第13話
「……どうして食べない? それじゃあ、傷も治らない」
小さな川が流れる橋の下。川のせせらぎが響く中、小柄な少女が一人、途方に暮れていた。
腕の中には、包帯を乱雑にグルグル巻きにされた小さな魔獣が丸まっている。
少女――クーデリカは、懸命に餌を差し出しているが、魔獣が一向に口をつける気配はない。
数日前、たまたま通りかかったこの橋の下の川辺で、痛々しい爪痕を刻まれた傷だらけのこの子を保護した。
それ以来、毎日欠かさず足を運んでいるが、彼女の手から餌を食べてくれることは一度もなく、心を開いてくれる兆しは見えなかった。
慣れない手つきで手当てを施し、少しでも居心地がよくなるようにと、タオルを敷き詰めた箱も用意した。傷が癒えるまでは面倒を見るつもりだったが、クーデリカの献身的な思いとは裏腹に、魔獣はただ怯えたように身を竦めるばかりで、一向に懐こうとはしなかった。
(もしかすると、はぐれた親が探しに来ているのかもしれない……)
そう考えた彼女は、この場所で見守ることに決めていた。
「また明日来る。餌と水はここに置いておくから、ちゃんと食べるんだぞ。明日には、迎えがくるといいな」
独り言のように呟き、魔獣を箱に戻すと、細い指先でそっと頭を撫でた。
わずかに減っていた餌皿を新しいものと取り換え、クーデリカは周辺を警戒しながら、誰に見つかることもなくその場を後にした。
「リューネ、あれからどう?」
三人での帰り道、フェリスが何気なく尋ねた。
「そういやあの日以来、むやみやたらに喧嘩を仕掛けてくる奴はいなくなったかなぁ」
伝説になりつつある三極との邂逅。あの日を境に、リューネが拳を振るう回数は目に見えて減っていた。
「三極が目を付けている相手を狙うのは、三極にちょっかいを出すのと同じ意味だからね。波風立てたくない連中は、前みたいに簡単には手を出せなくなったのかも」
ルナが冷静に分析して答えると、リューネは少しつまらなそうに肩をすくめた。
「そうなんだよな~。なんか急に暇になっちゃってさ」
そんなリューネの気分を変えようと、フェリスが次の話題を振る。
「そういえばさ、聞いた? 朝のニュース! 数日前に熊型の魔獣が結界を破って、森から抜け出したらしいよ」
「えっ、それ怖すぎない……? かなり狂暴なんでしょ?」
ルナが身を震わせると、フェリスはさらに声を潜めた。
「一度狙った獲物はどこまでも追いかけていくって話。しかも、自分の獲物だっていう証拠に『爪痕』を残すんだって」
「どこまでも追いかけてくるなんて、怖すぎるよ~……」
「でもさ、リューネだったら倒せちゃったりして?」
「魔獣かぁ。やっていいなら、一回やってみたいけどな」
冗談のつもりのフェリスに対し、リューネは至って真面目な顔で応じた。
そんな他愛のない会話を続けていると、見知った影が橋の向こうへ走り抜けていくのが見えた。
「あれって……。あの帽子と小柄な感じ、アージェントレギオンのクーデリカじゃない?」
「おっ、あいつ一人か。誰にも邪魔されず、一度タイマンしてみたかったんだよな」
「最近誰とも喧嘩してなくて体が鈍ってたところだし、ちょうどいい」
三極の幹部を準備運動代わりにしようとするリューネの底知れなさに、ルナは顔を引きつらせる。
「でも、なんか様子がおかしくなかった? コソコソしてるっていうか……」
「まさか、悪いことでもしてる……?」
「こっそりついて行って、あの子の弱みを握って……っ!」
「そんな卑怯なことはしねぇよ」
不穏なことを言い出したフェリスに、リューネがすかさず"ペシッ"とツッコミを入れる。
「とりあえず、ちょっと様子を見に行ってみようか」
三人は顔を見合わせると、クーデリカが向かった橋の下へと、音を立てないようひっそりと後を追った。




