第7話
「あれだよー。あのシックな感じの建物」
フェリスが指さした先には、一目でカフェと分かる、落ち着いた趣の建物があった。
「おっ! あの店の前にあるの、ゴーレムじゃないのか!?」
建物とほぼ同じ高さで佇む白い巨躯を見つけ、リューネが興奮気味に声を上げる。
「そうだね、ゴーレムだね。このお店、スイーツが絶品だから、他の都市からもお客さんが来てるのかも」
「あっ! リューネ、ダメだよ! 戦おうとしちゃ」
フェリスが慌てて袖を引く。
「四魔不戦の盟約、破ったら大変なんだからね。バレたら即退学だよ!」
「四つの都市の魔女同士は戦うなってやつだろ。それくらい知ってるよ」
リューネは肩をすくめる。
「ちょっと珍しかったから、声がデカくなっただけだ」
悪戯を見透かされた子どものように、ほんの少しだけしゅんとした。
「どうしても戦いたかったら、"聖魔祭"まで待つしかないよ」
ルナがなだめるように言うと、すでに店の前でそわそわしているフェリスを追いかけるように、二人も歩を速めた。
カランコロン、カラン。
入店のベルが、軽やかに店内へ響く。
「いらっしゃいませー」
小気味よい声に迎えられ、三人は席へ案内された。
だが、席へ向かう途中、周囲の視線が、明らかにこちらへ向いていた。
「色んな制服の客がいるけど、アタシらそんなに珍しいか?」
席に着くとリューネが眉をひそめてこぼす。
「やっぱり気になるよね。うちの学園の制服を着てたら、嫌でも『不良』扱いだから」
メニューを広げながらフェリスが苦笑した。
「でもリューネ、絶対に手出し禁止!ここの店長、怒らせるとガチで怖いんだから。出禁になったら絶品スイーツ永久追放だよ!一生の不覚だよ」
脅し文句を付け加えてぴしっと指を立てる。
「さすがのアタシも、何もされてないのに手は出さないさ。アタシをなんだと思ってるんだよ」
むっとした調子でリューネが返した。
「さて、リューネは何が聞きたいの?」
メニューを閉じながら、フェリスが切り出す。
注文を済ませ、三人は本題へと話題を移した。
「まあ、まずはどうやったらテッペン取れるか。だな」
リューネは椅子の背にもたれ、あっさりと言う。
「とりあえず、最強って言われてるあの三人を片っ端から倒せばいいんだろ?」
「ダメダメ。あの三人に力で勝っても、それだけじゃ認められないよ」
フェリスは確信をもって即答した。
「リューネは強いから、もしかしたら三人に勝つかもしれない。でもね……」
「それだけだと、負けた夜会のメンバーが死に物狂いで立ちはだかってくるだけ。全員が納得する『勝ち方』か、全員を認めさせる『何か』が必要なんだよ」
「なんだよそれ。めんどくせぇな」
「学園のNo.1は、そんなに簡単じゃないってこと」
リューネは腕を組み、少し考え込む。
「じゃあ、どうしたらいい?」
「うーん……例えば、トップの三人が“リューネが一番”って宣言するとか」
「いっそのこと、"魔天狼"になる。とか?」
「"魔天狼"って聖王都を守護する4人のことか?」
リューネが確認の意味を含めて聞き返す。
「そう!聖王都を守護する選ばれし4人の魔女。カッコいいよね~。そういえば今の魔天狼の一人が"爆炎の魔女"だもんね!」
「それはさすがに、まだ無理だな~」
無敵のリューネが珍しく弱音を吐いたところにタイミングよく注文したデザートが届いた。
注文したケーキが届き、三人の意識は一斉にそちらへ吸い寄せられる。
数分間、テーブルには幸せな沈黙だけが流れた。
「まあ、一筋縄じゃいかないよね」
ケーキを半分ほど食べ終えたところで、フェリスが肩をすくめながら話を再開する。
「だって、あの歴代最強って言われた“爆炎の魔女”ですら、できなかったことなんだもん」
「あっ、そうだ」
フェリスがにやっと笑う。
「前から思ってたんだけど、リューネって"爆炎の魔女"を名乗ってるけど、"二代目爆炎の魔女"?"新・爆炎の魔女"?」
軽い冗談のつもりだったが、リューネはまったく気に留めず話を続ける。
「そんなに強かったのに、なんでできなかったんだ?」
スルーされたフェリスが、地味にダメージを受けて固まる。
「そんなに強くて、なんでできなかったんだ?」
代わりに、ルナが静かに口を開いた。
「……最大のライバルがいたから」
空気が、少しだけ引き締まる。
「最初は一匹狼だったけど、その人柄と生き様に惹かれて、自然と仲間が増えていった"爆炎の魔女"」
少しの間をおき
「一方で圧倒的な力とカリスマ性で勢力を築いた、"獄炎の魔女"」
「相反する二人の対立はどんどん激化していって……」
「どっちが勝ってもNo.1。誰もがそう思うところまで行ったの」
「でも……」
ルナの声が、わずかに落ちる。
「何度決闘しても、決着はつかなかった」
少しの沈黙が流れる。
「そして卒業式の日、誰にも知られない場所で、最後の一騎打ちをして……」
「でも、結果は誰も知らない」
いつの間にか復活していたフェリスが美味しいところを持っていった。
「テッペン取ったって名乗り出ないってことは……」
リューネは顎に手を当て、薄く目を細めた。
「引き分けか。あるいは……。互いを認めて、あえて言わなかったか」
「あれだけ頂点にこだわった二人が、結局決めないまま去っていったのは学園最大の謎だよ」
フェリスの言葉にルナが頷く。
「ただ……。あくまで噂だけど、その一騎打ちに唯一立ち会った人がいるらしくて……」
「それが"震雷"だって話。もしかしたらあの人なら、真実を知ってるかもね」
「……震雷って、あの図書室にずっといる、ダブり疑惑の……?」
「爆炎の魔女って何年も前だよね? あの人……ダブり?ってレベルじゃなくない?」
「まあ、あくまで噂だけどね」
フェリスは肩をすくめた。
噂話に困惑するルナを横目に、リューネは腕を組み深く考え込んでいた。
黙って聞いていたリューネが、ゆっくり口を開いた。
「そっかー、とりあえず、3人のボスを倒すところからだなー」
椅子に深くもたれかかり、天井を見上げる。
「……やっぱ、夜会作った方がいいか」
「えっ、リューネが夜会を?」
突然の発言に驚きを隠せない二人だったが、リューネはさらに衝撃的な事実を告げる。
「この前、“ケルベロス”って夜会の連中とやったんだけどさ」
「なかなか強くてさ。一通りの奴らは沈めたんだけど」
「えぇっ!?」
ルナとフェリスの声が、きれいに重なった。
「"ケルベロス"って言ったら、今はトップが不在だけど、学園でも上位の夜会だよ!」
「あのレベルの連中を全員一人で相手にしてたら、ボスとやる前にガス欠になっちまう。」
「幹部を抑えてくれる仲間が必要だなーと思って」
リューネは指でテーブルをとん、と叩いた。
「実際に、アージェントレギオンにも乗り込んだんだけど、なんか磁石みたいな魔法使うやつがいて、なかなか上に行けなかったんだよなー。結局その日はあきらめたけど」
「ちょ、ちょっと待って!?」
フェリスが身を乗り出す。
「"ケルベロス"を壊滅させたのも驚きだけど、3の1つのアージェントレギオンにも乗り込んだの!しかも"磁界の魔女"とも闘ったの!?結果はどうだったの?」
フェリスが興奮気味に返す。
「あっ、あぁあ、"磁界の魔女"?ってやつはもう一歩ってとこまでいったんだけど……」
「担任に見つかって止めさせられた。」
頭を掻きながら結末を話す。
「リューネでもあの先生には頭が上がらないんだ」
意外な結末に少し驚きながらルナが呟く。
「だってよー。校舎壊しすぎたらマッポに突き出すっていうからよー。」
「天下のリューネ様でもさすがに公権力には弱いかー(笑)」
「まあ魔法警備局。通称マッポの名前を出されたらそりゃあ誰でも大人しくなるよ」
リューネの意外な弱点を知ってくすくすと笑い出すフェリスとルナ。
「コホン。ともあれだ」
「夜会を作って仲間を増やす!まずはこれだな」
軽く咳払いをして場を仕切りなおす様に淡々と戦略を練り始める。
「それなら、相当な実力者をスカウトしなきゃ。でも、名のある人はみんなほとんど夜会入りしてるから…」
「引き抜きって手もあるけど、そうしたら引き抜かれた夜会と揉めるし、一筋縄ではいかないかなー」
名案が浮かばず、う~ん。と唸る2人だが、静かにルナが口を開いた。
「……じゃあ、一年生は?」
二人の視線が集まる。
「あっ!」
フェリスが指を鳴らした。
「今年の一年、すごい子がいるって噂!」
「入学早々に1年のトップに上り詰めたって子。まだどこにも属してないなら、その子を口説くのもありかも」
「三年だけじゃなく、一年も警戒だな」
椅子を軽く揺らす。
「まだ夜会に入ってない一年、声かけるのはアリだ」
そして、ぐっと背伸びをする。
「……ま、とりあえず夜会作るところからだな」
リューネは少し面倒そうに言いつつ、その表情はどこか楽しげだった。
(……私の学園生活、どうなっていくんだろう)
胸の奥で、小さく波が立つ。
(リューネと一緒にいたら――)
ふっと、口元が緩んだ。
(……ちょっと、楽しくなっていくのかもしれない)
学校に行くのが、ずっと憂鬱だったのに。
ルナの中で何かが、少しずつ変わり始めていた。




