第6話
新学期のあの一件から数日。
休み時間のたび、いや時には授業中ですら喧嘩を売りに来る連中が途切れる気配を見せなかった。
今日も、何人が返り討ちに遭ったことか。
「ごめんなー。もっと聞きたいこととか、話したいこと、山ほどあるんだけどさ。……全然ゆっくりできねぇな」
リューネが申し訳なさそうに頭を掻く。
新学期初日以降、放課後も呼び出されては喧嘩、また喧嘩。
あれ以来、まともに腰を据えて話せていない気がする。
今のところ自分のところまで火の粉は飛んできていない。
けど、それも時間の問題だろう。
彼女の「踏み台」にされたあの日から、平穏な日常が遠のいたのは間違いない。
「そうだ、あそこ行こうよ!」
名案を思いついた顔で、フェリスがドヤる。
「“あそこ”ってどこ?」
「いつも行く、限定チョコケーキが神レベルでうまいカフェ! あそこ喧嘩厳禁でしょ?」
「そこなら喧嘩も売られないし、ゆっくり話せるんじゃない?」
「なるほど! 美味しいケーキも食べられて、ゆっくりもできて一石二鳥じゃん!」
完全にスイーツに思考を乗っ取られたルナは、もう鞄を掴んで教室を出る気満々だった。
その矢先。
「おい! 転校生はここにいるか!」
聞き飽きるほど聞いた、お決まりの怒号が教室に響いた。
「はぁ〜……」
またか、というリューネの溜息。
スイーツ計画を潰されたフェリスも、露骨に顔をしかめる。
「てめぇだな、転校生。今からグラウンド来い。私らとやろうぜ」
威勢だけは、いつもの連中と同じ。
つまり、実力も大体お察しだ。
「あー……わかりました。すぐ行くんで先に行っててもらえますか」
扉の前で待ち構える二人に、リューネは妙に丁寧な口調で返した。
予想外の反応に来訪者たちは一瞬きょとんとするが、そのまま背を向けて歩き出そうとした。
その、瞬間。
ボンッ!
小さく爆ぜる音が響き、リューネの身体が弾丸のように扉へ向けて一直線に跳躍した。
「――っ!?」
振り向く暇すらない。
気づいたときには、二人の間に黒い影が滑り込んでいた。
「遅い」
冷たい一言。
同時に左右の手が、それぞれの後頭部を鷲掴みにし、そのまま容赦なく床へ叩きつける。
ドンッッ!!!
顔面から叩きつけられた衝撃が、教室の机をガタつかせる。
完全に油断し、無防備だった二人は、声を上げる間もなく沈んだ。
一撃。
文字通りの、瞬殺だった。
「よーし! ルナ、フェリス! 行こうぜ、カフェ!」
意識を失った二人をよそに、何事もなかった顔でリューネが教室の外から手招きしている。
一刻も早くこの場を離れるのが賢明だと判断したルナとフェリスは、彼女を追いかけて駆け出した。
「女の子が泣いてる?」
並んでカフェへ向かう道中、空き地の隅で小さくうずくまる少女を見つけ、自然と三人の足が止まる。
「どうした、お嬢。怪我でもしたか?」
肩を震わせ、膝を抱えている少女に最初に声をかけたのは、意外にもリューネだった。
だが少女は、自分に話しかけられていることに気づいていないかのように、顔を伏せたまま動かない。
「おーい。聞こえてるかー」
リューネがもう一度声をかけるがそれでも反応はない。
「大変! 膝、ケガしてるよ! お姉ちゃんに見せて」
少女の膝から血が滲んでいるのに気づいたルナが、慌てて駆け寄った。
鞄からハンカチと消毒薬の入った小瓶を取り出し、手際よく傷口を拭っていく。
「ルナ、なんでそんなの持ち歩いてるの?」
「……まあ、もしもの時のため、かな?」
女子高生の持ち物としては少し物々しい救急セットに、フェリスが不思議そうな声を上げる。
何かをごまかす様に
にこりと笑いながら、ルナは丁寧に手当てを続けた。
血は止まった。
だが痛みはまだ残っているのだろう。
少女は涙を溜め、必死にこらえている。
(本当はダメだけど……少しだけなら、いいよね)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
「よし。じゃあお姉ちゃんが、痛くならないおまじないをかけてあげる」
そして――
「痛いの痛いの、飛んでけー」
本来なら、子どもだましでしかない言葉。
少女も一瞬、むっとした顔を見せた。
子ども扱いされたと思ったのだろう。
だが、次の瞬間。女の子の表情が和らいだ。
「……あれ?」
不思議そうに自分の膝を触る。
「痛いの……少しだけになった。お姉ちゃん、何か魔法使ったの?」
無垢な問いに、ルナの肩がびくっと揺れた。
「そ、そうだねー。痛いの、どっかに飛ばしちゃったからねー」
少しだけ慌てた調子で、やんわり誤魔化す。
落ち着きを取り戻した女の子にルナは優しく問いかける。
「どうしたの? 転んだの?」
少女は少し迷ってから重たい口を開いた。
「……イジメられた」
三人の空気が少し張り詰めた。
「五大魔法じゃないからって……。進級した新しい学校で……」
「そんなバカなこと言ってるやつには、右ストレートぶち込んでやれ」
間髪容れず言い放ったのは、やはりリューネだった。
「リューネ、そんな物騒なこと言ったら怖がっちゃうよ」
ルナが苦笑しながらたしなめる。
改めて、少女に向き直って話し始める
「お姉ちゃんの名前はルナって言うの。君のお名前は?」
「……マリーベル。みんな、マリーって呼ぶ」
「じゃあさあ、マリーちゃん。お姉ちゃんたちに、あなたの魔法を見せてくれないかな?」
少女は即座に首を横に振った。
「……ヤダ。バカにするもん」
その言葉に、ルナは静かに首を振る。
「バカになんてしないよ。お姉ちゃんたちも、五大魔法使いじゃないんだ」
マリーの表情が、わずかに緩んだ。
そして少しほっとしたように、小さくうなずく。
「……わかった」
小さな右手をぎゅっと握り、魔力を込め始め、数秒後に手を開いた。
そこには、水晶のように透き通った、清らかに光る石があった。
「綺麗……」
思わずルナの声が漏れた。
はっとして、慌てて口を押さえる。
「あっ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって」
「ううん!」
マリーは嬉しそうにぶんぶんと首を横に振った。
その様子を見て、リューネが一歩前に出る。
「お嬢の魔法は綺麗だ」
ぶっきらぼうだが、真っ直ぐな声だった。
「そう言ってくれる奴が、世の中にはちゃんといる。ワタシもそう思った。」
「だから、自分の魔法を嫌いになる必要なんかねぇ」
「自分に自信を持て。他人と違うことは怖いことじゃない。他と違うこと、誇っていいんだよ」
マリーの目が、大きく揺れた。
「まっすぐ胸を張れ。」
「……リューネが、すごく良いこと言ってる……」
フェリスの心の声が、思わず漏れた。
しかし次の言葉で台無しになる。
リューネはニヤッと笑い、
「それでも何か言ってくる奴がいたら右ストレートだ!」
ビシッ、と拳を突き出す。
「やり方は私が教えてやる!」
(やっぱりリューネは、ただの不良じゃない……)
ルナは苦笑しながら思う。
頂点を目指す他の誰とも違う、真っ直ぐな「何か」を彼女に感じる。
「あまり物騒なこと教えちゃダメだよ」
シャドーボクシングを始めたリューネを軽くたしなめながら、ルナはマリーに微笑む。
「もう大丈夫?」
「うん!」
さっきまで泣いていたとは思えない、元気な笑顔がそこにはあった。
「よしっ。じゃあ、そろそろ行くか」
リューネが背を向けながら手を振る。
「お嬢、帰り気をつけろよ。なんかあったら学園まで来いよ」
「このリューネさんが解決してやる!」
マリーの顔がぱっと輝いた。
「お姉ちゃんたち、ありがとう! リュー姉ちゃん今度パンチのやり方教えてね!」
数発、見よう見まねのシャドーボクシング。
三人は思わず顔を見合わせて苦笑した。
元気よく手を振って去っていくマリー。
「よく見たらお母さんが行ってたのと一緒の学校の制服だー!」という言葉を残して。
少しだけ温かくなった気持ちを抱き、再びカフェへと歩き出した。




