村への帰還と、村長
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
ベルクハイムを出発してからおよそ14キロメートル地点。
天候はどこまでも澄み渡り、遮るもののない蒼穹の下、トラックはリトヴェインの村を目指して順調に街道をひた走っていた。
車内にはレオの要望で、出発時と同じ激しいロックミュージックが響いている。
窓を全開にすれば、異世界の湿った森の匂いと、走行風がキャビンの中を勢いよく吹き抜けていく。
「ケーイチ、ここらでそろそろ半分くらいか?」
レオが風に声を乗せて尋ねる。
「そうですね。到着まであと8キロほどなので、ちょうど中間地点を過ぎたあたりです」
圭一はハンドルを握りながら、軽快に答えた。
しかし、その直後だった。
視界の端、鬱蒼と茂る林の中から、何かが弾かれたように飛び出してきた。
「危ない!!」
圭一は反射的にブレーキペダルを踏んだ。
タイヤが土を噛み、凄まじい摩擦音が響く。
だが、完全停止するよりも一瞬早く、フロントバンパーが「何か」を鈍い衝撃と共に吹き飛ばした。
車体が激しく揺れ、タイヤの軋みと共にトラックが沈み込む。
『レベルが上がりました』
静止した車内で、無機質な声が圭一の頭に直接響いた。
だが、今の彼にそれを喜ぶ余裕はなかった。
二人は顔を見合わせ、慌てて車外へと飛び出した。
トラックの数メートル先、そこには無惨に跳ね飛ばされた緑色の皮膚を持つ小鬼――ゴブリンが2体、物言わぬ肉塊となって転がっていた。
「……ゴブリン2体が、一瞬で……」
レオが絶句する傍らで、圭一は顔を青くして立ち尽くした。
「あぁ……なんてことを……」
「何を言ってるんだ、ケーイチ! ゴブリンは隙あらば人間に襲いかかる魔物だぞ。ここで倒しておかなければ、いずれ無実の村人が犠牲になっていた」
レオが諭すが、圭一の震えは止まらない。
「倒すにしても、……このトラックで轢いてしまうなんて。俺には、そんな……」
「……ああ、大事な仕事道具だもんな。その気持ちはわかる。だがな、ケーイチ。お前さんがどんな場所から来たかは知らんが、この世界ではその甘さが命取りになるんだ」
レオは死んだゴブリンの傍らに立ち、厳しい視線を圭一に向けた。
「こんな矮小なゴブリンでも、数に囲まれれば熟練の戦士だって食い殺される。お前さんの考えは尊重してやりたいが、ここは生きるか死ぬかの世界なんだ。覚えておけ」
圭一は、トラックを取り囲む無数の魔獣の群れを想像し、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
トラックは荷物を運ぶためのもので、殺生のための道具ではない。
しかし、不測の事態で自らの、あるいは隣に座る相棒の命が危うくなった時、綺麗事だけでは済まされない。
「……わかりました。でも、これは本当に最終手段にさせてください。ぶつかった衝撃で故障してしまったら、俺には直す術も、動かすMPも足りなくなるかもしれない」
圭一は、わずかに凹んだバンパーを痛ましそうに見つめた。
「それもそうだな。……そういえば、さっき街で言っていた『バール』とかいう道具、見せてくれるか?」
レオの言葉に促され、圭一は荷台にある、全長900ミリ、重さおよそ2キログラムの鋼鉄製の「大バール」だ。
レオはそれを手に取ると、空中で軽く振り、石をコンコンと叩いて強度を確かめた。
「……ほう、これはかなり使えるぞ。重さのバランスもいい。叩き潰してもよし、尖った先で槍のように突いてもよし。何よりこの硬度だ、相手の攻撃を受ける防御の要にもなる。素晴らしい武器じゃないか」
「本来は、釘を抜いたり、物を浮かせて移動させたり、解体したりする便利な道具なんです。武器ではないんですが……」
「ケーイチ、こいつを使いこなせるように修練しておけ。魔物を殺すためではなく、自分の身を守るための『盾』だと思ってな」
「……わかりました。納品のない日に、色々試してみます」
レオは「それとな」と言いながら、ナイフでゴブリンの胸を裂き、中から紫色に微光を放つ小さな石の破片を取り出した。
「これは魔石といってな、冒険者ギルドで買い取ってくれる。ゴブリンなら1枚10リルだ。お前さんが仕留めたんだ、持っておけ」
差し出された生暖かい魔石を、圭一は「ありがとうございます」と受け取り、リュックの奥へと仕舞い込んだ。
「レオさん、またレベルがあがりました......」
「ステータスを確認するか?」
圭一が心の中で念じると、半透明のパネルがまた更新されていた。
名前:南 圭一
ジョブ:《運び手》
Lv:3
HP:38(+3)
MP:27(+3)
筋力:E(15)
耐久:E(14)
敏捷:E(12)
魔力:E(13)
知力:E(14)
「嬉しいはずなんですけどね。なんか、後味が悪いというか......」
「ケーイチにとっては、不本意な討伐になってしまったからな。よし、帰りながらそのバールをどう振るうか、俺なりの戦い方を叩き込んでやる。次は轢く前に、お前さんの腕で身を守れるようにな」
二人は再びトラックに乗り込み、エンジンの鼓動と共に、村への帰路を再開した。
車内では音楽の代わりに、レオが語る実戦の心得と、圭一の真剣な相槌が響き渡っていた。
.........
リトヴェインの村の入り口には、遠くから響く聞き慣れないエンジン音を聞きつけた村人たちが、不安と期待の入り混じった表情で集まっていた。
助手席のレオは、誇らしげな顔で窓から身を乗り出し、大きく手を振っている。
「レオさん、危ないですから座ってください!」
「大丈夫だ、これくらいの揺れ、なんてこと――いてっ!!」
あどけなく叫ぶ圭一の制止も虚しく、深い轍に車体が跳ねた瞬間、レオは勢いよく天井に頭をぶつけた。
「……だから言ったじゃないですか」
「すまんすまん、つい興奮しちまってな」
大きな身体を縮め、照れくさそうに頭をさするレオの姿に、圭一は思わず吹き出した。
先ほどのゴブリンとの遭遇で不安が混ざっていた心が、相棒の変わらぬ豪快さに少しずつ解きほぐされていくのを感じた。
トラックが完全に停止し、二人が降り立つと、村人たちがどっと押し寄せてきた。
レオは彼らに囲まれながら、街までの驚異的な所要時間やトラックの乗り心地を、身振り手振りを交えて興奮気味に語り始める。
圭一はその隙に車体の最終確認を済ませ、念じて「送還」を行った。
巨大な蒼い鉄塊が光の粒子となって消える光景に、村人たちからは再び驚嘆のどよめきが上がる。
「ケーイチ、こっちだ。この人が村長のアルベルトさんだ」
レオに促され、圭一は一歩前に出た。
「ご挨拶が遅れまして、大変申し訳ございません。ケーイチ・ミナミと申します。レオさんには大変お世話になっております」
「アルベルト・グランディスだ。レオからは、記憶が定かではないと聞いているが……大丈夫か? レオに甘えて、しばらくはこの村でゆっくりと過ごすといい」
落ち着いた声でそう言ったアルベルトは、レオから元冒険者と聞いていた。
鋭い眼光を湛えつつも、どこか包容力を感じさせる人物だった。
「ありがとうございます。しばらくの間、お世話になります」
「アルベルトさんは農業の傍ら、かつては冒険者として活躍していたお方だ。困ったことがあれば相談に乗ってくれるはずだぞ」
「私でわかることなら答えよう。いつでも訪ねてきなさい。……それで、ケーイチ。あの荷車のことなのだがな」
アルベルトは、レオの時と同じように、トラックの積載量、速度、そして稼働限界について矢継ぎ早に質問を重ねてきた。
圭一が一つずつ丁寧に答えていくと、村長は思慮深く顎に手を当てた。
(……やっぱり、この世界の「物流」はまだ発展途上なんだな)
圭一はアルベルトの反応を見ながら、ベルクハイムの街で見た光景を思い出していた。
道はあまり舗装されておらず、輸送には常に魔物や盗賊のリスクが付きまとう。
そのため、何よりも「命」が優先され、荷物の扱いはお世辞にも丁寧とは言えなかった。
雨風にさらされるのは当たり前、振動による破損も日常茶飯事なのだろう。
(今はまだ2トンの平ボディだけど……。スキルのレベルが上がれば、箱型のウイング車も召喚できるようになる。そうなれば、雨風や盗難から完全に荷物を守れる。安定した「輸送品質」を売りにできれば、それはこの世界で圧倒的な強みになるはずだ)
圭一は脳内のスキル表を思い浮かべ、未来への展望を静かに燃やした。
「この村にも3週に1度は行商が訪れるが、途中で襲撃を受け、予定通りに届かないことも少なくない。ケーイチが運んでくれるなら、そのリスクは劇的に減るだろう。商会の人間が来たら、私からもお前さんを紹介しよう。……初めての仕事で疲れただろう、今日はゆっくり休みなさい」
アルベルトの温かい言葉に、圭一は深く頭を下げた。
レオの家へと向かう道すがら、村の景色が、先ほどまでとは少し違って見えた。
異世界という未知の場所。
けれど、できること、やるべきことは決まっている。
この足元にある「土の道」を、最高の品質で繋いでいくこと。
それが、運び手として生きる圭一の、新たな決意だった。
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