第17話
「おーい。もうこっちに来てもいいぞー!」
リューネが草むらに向かって呼びかけると、様子を窺っていたルナとフェリスが勢いよく飛び出してきた。
「二人とも、大丈夫!?」
「ほらね! あたしが言った通りでしょ! この強い二人なら心配ないんだって!」
二人がねぎらいの言葉をかけながら駆け寄ってきた、その時だった。
「……誰? この二人」
突然現れた二人に、クーデリカの頭上に「?」が浮かぶ。
「私たちはリューネの――」
ルナが説明を始めようとした瞬間、背後から忌々しい声が響いた。
「おい……お前ら、調子に乗ってんじゃねぇぞ……!」
とどめを刺したはずのリーダーが、ふらつきながらも箱の中にいた魔獣を掴み上げ、狂ったように叫んだ。
「どうやら、こいつが大事みたいだな。……こいつ、どうしてやろうかなぁ!」
ドス黒い悪意に満ちた表情に、四人の間に戦慄が走る。
「ここまでしてくれやがって……! この落とし前は、こいつでつけさせてもらうよ!」
リーダーは叫ぶと共に、魔獣の子供を川へと投げ飛ばした。
「……っ!!」
傷ついた体では、川を泳ぐ力もなく溺れてしまう。
クーデリカは反射的に磁力魔法を放ち魔獣を引き寄せようとしたが、魔力切れによる激痛が走り、魔法が霧散した。
それを見たリューネの足元で、魔力が爆ぜる。
ボンッ!
爆発的な跳躍。空中で魔獣をひったくるようにキャッチすると、リューネは鮮やかな一回転を経て川の浅瀬に着地した。
「てめぇ……。超えちゃいけねぇラインってのが、あるだろうが!!」
リューネの怒号が響く。魔獣を抱えた手とは逆の拳に、ありったけの魔力を込めて振り抜いた。
ドゴォォン!!
「ガハッ……ッ!?」
絶望に染まったリーダーの腹部に、超重量の一撃が突き刺さる。凄まじい衝撃と共に、彼女の体は後方へと吹き飛び、今度こそ完全に意識を失った。
「お前、頑張ったな。もう安心だ」
「ガウゥ……」
「お前、傷だらけじゃねーか。包帯も適当だし……ん? この爪痕、あいつらにやられた傷じゃないのか?」
川から上がってきたリューネが魔獣を観察していると、クーデリカが血相を変えて走り寄ってきた。
「……よかった!」
クーデリカはリューネから魔獣を奪い取るように抱きしめた。魔獣の無事を確認し、張り詰めていた糸が切れたのか、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「よかったなー。あたしがいなかったら、今頃流されてたぞ?」
リューネがひょいと魔獣を奪い返す。
「なっ……!?」
「包帯、結び直してやるよ」
「嫌だ。ワタシがやる」
「いや、だから、ちょっと見せてみろって」
「嫌だ。渡さない」
「いや、お前巻くの下手じゃん。あたしに任せてみろって」
「嫌だ。包帯巻くぐらい大丈夫」
「いや、全然できてないって」
「嫌だ。お前に渡さない」
「いや、だから……。お前、頑固だなー」
リューネとクーデリカが無限の押し問答を続けていると、ルナとフェリスが近づいてきた。
「リューネも悪気はないんだよ。なんか怪我してるようだから心配してるんだよ」
ルナが優しく諭すように話しかける。
「よっと」
「あっ!」
意外な人物から話しかけられ、戸惑っている隙をついて魔獣を取り上げる。
「なんだよこの包帯の巻き方。これはなあ、ここをこうしてっと」
手際よく包帯を結び直していく。
リューネの意外な特技を目の当たりにし、驚く三人を尻目に、テキパキと包帯を綺麗に巻き終える。
「これで良しっと」
一仕事終えた職人のように満足感に浸るリューネに、ルナが当然の質問を投げかけた。
「リューネなんでそんなに包帯巻くの上手いの?」
「まぁ……。昔いろいろあってな。自分で包帯巻いてたら、いつの間にか上手くなってた」
そう笑い飛ばすと、リューネは魔獣の体を軽く撫でた。
「大きな怪我はなさそうだけど、なんか細いな。ちゃんと飯食ってるか?」
悩み事を見透かされ、クーデリカの心がドキリと揺れ動く。
「……ワタシが、食べさせようとしてる。でも、食べてくれない」
悔しそうに睨みつけるクーデリカに対し、リューネは「ちょっと貸してみな」と、彼女から餌を受け取り魔獣の口元に添えた。
パクッ。
「……食べた」
「お、食うじゃねーか。ほら、どんどん食えよ」
「……ワタシも、あげる。ちょっと貸して」
信じられないものを見たような目で、クーデリカが強引に魔獣を奪い返し、同じように餌を添える。
……が、魔獣はぷいっと顔を背けてしまった。
「……食べない。……なんで」
「おいおい、手が力みすぎだって。……まあ、あたしとアンタの違い、魔獣には分かっちゃうんだろうなー」
ニヤリと笑うリューネに、クーデリカは屈辱に震える。
だが、少し考えた後、震える声で頭を下げた。
「……お前……。リューネ。……頼みがある」
「……?」
「明日も、この子が元気になるまで、餌をあげに来てほしい。……どうやら、お前からしか食べないみたいだから。……頼む」
「えー、どうしようかなー。あたしも忙しいし、やりたいこといっぱいあるしなー」
意地悪くニヤつくリューネ。
「……そこを、どうか。……お願い」
さらに深く頭を下げるクーデリカに、リューネはたじろぐ。まさか、ここまで真摯に頼んでくるとは思わなかった。
「うっ……まあ、そこまで言うなら、考えなくもないけど……」
「リューネ! そんな意地悪言わないの!」
助け舟を出したのはルナだった。
「クーデリカさん、大丈夫だよ。あたしが責任を持って、毎日リューネを連れてくるから!」
「ちょっとルナ! なんで勝手に決めるんだよ!」
「なんだかんだで、リューネはOKするでしょ。天邪鬼なんだから」
「……うっ」
図星を突かれ、リューネの声が詰まる。
「……本当か?」
「うん! 秘密も守るし、この子が元気になるまで付き合うよ!」
フェリスも力強く頷く。
「……ありがとう」
3人に頭を下げるクーデリカに、リューネは照れ隠しにぶっきらぼうに問いかけた。
「……で、こいつ、名前はあるのか?」
「……名前。……ガウ」
「なんでガウなんだよ」
「……ガウガウ鳴くから」
「単純すぎだろ!」
「ガウッ!!」
ご飯を食べて元気が出たガウが、リューネに応えるように吠えた。
和やかなムードの中、フェリスがふと真面目な顔で尋ねる。
「でも、魔獣を飼うのって法律で禁止されてるよね? 規律に厳しいレギオンでバレたら大変じゃない?」
「……うっ、……まずい。ミーに怒られる。……最悪、追い出される。でも、元気になったら森に返す。それまでだから」
「ミーってミランダのことか。そうか、お前、そこまでの覚悟でこいつを守ってるのか……。よしっ! あたしも最後まで付き合ってやる!」
「……いや。お前は餌やりだけでいい」
「なんでだよ! 命の恩人だろ! あたしも可愛がりたいんだよ!」
「……いらない。お前は、餌やり係。……なでなで、させない」
「させろよー! モフモフさせろー!」
嫉妬心を隠さないクーデリカのささやかな反抗。
それを見透かしたルナとフェリスが笑いながらガウを撫でる、そんな平和な光景。
――だが。
その一部始終を、冷たい視線で見つめる人影があった。
「いいこと、思いついちゃった。フフフ……」
倒された不良たちと同じ、青い制服。
ウィンディード学園の影は、不気味な独り言を残して闇に消えていった。




