む。


「ぅう゛う゛ぅぐい゛い゛ぃ……ぁぁろす……ぅああぁ……ったい殺してやるからなあ゛あ゛」


慣性に揺さぶられる。

安全バーを強く握っているはずなのに力が入っていないような感覚。

下唇をかみしめると、確かに痛みがある。


チェーンソーが床に置かれた。

ブブブとアイドリングの音は止まらない。


『ニチャ』

床からみずみずしい軟質な音。


「ほれ、餌だ。」

足音は遠ざかり、俺の左へ向かっている。


「う゛ゴッぐはっ」

柔らかく何かが誰かの口に押し込まれる。


「ちゃんと食え。」

「う゛ぐぉ、ハア、ハア、ハァ」

飲み込んだ。マテオのかけらがこの空間から消えた。


肩を抱いて蹲りたいのに安全バーが姿勢を崩すことを許してくれない。

汗か涙か分からないものが鼻の頭から滴り落ちようとして、風に掻っ攫われてゆく。


この空間には確かに4人いる。

味覚嗅覚を残された人間が今、落ちたばかりの肉を食わされた。

そして視覚を残した人間は身動き一つとれないまま、すべてを見ているのだ。


いつも通りのギシキの流れ。

どこにも希望なんてない予定調和。


味覚担当は全員を食わされる。

視覚担当は味覚担当以外を見届ける。


次は俺だ。

マテオが死んだら、聴覚担当の番だ。


「ぁああ……ぁあああ゛!あ゛あああ!!」

叫ばずにはいられない。

慣性とは別に、ガンガンと自ら体を振る。

逃げ出せない。どうにもできない。

安全バーが俺をがっちりとホールドして続いたレールを突き進む。


コツコツ。チャカ。

ヴァンヴァバババババ。

ズズゾゾゾゾズズゾ。

「ぅう゛う゛あ゛ぅう゛ぃい゛い゛ぎぎぎ」

ブヴァン。

ズチャ。


ヴァンバババババ。

ズズゾゾゾゾズズゾ。ブァン。ズズズ。ヴァババ。

ゲチャ。


ヴァンブブブブ。

ズズズッジジジジズゾ。ブァン。

ゴトンッ。


「ふう」


『ドチャッ。』

大きなものが床へ倒れた。

椅子は動かない。

マテオの声はもう聞こえない。


気が付けば、車両が搭乗場に止まっている。

客はすでにいなくなった。

そして、期待に胸を膨らませた新しい客が乗り込んでくる。


ジェットコースターなんて降りたかった。

どうせ死ぬならまたアイスクリームをもう一度頬張りたい。

でも動けなかった。震えた足が言うことを聞かない。手は自分のものでは無いように思えている。


無慈悲にも安全バーが俺を包み込む。

定まらない全身を安心させるように優しく柔らかく落ち着けるように。

肩に当たるクッションが温かい。

頬の周りが濡れて冷たい。

ガチガチと脳まで響く下顎の動きが、チェーンソーの音を少しばかり遠ざける。

もはや何がいいことなのか分からない。


いいことってなんだ。

そんなもの今もこれまでもあっただろうか。

ソフトクリームがおいしかった?

襲撃作戦で今日まで生き延びられた?

白い女を抱けた?

肉をたらふく食った?


どれもこれもしょうもない。

生まれて今日まで全部が全部しょうもない。


全部積み上げたって、これから起こる苦痛を清算するには全然足りない。

どうしようもない人生だった。生まれたことが最初の悲劇だったのかもしれない。


車両は進み、また昇る。

前に座った女からいい匂いがする。


女の隣に座った子供が、まだ早いというのに両腕を掲げている。

美女じゃなくていいから、信頼を預け合った女と子供を作って、映画みたいな平穏な生活をしてみたかった。

生まれた時代が少し違えば。場所が環境がほんの少しでも違ったならば、きっと俺だって。


「おし、次。」

無遠慮な声が割り込んでくる。


目線の上にあった子供の小さな手のひらが、ずっと低い。


けたたましい轟音が鳴る。

すぐ耳元で腹の底に響くような低音と、それに遅れてチェーン小さな刃が懸命に擦れる音が聞こえる。

チェーンの高音がくぐもって、落ちてゆく。

ぴちぴちと小さな何かが当たっている音がする。


『ゲチャ』


この滑走が終わった時、俺は生きているのだろうか。

RVRを外した時、俺はどんな姿をしているのだろうか。


遊園地が現実で、すべて幻聴であればどれほどいいだろう。。

焦点の合わないぼやけた電球が、視界を照らしては後ろへ去ってゆく。


夏ホラー2026用に書いたものですが、私自身ホラーが得意でなく霊的な何かはかけませんでした。

定義上読者を怖がらせる意図があるものということなので私の精一杯って事で勘弁してください。

この話はVRでちょっといかがわしいゲームをしているときに、誰かが来てないかびくびくした恐怖経験から書いてみました。

いかがだったでしょうか?ぬるいですか?感想頂ければ幸いです。

また、この短編は連載中の「極挨覇道 挨拶侍」の南米編で練った構想を流用しています。本編ではまだまだその所まで話が進んでいませんが、興味があればご一読下さると嬉しいかぎりです。

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